第2話 ラブコード Dの旋律 ラブコンチェルト

 音楽は、ポップな物よりはクラシック。シンホニー(交響曲)よりはコンチェルト(協奏曲)。そして、モーツァルトの貴族趣味なピアノ協奏曲より、哀愁漂うメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲が好み。

 私を殺したブルースばかり歌っていた彼が、コンチェルト好きの私の為に作ってエレキギターで演奏する「ギターコンチェルト コードD」は、最高の出来だ!


私、死んでないけれど・・・・・・


 私が、三つ歳下のミュージシャンの彼と出会ったのは六本木のライブハウス兼クラブ。

 私は会社のOL仲間と売れていないミュージシャンたちのライブに行った。ちょっと気になるミュージシャンもいたが、飲んで騒いでが中心だった。燥ぐだけ燥いで、店のあるビルを出た時だ。少し気になっていたライブで演奏していたミュージシャンの彼が、ビルの壁めがけてフラフラしながら放尿していた。かなり酔っている様だった。連れの彼女たちは、キャーキャー喚いでいた。私は、揶揄いがてらに声かけた。

「こんな寒い夜に、君の坊やが、風邪ひいちゃうわよ?」

そう、言い捨てて、彼を無視するように、連れ達を急かして、地下鉄の駅へと向かったのだ。



 次に彼に会ったのは、渋谷のライブハウスだった。私は、会社で付き合っている彼氏とのデート、このライブで呑み、後はホテルに直行の予定。多分。彼は、ステージで前と同じ様に酒を喰らいながらロックをガンガンに歌い、ギターを弾いていた。

壁際のカウンターで、彼とバーボンのオンザロックを飲んでいた。ワイルドターキーは、すでに空ボトルとなっていた。次に、I.W.HARPER(アイ、ダブリュ、ハーパー)十二年物を少し飲み始めたころ、隣の彼氏は、どこかへ姿を消していた。(トイレか?)くらいにしか思っていなかったが、昔の彼女を見つけてそちらに鞍替えしたようだ。

 チャラチャラの若い女と店を出るという。そして、片手をあげて先に女と店を出た。

(まあ、別に終わったでいいけど・・・・・・)などと醒めたことを呟くように思っていても、何だか、泥沼の淵から、沼を眺めていたら、後ろから泥沼に突き落とされた気分になった。バーボンが進む。

 そんな時、ステージの彼がブルースを歌い出した。

(詩)

 最低な男に置き去りにされた、最悪なあたしに歌ってよ。

 最悪、最低のブルースを。

 今夜も一人、クダを巻く、くだらない大人になっちまった。

 帰ろうか?どこへ?いつ頃に?

 戻れないと知った日から、私の今は始まった。

 くだらない!くだらない。♪


(私の事、歌ってる???)

 ブルースがグサグサ、胸に刺さる。血まみれの重症だ。

そして、つい、勝手に頭にきて私はステージの彼に向って叫ぶ!

「辛気臭い曲、歌うんじゃないよ!このタチション・チンポコ野郎!」

それと、アイスペールに入っている、小ぶりのアイスの一塊を、投げ付けた。

 彼は、場の雰囲気と、私に集まる周囲の視線を考えて、一気にミュージカル・ウェストサイドストーリーの曲を、ロックン・ロール調に弾き上げた。スタンディングの客達は、ジルバ風にカップルで踊り始め、私の今の行為は無かったかのようになった。

 そして、曲を終え、ギターを抱た彼は、客のアンコールの声援には、一度だけ右手を挙げて応えて、ステージから、はけた。

 私は何てことをしてしまったんだ!と慙愧の念に堪えなかった。

(謝りに行こう!)そう考えて、店の人に、彼の控室の場所を聞き、そちらに向ったのだ。

 薄暗い通路を通って、店の人に聞いた控室の扉の前に立った。扉の隙間から紫煙が漏れ出てきている。

 意を決して私は、扉をノックする。彼の返事も待たず、扉を開け、

「さっきは御免なさい!」

と、頭を下げた。扉は開けっぱなしだ。締めなかった。扉を閉めて部屋に入ったら、息が出来そうになっかったし、何をされるかも分からない恐れもあった。

「さっきは、ヘンな野次飛ばしてごめんなさい・・・・・・」

と、もう一度、頭を下げた。

「ほんと~に、ごめんなさい。チョット、辛いことあって、アンタのブルースが胸にグサグサ刺さって来たもんだから・・・・・・つい」

 そして、彼を誘ってみた。

「私、トメル。漢字で書くのは好きじゃない。仏西 留(ほとにし とめる)と書く。私と一緒に飲んでくれる?」

と誘う。

「うん、暴れなければネ。僕は、ケイ。同じく、漢字で書くのは好きじゃない。燈松 警(とうまつ けい)」

と、彼は答えた。

 私は彼を壁際の元居た席に誘い、バーボンをロックで飲み干した。そして、その夜、当たり前の事のように、私は彼の部屋にお泊りだ。それから、彼とは、夜を共にすることが多くなった。

 彼は、真面目にブルース調の曲を作り、ステージで披露し始めた。客も彼のブルース、バラードが、気に入っている様だ。私は、ある日、彼のステージライブをSNSで配信してみた。物凄い数の再生とダウンロードがあった。広告収入も凄い。私は、それを元手にレーベルを立ち上げ、彼の歌を配信することにした。もちろん、彼にはナイショ。会社としてスタッフも雇い入れることが出来た。それに、主に彼のお世話をする為の彼好みの真世という女性も、マネージャーとして雇った。彼のお世話を彼女にまかせ、私は彼とは会わなくなっていった。彼女に彼の曲を持ってこさせては、配信に力を注ぐ。英語のリリックを書くライターの歌詞を彼女に彼の耳元で囁かせることもある。イラストレータにミュージックVを作製してもらう、そして、私には、莫大なマネーが舞い込むようになっていたが、最近、どうも、彼が一発屋ポイ感じになってきた。再生、ダウンロード数もガタ減りになってきたのだ。今、私は彼をプロデュースし直さなければ、等と欲も出てきている。

 彼は、私が居なくなっても、別の女がいれば良い?的なのだろう。フワフワしたロックしか作らない。たまに、思い出したように歌うブルースは、明るく呑気で楽しそうだ!沼のどん底感が全くない。これでは、誰の心も振るわさないだろう。私を殺し、他の女にも去られてしまう!そんな、状況が彼には必要なのだろう。そこから、悲哀にみちた、退廃的な物悲しいブルースが生まれる。

 ある日、私は私殺しの計画を閃いた。彼に睡眠薬でも飲まし、意識朦朧の態で私の首を絞めさせる。殺される前に、いつも彼のお世話をさせている真世に助けてもらう。そして、大きなトランクにシリコンの空気人形だの、私の衣装だの、なんだの詰め込んでおいて、彼女に、彼に(スーツケースに私の死体を入れておいたから、このスーツケースを持って早くここを去るよう)に、彼女から彼に言わせるのだ。彼が、スーツケースの中の私の死体をどうするか?が一つの問題だが、怖くてスーツケースを開けられないだろうと、私は踏んでいる。彼女には、彼のもとを去ってもらうが、彼に新曲のレコーディングは、レーベルのマネージャーとしてさせる。

 これで、多分、彼は又、素晴らしい曲、売れる曲を作るだろう。Dの旋律からのコードストロークだと思う。


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ラブコード Dの旋律 横浜流人 @yokobamart

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