溶ける氷が喉を冷やす
清泪(せいな)
キラキラ
「お待たせー、なんか時間かかっちゃってー、ゴメンねー」
プレートに注文した商品を乗せて持ってきた
プレートには、ハンバーガーとポテト、オレンジジュースが乗っていた。
それをテーブルに置き、手首にぶら下げたテイクアウト用の袋も一緒に置く。
「あ、それ、新作のバーガーだよね。ホント、宵星ちゃんは新しもの好きだよね」
「ええ―、そんなことないよー。あ、でもー、いつも決まったのってのは嫌かなー」
「え、何それ? 私バカにしてんの?」
心愛のプレートの上にはチーズバーガーとチキンナゲットとコーラが乗っている。
何処のファーストフード店に行っても大体同じものを食べる。
お気に入りで、基本で、安定的だからだ。
「えー、違うよー、バカになんてするわけないじゃーん。私がムリってだけー」
宵星の語尾が間延びするのには、心愛はいつもストレスを感じていた。
自然とそうなるなら苛立ちもしないが、語尾が伸び始めたのは最近TVで良く見るタレントの真似だ。
男受けがいいらしい。
ぶりっ子によく似ている。
宵星は新しもの好きだ。
流行りの物にはすぐに飛びつく。
それは服装とか食べ物、男もそうだし、友達もそうだ。
服装も髪型も、先週ぐらいに発売されたファション誌の表紙そのものだった。
ロングやショートに変わる髪型に、エクステを付けたり外したり大変そうだ、と心愛は思っていた。
心愛と仲良くなったのも最近の事で、いつも同じ顔を見るのには飽きた、と声をかけてきた。
心愛は慣れ親しんだ物が好きで、服装はずっと見てきた姉のお古を受け継ぎ着てる。
食事に関しては毎日三食同じものを食べさせられても構わないと思うし、男に関しては赤子の頃からご近所だった彼氏がいる。
長い付き合いで絆の様なモノを感じる友達もいるが、その友達は宵星を好意に思ってないので、宵星と会う際はいつも二人きりで会うことにしていた。
宵星に声をかけられた時、心愛は宵星の事を可哀想な子なのだと思った。
そうやってどんどんと更新する様な人間関係が決して良いものなはずがない。
きっと彼女は孤独だろう。
その孤独を埋める為に、彼女は新しい物に手を伸ばすんだ。
「でねー、聞いてよ心愛ちゃーん」
有無を問わずに話し出すのだからさっさと喋ればいいのに、と心愛は宵星を睨んだ。
その睨みに宵星が気づく前に心愛は視線を食べかけのチーズバーガーに落とすと宵星に合わせる様に、なにー?、と間の抜けた返事を返した。
「付き合おうかなー、って思ってた年上男子がいたんだけどー。ソイツがさー、ちょっとワイルド系っていうかー、もう動物みたいな人でー」
ワイルドの単語に心愛の頭の中には売れっ子の芸人が浮かんだ。
あんなギトギトしてそうなオッサン嫌だなぁ。
動物みたいな人、という訂正が尚更嫌な感じだ。
「付き合おうって前からー、手を出してきてさー。もう最悪でしょー」
最悪と言いながら宵星はにこやかにポテトを口にくわえた。
リスの様に前歯で細かく噛み砕き、口の中に入れる。
「カラダ目当てとかさー、カンベンだよねー。まぁ、こっちもオカネ目当てだけどさー」
口に入れたポテトをオレンジジュースで流し込んで、宵星は笑う。
だねー、と心愛も合わせて頬を緩ませ笑顔を作った。
「それで、その人とはどうしたの?」
心愛はコーラをストローで吸って飲む。
氷がだいぶ溶けて味が薄くなっていた。
「えー、もちろん別れたよー。てかー、付き合ってないんだけどー。でー、カラダ目当てとか最悪だしー、
ウフフ、と宵星は乙女チックな笑みを溢す。
騎士とは宵星と心愛の同級生で、スポーツ万能成績優秀なイケメンと高物件の男子。
金持ちじゃないのが玉に傷、と宵星は付け加えた。
性格もあまり良くない、と心愛は付け加えた。
「やっぱさー、小学生のカラダ目当てとかないじゃーん。だからー、騎士くんにもー、小学生だったら許される程度の制裁してって頼んだのー」
小学生だったら許される程度の制裁、ってなんだろうと心愛は首を傾げる。
心愛には告発文じみた怪文書を男の周囲に撒き散らすぐらいしか思いつかなかった。
大人の男性に暴力で勝てるとは思えないし、かといって逃げるのもしゃくだ。
宵星にも悪い要素があると思うが、ロリコンオッサンなんて生理的に受け付けないし社会的制裁ぐらいは受けて欲しい。
パソコンで簡単にできる怪文書ぐらいがちょうど良い。
すると宵星がおもむろに自分のスマートフォンを見せてきた。
ニュース記事が表示されている。
心愛はそのニュースに見覚えがあった。
朝、登校前にワイドショーで流れていたニュースだ。
市内の殺人事件で、流れる映像が近所だったのでよく覚えていた。
殺された男の名前は覚えていないが、38歳無職、と流れるテロップに、働けよ、と思ったのは覚えている。
「騎士くんってー、私のお願い聞いてくれるなーって前から思ってたんだけどー。それってー、私のこと好きだからなんだってー。でもさー、血がついたナイフ持って言われたらー、引くよねー」
宵星は新商品のハンバーガーを包んでいた紙を取った。
片手で掴んで、大きく口を開けて頬張る。
ソースがはみ出る汚い食べ方だ。
数回噛むとそれをオレンジジュースで流し込み、おいしいー、と微笑んだ。
「ほんとさー、良い男っていないよねー」
心愛は頷くわけでもなく、またコーラを吸って飲んだ。
薄くなったコーラの炭酸が、それでも喉元でチリチリと泡立った。
溶ける氷が喉を冷やす 清泪(せいな) @seina35
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