第6話 就任式



 ハルの出番はまだだった。ハルは控室として案内された円形闘技場の小部屋でベンチに座って待っていた。

 つまるところ、ハルが竜騎士に就任したのは昨年だが、吉兆年でなかったので式は今になったというわけだった。

 ブーツも革当てもかすり傷が無数につき色あせているのに、金属の胸当ても鎧兜も支給されたばかりでチグハグだった。しょっちゅうズレて中に居るハルは居心地の悪い思いをしていた。あと通気性も悪い。立ち上がれば、重みで地に留め置かれているようだった。ピン止めされた虫みたいな気持ちだった。ザクロが重いと嫌がりそうだった。

 部屋を出て、廊下を進む。その先が光に満ちているせいで、廊下は実際よりも暗く感じられた。

 人々の歓声はそこからでもかすかに聞こえてきた。


 街を歩けば、英雄だと褒めそやされた。ハルの顔も名前も覚えていなかった父親から十年ぶりくらいに手紙がきた。母と妹のことは残念だったと一行きり、書いてあった。そのどれもが、ハルの胸の底を燃やす。

 そのどれもが気持ち悪かった。虫唾が走って、怒りで頭がチカチカした。それとも、そういうものを嫌いな自分でいたかっただけだった。


 歩を進める。地面の感触をブーツの踵越しに感じる。

 相も変わらず、ハルの肩は前屈みで、ともすれば、というよりもしょっちゅう、呼吸は浅くなりがちだった。

 それで、ハルは肩を広げ、深く息を吸った。

 歩む先の光の中では、ザクロとスペンサーが待っている筈だった。この日のためにザクロの鱗は徹底的に磨いた。スペンサーの毛を梳いたら、チワワが作れるくらい毛が出た。彼の首輪にも勲章がぶら下がっている。ハルとザクロで褒めそやしたから見せびらかす癖がついてしまった。見栄っ張りなザクロも胸を張っているに違いなかった。それはハルが深く息を吸い込む理由に十分すぎるくらいに足り得た。

 ハルは光に向かって歩みを進めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

街の竜騎士 @2805730

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ