凡人探索者のたのしい遭難キャンプ飯、〜動画配信しながらヤンデレの相手をしつつ村で作ったビールを使って焚き火とフライパンで焼き上げる"怪物種61号ウタイテ鶏"のビア・チキンステーキ"〜

しば犬部隊

ウタイテ鶏のビア・ステーキ




クォケクォックウオウウウウウWOW WOW WOW!!





「あのクソニワトリ、とうとう韻を踏み始めたぞ。WOWって言ったろ、WOWってよー」



「言ってないわ。気にしすぎよ。怪物と言ってもニワトリだもの、韻なんて踏むわけ……」



WOW WOW WOW〜WOW YEAH yeah!!




「………現実を見ろ、アシュフィールド。あのクソニワトリ、確実に踏んでる、韻を」




「……いやよ。踊るキノコに、美顔エステをするワニ、それが来たと思えば次は歌うニワトリ? もうIQが低くなるのは嫌。それよりほら、タダヒト、別のお話しましょ。鳥から意識を離すわよ。あたし、またアレが食べたいわ、ほら、この前のトーキョーハザードの後に食べた焼き鳥……」




「鳥から離れてねえよ」



2人の男女がそれぞれハンモックに揺られながらぼやき続ける。




味山只人とアレタ・アシュフィールド。



ひょんなことから何やかんやあって、今や地上では全世界から狙われる国際テロリストとして追われる身の2人。




彼らは今、ダンジョンの奥底に広がる秘境の中、絶賛遭難中だった。



帰還の目処もたたない割と絶望的な状況、しかしなんやかんやでタフな2人は今のところ割と余裕を持ってダンジョン内でのサバイバル生活に勤しんでいたのだが……



コォケ、WOWWOW〜



この日までは。



「眠れねえ……」



ボソリ、味山が重たい瞼をだるそうに持ち上げてつぶやく。



今、絶賛遭難中の2人を最も悩ませているのは、彼らのキャンプ地から少し離れた場所、滝壺の真上の大木に留まっているソイツだ。



「……あたし達が寝ようとした瞬間に鳴き始めるのよね、あのクソバード」



「アシュフィールド、口が悪くなってんぞ」


車一台分くらいの体の大きさ。


巨大な黒いニワトリの化け物。野太い声で歌い続ける化け物により2人は完全に寝不足になっている。




「いいでしょ、別に。今、ウィーチューブの配信は切ってるんだし。……ソフィとグレンは大丈夫かしら」



「アイツら2人も多分遭難してるだろうなあ。……チーム仲良く沈殿現象に巻き込まれたんだしよー」




どちらともなく、熾したままの焚き火の前に座り始める。



今は、一応夜。


ダンジョンの夜は、薄暗い。宵闇のなか熾したままの焚き火がぽっかりと穴を空けるように照らしている。



「早くあの子たちと合流して、村に戻らないと。国連の連中、また指定探索者をけしかけてくるわ。アムネジアシンドロームが、あたし達の動画で働きが弱くなったことに焦ってるんでしょうね」



「あー、だな。あのクソ遺物の記憶操作もそろそろ限界だろ。次のハザードでまた大活躍して、アレフチームの名前を売名しまくれば、そろそろ俺らの汚名も返上できるかね」




地上においては全員仲良く、国際指名手配、テロリストとして追われている味山達。



人類にとって、アレフチームは世界を混乱に陥れる凶悪なテロリスト、現代ダンジョン、バベルの大穴から定期的に怪物が世界に現れ始めたのも、アレフチームの仕業………と、されている。



みんなが、そう思っている。世界中の誰もがそう認識しているのだ。



大號級遺物"アムネジア・シンドローム"


世界中の人間の記憶と、世界の記録を操作する星空に浮かぶ大號級遺物、その力によって。




「きっと出来る、アムネジアシンドロームは人の心と記憶に作用するものだけど、それにだって限界はあるわ。あたし達の姿をもっとたくさんの人に見て、覚えてもらえさえすればきっと、いつかみんな思い出してくれるわよ」




その理不尽な力に対抗するために、味山達が選んだ方法はシンプル。




「ぎゃはは、でもウケるわ。宇宙に存在する地球全土に影響を与えるバカが考えたようなすげー遺物でもよー、ウィーチューブに動画投稿しまくってたら徐々に効果薄れ始めてんの笑うよな」



動画投稿。



今や世界中の人間にとって娯楽となっているそれの利用。



忘れられたのなら、記憶がねじ曲げられているならば思い出させてしまえばいい。



味山達アレフチームは、追手から逃げつつ、ダンジョン内でのあれこれや、とある集落での生活を全世界に配信し続けていた。



地上で定期的にアナウンスと共に起こる都市での怪物の大発生、"ハザード"の時は地上に戻り、その防衛に協力、そして"ハザード"が終結した途端、スタコラとダンジョンへ逃れる。



そんな彼らの姿は少しずつ、動画配信サイト、ウィーチューブを通して、人々の記憶に馴染みつつあった。




現代、誰しもが発信者となれる情報化社会の中で、みんなが目撃している。



テロリストとされながらも、地上での怪物災害が起きればどこからともなく現れ、圧倒的な力で怪物を滅ぼす彼らの存在を。



テロリストのはずなのに、何か奇妙で、そして目を逸らせないような存在を。



何かを忘れているような違和感、それはようやく世界の人々にじわり、じわり、広がり始めて。




「ハートマンのインチキインターネット使えばダンジョンからでもネット投稿出来るのも笑ったわ、BAN知らずの秘匿回線、アイツ、オーパーツすぎるだろ」




「彼はラドンが遺した特別なシステムを搭載したAIよ。およそ100年くらいは地上のシステムを先取りしてるんだもの。ウィーチューブのBANを掻い潜るくらいワケないわ」




「なんか微妙に無駄遣いしてる気がしないでもないな」




「……ねえ、話は変わるのだけれど、そういえば、タダヒトの個人チャンネル、チャンネル登録数は何人かしら?」




「あ? なんだよ、いきなり。お前、俺の個人チャンネルの人数すげえ悲しい数なの知ってるだろ?」



「クス、そうね。確か、アレフチームのチャンネル登録者数が5000万人…… でもこの前のの時の動画がかなりバズってたから、また増えるかしら。グレンの個人チャンネルが100万人、ソフィが大体2000万人、あたしがーー」




「7000万人だろ。くそ、ニホンの人口換算したら10人に7人が登録してんじゃん。存在が覇権コンテンツじゃん」




「アハ、それで、タダヒトは?」




「…………13人」



「その割には、収益が高いわよね」



いつのまにか、アレタからは表情が消えている。味山はそのことには気づかない。



「ああ、どこの誰かは知らないが固定でなんかいつも最大額投げてくれる人が2人いてな。この前なんか、ガキの時の夏休みに、かぶと虫の幼虫捕まえて怪しい業者に売って小遣い稼いでいた話してただけで、スパチャ15万円いったわ、まあ口座凍結させられてるから意味ねーけど」




「……それ、同時接続数は?」



「4人、5人か? いつものメンバー。"けんじゅつむすめ"さんと"ピーチレイン"さん、"げんにょともとじょ"さん、それと今回は珍しく"負けヒロイン"さんもスパチャくれた」




「…………ふーん。そ、人気があって何よりね、ええ、素晴らしいことだわ。……でも、タダヒト、それって少し不健全な気がするわ」




「あ、なんて?」



「その、ファンがいるのはいいことだけど、ほら、少し粘着質っていうか、あまり良くない気がするのよ、特定のファンだけをそうして大事にしようとするの」




「いや、特定も何も、そもそもの絶対数が少ないので俺にとってはこの人たちが全てなんですが」



「不健全。そういう態度がファンとの不適切な行為につながると思ーー




コッケ、WO WO WO!!




「……まあ、落ち着けよ、アシュフィールド。ほら、ココナッツっぽい果物のジュース飲む?」




「……いただくわ。あ、オイシー。……なんかお腹空いてきたわね」



「……だな。またなんか美味そうな化け物見つけて飯にするか」




「そうね、どうせあの鶏のせいできちんと眠れないし、夜食もいいかも、昨日はワニの怪物だったわね、あれ美味しかったわ、シーフードみたいで」



「ああ、でも同じ奴を見つけるの大変だろ。あのワニ、ここから離れた水場にいるし。あんま薄暗い中動きたくねー」




「む、でもそんな都合よく近場に食べれる怪物種なんてーー」





コッケ、WO WOW WOWWOW〜!!





「…………タダヒト、あたし、無性にチキンが食べたくなってきたのだけれど」





「……村で作ったビール、水筒にまだ残ってたよな。よし、決めた」



探索者が動き出す。



例え世界が終わろうと、例え異なる世界に放り出されても、例え世界を敵に回そうとも、人にはそれが必要だ。



「ビア・チキンステーキにしようぜ」




飯の時間が、始まる。



………



彼は、己の声がこの世で1番美しいものだと信じていた。



この現代ダンジョン、バベルの大穴が孕む生命、怪物種として生を受けた彼は生まれた時からずっと、己の美声を磨き続けてきた。




コッケ、 WOW WOW WOW〜




それは昨日も今日も、そして明日も変わらない彼の生だ。



世界で1番美しい己の声を磨き続ける。生物は己の業を振るうために生きる、彼はそのルール通りに生き続けてきた。



己の声が、この鳴き声がこの世で1番美しい。



それこそ彼がこの世で振るうべき業で、彼が信じる真実だった。







『コッケ! WOW WOW WOW〜!!  WOW WOW〜』




今日、この日までは。



「ッ?!?!!」



衝撃、畏怖。



彼のもとに声が響いた。



それは彼の声にそっくりで。



『コッケ WOW WOW〜!』



ありえない、その声を出せるのはこの世界で自分だけ。




突如響いた謎の美声は、彼の怪物としての誇りを傷つけた。




「ッ!コッケコッケコッケコッ WOW WOW WOWWOW〜!」



彼はすぐさま、響かせる。肺袋を膨らませ、鶏冠を靡かせ美声を紡ぐ。



謎の声の主に届けるように彼が鳴き声を響かせる。現れたライバル、それに声の美しさで負けるわけにはいかないのだ。



どうだとばかりの会心の鳴き声。やはり己の声こそが唯一無二ーー




『コッケコッケコッケコッ WOW WOW WOWWOW〜!』




「??!?!?!」




彼が慄く。会心の一鳴き、比肩しうるもののないはずの己の美声を奏でた直後、再び、その謎の美声が響いた。




ありえない、この世界に己に並ぶほどの美しい声を持つ生命がいるわけがない。




彼は負けじと声を再び。



響けよ、我が美声。震えよ、世界。



怪物種61号、ウタイテ鶏が歌う。




「コケコッケ、 WOW WOW WOW〜」



『コケコッケ、 WOW WOW WOW〜』



「!! コケコー、UH UH o WOW〜〜!!



『コケコー、UH UH o WOW〜〜!!』



それはハーモニーであり、輪唱でもあった。彼が複雑に歌えば歌うほど、謎の美声も真田それにつられてより美しい音を奏でる。




己に比肩するどころか、その美声は己と全く同じくらいに美しい。彼は途中から、決して認めたくはなかったが心を奪われ始めていて。



「コケ、 WOW WOWコケコケコケコケコッケ WOW WOW WOWOH!yeah!HOOOOOOOOOO!!」





『コケ、 WOW WOWコケコケコケコケコッケ WOW WOW WOWOH!yeah!HOOOOOOOOOO!!』




瞬間、心、重ねて



シンクロするその美声、いつしか彼は完全にその美声と美声のハーモニーの感覚に酔っていた。



永遠にこの時が続いてほしい、そう願いながら彼が更なる美声を奏でようと動く。



ああ、きっと、謎の美声は自分の声と同じくらいに美しい、まるで自分自身の声そのもののような美声を返してくれるのだろうと期待して。





「コケーー」




「怪物種61号、ウタイテ鶏。世界初の討伐事例は2028年。元歌手のスコットランド指定探索者、スーザン・ラザリー。討伐方法はユニーク。美しい歌声に競い合う習性を利用し、歌声で注意を引き、その隙をついて仕留める、だったな」





「コケ?」




彼は気づかなかった。その響き返ってくる声、それが彼自身の声だったことを。



彼は気づかなかった、普段ならばその翼で容易に逃げ去ることが出来たはずの外敵の接近を許していたこと。



おぞましい、外敵。



怪物種を狩る者、探索者の接近を。



「"耳の性癖" 録音、再生終了」




「コケ?!」



彼の声に匹敵する謎の美声はその探索者に宿るおぞましい力。



"耳"の力。録音され、再生されたもので。




「ナイス、タダヒト」




「コケ!?」



もう1人の外敵が現れる。



慌てて彼が翼をはためかせて飛び立つ、ダンジョンに棲まう鶏の化け物は飛べるのだ。




だが、もうこの距離は彼女の領域だった。




「あとは頼む、アシュフィールド」



「了解、タダヒト。ーーレリック・スタート」



この日、彼は見る。彼は、怪物種61号、ウタイテ鶏は知ることになった。



この世には己の歌声よりも美しいモノが存在していたことを。




金色の毛並みを持つ外敵の周りに、風が、水が、雷が。





"嵐"が傅いて。





「コケっ?!ーー」



彼の翼、空を掴んでいたはずのその翼が途端にいうことを聞かなくなる。



風が逆巻き、雨が突然吹き荒れる。



もう、すでに空は彼の、翼持つ怪物のものではなくなっていて。





「號級遺物"リミテッド・ストーム・ルーラー"」




金色の外敵が何かを振りかぶる。




次の瞬間、体勢を崩した彼の胸に文字通りの風穴が開いていた。



痛みすらなく、彼は意識を手放す。暗黒と眠気が彼を全て包み込むその今際の際に彼は思った。






金色の女が、嵐を従え、それを振るうその姿。


世界の全てが彼女にひれ伏し、従うようなその姿。



雨雫を垂らす金の髪、空色の澄んでいるのに霞んだような狂った瞳、嵐の中に輝くその貌。




ああ、なんて、美しいモノなのだろう。



「コケ、ビューティ、WOW……」



美しさを業として生きた彼は、最期にこの世で最も美しいモノを見出して、滅んでいった。




………

……



「Hello! アレタ・アシュフィールドよ、みんな久しぶり、元気だったかしら? 今日の動画は深夜の飯テロ!って、アハ、あたしが言うと意味がまた違うわね。エヘヘ、さっき狩ったばかりの怪物種の料理なの!楽しみにしててね!」



金髪。透明で、それでいて霞んだ青い瞳。


誰もが目に入れた瞬間、初恋の感覚を思い出してしまいそうな美貌が少女のようにコロコロと豊かな笑顔を浮かべる。


スマホ端末のカメラの前で、アレタがニコニコ笑いながら手を振っていた。



「タダヒトー?もうそろそろいいんじゃないかしら」



「フーッ、フーッ、ウエ、灰吸い込んだ。あー? あともう少しだろ。鶏肉だからきちんと火を通さねえとよー」



村の鍛治職人に作ってもらった火吹き棒で味山が熾火を調整する。



赤々と煌めく薪が、織られた糸のような火を吹き始めていた。



「あ、見て見て、タダヒト。もうコメントたくさんついてるわ」



「お、さすがトップウィーチューバーのアシュフィールド。どれどれ」



【出た! すげえ、またアカウントBANから復活してる! チャンネルのお気に入り登録にも復活してる!】



【どんな謎技術なんだ…… 待ってました!】


【予告なし配信助かります】


【ノン木:スパチャ開設はよ】


【声可愛い】


【遭難生活大丈夫ですか?】


【またソフィちゃんや"お姫様"とのパジャマパーティー配信待ってます】


【グルメ配信とかwktk】


【カガリン:はよ付き合え】


【けんじゅつむすめ:多分ですけど2人は付き合合わないほうがいいと思います】


【ピーチレイン: 我也这么认为 私もそう思います】



「どこでも湧いてくるわね、この2人は」




「あ、けんじゅつむすめさんにピーチレインさん、見てくれてるんだ。ありがとうございまーす」



味山が、見知ったハンネを見かけてカメラに向かって手を振る。



アシュフィールドはその様子を、セミを見つけた猫のような目で黙って見つめていた。



【けんじゅつむすめ:あじ、男の人の方にスパチャしたいのであなたのチャンネルで投稿するのやめてください】



【ピーチレイン:はげどう】



【カサ夏:男の方はなんかムカつくので画面映るな】


【マジカラン:男いらん、変われ】


【怠惰の星:おいおい、モブが映ってんぞ、スタッフ追い出せよ】


【けんじゅつむすめ:は?】


【ももむすめ:全員特定しました】


【げんにょともとじょ:向かいました】





「ーーネットのコツは合わない人間とは関わらないことよ。それより、美味しそうね、タダヒト」



「手ずから仕留めた獲物の肉だ、それに怪物種はみんな美味いからな。炭火焼きとかも良いな。残った肉でやってみるか」



切り分けた怪物のモモ肉。


青い血を丁寧に滝壺で洗い流し、血抜きは万全。


村で作ったスパイスや、地上で買い込んでいた旨味調味料をふりかけたそれを焚き火の上に置いた鉄のフライパンにゆっくり乗せる。




じゅわあああああ。


バターを引いた鉄フライパンの上、敷かれたモモ肉が一気に音を立て始めた。



香ばしいスパイスの香り、肉が焼ける最強の匂いが一気に味山に向かって立ち登る。



もう匂いだけで美味い、酒飲みならこれだけで飲めそうだ。





「タダヒトー、お腹空いたわ、もういいわよ、早くたべましょーよー、ほら、取れ高よ、取れ高。飽き性でせっかちな視聴者のみんなを待たせてはいけないわ、ほら、こんなにコメントくれてるのよ?」




【かみつん:その食べてる奴、もしかして怪物種なの?】



【J:美味そう、どこかで食えるとこないかな?】




「あら、フフ。地上ならバベル島の美食倶楽部なら食べれるんじゃないかしら、味は保証するわよ」




「お前最近配信者としてなんかこ慣れてきたな。まあ待て待て、あ、そこの水筒取って、ビール入ってるヤツ」



「え、これ? はい、何するの? 滝壺で冷やしてこようか?」



「いや、大丈夫」



味山が首を傾げてそのまま、水筒を傾ける。


黄金の麦酒が、熱々のフライパンの上に惜しみなく注がれる。


注がれ落ちるむぎ酒に火が揺めき映っていた。


じゅわあああ。



「えー?! ウソ?! かけちゃうの!? お、お肉とビール同時に台無しにならないかしら」



「台無し? く、ククク、少し寝不足気味の空腹、睡眠不足の原因の化け物を始末しての焚き火と鉄フライパンで焼くチキンステーキ、それにビールをぶち込む、これが不味いわけないだろ、ゼッテーうまい奴だよ、これ」



「……タダヒト、時々、ご飯のことになるとタテガミみたいな口調になることあるわよね」





【修理伍長:夫婦漫才してないではよ作れ】



【神肌の騎手:これがカップルチャンネルですか】



【ちょろさな:状況よくわからないけど仲良さそうで和みます!】



【けんじゅつむすめ:夫婦とかカップルではないですよね笑 え? 男女が一緒に料理してたらそうなるんですか?笑笑】



【ピーチレイン:なんかそういうデータあるんですか?カップルとかおっしゃるなら、私はおでんとか作れますけど?】


【負けヒロイン:仲良さそうですよね、よさ




【編み物の冬:手元映してないで顔写せ】



「顔? あたしの?」


アレタがカメラを覗き込む。パチパチと青い瞳を瞬かせた。


【顔、良……】


【ソソ鹿:嘘みてえにまつ毛なげえ】


【ピーチレイン:貴女の顔はいらないです】



さまざまな反応、9割が好意的で、残りは特殊な人間からの個人的なブーイングだ。




「く、ククク、鉄板の上でビールで煮えられるように肉に火が入っていくのが分かるぜ。パチパチいう音自体がもう美味いわ。わかりますか〜皆さん、俺史上最強のチキンステーキになりそうだぜ」



「ソテーじゃないの?」



「ステーキの方がテンション上がるだろ」



呑気に料理を続ける彼らの姿、ダンジョンという地上では考えられない異なる世界の中の風景が、カメラを通して世界中に届けられる。




【美味そう……】


【銀世界:ニホン人はいつもそうだ、食い物のことに関してだけは一切妥協しねえ】


【酒力: ダンジョン飯を見に来たハズなのにいつの間にかイチャコラ動画になっていた件】


【けんじゅつむすめ:え?笑 イチャイチャはしてませんよね?笑】


【ももむすめ:これはイチャイチャではありませんね】


【コクヨ:その肉洗った?】


【ケモノハット: これがホントの飯テロ】


【レン:本当の飯テロでワロタ】


【魔法:お耳だよ】


【ユン:ホントに腹減ってくるだろうが】




「あー、香りがすごい。スパイスの香りやら肉の香りやら、ビールの香りやら…… KAOLI!! 帰ってきてくれ!」



ダンジョンの"酔い"。怪物との戦闘直後ということもあって味山のテンションは少し高めだった。



「……カオリって誰?」


だが、アレタにはそのはしゃぎ方が気に入らないようだ。



さっきまでよそ行きの笑顔でニコニコしていたのに、味山がカオリ!! とか言い出した瞬間、スッと表情が消えた。




「え? うそ、何その怖い顔。お前なんで変なとこでスイッチ入るの?」




アレタの豹変には割と慣れている味山。ケロッとした顔で問いかける。だが、フライパンを握るその手は少し震えていた。



【ワロタ】


【目覚めた蛮族:ニホン人、そこ代われ】


【本当に代わりたいか?】


【突進:アレタだけ写せ】


【けんじゅつむすめ:カオリって誰ですか?】


【ももむすめ:カオリって誰ですか?】


【げんにょともとじょ:カオリって誰ですか?】


「また、あたしの知らない女の子なの? あ、もしかしてタダヒト、この料理ってその女の子と一緒に作ったり食べたりしたことあるとか? アハ、いいのいいの、気にしないで。ねえ、おはなし聞かせてよ、どういう子なの? リン・キサキみたいな可愛い子?ユートンみたいな綺麗な子? ねえ」




「ひえ」



口は災いの元、味山は知らずに踏んだ地雷の処理を求められる。



楽しくお料理していただけなのに、どうして……



試練の時、しかし、味山只人には試練に対抗するための力がある。



ある恐ろしい化け物、それから拝領したおぞましい力。






TIPS€ アレタ・アシュフィールドに料理を食べさせろ。あーんと言え





耳に響くのは、奇妙な声。誰の者とも分からない、しかしこれまで何度も味山を試練から拾い上げたもの。




味山只人は"ヒント"を聴く力があるのだ。




「バカみてえなヒントだ…… まあ、いいや。火も通ってる、みたいだな」



こんがり、焼け上がったチキンステーキ。


わずかについた焦げ目に、透明な脂を纏った美しいステーキ。



スパイスと旨味調味料だけのシンプルな味付け。もうすこし調味料が有ればソースなども作れたのだが……



味山が、フライパンの上で肉をナイフで切り分ける。揉み込んだ鶏の化け物の肉は驚くほどに柔らかく、皮まですんなりとナイフが入る。



「聞いてるの? タダヒト。別に怒ってるわけじゃないの。ただね、あたしはアレフチームのリーダーとして仲間のプライベートもある程度理解しておかなくちゃならないの。だってそうでしょ?あたし達の立場っていま本当にすごくバランスが難しくてーー」



「今のリーダーはクラークだろうが。大戦犯やらかしたアシュフィールド先生。ほら、焼けたぞ」




「え?」



「え、じゃねえよ。食べねーの? 多分、かなり美味いと思うけど」



味山が努めて、平気なふりをしながら一口サイズの肉をフォークで摘んで差し出す。


すごく恥ずかしいが、ここで恥ずかしがってはダメだ。あくまで天然を装ってアレタの機嫌を取る必要がある。



「エ、ア…… い、イタダキマス……」



嵐の目のような無表情から一転、目をキョロキョロさせ、少し癖のついたブランドヘアを何度も何度も弄り始めたアレタ。


意を決したように、味山の隣に腰掛けて口を開く。




食べさせてもらう気満々じゃん。


一瞬、おじけた味山、しかしここで怯んではまたアレタのビョーキスイッチが入ってしまう。


「火傷すんなよー」



「う、ウン……」


髪の毛を耳にかけ、アレタが目を瞑って口をあーんと開ける。



歯並び綺麗だなーとか思いながら味山はそっとフォークでチキンステーキをアレタの口まで運んだ。



「あー…ん……」



ぱくり。


アレタがそれを頬張る。なんか生き物に餌付けしてる気持ちになる、実際そうなのだが。



「あ、……美味しい」



「お、マジ?」



ステーキを頬張ったアレタが目をぱちくり、口元を押さえてもぐもぐ。


どうやら味付けは間違えていなかったらしい。


急に黙ってもぐもぐ、すっかり毒気は抜けたらしい。



「美味しいわ…… ぷりぷりしてるのに皮はパリっとしていて、噛めば噛むほどじゅわっと美味しい……」



「ほほう、アジノモトが効いたか? やっぱニホンの旨味調味料すげえな。タテガミのおっさんのやり方に間違いなかったか」



「タダヒトも食べてみてよ。あ、そうだわ。フォーク貸して」



「ん? おう」



「はい、アーン」



「え?」



「……なによ、あたしに食べさせた癖にタダヒトは食べてくれないの?」



「え、ええ……」



飯は1人でゆっくり食べたい派の味山、抵抗感が思わず顔に出る。



チラリと手元の端末を覗くと




【エチルアルコール:美食倶楽部のシンプルステーキと同じ味付け? 美味そう】


【ゼンイン:化け物の肉食べるの?探索者ってやばくて草】


【チキン男:なんだあの男、ずっと見切れてろよ】


【パト:切って焼くだけで料理と言いそう。切って焼いていちゃつき始めた……】



【けんじゅつむすめ:は? 距離近すぎません? てか女の人あざとすぎて鼻に付きます。絶対性格悪いし重い女ですよ。周りの凡才をナチュラルに見下してそう】



【ピーチレイン:不健全ですね、卑しい女性ですね、気づいたら親への紹介や保護者への紹介して家に入れそうですね、重たい女です】



【負けヒロイン:ですね。確かに。長年の想いとかそういうの全部無視して自分の欲しいものを掻っ攫う女の気配がしますね】



【男の方そこ代われ】



【言うほど代わりたいか?】



「うわ、炎上しとる」



「よそ見しないで」



ずいっと、出てくるアレタ。


人種が違う美しい蒼い瞳、人を魅せ、気づかず狂わせる英雄の目が味山を映す。



アレタの内側にある色々なものを知る味山、しかしなんかもうステーキの方に集中したいのでめんどくさくなってきた。





「あ、はい、じゃあもう食うわ」



なので、アレタの言う通りにすることにした。


フォークを差し出してきたアレタの手を掴み、口を開ける。



「え、ちょ、待っ、もうすこし躊躇っーー」



アレタから妙な雰囲気が霧散する。わたわたと慌て始めて。




もぐり。そういうの全部無視して味山がステーキを頬張った。




「うわ。美味…… 俺、天才じゃん、火加減の」



じゅわり。


噛み締めた瞬間、香ばしい脂が広がる。しかし全くしつこくない。



スパイスの爽やかな風味と、肉本来の味、そして旨味調味料によって追加された旨味。




「うーまーい!! 動物性旨味成分のイノシン酸とアジノモトのグルタミン酸! 旨味の相乗効果によるハーモニー! わかりますか、皆さん! 本当に美味い!」



もぐり、もぐり。


しっかり肉、肉肉肉。なのにぽんぽん食べていける。



でも何か足りない気がする、なんだろうか。



すっかりアレタのことを忘れた味山が肉に夢中になる。


「むう、なんか納得いかないのだけれど。タダヒトの癖に生意気だわ」



アレタが口を尖らす。



「お前だけに分かる法則で喋るのやめてくれる?」



「フフン。……ねえ、タダヒト」



「うん?」


アレタがそっと、味山からフォークを絡め取る。フライパンからステーキを一切れ掬って口にする。



星の光、夕闇の中1番初めに見える星みたいに少し笑う。




「美味しいね」



「ああ、美味い」



すっと、アレタが味山の近くに座って。


「ねえ、タダヒト。あの時も、あの夜もあなたはこうしてご飯を食べてたの?」



「あの夜、あー、トチ狂ってたお前をぶちのめしに行った日? うん、お前んちに置いてたシメの白米と生卵とかごはんのお供でパーティしてから出発した」



水浴びしかしていないのに、夏みかんみたいないい香りが味山に届く、アレタの香りだ。



「クスクス…… それは、うん、あの時のあたし、負けるわけね」



「ああ、飯食うやつと飯食わない奴が戦ったらそりゃ食う奴が勝つだろ」



「ええ、ほんと。強かったわ、タダヒト。たくさん殴られて、殺されるかと思ったもの」



クスクスとアレタが口元を抑え、笑う。ほんとにたのしかった思い出を振り返るように目を細めて。



「俺もぶっ殺されると思ったよ、"52番目の星"殿」



「フフ、でも、あなたの方が強かったわ、凡人探索者」



一度は違えた道がある。だがそれはしかし、決定的な破滅を経た上で、彼らはその悲劇を乗り越えた。



世界を騙し、敵に回し、ああ、神を殺した。



「ねえ、タダヒト」


英雄がつぶやく。


「あいよ」


凡人が答える。



「今度は最後まで一緒だから。続けましょ。あたし達の探索を」




「ああ」


ひょいっと味山がステーキを頬張る。あ、これニンニクとかつけたらもっと美味しいな。



ピコン、ピコン。


彼らの動画のコメント欄は元気に炎上し続ける。


彼らの探索もまた続く。



ちっぽけな只の人はいつものように、頷いて。






「ーー了解、アシュフィールド」






〜凡人探索者のたのしい遭難キャンプメシ、おしまい〜

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