第2-5話

     ◆


 貸事務所の広いスペースで、僕は両手に多機能増幅剣を構えていた。

 右のアルダが周囲の空間に干渉し、今は時間進行を極端に遅くしている。

 左のオルタは僕自身の肉体に作用し、神経系の反射速度と、脳の認識能力を強化している。

 何度か繰り返しているが、この二つを同時に支配するのは困難だ。

 成功すれば魔法剣士相手にも使える戦術ではあるけれど、僕自身が一流の魔法剣士と斬り合うのは無茶というものだ。

 つい一週間前のことがまざまざと思い出される。

 超一流の魔法剣士と対峙して生き残ったのは、相棒がいたからだ。

 僕一人だったら間違いなく、今、ここにいない。

 死体が残ればいい方だっただろう。相棒さえ生きていないかもしれない。

 あんな使い手が東京シティにいて、しかも決して摘発されず、排除もされるにいると思うと、それだけでも背筋に冷たいものが流れる。

 ゆっくりと息を吐いて、両手の多機能増幅刀剣の機能を停止。空間が通常のそれに戻り、僕の身体も本来のそれに戻っていく。かすかに皮膚がちりちりと違和感を覚え、頭の奥で鈍い痛みが走るが、それだけで済むのは魔法の制御がおおよそ完璧だからだった。

 魔法使いは、いとも容易く魔法を操る。

 しかし魔法とは、常に破滅と隣り合わせの危険な技術だった。

 はるか昔、どこかの科学者が爆薬を開発したが、その爆薬の元となった化学物質は極端に扱いが難しく、危険だったという。ほんの少しのことで爆発し、実際、爆薬が発明されるまでの開発途中、研究段階において事故で死者も出ている。

 魔法もまた、その発展過程で多くの事故と、甚大と言っていい被害を人にもものにも与えてきた。

 魔法を使った戦争は根絶されたが、魔法の研究、そして実践は今この時も、日進月歩で進んでいる。

 だからそうと分からないように隠蔽されているだけで、この瞬間にも魔法の暴走で消し飛んでいる誰かがいる。

 自分がその誰かにならない保証はない。

 限界を見極めなければ魔法使いなどできないが、しかし、限界を試すのも考えものかもな。

 魔法を計測する機器が記録していたデータを検討しているところへ、エルダーが戻ってきた。

「土産だ」

 投げ渡されたのは例のサンドイッチだった。まだ温かい、というか熱い!

 両手でお手玉のようにして、やっとなんとか掴み止める。

 そんな僕の横で計器の表示を眺めながら、エルダーは湯気の上がるサンドイッチを食べている。

 僕もそれに倣うけど、不思議なサンドイッチだ。食べるのは初めてではないけど、薄焼きのパンのようなものに、ハム、チーズ、魚肉、目玉焼きが挟まっている。今日は味付けはかぼちゃのようだ。不自然な味のようで、変に調和がとれている。

「こういうものを故郷でも食べるわけ?」

 計器をいじり始めた相棒に訊ねると「俺は故郷にいた時間が短い」という返事だった。

 そうか、前にそんな話を聞いた。エルダーは日本で育ったようなものだ。

 しかし、とどこか遠い目をしてエルダーが言った。視線は計器でも僕でもなく、虚空に向けられていた。

「祖父は好んで食べていた」

 エルダーが祖父の話をすることは珍しい。その人物も魔法使いで、部族の中でも有数の使い手だったと聞いたが、過去形で表現されているし、故人のはずだ。

 不意にエルダーの視線がこちらを向き、その瞳に好戦的なものが宿っているのに、僕はハッとした。驚いたということ。

「この前の敵は、凄かったな」

「え? その話?」

 思わず姿勢を崩しかけたのを、椅子の上で持ち直す。

 相棒は平然と頷く。どこか陶然とした表情にも見えた。

「あれだけの使い手はそうはいない。また剣を交えてみたいものだ」

「僕は二度とごめんだよ。勝てる気がしない」

「しかし、勝つためにこれをやっているのだろう」

 計器のデータのことだ。

 図星なので何も言えない。何も言えないので、僕は黙っていた。

 沈黙の後、エルダーが戦術について解説を始めたので、僕もそれに乗った。

 勝てない相手がいることは、ある時には救いになるのだろう。

 自分が目指す目標が示される。

 相棒がどう考えているかは不明でも、僕はそう思うことにした。

 夕方まで話をして、最後には電話が鳴り出し、役所から仕事の依頼が入った。これでまだ事務所を経営できそうだ。もしできなくなれば、僕もエルダーも、どこか余所で働かないといけない。

 僕が魔法使いを続けようと思うように、エルダーも魔法使いを続けるだろうことは、確信が持てる。

 もし別の事務所に所属したら、エルダーとは現場で鉢合わせたくないと本気で思う。

 この魔法剣士は、敵に回したくない一人だ。

 先にエルダーが単車に乗って去って行き、僕は事務所の明かりを消して、閉まった大扉の横の通用口から外へ出た。警報装置を起動し、念入りに確認してから離れる。

 夜道を歩いているところで、携帯端末が震え始めた。

 相手は友人の一人だった。

 思い出した。昨日の夜、正体をなくして、何をしたか覚えていないんだった。

 僕は恐る恐る、電話に出た。

「へい、美月! 今、どこにいる!」

 友人の声の向こうには喧騒がある。どうやら今夜も飲んでいるらしい。

 急に現実世界に戻ったような気がして、周囲を見回してしまった。

 ひっそりとした夜の闇が僕を取り囲んでいる。

 聞こえているか? と携帯端末の向こうから声が上がる。

 聞こえているよ。

 僕は止めていた歩みを再開しながら答えた。

 僕は生きている。

 まだ生きている。

 生きなくてはいけない。

 それが何の理由もなく、しなくちゃいけないことだからだ。

 遠くで世界が軋む音がする。

 魔法が今も、この世界を変えているのだ。

 静かに、しかし確実に。



(了)

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別世界は彼らの手の中 和泉茉樹 @idumimaki

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