夢の足跡

さくや はなこ

夢の足跡

目が醒めるとさっきまでいた世界の輪郭がもぉぼやけだす。

開けている窓から夜明けの冷たい空気が滴り落ち、外界には青い世界が広がる。

また朝か…。


マキは小さくまるまって見せた。

隣で眠る愛莉とパパが同じ姿勢で寝ているところを、あえて自分だけは違うポーズをとる。

それが今の現実を裏切れる唯一の行為の様に思えた。


リビングでコーヒーを淹れ、ベランダに出て、さっきまでいた夢の破片を集めて微睡む。


不思議な夢だった気がする。

学生の頃熱を上げて付き合った男とその父親が出てきた。

当時お互いの実家に出入りし、夫婦ごっこを熱演した彼は今どこでどうしているのかは知らない。


どこかに収容されていた私をこの親子が迎えにくる夢だった。

男の父親と夕食をどこかのレストランで共にし、今までの人生の事情聴取をされた。

自分の面持ちや心情は全く思い出せなかった。


そしてついに、私を迎えに来てくれたのだと信じた。

夫婦ごっこだったのがお遊びでは無くなる時が来たのかもしれないと。


男の父親が経営している会社に案内され、従業員に紹介された。

そこでその中の1人に夢現から引き戻されたのをやけにはっきりと思い出した。


「あなたがミサキさんですか?

お話は予々聞いております!

是非僕たちに力を貸してください!

僕たちの希望だ!!」


と言われたのだと。


そこだけは砂が手から零れ落ちる様な感覚だったのを覚えている。

触れることが出来て感触もあるのに、何も残らない感覚。


私はマキだ。

平成生まれでカタカナ2文字の、何の重みも無い名前だと思う。

母親は海外でも活躍できる様な名前を付けたくてマキにしたと言う。

生憎私は日本から一歩も出たとこはないのだけれど。


どれだけ愛した感覚が深くとも、彼らの中で私の認識はミサキなのかもしれない。

夢という自分が作り出した虚像を恨めしく思う。


そしてやはり、マキの世界はここで。

もし私の夢が何かの暗示だとしたとしても、その男の隣にいるのはマキではない、美咲か、実沙紀などという様な知らない漢字の名前の女なのだろう。


「後味が最悪だ…。」


コーヒーを啜る手が少し震えた。

まだ春になりきれない空がどんよりと白く今日の朝を象る。


まだこの世界の憂鬱に触れていたい。


6時半にタイマーセットされたテレビが映し出したアナウンサーは今日も元気だ。


夢の断片に男の父親の背中を見た。当時の男の背中に少し父という哀愁を足したような姿だった。

私が愛した男ももしかしたらとっくの昔に父になり、そして同じ様な夢を見ていればいいと思った。

そして、可でもなく不可でもないあんな父の背中をしていればいいと思った。


寝室から愛莉のママ〜と呼ぶ声がする。

いそいそと過去を片付け、マキは母を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢の足跡 さくや はなこ @hanaco_thoth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ