第3話 英雄ユリウス
「そこからが本当の地獄だった…。すぐに空から大量の翼を持った魔物達が突如、サングイス国に攻め込んできて人々を襲い始めたんだ…。まるで空腹を満たすようにして人々を…っ」
朧げな記憶を頼りにアマトは、エレノアに手を優しく握られながら、悲劇の成り行きを時々詰まりながらも何とか話し始めた。
「魔力を使えない一般の人々は次々とやられていった。けど、ずっと一方的だった訳じゃない…。騎士団が居たから最初の方は対等に戦えていた…」
俺もその後騎士団に武具を取りに行って必死に戦った、とアマトは付け加える。
「この国の騎士団だって、殆どの人が魔力を使えた。俺だって風の魔力を最低限使えた。だから、苛烈な戦いはその分長引いた…」
アマトは再度乱れた呼吸を整え、再び語り始めるも、段々と記憶が鮮明に蘇る度、説明は何度も滞ってしまう。
「っ…けど、英雄ユリウスを失った騎士団は脆弱なもので、段々と数に押されていった。そして、騎士団長ルーカスがやられてからは一方的だった…っ!」
溢れ出る感情を何とか押し殺し、アマトは心配そうにこちらを見つめるエレノアに続きを語る。
———————
ユリウスが雷に倒れたその後、町中は絶望と混乱に支配された。
英雄ユリウスがやられたという世紀の大惨事は、騎士団に直様報告され、騎士団長ルーカスを主体としたサングイス騎士団を機能させるに至った。
そして暫くして、怖気を震うほどの数多の漆黒の魔物達が空から
翼の生えた獅子のような猛獣に、樹木ほどの巨躯と歪な牙を兼ね備えた鳥獣などの異形の魔物ばかり。
その軍勢に騎士団は少しずつ押されていき、やがて騎士団長ルーカスが倒れ、次々と周りがやられていく。
「くそっ!!」
そんな中アマトは、かつて上司から討伐対象として命令されていた小型の飛龍、ワイバーンの吐き出す火炎から身を躱すのに必死だった。
何とかして身を隠したかったが、狩りに飢えたワイバーンの視線から逃れる事は不可能。このまま逃げ続けても追いつかれる、そう考えた末にアマトは町の広場に逃げ込み、迎え撃つことにした。
「嘘だろ、こんなにデカいのかよ…」
目の前の5メートルを超えるワイバーンと対峙し、改めてかつての自分の無謀さを自覚する。ワイバーンは小型とは言え、立派な龍族だ。新米が戦ってまともに勝てる相手では無い。
しかし、今はそんな事を考えてる暇などない。
「…ユリウスは絶対に生きてる。だからさっさとぶっ倒して戻らなきゃならねぇ!!」
アマトは、目の前で鋭い牙を剥き出しにして甲高い咆哮を上げるワイバーンを迎撃する覚悟を決めた。
今にも破裂しそうな心臓の鼓動を抑える為、冷たい空気をゆっくりと肺に取り込み、
「…我が風よ、悪しき敵を薙ぎ払え」
持っていた片手剣を手放し、目の前に立ち塞がるワイバーンに対して、未熟者が放てば全ての魔力を消費してしまう、諸刃の剣たる強大な風魔法の詠唱を始める。
異変に気が付いたワイバーンが高速で紅翼をはためかせ、空を切り裂きながら此方に迫ってくる。
その直前、天に掲げた両手に籠る、強力な渦を巻いた風の魔力をワイバーン目掛けて撃ち放つ。
『グラン・ヴィント!!』
共倒れ必至の捨て身の大魔法が、神風の大渦を巻いてワイバーンの鉄のように硬い鱗を次々と砕き、筋肉で引き締まった巨体を容赦なく斬りつける。
「キィィィ!!!」
常人の耳を
「お前の相手なんかしてる場合じゃねえんだよ!!」
両手で持った片手剣の先を向けて首元に狙いを定め、鋭く光る鋼鉄の刃を深く突き刺そうとした。
しかし、
「…は」
突如全身の力が抜け、アマトはその場に崩れ落ちた。先程の魔法は最高位であるが故に反動が大きすぎた。
身体の虚脱感から、立っていられずその場に倒れ込んだアマトは、そのまま力の抜けた全身を起こす事が出来なかった。
腰を抜かしたアマトは尻餅をつけたまま、必死に後退る。
「くそっ、身体が…っ」
なんとか致命傷を避け、傷ついた体を舐め始めたワイバーンはその後、目前の赤髪の少年に、漆黒の巨眼を更に鋭くして、ただ怒り狂う。
「あ、」
そんな恐ろしい形相をしたワイバーンを目の前にして思わず情けない声がアマトの口から漏れ出た。
そんな絶望的な状況で、ふと頭をよぎったのはアマトの心残りであった、喧嘩の際に別れた親友のユリウスを置いて自分だけ逃げて来たことだった。
「っ…ざけんな! 諦めてたまるかよ!」
しかし、諦める気は滅相も無いアマトは、尻をついたまま、剣を拾い直し、再び立ち上がろうとするも、
「…っ」
全ての魔力を使い、体力の殆どを大きく削った先程の大技の反動は、アマトの想像を遥かに超えており、もう既に立ち上がる気力さえ無かった。
「…悪い、ユリウス」
迫りくる死を目前にしてアマトは、薄く笑いながら感情に浸り出す。精神を何とか保つための人間の防衛本能なのか、愚かな自分に対する自嘲なのかは分からない。
「天上の島に行って、蒼空を一緒に眺めることは出来ねぇみたいだ…」
遠い過去に交わした親友との約束。それを守れない事を最後に酷く悔やむ。
「キィェェェェ!!」
そのままアマトは、怒り狂うワイバーンの口元から放たれる灼熱の炎に身を包まれ、焼きつくされる筈だった。
しかし、
「何が出来ないって? アマト」
その気高き美声は、アマトの緊張を融解し、心に温かな安らぎと希望を与える。
「そんな筈はないさ。俺たちの彼方からの夢なんだから簡単に諦めないでくれ」
アマトの身体が壮絶な灼熱に包まれる直前、目の前に現れたその声の主は
「万物を押し戻し、遮断せよ」
「!!」
一時も忘れる筈がない。銀と黒が前後に織りなす特徴的な髪の少年が、轟々と一直線に発射される灼熱の劫火を、横一直線に振り抜かれる陽光のように轟々と輝く剣で、いとも簡単に消滅させた。
彼に助けを求めし時、どこからかふと現れ、目撃者が瞬きをする間に全ての障害は解決されている。
また、誰かが言った。彼がある限りこの国の平和は必ず約束されている、と。
眉目秀麗。
そんな、世界から大いなる祝福を受けし神秘的な少年ユリウス。
突如眼前に現れ、灼熱の抱擁を防いだのはまぎれもない、英雄であり唯一の親友ユリウスだった。
「すまない…」
白い騎士の礼服に身を包んだ、サングイスの英雄ユリウスは、目の前で立ち尽くすワイバーンへ、音を凌駕する速度で接近する。永遠の時間を一瞬に凝縮するような、彼にのみに許された無我の境地に達した身技。
刹那にしてワイバーンの長い首を切り落として、黒い血肉へと変化させる。アマトを襲ったワイバーンは痛みを感じる暇もなく崩れ落ち、絶命した。
「間に合ってよかった。アマト、怪我は無いか?」
「っ ユリウス!! どうして…」
そこにはいつもの柔らかな微笑みを浮かべるユリウスが立っていた。
だが、そんな余裕を見せるユリウスの口元からは大量の血液が流れ出ており、白い騎士の礼服は血にそまり、呼吸も明らかにおかしい。そんな瀕死の英雄の姿は未だかつて見た事が無かった。
それに見かねたアマトは、立ち尽くすユリウスを直様背中に乗せ、当ても無くただ走りだす。
「ユリウス、ひとまず逃げるぞ! どこか安全な場所へ…」
しかし、もう既にこの国にはどこにも安全など存在しなかった。
「キィィィィ!!」
瀕死のユリウスを底力で背負ったアマトは、高速で羽ばたく、もう一体のワイバーンの接近に気づくのに遅れた。
「!!」
先程のワイバーンよりも一回り大きな個体が崩壊しかけた家屋から飛び降り、此方に狙いを定めて強靭な牙を剥いて疾風の如く迫る。
絶対的な畏怖と絶望に気圧され、足をすくませたアマトはまるで蛇に睨まらた蛙。ユリウスを背負ったままその場から一歩も動けない。
「っ!!」
そのまま二人は、高速で接近するワイバーンの強靭な牙によって貫かれ殺される。誰もがそう思うような目を背けたくなる状況だった。
「…アマト」
しかし、そんな二人の最期を予期させるような最悪の状況の中、ユリウスが不意にアマトの名を呼ぶ。
「…すまない、許してくれ」
ユリウスが耳元で突如、そう囁く。温かな吐息がアマトの傷ついた頬を優しく撫でる。
だが、それにアマトが答える暇も無く、ワイバーンの牙が二人纏めて捉え…。
ザクッ
襲われる瞬間に瞼を強く閉じたアマトの身体に自然と痛みは無い。
「……?」
その代わり、僅か手前で何かが断ち切れるような凄まじく鈍い音がした。閉じた瞳ではそれ以上は何が起きたか、その時はすぐには分からなかった。
しかし、背中にあった重圧が無くなっていた事に気付く。まさかと思い、鳴り響く心音と共に痙攣した瞼を大きく見開く。
「……あ」
そこには、自分を庇ってワイバーンの鋭い牙に首元から身体を縦に刺し貫かれたユリウスが、両手を広げ此方に身体を向けて立っていた。
3話 END
赤髪の異邦人 〜自由への旅路〜 ほしのすな @offceramukara
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