第2話 突如終わりを迎えた国



「この国、サングイス国で起きた事を教えてくれないか? ゆっくりでいいから。自分のペースで良い」


 焚き火台の正面に、藁を敷いた座布団に座った二人は暫くの間共に休憩することにした。

 先程エレノアが渡した、焼いた獣肉とパンと水はアマトの命を何とか繋ぎとめた。


 隣でエレノアに背中を優しくさすられながら、アマトは乱れた呼吸を少しづつ整える。

 やがて落ち着いてきたアマトは、パチパチと儚げに揺れる炎を紅色の双眸で見つめながら話しだす。


「…俺達がこの国で平穏に暮らしていたある日。その時俺の少し後ろに居た1人の少年目掛けて突如、空から一つの小さな雷が落ちて来たんだ…」

 

 1ヶ月前のその日起きた事。それはこの国の惨劇の始まりだった。


「…謎の雷を受けた少年、そいつの名前はユリウス。この国で14歳にして英雄と呼ばれた俺の親友だった」


 目を背けたくなるような過去の事実にアマトは必死に涙を堪え、震える唇を強く噛み締める。エレノアはそれを黙って聞き、時々悲しげな表情で頷く。


「…あまりに突然のことすぎて今でも訳が分からない。だから俺はその瞬間、酷く取り乱して…」


 震えるアマトは、再度嗚咽が溢れる。しかし、なんとか喉を振り絞りエレノアに、自分の後悔を吐き出す。


「俺は…っ 一度その場から逃げ出したんだ…!」


 その過去の強い後悔が今のアマトを苦しめる大きな要因となっていた。


「それでその後、魔物に殺されかけた俺を、突如現れた瀕死の状態のユリウスが庇って……ユリウスは……」


 アマトの頭に二ヶ月前の情景が、亡霊のように浮かび上がってくる。


——————————



「っ! だから何を考えてんだ!! 俺はもう立派なこの国の一人の兵士だ!! わざわざお前に守られる必要なんてねぇ!!」


 遡る事二ヶ月前、常に薄暗いサングイス国にて、大勢の民によって賑やかに立ち並ぶ商店街を一瞬にして静寂にする程に、激しく喧嘩する17歳の同い年の二人の少年が居た。


 一人は今年、騎士団に入団したばかりの赤髪の少年アマト。


 もう一人は銀と黒で前後に分かれた髪に、黄金色の瞳。アマトよりもやや高めの身長の少年ユリウス。

 彼は14歳にして、約100年に渡りサングイス国の平和をおびやかし続けた、全長40メートルに及ぶ黒邪龍の討伐を単独で成し遂げた、この国の英雄だった。


「アマトが十分立派になったなんてそんな事は十分分かってる。けど、はっきり言ってアマトにワイバーン討伐は危険すぎる。奴は機敏で、それで以って口から灼熱の炎を吐き出す。そんな相手に一人で勝てるのか」


 二人の喧嘩の発端は、アマトの初任務である、体長10メートルを超える小型の飛龍、ワイバーンの討伐を騎士団の上官から任じられた際、ひそかに同行するという話をユリウスから提案された事だった。

 アマトはそれに強い憤りを隠せなかった。


「そんなこと言ってたらいつまで経ってもこの国の英雄様のお前には絶対追いつけないし、誰だって守れやしねえ!! だからもう俺を見くびるな!!」


「アマトの上官、ローガンは今まで新兵の初任務で丈に見合わない敵を割り当て、数多くを死なせている。アマトはそうなりたいのか?」


 二人の言い争いに決着はつきそうに無かった。それを見かねた八百屋の年配の男が止めに入ろうとしたが、アマトに突き飛ばされて以後、誰もその激しい喧嘩を止めようとする者はいなかった。


 だが、


「…最初から全てを持ってたお前に何が分かる」


「っ!」


 アマトの心無い、たった一言によってユリウスは返す言葉を無くし完全に黙り込んでしまった。

 そうして長らく続いた喧嘩が終わった。


 その後、きびすを返してその場から立ち去ろうとするアマトの背を、ユリウスはそれ以上追うことは出来なかった。


 そして、再び賑やかな商店街が再度、息を吹き返そうとしたその時。


 全てが狂い出したのはその時だった。


「!!」


 どこからなのかは正確には分からない。ただ言えるのはこの広く薄暗い空のどこかから。


 まるで、他の矮小たる者の存在を否定するかの如く、ユリウスにのみ目掛けて一つの、万物を寂滅じゃくめつする小さな雷が襲った。

 


 二話 完

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