グルメ雑誌の荒田がいく。

夕日ゆうや

抹茶とほうじ茶のアイスコッペパン!

「この店一番のオススメメニューを頼む」

 腹の出たスーツ姿の男が席に座り、タバコを吹かす。

「店内、禁煙となっております。ご協力ください」

「ふん。どうせたいした料理はだせんのだろう?」

 俺はこめかみがヒクつくのを感じ、厨房に戻る。

「この店、一番のメニューだと」

「なんだそりゃ? ずいぶん嫌な客だな」

「ああ。行列ができているのに、割って入ったみたいだしな」

 店の前には長蛇の列ができている。それを無視するかのように入ってきたのだ。許せるわけがない。

「どうするよ? 懲らしめたいが」

「いいや、あえて最高のメニューで対抗しよう」

「なんでだよ? お前だって一泡吹かせたいだろ?」

 辰巳たつみは心底嫌そうな顔をする。

「ああ。だからこそうまいメシでうならせようぜ」

「……ほう。あえての真っ向勝負ってことか。がぜんやる気でてきた」

「じゃあ、あれを」

「へい。待ってな」


「お待たせしました。当店自慢の一品〝抹茶とほうじ茶のアイスコッペパン〟です」

 見た目はまんまコッペパンの形をしている。

「ただの冷やしたコッペパンではないか」

 男は鼻で笑う。

「そう仰らずに食べてみて評価してください」

 俺はにやりと笑うと、男は眉根をピクッとあげる。

「しかし、ねぇ。わたしたちとしては君たちの組織を調べる立場にいるのだから」

 恰幅の良い男は淡々と告げる。

「いいから。お召し上がりください」

 俺は笑みを絶やさずに、食事を勧める。

 怪訝な顔をする男。

 口ぶりから察するに、グルメサイトやグルメ雑誌の職員なのだろう。

 抜き打ち的に行っているのだろう。

「冷たいコッペパンだな。……ん。なに!? これは……!」

 食べ勧めていく内にコッペパン内部に到達したのだろう。

 男は嬉しそうにそれを頬張る。

 冷たいコッペパンの中には抹茶のアイスとほうじ茶のアイスが入っているのだ。

 この反応からして抹茶のアイスにあたったのだろう。

「苦味が甘さを引きたれてている。それを甘みのあるコッペパンが包み込んでいる。お互いに邪魔をしない味付け。それでいてこの蒸し暑い夏の陽気でもおいしく食べられる」

 男はさらに食べていく。

 次はほうじ茶のアイスにたどり着いたようだ。

「んん! これは!」

 ほうじ茶の香りが漂い始める。

「うまい! なんだ。このクオリティは」

 中に入っていたほうじ茶のアイスが舌の上でとろけ、その香りが鼻を突き抜ける。

「うまいな。どうやってコッペパンの中にアイスを?」

「それは企業秘密です。お召し上がり頂き感謝です」

「私、こういうものでして」

 男は名刺を取り出し、俺に差し出してくる。

 グルメ雑誌編集部所長、荒田あらた

 俺には関係ないが、店主には伝えないといけないな。

「分かりました。すぐに店主に取り次ぎます」

「よろしくな」

 男は気前の良さそうな顔をする。


「なんだって? 編集長?」

 店主は訝しげに名刺を見る。

 あんまり乗り気ではないらしい。

「うちはそんなにいいものをだしていないよ」

 店主が困ったように頬を掻く。

「でもアイスコッペパンはうまいっすよ」

「それな。うまいけど、夏限定だしな……」

「期間限定商品が多いですよね? まだ桜フレーバーのコッペパンもありますよね?」

「まさか、それも食べさせる気か?」

「雑誌で大々的に宣伝しましょうよ! 店主!」

「まあ、いいけど……。あんまり派手なのは嫌だよ。うちは」

 店主である天原てんげんさんは困ったように頬を掻く。

「とりあえず、取材受けてみるか……」

 店主は厨房から出ていく。

 その手には〝桜舞う苺と桃のアイスコッペパン〟を乗せて。


「お! 来ましたな。店主さん」

「初めまして天原愛斗まなとです」

 手にしたアイスコッペパンを差し出す。

「同じのじゃないよな? 新作?」

「こちらは当店限定、期間限定メニューの〝桜舞う苺と桃のアイスコッペパン〟になります。なかなかの人気ですよ。ぜひ」

「ほう。そういうことなら」

 かぶりつく編集長。

 その中から桜のフレーバーが香りを挽き立て、鼻を突き抜ける。そのあとからくる苺の香りと甘さ。そして遅れてくるコッペパンの甘さ。

 食べ勧めると、桜の香りと桃の甘さがマッチしたアイスが飛び出してくる。

 どれも甘さは控えめで、デザートというよりもそういった食べ物だと認識させる。

「うまいな。これを記事にさせてください! お願いします!」

 編集著はその場で床に伏せる。いわゆる土下座だ。

「や、やめてください。……取材なら受けますから」

 これには店主も参ったようで、すぐに取材を受けることになる。

 ちなみに並んでいた列もさばけるようになってきた。

「アイスコッペパン! アイスコッペパンを要求する!」

 などと、客が高らかに宣言するものだから、店内はてんやわんやしている。

 そんな中で取材を受ける店主。

 その額には汗をにじませている。

 コミュ障の店主にとっては大変な仕事かもしれないが、今後のことを考えると、嬉しい悲鳴かもしれない。

「厨房は大丈夫か?」

「僕たちなら心配いりません。すぐにお持ちします」

 閑古鳥が鳴くよりはいいけど。忙しいな。

 俺は次々とアイスコッペパンを運んでいく。

 アイス、とあるように、熱くなるテイクアウトはご遠慮している。あくまでも店内でお召し上がり頂く形になっている。


 取材を終え、一週間後。

 店内はお客でいっぱいになっていた。

 これも嬉しい悲鳴か。

 とにもかくにも〝アイスコッペパン〟の人気がうなぎ登りで顔がほころぶ。

 俺たちの料理が客を喜ばせているなんて、嬉しい限りだ。

 そうして今日もまた働くのであった。

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グルメ雑誌の荒田がいく。 夕日ゆうや @PT03wing

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