第27話 幼なじみと真夏のサンタクロース その7

 下校中、遠回りして立ち寄ったコンビニで、俺とれんはアイスを買った。


 綿菓子わたがしのような雲を見上げながら、棒付きのソーダアイスを頬張って、口に広がるさわやかな甘さに少し気持ちを落ち着ける。


 恋は、何も聞いてこなかった。聞いてこないなら、積極的せっきょくてきに話そうとも思わなかった。


 田んぼに囲まれた細い道を二人で歩く。時々車が通ると、二人して田んぼのへりに足を掛け、車を避けた。


 犬を散歩させる老爺ろうやが前からやって来て、別段べつだん挨拶あいさつをすることもなく通り過ぎる。


 息苦しい校舎内の喧噪けんそうから、この安閑あんかんたる風景に移り変わる日常が、もう随分ずいぶんと慣れたように思えて、どこかでまだ、自分のものとして認識出来ていないような不快感ふかいかんがあった。


 人の中で生きる。生きなければならない。分かっていることだ。遅かれ早かれ、俺たちは今以上に逃げられなくなる。喧噪が日常になり、平穏が遠ざかっていく未来も、いずれ。


七瀬ななせ。今日も楽しかったね」


 いつの間にかアイスを食べ終わっていた恋は、アイスの棒を指で遊ばせながら身体をはずませる。


「楽しかった、のか?」

「うん。楽しかったよ。七瀬もいたし」


 小さな顔に屈託くったくのない笑みを浮かべて、恋はこういうことを、当たり前のように口にする。


 想いは伝えないと伝わらない。


 俺は、恋に何かを伝えたことがあっただろうか。

 俺は何を伝えるべきなのだろうか。


「ん? どした七瀬」


 恋が顔をのぞんでくる。


 尾崎莉愛おざきりあの言ったことが俺の全てだとは思わない。自分でも分かっていないのだ。何が正しいってものでもない。


 ただ、一面いちめん真理しんりであるとも感じていた。


 自分の心ってやつから目を逸らして、本心ってものを理解しないままこの道を歩き今日まで来た。


 俺は何を伝えるべきなんだろう。


 たがいをおぎない、依存いそんし、同じ道を歩く俺たちは、一体何を伝え合えば良い。


 俺は、このままでいたいのか。

 決して永遠じゃないこの関係に、一体どんな変化と、どんな安定を求める?


「分かった!」


 手を合わせ、恋はニヤニヤと笑む。


「アイスが美味しくなかったんだね。残念でした、わたしはもう食べ終えたからね。まあチャレンジには失敗も付きものだよ。次は当たりを引くと良いね」


 勝ち誇ったような顔で、俺の脇腹わきばらひじ小突こづく。

 俺は、思わず吹き出した。


「バカ。ちゃんと定番の味を選んだよ」

「そっか。ソーダ味が定番じゃないことなんてないもんね」

「ホントに、お前はどんなときでも答えを間違えるんだな」

「失礼な!」

「事実だろ」


 幸せそうに、恋はにんまり笑う。


 ゆっくり歩く田んぼ道。

 見慣れた景色と、静かな世界。


 二人の間に流れる時間は、きっとこれが、なるほど俺が受け入れるべき運命というやつなのだろうと思いもした。


 ――その瞬間に、俺は何も言えなかった。


 何かを言おうとして、伝えることにづいたのだ。


 口にしてしまって良いのか、そもそも俺は何を言おうとしたのか、出かかった言葉を呑み込む。


 心を声にすることを恐ろしいと思ってしまった。


 言葉が本心にもとづくものであるかも判然はんぜんとしないまま口にすることを、俺は躊躇ためらったのだ。


 もしかすると、田神翔たがみしょうもこんな気持ちだったのだろうか。


「――七瀬」


 どんなときでもするりと入り込む恋の声が、俺の迷いも葛藤かっとうつらぬいて、心の奥底にまで響き渡る。


「明日からも、また二人で謎解きしようね」


 ……そうだ。俺たちは変わらない。


 いつか変わっては行くだろう。変わってしまうものなのだろう。だが、今は変わらない。


 違う歩幅で、同じスピードで、何気ない日常の謎を、これからも一緒に。


 溶けて棒から落ちそうになったアイスを、慌てて頬張った。


 口の中に広がった甘さは、ここにある全てを肯定するような爽やかさで、今を包み込む。


 人の心は分からない。推理できるものでもない。


 だからせめて、自分の想いには目を向けよう。


 分からないままでいいから。


 目を逸らさないように。


「……ああ、ほどほどで頼むよ」


 謎がそこにある限り、俺たちの日常は続く。

 きっと、続いていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼なじみは謎が解けない 壱ノ瀬和実 @nagomi-jam

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ