【1話完結】婚約破棄をしたら、論破され断罪されました。

よつ葉あき

1話完結



「ヴィオレッタ・グレスフォード令嬢! 君との婚約は、破棄させてもらう!!」



この国の王子である、アタマカール・フォレスタ殿下が声高々に宣言した。卒業パーティーという全生徒や保護者が集まったこの場で、ホールの中央のアタマカール殿下とヴィオレッタ様に視線が集中した。

私も類に漏れず、思わずヴィオレッタ様の事を見てしまう。普通の令嬢なら大勢の前で、このような宣言をされたら泣きながら立ち去ってしまうだろう。


でもヴィオレッタ様は泣く事もせず、真っ直ぐにアタマカール殿下を見返していた。


「それは······、どうしてでしょうか?」

「はっ! 自分の胸に手を当て考えてみろ。君のした行いが、私の妃として相応しくないからだ!!」

「············」


ヴィオレッタ様はその言葉を受けて、自分の胸に手を当てたが暫くすると、こてりと首を可愛らしく傾げた。


「何も、心当たりがございません」

「君は⋯⋯っ! 自分がした事を覚えていないのか!? ならば私が君の罪を皆に教えてやろう」


睨むようにヴィオレッタ様を見つめたあと、周りを見渡すと······


────!!!?


アタマカール殿下はコツコツと、大股で此方にやってきたと思うと、なんと私の肩を抱きヴィオレッタ様を怒鳴りつけた。


「このフレイヤ・オズバーン嬢が元平民であり、下級貴族だというだけで数々の嫌がらせをし、更には階段から突き落とすという殺人未遂まで働いたからだ!!」


私は頭が真っ白になり呆然とする中、アタマカール殿下は続ける。


「しかも自分で手を汚す事無く、友人······友人ではないな。自分の家の地位や財力を盾に、命令をした者達を使うなど······っ!

そんな卑怯な女は私の妻にはできぬ。愚かな者を王族にする訳にはいかぬのだ!!」


私を抱き締め、ヴィオレッタ様を睨むアタマカール殿下の横顔を見上げた。


輝くような黄金色の髪に、海の深いところのようなブルーの瞳。王道の王子様のような、整った容姿をしている。

······いや、本当に王子様なのだけれど。


そうなのだ。そんな恵まれた容姿をしている上に、彼はこの国の正真正銘の王子様。

当然、憧れる女性は多く、私もこのアカデミーに入学した頃は、「あの方がこの国の王子様なんだ······」と、遠くから見つめた事もあった。

だがそんな彼は憧れられはするものの、直接告白をされる事などは無かった。

それは彼が王子で、常に側近が傍に居る。というのも影響しただろうが、その最大の要因は──······ヴィオレッタ様が婚約者だったからだ。

数少ない上級貴族グレスフォード家の御令嬢、ヴィオレッタ・グレスフォード様。

美しい夜空のような紺色のゆるい巻き髪に、アメジストのような輝く紫色の瞳。

肌の色は陶器のように白く滑らかで、薄い唇はほんのりと色付いていた。

その美しさは男性はもちろんの事、同性をも魅了する。もちろん私も、ヴィオレッタ様を見るとその美しさに溜息が漏れてしまう。上級貴族という事だけでなく、彼女はアカデミーで一番の美貌を持ち、更に成績はいつもトップ。

そして性格までもが完璧なのだった。



──······私、フレイヤは貴族の中では低位の、下級令嬢。

それも数年前までは、会ったことも無かった父親が貴族だと知りもせずに平民として暮らしていた。

母を幼い時に亡くし、平民の中でも貧乏な暮しをしてた、私。

毎日食べる為に、子供ながら必死に働いていた。

父親は私がまだ母のお腹の中にいた時に、亡くなった。そう母からは聞かされていたのだ。


なのに、ある日──······

突然、私の祖父と祖母だというお貴族様が、私を尋ねてきた。その話によると······


身分違いの恋をしていた、私の両親。

ふたりは愛し合っていたが、母は父の家の下働きだった。父には同じ下級貴族であり、祖父が決めた幼い時からの婚約者様がいた為に、母は身を引いたらしい。

だが、その時には母のお腹の中に私が居た。母は父達の前から姿を消し、ひとりきりで私を産んだ。

「無事に産まれました」という報告の手紙が最後に父に届いただけで、居場所も分からなかったらしい。


そして父は、母を思いながらも婚約者と結婚した。その奥様とは子供に恵まれる事はなかったのだが、それなりに仲良くしていたらしい。

だが、2人で奥様の実家に行かれた帰りの馬車が事故を起こし、2人とも亡くなってしまったという。


祖父母は私の父である、ひとり息子を失って後悔したらしい。

こんな事になるなら······、息子の好きにさせてやれば良かった。

息子が望んだようにするべきだった。婚約してたからとあんな嫁と結婚させなければ······、実家に里帰りなんてする事もなく、事故になんて遭うことも無かった。

身分が違うとしても、母となら子供ができてた。母となら跡取りだって出来たはずだったのに──······と。


そしてそんな中、息子の遺品整理をしていたら母からの手紙をみつけたらしい。これは女神様の思し召しだ! と、息子の忘れ形見である私を必死に探し、やっとの事で見つける事ができたのだ──······。と、涙ながらに教えてくれた。


思い合う恋人達を、家の為と引き裂いた。

そうまでして結婚させたのに、嫁の実家に行った時に事故に遭ったからといって、結婚させた事を後悔する。

私が産まれてた訳だから奥様が原因だった可能性が高くはあるが······、子供が出来なかった事を、嫁のだけのせいにする。


アホか。

実に勝手すぎる話である。

私はその話を聞いて、母にも多少は同情したが、1番気の毒に思ったのは、父の正妻である亡くなった奥様だ。


父と母は、愛し合っていたが政略結婚の為に引き裂かれた。


と言われ同情しそうになってしまったが、父と奥様の結婚は、急に決まったものではなく幼い頃からの婚約者。

つまり、母は浮気相手だ。

人を好きになってしまうのは仕方ない事なのかもしれない。でもだというなら、ちゃんと婚約者と婚約解消をすべきだったのに、それもしないで私が出来たと言う事は······そういう事でしょ?

母は私の事を愛してくれたし、私も母がそんな経緯で私を産んだと知っても、母の事を愛している。

でも父親の事は⋯⋯会ったこともないのでその話を聞いても、浮気男サイテー! としか思えなかった。

話の中にまともそうなのが、奥様しか居ない······。

父の婚約者だった奥様が、1番の被害者だと思えてしまったのだった。


そんなこんなで、数年前に下級貴族オズバーン家の跡取りとして、祖父母に引き取られた私は······。

大変だった。下級といえど、お貴族様。

平民には平民の。貴族には貴族の常識があり、礼儀作法など貴族の常識を覚えるのは、本当に大変だった。貴族になれば楽な暮らしが出来る!と夢見て貴族令嬢になったが、平民で食べる為に働いてた方が余程楽だったと思えてしまうくらいに。


付け焼き刃の状態でどうにかアカデミーに入学できたが、生粋の貴族として生まれた時から過ごしていた他の貴族たちの会話に付いていけない事もあった。

そしていつの間にか、私が数年前までは平民として生きていた事。

父親は貴族だが母は平民で、実は私生児である事が知られてしまい何かにつけて馬鹿にされた。


──悔しかった。

自分の至らなさを言われるなら、まだ我慢出来た。でも私を愛し、女手一つで必死に私を育ててくれた母をも馬鹿にされる事があり、どうしても涙が我慢できなくなった時は、人気がないアカデミーにある小さな裏庭。そこのベンチに座り、ひとり涙を流した。


そんなある日の事。

いつも通り、私が泣きながらその場所に駆け込むと、まさかの先客がいた。


「ヴィオレッタ様······ッ!?」


人が居ただけでも驚きなのに、いつも私が座っていたベンチに、ヴィオレッタ様が座っていたのだ。

思わず名前を呼んでしまった私の声にヴィオレッタ様はビクリと肩を揺らし、顔をあげ私と目があったが······、その美しいアメジスト色の瞳は涙で濡れていた。

(美人さんは泣いても綺麗だわっ!)

と、一瞬見とれてしまったが、

『貴族の淑女たるもの人前で泣く事はあってはならない事です 』

という、貴族の礼儀作法はちゃんとしてた祖母の言葉を思い出し、私は慌ててしまった。

下級貴族のなんちゃって貴族な私とは違い、ヴィオレッタ様は生粋の上級貴族。そんな方の涙を見てしまったなんて······っ!

もしかして、不敬罪で処分されてしまうのではッ!?

と焦っているとヴィオレッタ様は、私には思いもよらぬ言葉を言った。


「もしかして······、貴女にとってもこの場所は涙を流せる大切な場所なのかしら?──······私と同じね」


驚きのあまり涙は止まっていたが、涙のあとが残る私の顔を見てそう言ったのだろう。

自分も涙で濡れた瞳を煌めかせながら、ヴィオレッタ様は優しく笑った。


顔がカッと熱くなるのが解った。きっと私の顔は今、赤くなってしまってるはずだ。私は後退りながら、必死に喋る。


「お、お、お、おなじなんて······ッ! とんでもございまへんです!! お美しいヴィオレッタ様と同じ所なんて······っ! 目が2つあって、鼻と口が1つずつある事くらいしか······」

「危ないっ!!」

「え? ······きゃあ!!」


ヴィオレッタ様が声をかけて下さったのに、遅かった。後ろを確認せず後ずさった私は、落ちていた大きな枝に引っかかり、そのまま後ろにひっくり返ってしまった。


「あ······、いたたたたた······っ!」

「大丈夫!?」


ぶつけたお尻も頭も痛い! 枝を引っかけた、足も痛い!!

もう何処を押さえればいいか分からなかったが、触りやすい頭をとりあえず押さえ悶えていると······


「······ぷッ! あはははははッ!!」


声の方を見ると、そこには爆笑するヴィオレッタ様。このアカデミーに入学してから、私は何度もお貴族様から馬鹿にしたように笑われた。でも、今のヴィオレッタ様から嫌な感じはしない。

そんな嫌味な貴族達は、いつもニヤニヤといやらしく笑ったり、クスクスやホホホホと上品に笑っていた。なのに······今のヴィオレッタ様は、爆笑。爆笑されていた。

あのいつも上品でみんなの憧れの的で、普段は淑女の鏡!! という感じのヴィオレッタ様が⋯⋯?


呆然と見る私の視線に気付いたヴィオレッタ様は、笑いを止めようとしながら言う。


「ご、ごめんなさい······。

転んだ貴女を笑うなんて······でも、貴女······転ぶ前に······『とんでもございまへんです!! 』って······、ブハッ!!」


そこまで言うと、先程の事を思い出してしまったのかヴィオレッタ様は吹き出すと、またフルフルと肩を震わせた。


·········。


確かに言ったわ。

『とんでもございまへんです!』


······恥ずか死す!!!


タダでさえ恥ずかしいのに、憧れのヴィオレッタ様の前で何たる失態!! 思わず頭を抱え縮こまると、ふわりと良い香りがし、頭に暖かいものを感じた。


「大丈夫? 頭が、痛むの?」


ヴィオレッタ様が私の横にしゃがみこみ、私の頭に優しく触れ心配そうに私を覗き込んでいた。


「······っ! ヴィオレッタ様いけません!! ヴィオレッタ様のスカートが、汚れてしまいます!」


ヴィオレッタ様は私の横、地面に膝をついた為に丈の長いスカートが土に汚れてしまっていた。その事に焦り、声をあげるとヴィオレッタ様は一瞬キョトンとした顔をし


「スカートなんて、洗えばいいのよ。その様子なら大丈夫そうね。よかったわ」


そう言って、やさしく微笑んで下さった。



それから──······、

私達は度々、その場所で会った。


最初は、下級貴族の······、しかも元平民の私が。王族である王子様が居なければ、最上位となるヴィオレッタ様と御一緒するなど恐れ多い!!

と遠慮したが、ヴィオレッタ様が本当に寂しそうな顔をされたので、お言葉に甘えて一緒の時を過ごさせてもらった。

最初は緊張して、あまり会話が出来なかったが、ヴィオレッタ様がいつも優しく話しかけてくださるので、私も段々緊張せず祖父母には見せれないような素の自分を、ヴィオレッタ様の前では出す事ができた。⋯⋯私の、誰にも言えずに心に秘めてたもの。


父親が浮気をするサイテー男だと思っている事。

父と母の事を知り、父の正妻に申し訳なく思っている事。

頑張って女手一つで育ててくれた母には、感謝しているし愛してもいるけど······、私の産まれた経緯を知り、ショックだった事。

そして、大好きな母をそんな風に思ってしまう私が酷い娘だと自己嫌悪してしまうこと。


そんな話をし涙する私に、ヴィオレッタ様は何も言わずにただ隣に居てくださった。


ヴィオレッタ様との秘密の時間は、慣れない貴族生活に疲れた私にとって、本当に楽しいものだった。

辛い時は相変わらず裏庭で涙したが、ヴィオレッタ様は⋯⋯ヴィオレッタ様からしたらきっと、くだらないだろう私の悩みを、笑うこと無く真剣に聞き、アドバイスを下さった。


ヴィオレッタ様も出会いから暫くたってからの事だったが、心の内を私に教えてくださった。

いつも未来の妃になる為に努力をし、民の見本となるべく過ごしているが、上手く行かず自分の不甲斐なさに悔しくなることがある事。

婚約者であるアタマカール殿下の、支えとなるべく接しているが、思いが伝わらず空回りしてしまう事。

こんな状態で、王族の妃になれるのかと急に不安に襲われ恐くなり、涙することがある事。

そうして泣きたくなった時には──······この場所に来ること。


私には完璧に見えていたヴィオレッタ様が私と同じ様に、悩んだり涙する事があるを知り親近感を覚えた。

······いや、私には婚約者はいないし、下級貴族の礼儀作法とはレベルは違うのだが。

ヴィオレッタ様がテストで95点をとり、『満点をとれなかったわ』と反省するのをみて、私が95点なんてとったら、コピーしてばら撒くんですけど!?

と驚愕したこともあった。


「裏庭以外でも仲良くしましょう?」


ヴィオレッタ様は、そう言ってくださったけど······私にはその勇気がなく、普段裏庭以外でお会いした時はお友達(そう言うのは恐れ多いけど、ヴィオレッタ様はお友達と言ってくれた)だと言う事を隠し、会釈をするくらいの関係性を保っていた。


でもアカデミーでお会いした時も、他の方には分からないように私に微笑んでくれたり、こっそり手を振ってくれるのが嬉しくて、私も他の方にバレないように合図を返すのが楽しくて······、私はまるで内緒の恋を楽しむかのように、ヴィオレッタ様に会う度にドキドキしていた。


それなのに──······





「君が、フレイヤ・オズバーン嬢かい?」


ひとりで誰も居ない······と思っていた廊下を歩いていた時に、不意に声を掛けられた。そちらを見ると


「え! アタマカール殿下!?」


そこには言葉を交わした事もない、ヴィオレッタ様の婚約者である、アタマカール殿下が立っていたのだ。

──アタマカール殿下に促され、誰も居ない教室に入った。アタマカール殿下と2人っきり。

いや、正確に言えばアタマカール殿下の側近の方が何人か居たが、彼らは何も言わずに空気と化していた。

なんで話した事もない私がアタマカール殿下に呼ばれたの? 意味わからん!

と思いながら、何を言われるかビクビクしながら上目遣いに殿下を見る。


「なんだ? 言いたいことがあるなら申してみよ」

「え? えっと······私は何故、呼ばれたのでしょうか?」


『 下位の者から声をかけるのは不敬です 』


そう祖母から教えられてた為に、アタマカール殿下が話してくれるのを待って黙っていたら、そう言われてしまい戸惑いながら言葉を返した。

いや、呼んだのあんたなんだし、私からは話かけちゃあ失礼なんだから、さっさと要件話せや! と思ってしまったが、ぐっと飲み込んだ。


あんたとか思ってるのバレたら背後の護衛さんに首チョンパされそうだわ。と内心震える。


「実は······、君がヴィオレッタに虐められ泣かされてるのを見た。という噂を聞いたのでな。

ヴィオレッタの婚約者として、真実を確認したくなったのだ」

「············は?」


予想外すぎる言葉を言われ思わず、不敬だー!と言われてしまいそうな、王子様に対して有るまじき呟きが口から溢れた。

だが、今の私はそんな事を構っては居られない!

あの、誰よりもお優しいヴィオレッタ様が虐めなんてする訳がないじゃない!! と我慢できなかったのだ。


「そんなお話、どなたから聞いたのですか? そんな事あるはずがございません!」

「誰から、というのは守秘義務があるので言えぬ。

だが確かなのは、君が涙する傍にヴィオレッタが居た。という目撃証言があるという事だけだ」


なんなの······それ。裏庭でのやり取りを、誰かに見られてしまったのだろうか?

それにしたって何がどうして、ヴィオレッタ様が私を虐めてるなんて話になるの!?誰かは解らないが、そんな間違った事をいう相手に怒りが沸いた。

怒りで震え、涙が出そうになるのを堪えながら尋ねる。


「私は······、ヴィオレッタ様に虐めてられてなど居ません。アタマカール殿下は、その噂を聞いてどう思われているのですか? ヴィオレッタ様は貴方様の婚約者です。婚約者であるアタマカール殿下が、誰よりもヴィオレッタ様を信じてないのですか?」

「私は······、正直解らぬ」


······はぁ?? 何言ってんの?


情けない答えに、あまりにも不敬すぎる言葉が出そうになったので唇を噛み締める。心の中だけで、現実では言葉を発しない私に対し、アタマカール殿下は続けた。


「ヴィオレッタは······、物心つく前から父上が決めた婚約者に過ぎぬ。ヴィオレッタは完璧だ。顔は美しいし、成績は常にトップ。礼儀作法も完璧だ。ヴィオレッタなら私の妃はもちろん、兄上の妃だって······後の王妃だって勤まるだろう」


その言葉を聞き、最初の言葉は別として、私は心の中「いいね!」ボタンを連打した。

なんか、最初の方に情けないアタマワール······じゃ無かった。アタマカール殿下がふざけた事言った時は、ぶん殴りそうになったけど······。


ヴィオレッタ様が完璧!

美しく、常にトップの成績!

礼儀作法も完璧で、王妃にしたい!!


というのは心の中で創設した、ヴィオレッタ様ファンクラブのNo.1であり、ファンクラブ会長の私のハートにズキューンと響いた。


「私は······ヴィオレッタの横に立つと、どうすればいいか解らなくなるのだ」


ん? どうしたの? なんか騙り始めたぞ。

そう思いアタマカール様を見上げると、自嘲気味に笑った。


「ヴィオレッタの髪は美しい夜空のようであり、瞳はアメジスト。顔も女神のように美しいと言われているが、私だってなかなかの美男子だと思うし······」


え······?

ヴィオレッタ様の髪が夜空のように美しく、女神様みたい。というのは「いいね!」500万回連打もんだけど。確かに王子様もイケメンだとは思うけど、自分で美男子とか言っちゃう?


「成績だって、ヴィオレッタが常にトップなだけであって、私が2位······ヴィオレッタさえ居なければ1位の事だってあったのだ」


ええー。貴方が2位だったのって確か入学してから1回だけですよね? いつも大体、10位くらいじゃないですか?

······いつも下から数えた方が早い私が、何も言えねぇ。だけれども。


「私だって幼い時から礼儀作法を叩き込まれてきた。外国語だって、私は母国語と合わせてトリリンガル······3ヶ国語も話せる。

なのに、ヴィオレッタが8ヶ国語も話せて、各国の作法にも精通しているから、私の凄さが霞んでしまうのだ」


えええーー!! さすが、ヴィオレッタ様!

何ヶ国語か話せるのは知ったけど、まさか8ヶ国語も話せるなんて······、しかもその国々の作法まで知ってるなんて素敵すぎます!!


私は胸の前で手を組み、ヴィオレッタ様の素晴らしさに、うっとりとした。


てか、くそぅ。ヴィオレッタ様が8ヶ国語も話せるなんて、さすがは腐っても幼い頃からの婚約者ね!? 私のヴィオレッタ様プロフィールに乗ってない情報を、知ってるとは!!

ギロリ。と睨みたいところだが、後ろの護衛さんが怖いので、じっとみるだけに抑えた。


「ん? なんだ、私の顔に何か付いてるか??」


アタマカール改め、アタマワールは聞いてくる。

おめーの顔に何か付いてようが、どーでもいいんじゃい!!

でもその時、私の脳裏に裏庭のヴィオレッタ様の姿が浮かんだ。脳内ヴィオレッタ様が言う。


「私はアタマカール様の助けになれればと助言をしたのだけれど、『君に何が解る! 優秀な君には平凡な私の気持ちなど、解らぬのだろうな!!』

と、叱られてしまったの。私はアタマカール様をお支えしなきゃいけない立場なのに······婚約者失格だわ」


悲しそうに笑った、ヴィオレッタ様。その言葉を聞き、私は······


ヴィオレッタ様にこんな顔をさせてるなんてッ!

アタマワールめ!! 神様お願い致します。

こいつを水虫にして、頭は禿げ散らかせてやってください!!

と、神なんて信じてないけど、神様に祈った。

あ。思い出したらムカついてきた······。

また神様に祈りを捧げたくなったが、私はヴィオレッタ様の事を思いグッと堪えた。

ヴィオレッタ様はいつも物凄い忍耐で、アタマワールの戯言に付き合ってるんだもの。私もこの一時期くらい、付き合いましょう!

思ってもいない事を言う事に、私の方がストレスで禿げそうだけど、私はヴィオレッタ様の美しい姿を思い浮かべて、ニッコリと笑った。


「アタマワ・・・ごほんっ! アタマカール殿下? 何を仰っているのですか。先程、貴方様がご自分で仰られた通り······光り輝く黄金のお御髪に、深い海のような青い瞳。美男子すぎて、私は見とれてしまいますわ。成績だって······、2位じゃダメなんですか? 2位なんて凄いです! 私は下から2番目くらいですよ!? トリリンガル凄いです! 私なんて母国語だって危ういのに、尊敬ですわ!!」


······なんか途中から、要らぬ私の情報を混ぜてしまった気がするが気のせいだろう。ヴィオレッタ様は、アタマワールが卑屈になるせいで泣いていたんだ。だから、私がアタマワールの自信を取り戻してあげる。

ヴィオレッタ様が少しでも幸せになるなら······、私がストレスで禿げたっていいッ!

そう思い、私は必死にアタマワールを褒め讃え続けた。



「そこまで私を褒めてくれるとは······。其方のおかげで自信が持てたぞ」

「本当ですか!?自信を取り戻してくれたなら、良かったッ。私も嬉しいです!!」


これでもう、あんな発言でヴィオレッタ様を悲しませたりしませんよね!? という思いを込めて、私は笑った。


「其方は······、そんな風に喜んでくれるのか。礼を言うぞ。ありがとう」


そりゃあ······好きな人の力になれたら嬉しいですからね。ヴィオレッタ様が笑ってくれる為ならば、いくらでも頑張れますとも!!


そう思いながら、私に褒められまくり自信をつけたアタマワールと私は別れたのだった······


END⋯⋯


じゃなーーーーい!!!

な・ん・な・の、この状況!?

何がどうしてこうなった!!

私はぶっ飛んでた意識を取り戻し、目の前の現実を見た。


目の前には、青ざめたヴィオレッタ様。

嗚呼······! ヴィオレッタ様は青ざめた姿さえも、お美しい······っ、うっとりぃ。って違うわい!!


てか、1番の意味不明なの、これよ。コレ!!

なんで、私の肩にアタマワールの手が添えられてるんじゃい! ワケワカメ!!

とりあえずヴィオレッタ様を睨む、アタマワールに声をかける事にした。目下の者から話しかけるのは失礼とか気にしてる場合じゃないッ!


「あのー、いったいどういう事なのでしょうか? ヴィオレッタ様が私に嫌がらせなんて、された事ございませんが······?」

「君は優しいな、フレイヤ・オズバーン嬢。君には私が付いている。······ヴィオレッタが上級貴族だとしても気にする事はないっ! 王族である私が、君を守ってみせよう」

「いやいや、意味わからんです。確かに殿下は、『ヴィオレッタに虐められてないか?』とは先日聞かれましたが、私、ハッキリとそんな事はされてません! て、言いましたよね?」

「大丈夫だ。君が泣かされて居たのを何人も見ている。皆、フレイヤ嬢の味方だ。ヴィオレッタに脅されたからと嘘をつかなくていい」


ダーーーー!!! だ・か・ら!

虐めてられてないッ! って何度も言ってんのになんで通じないの!? アタマカールでアタマワールだからですか?? トリリンガルだとか自慢こいてたけど、まず母国語から勉強しろや!! と叫びたくなった。

するとその想いが通じたのか私の肩から、手が離れた。ほっとしたのも束の間、アタマワールがスっと跪いた。何事かと会場が静まり返ったその時、アタマワールが言った。



「フレイヤ・オズバーン嬢。私と、結婚してほしい」



············は?

はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!?


私はあまりの展開に心の中では絶叫したが、現実ではピシリと固まり、何も言えなかった。

会場も静まり返ったままだ。だが、アタマワールはそんな空気をものともせず、続ける。


「君に······『殿下にだって素晴らしい所が沢山あります』と熱い瞳で見つめられながら言われ、気付いたんだ。私にはヴィオレッタのような完璧な女性より、君のような私を認めてくれ応援してくれる女性こそが必要なのだ」


熱い目だったのは、ヴィオレッタ様の為に! という使命感からですぅぅぅ!!


会場が、騒がしくなる。


「下級貴族の令嬢に王子がプロポーズ!?」

「ヴィオレッタ様がお相手だったからと諦めてたのにあんな子が······。だったら私もアピールしとけばよかったわぁ!」


大半が、前代未聞の事態に驚愕!!という様子だが、中には私を羨むお花畑な意見もある。嘘でしょ⋯⋯羨ましいなら代わってくれ!


「あの子、元・平民という噂だった下級貴族よね?

殿下のお相手なんて、第3夫人どころか愛妾でも難しいんじゃ······?」

「え!? 元平民の下級令嬢が、ヴィオレッタ様という婚約者がいらっしゃる殿下を誘惑したってこと?」


段々と増えてきたのは、私に対する非難の目。耐えられず「違······っ」と声を上げようとした時、ゾクリとした。

殿下が私の手をとり、手の甲にキスをしたから──


「フレイヤ・オズバーン嬢。······いや、フレイヤ。私は君を、愛している。私はもう周りの声に惑わされ、愛のない結婚をする気はない! フレイヤが私に真実の愛を教えてくれ、私の目を覚ましてくれたんだ······っ!」


なんの目を? 節穴の目? え、まって。なんでこうなった?? よく分からんが、私はアタマワールの開けてはイケナイ扉を開けてしまったようだ。

とんでもない現実に意識が飛びそうになっていると、新たな人物が飛び出てきた。


「「フレイヤ!!」」


私の祖父母である、オズバーン夫妻だった。······うん。嫌な予感しかしない。


「おお、オズバーン! いや、私もお爺様と呼ぶべきかな?」

「そんな殿下、私共の孫娘が殿下に見初められるとはありがたき幸せでございます!」

「ええ、本当に······っ! 先日、殿下がウチに来られ『フレイヤ嬢に結婚を申し込みたい』と言われた時には夢かと思いましたが、こんな素晴らしい会場で、愛の告白をしてくださるなんて······!!」


私は耳を疑った。何それ? アタマワール······、あんた既にこの爺婆に手を回してたの??

ああ、そうでしたね。確かに婆から『貴族は根回しが大切です』って習ったこともあったわ。

こんな素晴らしい会場で? 馬鹿なの? 私に告白するだけでも頭に何が湧いているとしか思えないが、よりによってこんなに大勢の人がいる場所で······ッ!

なんの罪も無いヴィオレッタ様の顔に泥を塗る様な行為が許されるはずがないっ!!


「──⋯⋯では、今後の事は別室で話合おう」

「はい! 殿下!!」


ハッとした。怒りのあまり思考を飛ばしてる間に、何やらアタマワールと祖父の間で、話が進んでいたようだ。どういう話になったか分からず動揺していると突然、祖母に両腕を掴まれゾクッとした。祖母は耳元でいう。


「良くやってくれたわ、フレイヤ。まさか殿下との結婚なんて······。素晴しいわ!」


祖母と、歩き出した殿下後に続いていた祖父が、こちらを見てニタリとイヤらしい笑顔で笑った。


(⋯⋯やめてっ!)

でも、私の気持ちは無視され「さぁ、行こう」と

祖父は私の手を掴み、殿下の後を追って行こうとする。


(いや、嫌だ······!)

腕を引き抵抗しようとするが、ジジイということが嘘のように強い力で引かれる。

そして私の耳に、また外野の声が聴こえた。


「ヴィオレッタ様の婚約者であるアタマカール殿下を誑かすなんて······。きっと平民の癖に貴族を誘惑したお母様から、すごーい手練手管を習ったのではなくって? よりにもよってあんな······、なんの取り柄も無い元平民に婚約者を奪われるなんて、ヴィオレッタ様もお可哀想だわ」


その声に、頭から冷水を浴びたような気持ちで、周りを見る。皆の目線が私に集中している。その大半は私を蔑み、軽蔑するものだった。

恐怖に震えそうになりながら、恐る恐るヴィオレッタ様を見ると······、ヴィオレッタ様が見た事もない形相でこちらを睨みつけていた。


違うんです······、ヴィオレッタ様。私は、殿下を誘惑なんてしてない!

ごめんなさい。ヴィオレッタ様。

私が、要らぬ事をしたから、こんな事になって──······


そうだ。······私のせいだ。私が、ヴィオレッタ様の為に!!なんて調子に乗ったせいで······っ。

私のせいでヴィオレッタ様を悲しませた。

しかも、よりによってこんな大勢の人がいる中で、ヴィオレッタ様を傷つけてしまった。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい······!!

視界が滲む。加害者の私が泣く資格なんて無いのに。

でも、最後にもう一度だけ。

ヴィオレッタ様のお姿を見て──······。


その時、私の視界に信じられない光景が写った。



ガッシャ──────ン!!!


けたたましい音を立て、ヴィオレッタ様の横にあった大きな花瓶が割れた。突然の音に驚き、会場はまた静まり返った。視線はその音の方へと、集中する。


ヴィオレッタ様が······、花瓶を叩き割ったぁ!?


あまりの事に、私だけでない。皆が固まっていた。

そんな中、ヴィオレッタ様だけがカツカツとヒールの音を響かせながら、アタマカール殿下の前へ······ではなく、殿下の前を素通りし1人の令嬢の前に立った。


「あなた······今、なんと仰いました?」

「え······?」


戸惑う令嬢に対して、ヴィオレッタ様は無言の圧力をかける。そして、思いついた様に令嬢は言った。


「あ······っ!

『よりにもよってあんな、取り柄もない元平民に婚約者を奪われるなんて、ヴィオレッタ様もお可哀想』と申し上げました」

「そうですね。そんな事も言ってましたが······、その前の事です」


一瞬ぽかんとした後、令嬢はニヤリと笑い軽蔑の眼で私を見ると、声高々に言った。


「『ヴィオレッタ様の婚約者であるアタマカール殿下を誑かすなんて······。きっと平民の癖に貴族を誘惑したお母様から、すごーい手練手管を習っ······きゃあ!!」


バシンッ!!


令嬢は最後までセリフを言えなかった。何故なら、ヴィオレッタ様がその令嬢の顔に平手打ちをしたから。

令嬢は言葉も出ない様子で、プルプル震えながら、ヴィオレッタ様を見る。ヴィオレッタ様は、そんな彼女を睨み返すとよく通る声で言った。


「その発言を、取り消してください」

「な、何を······?」

「フレイヤ様を侮辱するような発言をした事です」


暫くヴィオレッタ様はその令嬢を見続けたが、令嬢は震えて涙するだけで何も言わない。その様子に呆れた様に大きなため息を吐くと、くるりと振り返り、会場の真ん中へ移動した。

そして、よく通る美しい声で堂々と言った。


「フレイヤ様を侮辱し、蔑むような発言! 他にもした方が、いらっしゃいますね? そのような事は私が──······ヴィオレッタ・グレスフォードが決して許しません!!」


またも静まり返る会場を、ヴィオレッタ様は確認するように見回し、最後に私を瞳でとらえると言った。


「フレイヤ様」


私はその声を聞き、力が抜けてしまった。あまりの事に呆然とした。祖父もそれは同じだったようで、あんなに強く私を掴んでいた手には、もう力は込められておらず、祖父の手から解放された私はペタリと床に座り込んだ。

もう溢れてくる涙を止められなかった。だって、ヴィオレッタ様が私の名前を呼ぶその声がいつもと同じ······あまりにも優しい声だったから。


「ヴィ、ヴィオレッタ様······」


私は泣いてしまい喋れなかったが、必死にヴィオレッタ様の名前を呼んだ。ヴィオレッタ様は私の前までくると、あの初めて会った裏庭での再現の様に私の横にしゃがみ、私の顔を覗き込んだ。

ヴィオレッタ様も私と同じ事を思ったようで


「この光景······、なんだか見覚えがありますわね?」


あの時と同じだ。裏庭でも見た、優しい笑顔で微笑んでくれた。私はそんなヴィオレッタ様の顔をちゃんと見たいのに、涙が邪魔する。


「ごめんなさい······、わたし······」

「大丈夫ですよ、貴女の気持ちは分かってます。泣かないでちょうだい」


ヴィオレッタ様は私を抱き締め、いつもの様に優しく背中を撫でてくれた。泣かないで、と言われたが私は安心して、逆に涙が止まらなくなった。

恐かった。もう、ヴィオレッタ様に名前を呼んでもらう事は出来なくなったと思った。もう私を見て、微笑んでくれる事は二度と無いんだ。そう思って絶望した。

なのにヴィオレッタ様は、変わらず私に笑いかけ、優しく美しい声で私の名前を呼んで下さった。


「ヴィオレッタ······? これは、どういう事だ?」


訳が解らない。という様子で、抱き合う私とヴィオレッタ様を見つめ、呟いた。

あ? なんだ、まだ居たの? アタマワール。ヴィオレッタ様との時間を邪魔すんな。

そう思いながら、ヴィオレッタ様の胸に顔を埋めクンカクンカして、その良い香りにうっとり~としていると、ヴィオレッタ様は言った。


「それはこちらの台詞ですわ、アタマカール・フォレスタ殿下。貴方は自分のお立場と、この場所がどういった場所かお解りではないのですか?」

「······なに?」


名残惜しいが、ヴィオレッタ様の胸から顔を上げる。そこには凛々しくアタマワール殿下を睨み付けるヴィオレッタ様。


ステキ⋯⋯ッ!

ヴィオレッタ様は怒った顔も、美しいです!!


「まずここは、卒業パーティーの場です。貴方が王子だろうと、本日の主役は貴方だけではありません。卒業生皆が主役です。そんな大事な場所を私的な事に使うなど、言語道断です」

「ふっ······。自分がこの場で恥をかかされた事を、怒っているのだな?」


ブチンっ!


何かがキレた音がした気がするのは私の聞き間違えかしら?

私を抱くヴィオレッタ様が震えているのが解った。これは······泣いているんじゃない。怒りで震えてるんだ。


「アタマカール殿下。寝言は寝てから言ってくださいませ」

「なっ!!」


薄ら笑いを浮かべ、ヴィオレッタ様を小馬鹿にしたように見ていたアタマワールの顔が、ヴィオレッタ様の言葉で引き攣る。ヴィオレッタ様は、ニッコリ笑うと言った。


「アタマカールなアタマワール殿下にも解るように、全て、丁寧に、説明致しますから、しっかりと耳をかっぽじってお聞き下さいませね?」


あ。やっぱり、ヴィオレッタ様もアタマワールって思ってたんだ。私達、気が合いますねっ!!


「もう一度言いますが、ここは卒業パーティーの場です。私と婚約破棄したいのは勝手ですが、皆様の大切な場所でするような話では、ございません。

皆、この日の為に何ヶ月も前からドレスを選び、髪型をどうするか悩み、この晴れの舞台を素敵な思い出にしようとしていました。先生方も私達を祝って下さる為に、この会場の準備を毎日遅くまで残りしてくださいました。なのに貴方は、婚約を破棄したい。そんなくだらない個人的な理由で、その思いを踏みにじったのです」

「それは······っ」


自分でも、不味い事をした事に気付いたようで、アタマワールの顔色が悪くなった。

「そして次に······」とヴィオレッタ様が私を見る優しく見つめられ、私の胸はトゥクンと鳴る。


ヴィオレッタ様、愛してます!!


「フレイヤ様の事です。貴方がフレイヤ様を好きになるのは解ります。フレイヤ様はとても可愛らしい素敵な女性ですから······。ですが! 同じく皆の大切な場所で、私的な告白をするとはどういう事ですか? この国の王子である貴方に、一貴族でしかないフレイヤ様がこんなに人目がある場所で告白されれば、どれ程注目を浴びてしまうか······。考えなかったのですか!?」


嘘でしょ······? ねぇ聞いた? ヴィオレッタ様が······、『フレイヤ様はとても可愛らしく素敵な女性』って。フレイヤって私の事じゃない!?


鼻血噴きそう······。もう死んでもいい! なんで、私の目と耳には、録画・録音機能が付いてないのよ───!!


「なんだ? 嫉妬しているのか、ヴィオレッタ」

「まだそんなふざけた事を言うのですか? 私の気持ちなど関係ありません。フレイヤ様の事を言っているのです。上級貴族の私でさえ、この国の王子である貴方の婚約者という立場は、その重責に押しつぶされそうになる事がありました。なのに······、王族と関わった事もあまりないフレイヤ様にいきなり求婚するなど、ありえませんわ。しかもこんな大勢の前で······、承諾するにしろ断るにしろ、フレイヤ様への負担が大きすぎます。

そして何より、貴方は一応! まだ! 不本意ですが私の婚約者です。婚約者がいる立場で、なんで求婚など出来るのですか? フレイヤ様が非難される事が目に見えているでしょう?」

「······うむ。確かに非難される事もあるやも知れぬ。だが、私がフレイヤの事を護ってみせる!」

「護る······? どの口が言うのですか? 今のこの状況!! 先程、あの令嬢が言った言葉を聞いては居なかったのですか?

『ヴィオレッタ様の婚約者であるアタマカール殿下を誑かすなんて······。きっと平民の癖に貴族を誘惑したお母様から、すごーい手練手管を習ったのではなくって? よりにもよってあんな······、なんの取り柄も無い元平民に婚約者を奪われるなんて、ヴィオレッタ様もお可哀想だわ』

そう、フレイヤ様の事を言ったのですよ!?」


先程の台詞を完璧に覚えているとは、流石は成績トップのヴィオレッタ様!


ビシッ!っと名指しされた令嬢は耐えきれなくなったようで、泣きながら会場を後にした。

私も言われた事にムカついてたが、ちょっと同情してしまった······。


「今回の事は、婚約者がいる立場でありながら他の女性に気移りした完全に貴方の失態です。それなのに······。

貴方は王子です。貴方を堂々と非難できる者は、まず居ません。それに対してフレイヤ様は······っ! ここでもこれだけの悪意に晒されたのです。今後、1人になった時にどれ程責め立てられる事か······。

フレイヤ様を愛してると、ほざきながらそんな事も想像出来ないのですか!?」

「そ、それは······だが、愛に障害はつきものだ。

フレイヤも······」

「フ・レ・イ・ヤ嬢!! もしくはフレイヤ様です。フレイヤ様は貴方の家臣ではありません。

家族でも婚約者でもない男性が、王子と言えど気軽に呼び捨てにしないで下さいませ。呼び捨てに出来るのは親しい間柄の者だけです。あ、婚約者では無くなる私の事も、もう呼び捨てにはしないで下さいませね。だいたい貴方はフレイヤ様から、呼び捨てにする許可を頂いたのですか?」


そう言ってフレイヤ様が私を見たので、全力で首を振る。それをニコリと見たヴィオレッタ様は、私を優しく見てくれたのと同じ瞳だとは信じられないほどに、その紫の瞳に怒りを込めアタマワールを睨みつけた。


「き、許可をとっては······、いない。だが、私達は愛し合っているのだ!」


はぁ? 何がどうして、そーなる!?

ずっとヴィオレッタ様を見つめていたかったのに、聞き捨てならぬ発言をしたアタマワールを見た。


「そうであろう!? フレイヤ······嬢」


また私の事を呼び捨てにしたアタマワールだったが、ヴィオレッタ様に睨まれ慌てて嬢を付けた。


「愛し合ってるって······、どういう事でしょうか?

私が殿下と話したのなんて、1回だけですよね??」


心底意味が解らず、アタマワールに疑問をぶつけた。


「その1回、話した時の別れ際に君は言ってくれたではないか!!私が······っ

『其方は······そんな風に喜んでくれるのか。

礼を言うぞ。ありがとう』と言ったら、ポソリと······、

『そりゃあ······好きな人の力になれたら嬉しいです。······笑ってくれるならいくらでも頑張れますとも』と言ってくれたでは無いか!!」


············???


え、まじでどういう事? 私が殿下を呪う事はあっても、好きな訳ないじゃない。ひとり混乱しているとヴィオレッタ様も、眉を下げ不安そうな顔で私を見ている。

嗚呼······! 不安そうな顔もおキレイです! 抱き締めてもいいですか!?

って、そうじゃない。私がヴィオレッタ様を悲しませるなんてダメ、絶対!

私は涙をのみ、本当はずった見つめていたいヴィオレッタ様に意識を奪われぬ様に瞳を閉じて、アタマワールとの会話を思い出した。


──······

───⋯⋯


「其方は······、そんな風に喜んでくれるのか。

礼を言うぞ。ありがとう」

「そりゃあ······、好きな人の力に慣れたら嬉しいですからね。

ヴィオレッタ様・・・・・・・が笑ってくれるならいくらでも頑張れますとも!!」


そう思いながら、私に褒められまくり自信をつけたアタマワールと私は別れたのだった──······


───⋯⋯

──⋯⋯



「あ───ッ!!」

「なんだ!? 急に大きな声を出して」

「ヴィオレッタ様。私······確かに言ってました。

『好きな人の力になれたら嬉しいです。笑ってくれるならいくらでも頑張れますとも!』って······」


その言葉を聞き、ヴィオレッタ様は更に悲しそうな泣きそうな顔になり、対してアタマワールは、ぱぁぁぁ! と輝く笑顔でこちらを見る。

やめろ。こっち見んな。

私は必死に、ヴィオレッタ様に言う。


「あの······! 恥ずかしながら、ヴィオレッタ様が以前、アタマカール殿下が自信を無くしている事を嘆いている姿を思い出し······。

私なんかがヴィオレッタ様のお力になろうなど烏滸がましい話ですが、少しでも力に慣れればと、殿下の事を褒め讃え、自信を付けてもらおうと思ったのです。そして、それが成功したのを見て······、つい」

「······つい?」


小首を傾げ私を不思議そうに見るヴィオレッタ様。

ああ、なんて可愛らしい!

直視するのが耐えられなくなり、両手で顔を押さえた。


「つい······、言っちゃったんです。

『そりゃあ、好きな人の力に慣れたら嬉しい。

大好きなヴィオレッタ様が笑ってくれる為ならばいくらでも頑張れますとも!』って······。

ごめんなさい!! 私、てっきり自分の心の中で言ってるだけのつもりだったのに。口に出てたみたいです!!」


恥ずかしすぎる!! と下を向くと、顔を隠していた手にヴィオレッタ様がそっと触れた。ヴィオレッタ様により、私の手は顔から退かされた。

ヴィオレッタ様はそのまま私の手を握りながら、至近距離で私を見つめて言う。


「何を恥ずかしい事があるのですか? 私は、フレイヤ様が私の事をそんな風に······私の事を好きだと言ってくれ、力になってくれようとした事が本当に嬉しいわ。ありがとう、フレイヤ様。私も······、

フレイヤ様の事が大好きですよ」


もう限界だった。

頭の中で、女神様のような微笑みを浮かべたヴィオレッタ様の声がこだまする。


ありがとう、フレイヤ様。

私もフレイヤ様の事が······、大好きですよ。


だいすき? ダイスキ? DAISUKI?

大好きぃぃぃぃぃぃぃぃい!?



ブシャ─────!!



限界だった私は盛大に鼻血をぶっぱなし、そこで意識は途絶えた。




──その後。


アタマカール殿下とヴィオレッタ様の婚約は無事に破棄された。

そしてヴィオレッタ様が仰った様に、アタマカール殿下は私的な理由でアカデミーの卒業パーティーを台無しにした。という失態と、この国の宰相グレスフォード様の娘······ヴィオレッタ・グレスフォード様に真相も解らぬままに、沢山の人前で一方的に非難した罪の為、王位継承権を剥奪される事になった。

因みに。ヴィオレッタ様が私を虐めていたと言う話は、完璧すぎるヴィオレッタ様に嫉妬した何人かの令嬢達がでっち上げた事だったらしい。

その虚偽の証言を言った令嬢たちは、特に罰は与えられなかったが婚約者が居た者は、ヴィオレッタ様が王子から婚約破棄の理由で言われた様に

『そんな卑怯な女は妻に出来ない』

と、振られてしまったというのだから因果応報である。そんな彼女たちの今後の婚姻は難しいであろう。

あ。あと、ヴィオレッタ様が私を階段から突き落とした。という事の真相は······、

ある日、階段付近を歩いていたヴィオレッタ様を、よそ見をしていた生徒がトンっと押してしまった。そのせいで階段から落ちそうになったヴィオレッタ様。

たまたま近くに居た私は、思わず身体が動きヴィオレッタを引っ張り、ヴィオレッタ様を助ける事には成功した。

が、後の事を考えて無かった私は勢いそのまま私が階段から転げ落ちてしまったのだ。


うん、そういえばそんな事もあったねぇ。

あの後、軽い怪我をしたわたしのことを心配してくれたヴィオレッタ様······! うふふ、可愛かったなぁ。



──······

───············



更にそれから──······



「本日からお世話になります! ヴィオレッタ様の専属侍女、フレイヤ・オズバーンと申します! よろしくお願いします!」

「あら、随分元気な挨拶ね。

これからよろしくお願いしますね、 フレイヤ」


なんと私は、ヴィオレッタ様の専属侍女になれたのだ!!

あの後、私の祖父母であるオズバーン夫妻はアタマカール殿下があの卒業パーティーで、婚約破棄と求婚という暴走をする事を知りながら、止めるどころか助長したとの事で貴族籍を剥奪されてしまった。

責任を押し付けられたのは確かで、ちょっと可哀想な気もするけど、もしアタマカール殿下が根回しした時にオズバーン夫妻が止めていればあのような騒ぎにはならなかった。と教えられ、致し方ないと思い直した。

そして私は⋯⋯、誘惑したとかではなく一方的なアタマカール様の勘違いだった。という事が認められたが、下級貴族の身であのような騒ぎを起こした。などと噂がねじ曲がって伝わる事もある。

そして、私には後ろ楯が祖父母しか居らず、貴族の常識にも疎い私では、祖父母が居なくなった私にはオズバーン家を支える力はなく、家は売ってしまった。

私も貴族に未練はないし、私も貴族籍を捨てちゃおうかと思ったが、そんな時にヴィオレッタ様から事の詳細を聞いた、ヴィオレッタ様のお父様であるグレスフォード宰相様から、ヴィオレッタ様の専属の侍女にならないか。と声をかけられたのだ!


宰相も勤める上級貴族、グレスフォード様の御令嬢ヴィオレッタ様。彼女の専属になる為には、貴族籍が無いと駄目だったと聞き、私は貴族になって初めて貴族になれた事を感謝した。


「フレイヤ。本当に良かったの? 祖父母が貴族では無くなった貴女に、後ろ楯は無くなってしまったけど······、お父様が力になると仰って下さったでしょ。侍女にならなくても良かったのに······」

「とんでもございません! アカデミーを卒業したら、上級貴族と下級貴族の私では、もうヴィオレッタ様にもお会いする事が無くなってしまうんだ。と悲しく思っておりました。それが、まさかの、侍女! それも専属として雇って頂けるなんて!! こんな幸せな事はございません」

「······そ、そう? 貴女が幸せなら、それでいいのだけれど······」


あれ?なんかちょっと引かれてる?

ちょっと控え目にしなきゃ······、と思っていると


「でもね、フレイヤ。貴女は私の専属侍女になったけど、侍女である前に私にとっては何よりも大切なお友達なの。他の者が居るところでは難しいとは思うけど、2人っきりの時はお友達として······、貴女も敬語はなし。私の事は敬称なしにヴィオレッタ、と呼んで頂戴ね?」


そんな······。ヴィオレッタ様がフレイヤと呼んで下さるだけでも、凄いことなのに······!

専属侍女になれた上に、今まで通り······いえ、今まで以上にお友達になれるなんて!!


一生ついて行きます!ヴィオレッタ様!!


私はまた噴き出しそうになる鼻血をださぬよう必死に耐えるのであった······。


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【1話完結】婚約破棄をしたら、論破され断罪されました。 よつ葉あき @aki-2

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