第15話 高麗澤 毅彦

 本日ほんじつ授業じゅぎょうすべ終了しゅうりょう

 高麗澤こまざわ 毅彦かけひこたちばな 一姫いつきれて二人ふたりきりになれる場所ばしょかった。


 そこは高麗澤こまざわから徒歩とほ五分ごふん程度ていどところにある、工場こうじょうあとだ。

 五年ごねんほどまえにとある会社かいしゃ倒産とうさんし、その会社かいしゃ所有しょゆうしていた工場こうじょうがまだ解体かいたいされずにのこっているのだ。


 なかさっ風景ぷうけい景色けしきひろがっている。

 人力じんりきつにはおもすぎるHがたこうやコンクリートブロックがころがっている。

 もう電源でんげんはいらないしきクレーンもある。

 そのクレーンのほか機械きかいい。

 鉄筋てっきんコンクリートぞう工場こうじょう


 「この工場こうじょうも、来年らいねんには解体かいたいされるらしい。」

 高麗澤こまざわ 毅彦たけひこった。

 「............。」

 たちばな 一姫いつき工場内こうじょうない見回みまわしていた。


 じつはこの工場こうじょう毅彦たけひこ美蘭みらん父親ちちおや高麗澤こまざわ 龍麒たつきいの会社かいしゃ所有しょゆうしている工場こうじょうである。

 五年ごねんまえ会社かいしゃ倒産とうさんし、使つかわれなくなってから許可きょかもらって武術ぶじゅつ練習場れんしゅうじょうにしているのだ。

 たまにあね美蘭みらんる。


 「ふ〜ん、なかなかところだね。」

 一姫いつきかばんゆかろしてった。


 「だろ?ここならおもいっきりあばれられる。」

 「夏場なつばあつそうだけど。」

 「一応いちおう、エアコンと扇風機せんぷうきがあるからそんなにわるくない。」

 「ほうほう。それらはくんだ。」

 「解体かいたいするまでは電気代でんきだいはらってくれるらしいからさ。」

 「ふーん。」

 一姫いつきはピョンピョンとそのでジャンプしつつ返事へんじをした。


 「着替きがえなくていいのか?」

 毅彦たけひこ一姫いつきいた。


 「問題もんだいし。」

 「そうか。」

 「............。」

 

 一姫いつきだまって左足ひだりあしまえしてかまえた。

 オーソドックススタイルだ。

 左手ひだりてまえし、かるひじげてこぶしにぎっている。

 たかさはむねぐらい。

 右手みぎてむねたかさにていて、こぶしにぎっている。


 たいして毅彦たけひこは、ズボンのポケットに両手りょうてんで一姫いつきたいして正面しょうめんいている。


 「(かまえないの?)」

 一姫いつきはそうおもった。


 一姫いつき左足ひだりあしまえ右足みぎあしうしろの右利みぎききのかまえ。

 前後ぜんごあしおおきめにひろがっていて、ステップをんでいる。

 そのかまえを毅彦たけひこは、

 「(伝統派でんとうは空手からてか?)」

 とおもった。

 しかし毅彦たけひこかまえない。

 かまえる必要ひつよういとわんばかりに、左足ひだりあし若干じゃっかん体重たいじゅうあずけている。

 体重たいじゅう左側ひだりがわあずけていて、身体からだ若干じゃっかんみぎかたむいている。

 モデルがポーズをとってるよう立方たちかただ。


 「(ヤロウ......あたしをめてるな?)」

 一姫いつきひざでリズムをとりながらそうおもった。

 

 ダンッ!

 一姫いつきり、おおきく一歩いっぽした。

 きざき。

 伝統派でんとうは空手からてけるジャブのようもの

 ボクシングのジャブとのちがいはそのみの距離きょり

 途轍とてつもない速度そくど長距離ちょうきょりをひとっびしながらこぶしす。

 不安定ふあんていかたをしている毅彦たけひこ初見しょけんけられるわざではない。


 パァンッ!!!

 しかし、一姫いつきこぶしくうった。

 「!!」

 一姫いつきたったと確信かくしんした。

 毅彦たけひこ鼻先はなさきまでこぶしたしかにとどいていた。

 しかし、毅彦たけひこ一姫いつきひだりななまえっていた。

 一姫いつきはなったひだりこぶしさら左側ひだりがわ

 そこでまだ両手りょうてをポケットにんでっている。


 「おそろしいスピードだな。」

 毅彦たけひこった。


 「簡単かんたんけたクセによくうわ......。」

 「なみ鍛錬たんれんじゃそこまではやくならないよな。」

 「でもあんたにとっちゃ、あたしのきなんて欠伸あくびるほどおそいんでしょ?」

 「いや、うんこするひますらある。」

 「ムカつく......。」

 「だがおれ相手あいてじゃなかったら、今頃いまごろくびほねられてただろ。それほどきだった。その証拠しょうこに、すんごいおとったぜ?」


 一姫いつきこぶしくうったが、パァンッ!!!というおと毅彦たけひこにもたしかにこえたのだ。

 音速おんそくともえるのではないだろうか。

 それほどわざを、一姫いつきっているのだ。

 それほどわざでも毅彦たけひこにはたらない。


 「あのさぁ、いまあたしの一番いちばんはやわざがかわされたんだけど、これ以上いじょうやる意味いみある?」

 一姫いつき毅彦たけひこかってかまなおしながらった。

 「まだジャブをかわされただけだろ?もっといよ。おれはまだんでないぜ?」

 獰猛どうもう表情ひょうじょう毅彦たけひこった。


 「(悪魔あくまかこのおとこ......。)」

 そうおもいつつ、一姫いつきひそかにつぎ攻撃こうげき準備じゅんびをした。


 「かんがえてないでさっさとわざせてくれ。」

 毅彦たけひこった。

 「!!」

 「なに勘違かんちがいしてる。たちばなさ......いっちゃんのわざおれたるわけねーだろ。いろんなわざ遠慮えんりょなく存分ぞんぶんせてくれとってるんだ。」

 「最初ハナっからあたしなんて眼中がんちゅういわけね。」

 「おれはもっといっちゃんのことりたいんだ。おれまわりに、これほどわざってる人間にんげんは、あね以外いがいにはないんだ。」

 「......そうですか!!」

 そういながら、一姫いつきいきおいよくした。


 一姫いつきひだりパンチ。

 毅彦たけひこ上体じょうたいみぎかたむけてかわす。

 一姫いつきひだり中段ちゅうだんまわり。

 毅彦たけひこひざから直角ちょっかく身体からだうしろにたおし、リンボーダンスのようにこれをかわす。

 一姫いつきった左足ひだりあしいきおいをころさずにくるりとまわり、今度こんどはその左足ひだりあし下段げだんまわりをす。

 毅彦たけひこはバクちゅうでかわす。

 一姫いつきはまたくるりとまわり、毅彦たけひこなおる。

 いま一姫いつき右足みぎあしまえていて、さっきとはぎゃくかまえ。


 バクちゅうから着地ちゃくちした毅彦たけひこかって右足みぎあし中段ちゅうだん足刀そくとうりをす。

 毅彦たけひこはそのんでかわす。

 そして一姫いつきあし右足みぎあしんでまたバクちゅうした。


 一姫いつき毅彦たけひこう。

 今度こんどみぎのジャブを毅彦たけひこ顔面がんめんけてはなつ。

 三発さんぱつったが、すべ上体じょうたいうごきだけでかわされた。

 一姫いつき左足ひだりあしみながらひだりのボディフック。

 毅彦たけひこ退がりつつ身体からだ左回ひだりまわりに回転かいてんさせてかわした。

 一姫いつきみぎ上段じょうだんうしまわりをはなつ。

 毅彦たけひこはしゃがんでかわした。


 一姫いつき一旦いったん距離きょりをとった。

 「チッ、んだよ、けるだけかよ。」

 一姫いつきった。

 「まだまだおれせてないわざ、あるんだろ?」

 毅彦たけひこった。

 「あるけど、あたしだって毅彦たけひこくん攻撃こうげきせてしいな。」

 「いいのか?おれ攻撃こうげきさせたら......」

 毅彦たけひこ両手りょうてをポケットにんだまま一姫いつきかってゆっくりとあるし、

 「おまえぬよ?」

 「!!」

 一姫いつきはバックステップでさら距離きょりけた。

 全身ぜんしん恐怖きょうふたたかれた。

 おどしじゃない。

 毅彦たけひこ事実じじつしかっていないのだと、一姫いつき確信かくしんした。

 ころされる。

 しかも一撃いちげきで。

 一姫いつき全身ぜんしんからへんあせにじてきた。

 全身ぜんしんこわばる。


 ブワッ!

 一姫いつき顔面がんめんはげしい風圧ふうあつたった。

 毅彦たけひこひだり掌底しょうていちが一姫いつき眼前がんぜん寸止すんどめされたのだ。


 「おれ空手からて所詮しょせんとうさんからおそわったものだ。ちゃんとした道場どうじょうかよったわけじゃない。だから、いっちゃんの使つか伝統派でんとうは空手からては、勉強べんきょうになるんだ。」

 やさしい笑顔えがお毅彦たけひこった。


 「いっちゃん、おれ伝統派でんとうは空手からておしえてくれないか?」

 「......あ......え......いいの?あたしなんかの空手からてで......。」

 「そ......それと......」

 毅彦たけひこ左手ひだりてろし、なんだかモジモジしながら、

 「と、友達ともだちになってくれたら......すごく、うれしい......。」

 「(ん?なんだ?可愛かわいいぞコイツ。)」

 一姫いつきはそうおもった。


 「ははっ♪いよ♪」

 一姫いつきはニッコリとわらいながらった。


 そして毅彦たけひこは、ひらき、きゅうなみだながした。

 「えぇ!?どうしたの?」

 一姫いつきがそううと、

 「ごめん、おれ友達ともだち出来できたの、はじめてだから......。」

 「お、大袈裟おおげさだな毅彦たけひこくんは。そんなにつよくてイケメンなのに、友達ともだちがいないのか。」

 「ああ。何故なぜらないけど、おれきらわれてるんだ。」

 「(んー、きらわれてるわけじゃないとおもうけど......。)」

 一姫いつきはそうおもった。


 二人ふたりゆかすわんで、雑談ざつだんはじめた。

 一姫いつきう。

 「あのさ、なんであたしの攻撃こうげき一発いっぱつたんないのさ。」

 「いっちゃんが攻撃こうげきするまえに、おれはいっちゃんの攻撃こうげきなんなのかがかるからだよ。」

 「......は?どういうこと?」

 「これはいっちゃんにかぎったことじゃないけど、わざまえは、どうしても予備よび動作どうさてくるものなんだ。」

 「ほう?」

 「たとえばジャブ。ってる状態じょうたいつなら、まずあし筋肉きんにくうごく。」

 「それ、普通ふつうひとにはえなくね?」

 「おれにはえる。てうか、るんじゃない。はだかんじるものだ。」

 「............あたしが毅彦たけひこくんつの......無理むりじゃん。」

 「訓練くんれんすれば出来できようになるよ。おれだって、最初さいしょから出来できたわけじゃない。」

 「あ、そうなんだ。」

 「それよりいっちゃんのこときたい。あのスピード、あのないきざきのスピードはどうやってにつけたんだ?」

 「ええ?毅彦たけひこくん最後さいご掌底しょうていちのほう五倍ごばいはやかったよ?」

 「そんなことはわかってるよ。でもいっちゃんだってそのへん格闘家かくとうかとはくらべられないはやさだ。」

 「う......あたしは、道場どうじょうかよってたから......。」

 「その道場どうじょうには、いっちゃんよりもはやひとるのか?」

 「ん〜......どうでしょう......。るとおもうよ?」

 「おおー、今度こんどれてってくれよ。」

 「いいよ。」


 そんな雑談さつだん一時間いちじかんほどしてから、二人ふたり工場こうじょうた。


 「じゃ、ありがとね、毅彦たけひこくんたのしかったよ。」

 「ああ、また明日あした。」

 「うん。じゃあね。」


 二人ふたりはそれぞれの帰路きろについた。

 毅彦たけひこはなんだかうれしそうにあるいていた。

 友達ともだちができた。

 やっとだ。

 中学ちゅうがく最後さいご学年がくねんになってようやく友達ともだちができた。

 それが毅彦たけひこにとってはうれしくてしょうがないのだ。


 一方いっぽう一姫いつきはどこか緊張きんちょうしているようかおきであるいていた。

 呼吸こきゅうあらい。

 右手みぎてむねさえ、どうにかこうとしている。

 「(とどかなかった......。)」

 一姫いつきはそうおもった。

 「(一発いっぱつたらなかった。あたしがいままでつちかってきたものが、なにつうじなかった。)」

 一姫いつきはひどいショックをけていた。

 しんじていたわざが、ことごとつうじなかったからだ。

 「(あのひとは......あれは一体いったいなんだ?人間にんげんじゃない......。けど......なんか可愛かわいいかも♡)」

 毅彦たけひこたたかい、そんな感想かんそういだいたのだった。

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メルヘン女子に憧れて 大盛りごはん @1919yajuu

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