3_福岡のラーメンの真実と有能女上司の秘密
ラーメンを食べると店を出た。
俺達は比較的ゆっくり食べたので15分くらいいたけど、他の人は10分もせずに出て行ってしまう。
回転はめちゃくちゃいいので、並ぶ可能性はかなり低い。
平日の昼間は知らんけど。
「ちょっと、車に乗る前に、周囲を散歩してみませんか?」
「いいわね。腹ごなしにはちょうどいいわ」
上司様を連れて、周囲を歩く。
「長浜エリアにはラーメン屋さんが多いんです」
「ほんと、色々あるわね。あら?あそこにも長浜屋が」
「ああ、よーく見てください」
「長浜『家』!1文字違い!」
「そうなんです。元々あったのが『元祖長浜屋』なんですけど、元は屋台で、昭和27年にオープンしたらしいです」
「昭和27年って西暦何年?」
スマホでちょいちょいと調べる。
「1952年ですね」
「歴史の教科書レベルね」
「俺が平成6年生まれなので、昭和とか言われたらすごく昔ですよね」
「言っとくけど、私も平成生まれだからね!」
「大丈夫です。知ってますから」
ちょっと慌てるところが面白い。
昭和生まれか平成生まれかで大きく違うらしい。
「お店になったらすぐに2号店もできるんですけど、昭和58年に大将が入院して翌年亡くなります」
「あらら」
「その後、本店は平成20年に道路拡張で店がなくなりました」
「え!?」
「しかも、経営を引き継いだ奥さんが倒れました」
「大変!」
「平成21年に、元祖長浜屋の従業員が独立して『元祖ラーメン長浜家』をオープンします。しかも、元祖長浜屋の支店の道挟んで真向かいに」
「のれん分けじゃなさそうね」
「そして、平成22年に元祖長浜屋支店が閉店します。まさかの分家のみの時期があります」
「え!?じゃあ、さっきのお店は!?」
「その前に、平成22年にもう一つ『元祖ラーメン長浜家』がオープンします」
「ええ!?2号店!?」
「いや、別の店らしいです。ただ、『元祖ラーメン長浜家』の従業員が独立したらしいです」
「でも、のれん分けじゃないのね」
「ややこしいので、1店目を『元祖ラーメン長浜家(1)』、2点目を『元祖ラーメン長浜家(2)』としますけど、(1)は、元祖長浜屋と『元祖長浜家』と名乗っていいと覚書を交わしていたらしいです」
「1文字違いなのね」
「『元祖ラーメン長浜家(2)』は(1)と同じ名前で営業を開始しましたね。『ラーメン』が入っているとか『家』が同じとかで裁判になってます」
「すごいことになってたのね……」
「そして、さっきの店(元祖長浜屋)が平成22年にオープンします」
「それがさっき行ったお店!」
「そうですね。一旦完全閉店してから復活した形です」
「その後、『元祖長浜屋台』とか『元祖』『長浜』『ラーメン』を色々組み合わせた全然無関係の店が乱立します」
「どこでもよくありそうな話ね」
「現在では、『元祖ラーメン長浜家(2)』が別の場所に移転しているので、『元祖ラーメン長浜家』を間違うことはないと思いますが、知らない人が見たらどれが本当の『元祖』か分かりません」
「それが高塚くんが言ってた『悩む』ってこと」
「そうです。ややこしすぎて福岡の人間でもよく分かりません」
「分からないんだ(笑)」
上司様がくすくす笑う。
年上なのに少女の様で……なんか俺の心がぞわぞわするんだ。
「2件目は、博多駅に行ってみましょうか」
「あ、行ってみたい」
1杯目を食べて、お腹も落ち着いたので、少し福岡市内をドライブしながら遠回りして博多駅を目指した。
「もう一つの豚骨ラーメンが『博多ラーメン』です。」
「それは聞いたことがあるわ」
「ちなみに、1店目は『長浜ラーメン』」
「どう違うの?」
「これがまたややこしいんですが、博多ラーメンの起源は『水炊き』で、シメに麺を入れていたのが進化したものらしいです」
「鍋のシメの麺って美味しいわよね」
「そう!それです。最近だと厳密に分けるのは難しいんですが、具がたくさん入ってて値段が高いのが『博多ラーメン』、具があんまり入ってなくて、安いのが『長浜ラーメン』だと俺は思ってます」
「確かに、さっきの『元祖長浜屋』はシンプルだったわ」
「今から行くのは『博多純情ラーメンShin shin(しんしん)』ってとこなんですけど、ラーメン1杯700円です」
「あ、ちょっと高い?」
「そうですね。もっと高いところもあるんですけど、せっかくなので、俺が美味しいと思ったとこを選びました」
「あ、そうなんだ。なんか嬉しい」
「博多ラーメンの方は、煮玉子とかのトッピングがあります。餃子とかチャーハンとかサイドメニューもありますよ」
「あ、私の知ってるラーメン屋さんっぽい」
「最近の高いお店だと1杯1000円とかするので、俺なら他の店で定食を食べます」
「あ、そっか。定食が食べられちゃうね」
「福岡だったら、600円とかで定食だす店があるのでそっちで十分です」
「そうだよね。東京だと定食だと800円から1000円ってイメージだなぁ」
「スーパーとかだと食材の値段ってあんまり変わらないけど、店の料理の値段は東京高いですよね」
「土地の値段かな?人件費かな?」
博多駅の中のお店に行く場合、駐車場が高いので、同じ『博多純情ラーメンShin shin』でも近くの別のお店に行った。
今度のお店は、ラーメン屋というよりも定食屋という感じのテーブルとカウンターのお店。
女性でも行きやすいだろうと選んでみた。
こっちは色々メニューがあったのだけれど、本日2杯目なので、神楽坂さんは普通のラーメンを注文した。
俺も同じものを頼んだ。
こちらもそんなに待たずにラーメンが出てきた。
「やっぱりこっちも出てくるのが早いね!」
「そうですね」
こっちのラーメンは、豚骨スープでもちょっと醤油の色が出ている感じ。
白というよりはちょっと茶色。
具も厚めのチャーシューがしっかり乗っていて、ネギの外にきくらげも乗っている。
「確かに、さっきの長浜屋とはちょっと違う感じね」
「これはこれで美味しくて好きです」
「「いただきます」」
こっちでは、俺も一緒に『いただきます』を言った。
「あ、美味しい」
「うん、美味しい」
「こっちも思たよりあっさりしてる感じ」
「実は、今日はあっさり目のところをチョイスしました」
「あ、そうなんだ」
「こことか、『元祖赤のれん 節ちゃんラーメン』とか『ラーメン海鳴』とかはあっさり目です」
「じゃあ、さっきの長浜屋は?」
「『普通』ですかね」
「そうなんだ。じゃあ、濃いところは?」
「『こってり』って言いますけど、『博多だるま』、『魁龍』、『秀ちゃんラーメン』とかが有名です」
「今度はそっちも行ってみたいわ」
「はい。もちろん、いつでもお連れしますよ」
「ふふ、ラーメン食べながら次のデートの約束するなんて面白い。大学生に戻った気分」
なにか、そんなことがあったのだろうか。
以前は、『一緒に旅行に行こう』と誘われたのだけれど、あれは本気だったのか、冗談だったのか……
店を出たら、神楽坂さんから『ごちそうさま』って言われた。
2軒目だから、神楽坂さんが出すって言ってたけど、お礼だから出してもらう訳にはいかない。
『男なんでかっこつけさせてください』と言ったら引き下がってくれた。
そう言っても、2000円も行かない金額の話だ。
いい人だよなぁ。
「あー、お腹いっぱい!」
「少し歩きますか?この辺り本当に何にもないんですが……」
「うん、ラーメン2杯も食べちゃった罪悪感を歩いて払拭するわ」
この辺りは、昔からある商店街とか神社とかしかない。
そう言った意味では、博多駅の方のお店に行った方が正解だったかもしれない。
商店街に行っても、食べ物しか見ないと思うので、今日はやめた。
そして、来たのは『住吉神社』。
「ここは『住吉神社』です」
「街中にかなり大きな神社が急にあるのね」
「まあ、福岡の人間は、俺も含めてですが、新しいものが好きで、歴史をあまり大事にしていません」
「え?そうなの?」
「この住吉神社は、『古事記』『日本書紀』にも出てきて、黄泉国から帰ったイザナギが穢れ祓いをしたと時に誕生したとか何とかの神社なんですが……」
「すごい神社じゃない!もっとアピールしようよ!」
「すいません。俺もほとんど知りません」
「ここ観光地でいいんじゃないの!?」
「福岡の人間でもここがそんな歴史があるところだって知ってる人ほとんどいないと思います」
「じゃあ、高塚くんは?」
「昨日、ネットでチョコチョコっと調べて初めて知りました」
「大事にした方がいいんじゃない?」
「国指定の重要文化財とか福岡県指定文化財とかあるみたいです」
「もっと大事にしよう!?」
***
神社の鳥居をくぐるとなんか神聖な気持ちになるのは気のせいだろうか。
俺は、言わなければならないのではないだろうか。
福岡県以外の人にはあんまり言ってない『あの秘密』を。
神社の境内に入り、とりあえずお参りをした後、神楽坂さんに話しかけた。
「神楽坂さん、今更なんですが……」
「どうしたの?」
「実は、福岡に人間は……」
「?」
「ラーメンも好きですけど、うどんの方が好きです」
「まさかの!?」
「福岡県内のラーメン屋さんって1000店舗くらいなんですけど、うどん屋さんも800店くらいあって、派閥で言うならうどん派の方が多いくらいです」
「そうなんだ…」
「しかも、福岡は『うどん発祥の地』で……」
「香川とかじゃなくて!?」
「ソバも発祥の地で…」
「東京じゃなくて!?」
「ふふふふふ、高塚くんと話していると面白いわ」
「そうですか?」
「じゃあ、今度はこってり豚骨ラーメンの他に、美味しいうどんのお店を紹介してもらわないとね」
「あ、うどんは色々ありますよ。目の前でかき揚げを揚げてくれる店とか、無限に食べ終わらない店とか、めちゃくちゃメニューが多い店とか……」
「私、運動始めようかしら……」
神楽坂さんの顔は真剣だった。
本気で全部制覇するつもりかもしれない。
***
とりあえず、腹ごなしの散歩もしたし、次にどこに行くかノープランだった俺はちょっと焦り始めていた。
実際、家まで送り届けたらそれでいいのだけれど、まだ日も高いのでもう少し一緒にいたいと思っていた。
駐車している車に着いてしまった時に神楽坂さんが話しかけてきた。
「ねえ、高塚くん」
「はい?」
「あの……よかったら、うちに来てくれない?」
まさかの、家へのお誘い。
年ごろの女性に、自宅へ誘われたらドキドキするのは当たり前。
嫌でも色々考えてしまう。
「……いいんですか?」
「うん……実は、見てもらいたいものがあって……」
見てもらいたいものとは何だろうか。
なんだか分からないけれど、下着姿とか勝手に想像している自分がいる。
落ち着け!
俺はいま運転中だ。
ちゃんと落ち着いて運転するんだ。
***
神楽坂さんのマンションに着いて驚いた。
「ここってタワーマンション……ってやつですか?」
「そうね」
なんということだ。
うちの会社って、課長になったらこんな高級マンションに住めるほど給料がもらえるのか!?
「ここ家賃いくらなんですか?」
「さぁ、いくらくらいだろう?実は、転勤になったって言ったら売りに出ていたところを父が買ってくれて……」
買ってくれて―!!
「ちなみに、間取りは…?」
「2LDKよ」
さすがに福岡でも、家賃15万とか20万とかしそう……
「お父様のお仕事って……」
「東京で弁護士してるわよ」
お金持ちだったー!
神楽坂さん、お嬢様だった―!
「どうしたの?駐車場は部屋に付いているから、そこに停めてね」
神楽坂さんは東京から来たので車を持っていない。
それなのに、駐車場付きの物件を買うって……どんだけお金持ちなんだよ……
言われた場所に駐車するとマンションのエントランスに向かった。
自動ドアの向こうには、カウンターテーブルがあり、常駐している人がいた。
その人は『コンシェルジュ』と呼ばれていた。
初めて本物のコンシェルジュを見た……
ホテルのようなエントランスを抜け、エレベーターで部屋に向かった。
カードキーをエレベーターにかざすと、部屋の階が自動的にセットされた。
セキュリティも万全みたい。
マンションの凄さに圧倒されて、ちょっと忘れ気味だったけど、神楽坂さんの部屋に招かれている所だった。
これから何が待っているのか!?
玄関を開けると、そこは……惨状が繰り広げられていた。
「神楽坂さん、これ……なんですか?」
「……組み立て家具…です」
申し訳なさそうに下を向く神楽坂さん。
部屋自体はラグジュアリーな感じなのに、部屋の中に置かれた家具は、お値段以上ではあるけれど、安価な組み立て家具だった。
そして、買って開けたけれど、組み立てられずに途中で放置された状態だった。
別に説明を聞いたわけではないけれど、説明を聞くまでもなくそうだった。
「買ったのはいいけど、組み立てられなかった、と」
「はい、その通りです」
「マンションは買ってもらったけど、家具は自分で買った、と」
「はい、その通りです」
神楽坂さんは、とてもかわいい人だった。
部屋のベッドは組立られておらず、マットレスだけが床に置かれていた。
これじゃあ安心して寝られないはずだ。
「よかったら、組み立てましょうか?工具とかありますか?」
「はい!こちらに!」
なんか豪華な工具セットが出てきた。
プラスドライバーとマイナスドライバー、スパナくらいあったら十分なのだが、豪華168点の工具セット。
水平器とか、のこぎりとかまでついているけど、神楽坂さんは一生使わないだろうなぁ……
ベッド、棚、机、なぜ全部開封したのか。
そして、なぜ部品を混ぜてしまったのか。
一つ一つ開ければ部品が混ざることなどないのに。
机に至っては、組立説明書すら行方不明……
会社での有能ぶりは家の中では全く発揮されなかったらしい……
とりあえず、ベッドを組み立てた。
天蓋付きで、マットレスの下に引き出しもあるタイプだったので、1時間くらいかかったか。
「すごい!完成した!ありがとう!高塚くん!」
広い部屋は荷物まだ開封されていない段ボールと、開封されただけで組み立てられていない家具で埋め尽くされていたので、少し片付いた。
「ただ、こんな大きなものを組み立てたら、どこに寝たらいいのか……」
「ベッドで寝てください」
最初に組み立てたのが、ベッドなのはその理由だ。
「ああ、そうか。マットレスをベッドの上に置けばいいのか(汗)」
本当にかわいい人だなぁ。
「後日でよければ、棚と机も組み立てますよ?」
「ほんと!?すごく助かるわ!」
家具を組み立てるのは楽しかったし、なんか頼りにされるのも嬉しかった。
「お礼するわね!」
「いえ、これくらい……」
あと棚と机を組み立てるのに、もう1度はこの部屋に来ることができる。
俺にとってはそれだけでご褒美みたいなものだ。
ご褒美?
俺は、またここに来たいと思っているってことか。
「あ、夕食はごちそうするわよ?…と言っても、料理器具がまだ段ボールの中なんで、取り寄せになるけど……」
「全然かまいません」
今日は昼夜と神楽坂さんと一緒に食事ができた。
昼間はラーメンばかりだったので、夕飯は定食を取り寄せごちそうしてもらった。
テーブルは組み立ててあったので、食事をする場所はあった。
二人で向かい合わせにテーブルについて、取り寄せた定食を食べた。
「「いただきます」」
「なんだか今日はずっと一緒にご飯を食べているわね。いつも一人だから嬉しいわ」
それは俺も同じです。
と、いうか、神楽坂さんと一緒に食事ができるなんて感激だ。
「そういえば、なんで会社でもよく気にかけてくれているんですか?」
「え!?それはその……」
やっぱり、頼りないと思われているのだろうか。
ちゃんと目を光らせていないと、とんでもないミスをしそう…とか?
「いいな、と思っただけよ」
「頼りないからとかじゃなくて?」
「『頑張ってるな』とは思っていたけど、『頼りないな』は無いわよ?……でも、年下の部下に手を出したとあっては、私、社会的に抹殺されそうじゃない?」
確かに、男女逆ならセクハラとか言われそうだ。
この場合、俺はむしろ嬉しい方なので、全然セクハラではない。
難しいぜ。会社における人間関係。
「じゃあ、俺から告白させてもらいます!」
「え!?」
「俺と付き合ってもらえないでしょうか!」
テーブルの向かいに座った神楽坂さんに手を差し出した。
少しの間、おろおろした後、しおしおと肩をすくめて答えてくれた。
「よろしくお願いします……」
会社って仕事をするだけのところと思っていたけれど、なんだか楽しくなってきたのを感じた。
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二人が付き合うことになってしまったので、お話としては一区切りですが、
福岡のことはいっぱい書きたいことがあるので、
反応が良かったらまた書きたいと思います。
読んでくださりありがとうございました。
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
美人上司に休日出勤を言われたが気づいたら温泉に入っていた 猫カレーฅ^•ω•^ฅ @nekocurry
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