【10日目】予感


魔人がこの地を去った事を各地に伝える為に、慌ただしく伝書鳩や早馬が手配されていく。

この先にある交易都市へのもあるだろう…。


そんな喧騒を見ながら思う。


きっとこれで戦況は大きく変わる…。

そう大きく変わるだろう。

魔人信仰とも言い換えられる魔人に与した人々は、内部抗争に近い分裂は避けられない。

降伏勧告に従う勢力もきっと出る。


___それでも戦いは続くだろう。



騒ぎの張本人は死に、信仰の対象はこの地を去った…。

演劇の舞台であればメインキャストがごっそりいなくなれば公演中止だ。


しかし、現実はたぶん違う…。


大事な物を失いすぎた両者は、止まらないだろう。

きっと、止められない…。

後戻りなど、とうに出来ない人達をこの目で見た。

この世界のこの地には、零れ落ちた物がきっと多すぎる…目に見える血も涙も、見えない想いも矜持すらも…。



僕らは与えられた配役を勤めあげたが、その人達の激情など、僕には受け止められないし、…きっとわかってあげられない。

わかったフリや片方に寄り添う事くらいは出来るのかも知れない。


宮国さんに言われた意味もようやく判った気がする。


しかし、…僕はここまでだ。

ここから先はその人達だけの物で、…戦いだ。


__僕は、そう思う。



他の皆は、そうだな…。

それぞれに任せよう。…うん。

きっとこの気持ちはうまく説明など出来ない。







「皆さんはこれからどうしたいですか?…僕は…うーん、そうだな…。この世界を見て回ろうと思ってるんですよ、旅っていうか…。ひとまず役目は果たしましたしね…。」


僕は食事をしながら、そっとこれからを提案してみる。


「いいですな…。彼らの国がどうあれ、生死を共に戦った魔術師団の方々の庭先で、好き勝手生きるのも、なんとも気が引けますし…。…しかし、折角ですし好き勝手生きてみたいですな。」


どこか考えていたのだろう。

満面の笑みで宮国さんが答える。


それはもう僕の気持ちを代弁するように…。


皆、感じる所はあったのだろう。

口々にこれからの事を語りだす。

もう、本当にはしゃいだように盛り上がった。



__どうせなら好き勝手に生きよう、と。



神無月さんは武に惚れ込んだのか…それとも添い遂げるのか…。

宮国さんに着いていきます。と、ハッキリ言った。

まぁ、判る気がする…。

そんな宮国さんは、酒を片手に大陸に渡って派手にやりますかな。と、豪快に笑った。


もしも、この世界が僕の仮説通りなら…、きっとここは別の日本で…宮国さんペアは北九州から大陸に渡れるんじゃないかな!?と、随分適当に笑いあって言ってた。

このペアなら大陸全土統一とかやっちゃいそうで苦笑を禁じ得ない。


僕はなんとなく宮国さんの元故郷でもある沖縄を目指そうと思った。

やっぱり暖かいのは最高でしょ?


大井さんが2人づつで丁度いいよねと言ってくれて、どうやら僕に着いてきてくれるようだ。


おぉぉ、ありがたい。

発光ドラミング見れないと死ねないよ!?

こうなったらゴリ…大井帝国作るか。

なんならもっと南国を目指してもいいな。

うんうん、南国…。それとゴリ…大井さんならバナナ!

報いるのは漢として当然だからな。


北九州まではみんな一緒でそこから別れようって事で、ここがどの辺だかわからないがきっとまだまだ一緒だ。


思いっきり誰に遠慮するでもなく、

迷惑も省みず…、

そう、僕らは好き勝手にこの世界で生きていく!



僕らは堪らなくなってすぐに団長に今後の事を報告しにいった。


団長は、救国の使いに留まって欲しかったと寂しそうだったが、国には魔人と共に神の使いも去ったと伝えると言ってくれた。

敢えてマーレルへの言伝てはしなかった。

うん。…別れは済ませた。


僕らの為に、団員全員で荷馬車2台とそれにたくさんの保存食と路銀、水を積んで用意してくれた。

きっとこれからも彼らは大変で、まだまだ続く戦いを考えると本当に精一杯用意してくれたのだと思う。


これくらいしか出来ませんがせめてもの気持ちだと、泣きながら団員全員で敬礼してくれた時は、全身から込み上げてくる物があった。


『最悪、夜逃げだね…。』なんて僕らは話し合ってたからこんな気持ち良く送り出してくれるのは本当に予想外だった…。


この感覚は、僕では到底言葉に出来ない…。

柄にもなく、団員と泣きながらハグをした。



旅はきっと想像よりずっとずっと大変だろう…。

この世界は安全とは程遠い。

生きる為に覚えなければならない事もたくさんある。

もしかしたら、すぐにでも飢えに泣くかも知れない。

…病気にかかり気持ちが折れるかも知れない。

なんらかの争いに巻き込まれる事は、ほぼ間違いないとさえ思える。



ただ、なんだろう…。

漠然とこの世界ならこんな僕にでも、少しはマシな終わりがあるんじゃないかな…って思えるんだ。

言うなれば予感…。



___そう、ハッピーエンドの予感。



あ、ごめん。皆がもう出発だって呼んでる。

それじゃ、旅に出掛けてくるよ!



「あなたにも、素敵なハッピーエンドが訪れますように…。」






…おしまい。


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僕らの10日間異世界戦記 T.ko-den @likexholiday

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