第5話 願いのために剣を振るう
レクスとブラムが手に入れた新しい聖剣も、当然のように思い通りに出し入れが可能だった。
港での戦いで分かったことは、この二人の剣も、敵の数に応じて力が増すということだ。ただし、一度に何十人も相手にできてはいなかったところを鑑みると、イェルンのものより性能は劣るようだ。だが、二人ならばそれでも十分戦えるものと思われる。
更に、陸路の道中での検証の結果、レクスとブラムの剣は、人間も魔物も、どちらも斬れることが分かった。これには三人も安心した。
「これでティペル十字軍の戦功は凄まじいものになるぞ。二人とも、感謝する。そして、二人に力を与えたもうた神にも感謝を」
その後も三人は魔物を倒しながらフィオレを目指した。
魔物の国が近いせいか、魔物との遭遇率も格段に上がっている。
「しまった、魔物に挟まれたな。二人とも、そちらは頼んだ。私はこちらを片付ける!」
「わっ、来たっ! ブラム、お願い!」
「嫌です。僕はもう飽きました。もっと大軍で来てくれないとやる気が出ません」
「ちょっとぉぉぉ! お、俺まだ戦う準備が……!」
「何をやっているんだお前たちは。もういい、そちらも私が倒す!」
そんなわけでレクスとブラムはあまり役に立たないこともあった。イェルンはイェルンで、徒歩での移動ですぐに疲れてしまうので、頻繁に休憩を挟む。お互いに足を引っ張り合いながら、そしてお互いに支え合いながら、着実に聖地へと近づいていく。
そして、船から降りてから二十五日後、ティペル十字軍の三人は遂に聖地フィオレに到着した。
着いたのは、日も暮れようという頃。
戦場の西側に置かれた軍営にお邪魔して、将軍に会えないかと尋ねる。
「将軍? お前たちみたいなのが会えるわけないだろう。いいから適当に配置につけ」
「いいや。私たち三人は、神に選ばれし勇者の一団」
「は?」
「その名もティペル十字軍だ」
「……何だと?」
「証拠をお見せしよう。さあ、二人とも」
「はーい」
「はい」
三人は息を合わせて手を伸ばし、くるんっと聖剣を空中から取り出して見せた。
「なっ……」
「これが神に賜った伝説の聖剣だ。分かってくれたか?」
「そんな……あの、聖剣を持った勇者が現れて聖地を取り戻すという伝説か……?」
「そうだ」
「わ、分かった。将軍の元に案内しよう」
簡易的な宿舎の中に連れてこられた三人は、ステフ・ヴァン・リート将軍と面会した。将軍はがっちりとした体型で、厳めしい顔つきをしていたが、三人がまたあの芸を披露すると、さっと顔を明るくし、頬を上気させた。
「素晴らしい! 神の御技をこの目で見る日が来るとは! ティペル騎士団が異端だという件は、一旦保留する。是非とも俺の軍隊に力を貸してくれ!」
「もちろんです。その代わり、私たちティペル十字軍が戦功を上げたら、必ずやその旨を教皇様にお伝えしていただけると、約束願えますか?」
「約束しよう。ああ、神に認められし勇者が加勢に来るとは……! 夢のようだな」
将軍はまだ興奮している様子だった。
「して、お前たちをどこに配備すべきかという問題だが」
「最前線へ。遊撃隊のように自由に行動できることを希望します」
「ほう。それは何故かな?」
イェルンは聖剣の機能を説明した。
「し、信じ難い話だ……。嘘偽りではないのだな?」
「無論です。私は少なくとも一度に百匹の魔物を倒すことができるでしょう」
「分かった。お前たちの希望通りに配備しよう。案内させるから、明日の朝は俺の部下について行ってくれ」
「お気遣い誠にありがとうございます!」
三人は宿舎を辞して、あてがわれた休憩所まで歩いて行った。
「うまくいってよかった」
イェルンは嬉しそうだった。
「ええ。将軍殿は単純……いえ純粋な方なのですね」
「信仰心が強そうだったなぁ。ま、そうでないと十字軍の将軍なんて務まらないか」
「そうだな。……明日はいよいよ、私たちの力を知らしめる時だ」
「俺たちっていうか、聖剣の力だけどね」
「同じことだよ、レクス。さあ、ゆっくり休んで英気を養おう」
幸いにも三人は軍から食物を分けてもらった。麦を煮込んだ粥に、豆や野菜などが入ったものだ。これまでは町で購入した、保存用の干し肉などで凌いでいたから、これはありがたかった。
お腹を満たした三人は、のんびり話をしながら寝床に向かった。そして久々に三人揃ってぐっすりと眠った。ここならば夜中に魔物に襲われても見張りの係の者が対処してくれるから、安心なのだ。
さて、朝になった。戦が再開される。
三人は、案内されながら、てくてくと最前線へと向かった。
「あわわわ、怖くなってきたあああ」
「心配はいりませんよ、レクスさん。あなたのことは、聖剣とイェルンくんが守ってくれますから」
「できればお前も守ってやってくれ、ブラム。三人で助け合って戦おう」
人間軍の先頭まで辿り着く。そこからの眺めは圧巻だった。
牙を剥き出した紫色の魔物たちがずらり。その数は数千にものぼる。
両者、睨み合うことしばし。
ついに開戦の合図である法螺貝が鳴り響いた。
「行くぞ!」
「はいっ!」
「ひゃああ!」
イェルンは聖剣を取り出して鞘から抜き払うと、魔物の軍勢に捨て身で突っ込んだ。
「やあーっ!」
聖剣から信じられないほどの力が流れ込んでくる。気をしっかり保っていないと、この波に飲み込まれてしまいそうだ。
「せいっ!」
イェルンは目前に迫った魔物を薙ぎ払った。
凄まじい轟音がした。空気がビリビリと震えるような爆音。
魔物たちはなすすべもなく体を切断された。剣先の届かぬ範囲にも広域に渡って攻撃が行き届く。この手応えからして、一度の攻撃で倒せた数は、百数十匹。
「殲滅してやる!」
イェルンは果敢に戦場を駆けた。
「ひいいいええああああ!!」
奇声を上げているのはレクス。彼も一度に数十匹の魔物を吹き飛ばしている。
「こ、怖すぎるんだけどぉ!!」
力強く聖剣を操る姿は、発言とは裏腹に非常に頼もしく見えた。
「あっははははははははは!!」
高笑いしているのはブラム。実に楽しそうに剣を振るい、これまた数十匹の魔物をまとめて相手にしている。
「面白すぎます! 何たる幸運でしょう! ああ、素晴らしい!」
巧みに聖剣を振る姿は、狂気的かつ猟奇的であり、敵を震撼させた。
辺りの魔物は瞬く間に全滅してしまったので、三人は別々の方向へと駆け出し、新たに魔物狩りを開始した。
「ウオオオオ!」
魔物たちが吠える。きっと何か魔物語で喋っているに違いない。そして、その中からは人間語も聞こえてきた。
「ふざけるな! こんなことをしておいて、貴様らただでは済まさないぞ……」
シュッ、とイェルンはその魔物の喉笛を、躊躇いなく掻き切った。
「お前たちには気の毒だが、犠牲になってもらう! 私の目的のために! 叶えたい願いのために!」
たった三人の力で、あの強力な魔物軍が、食い尽くされていく。
両軍とも唖然としてその様子を見守っていた。
うおーっ、と人間軍から歓声が上がった。
「やれーっ、勇者!」
「ああ、神よ!」
「すごい、すごいぞっ!」
魔物軍からは怖気付いて逃げ出す個体も出始めた。
勇敢にも人間軍に向かってくる個体もいたが、遠距離からの聖剣の攻撃ですぐに倒される。
聖剣の特徴は、強力なだけではない。敵がこちらからの攻撃対象を読めないことも、有利に働いた。強さに圧倒され怯える相手を、更に撹乱させることができる。
やがて魔物軍は潰走を始めた。数千だった軍勢は今や千と少しにまで激減し、戦場には遺骸の山が幾重にも積み重なっていた。
魔物が軒並み撤退した後の戦場では、人間軍の雄叫びが響き渡っていた。
「やった! ついにやった!」
「聖地から魔物を追い払った!」
「神の力ってすごい!」
「伝説の勇者、万歳!」
イェルンら三人はわっしょいわっしょいと担ぎ上げられて、聖地の中心まで運ばれて行った。
祝杯が上げられ、お祭り騒ぎが繰り広げられた。
リート将軍もやってきて、三人は直々に謝意を述べられた。
「では!」
イェルンは目を輝かせた。
「ティペル十字軍の働きを認めて頂けましたか!」
「認めるも何も、大手柄だ! お前たちのお陰で、ようやく勝つことができた!」
「これで、ティペル騎士団の名誉は、回復できるでしょうか!?」
「ああ、できる。きっとな。俺からも進言しておこう!」
「ありがとうございます!」
「礼は俺が言うことだ。本当によくやってくれた! 天晴れだ!」
わいのわいのと大騒ぎになり、宴は一日中続いた。
翌日からイェルンたちは将軍たちについて、人間の国へと帰還を開始した。
今度の旅路は安全だった。イェルンたちは喜び合いながら、安心して帰路に着くことができた。
……そして、数十日後。
「よくぞ、魔物軍を退け、聖地フィオレを奪還してくれた」
イェルンは各方面からの推薦を受けて、教皇に謁見を許されていた。
「そなたには破格の軍功があると聞き及んでいる。何ぞ、褒美を取らせよう」
来た、とイェルンの心臓は跳ね上がった。心を落ち着かせて、はっきりと奏上する。
「私からの願いは二つございます。一つ目は、ティペル騎士団への不当な異端判決を取り消し、その名誉を回復していただくこと。二つ目は、ティペル騎士団に冤罪を着せて処分した張本人であるフィリッピュス国王を、教会から破門していただくことにございます」
「……ほう」
教皇は感情の籠らない声で言った。
「他に望みはないのか? 地位や財産などは?」
「ございません。私が望むのは、ティペル騎士団の名誉回復と、フィリッピュス国王への復讐のみです。そのために命を賭して戦って参りました」
教皇の表情が微かに動いた。
「……少し、考える。ご苦労であった。下がりなさい」
「……はい」
すぐに承諾してもらえなかったことにイェルンは落胆したが、とりあえずは表情を引き締めて、前を向いて、謁見の間を退出した。
数日後、イェルンの元に、教皇からの勅使がやってきた。
「教皇様は、ティペル騎士団への異端判決を取り消すと仰っている」
彼は言った。
イェルンは黒々とした目をまん丸に見開いた。
「やった……! ありがとうございます!」
「加えて教皇様は、フィリッピュス国王に対し、猶予付きの破門を言い渡された」
「猶予付き?」
イェルンは首を傾げる。
「つまり今すぐではないということか?」
「然り」
「む……」
イェルンは眉間に皺を寄せる。
できれば即座に破門されたフィリッピュスが、教皇に泣きつく姿を見てみたかったのだが。
不満そうなイェルンに対し、勅使は続ける。
「更に、レクス殿とブラム殿は、身分を騎士へと昇格するとのことだ。後日、叙任の儀式を受けにくるように伝えなさい」
「……! はい!」
「その代わり、そなたらに命が下っている」
勅使は続けた。
「聖地フィオレは今は人間の国の領地となったが、いつまた魔物軍が攻めてくるか分からない。そのため、イェルン殿は聖地へ赴きその防衛に当たるとともに、有事の際には先頭に立って戦うこと。レクス殿とブラム殿は、イェルン殿に仕え、その任務を助けること。よいな?」
イェルンは舞い上がりそうになったが、落ち着いてはっきりと返事をした。
「承りました!」
……ということで、その旨をイェルンはレクスとブラムに伝えた。
「私たちの戦いはこれからも続くというわけだ。他ならぬ教皇様からのご命令だ、気合いを入れて臨もうではないか」
ところが二人の反応は芳しくなかった。
「ひえーっ。やっと魔物の大群から解放されると思ったのにぃ。怖いよお」
「何かと思えば、非常につまらない命令ですね。乗り気になれません」
イェルンはちょっとだけ俯いた。それから上目遣いに二人を見た。
「二人とも……私に協力するのは嫌か?」
「……」
「……」
レクスとブラムは顔を見合わせた。
「ふっ」
ブラムは笑った。
「イェルンくん、あなたは非常に面白い人だ。聖地云々はともかく、あなたに仕えるのならそれなりに退屈しない日々になりそうです」
「おっ、俺もっ」
レクスも慌てて付け加える。
「イェルンに仕えるのは嫌じゃないよ! イェルンのこと嫌いじゃないし! こんな待遇の良い仕事、今までにはなかったし!」
イェルンは胸が温かくなるのを感じた。そこで、とびっきりの笑顔を作って二人を見上げた。
「ありがとう。レクス、ブラム。これからもよろしく頼む」
「うん! よろしく!」
「はい。よろしくお願いします」
共に笑い合う三人を、太陽の光が祝福するように照らしていた。
おわり
少年騎士と泣き虫剣士と物好き護衛の英雄譚 白里りこ @Tomaten
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