第9話



 わたしはリビングのソファに座り、デジカメのモニターを眺めていた。ボタンを押すごとに、写真が次々と入れ替わる。それを、ぼんやりと見つめている。

 調査が終わってから、一週間が経つ。

 あのとき、もうひとつ、判らないことがあった。

 好美がなぜ、清田先生と付き合っていたかだ。

〈好きなわけないだろ、あんなオッサン〉

 好美は先生に真剣に恋をしているわけではなさそうだった。試験問題を盗むのに本気なのかとも思ったが、カンニングの話に対してはピンときていなかった。ならなぜ、好美は先生とホテルに行っていたのか。

 理由は簡単だった。清田先生は、わたしたちと同じことをしていたのだ。

〈好美がカンニングの相談をしにきたことがあるって、言ったよね。あの子がああいうことを言うのは意外だったけど、理由が判ったよ。好美は、清田先生に弱みを握られてたんだ〉

〈弱み……?〉

〈そう。さっき好美に電話して問い詰めたら、泣きながら教えてくれた。一回好奇心で清田先生とデートしたときに、酔わされて裸の写真を撮られたんだって。好美はそれから、清田先生に脅されて無理やり身体の関係を結ばされてた。好美はカンニングがしたかったわけじゃなかった。そのときの写真を、なんとかして取り返そうとしてたんだよ〉

 そう告げたときの、怜の表情を思いだす。そこには、好美がひどい目にあっていることへのあざけりなどはなかった。昔の友人を思いやる、痛みをこらえるような表情があった。

〈わたしたちはたくさん調査をしたよね。清田先生の相手の写真も、一杯手に入れた。中には、好美と同じ境遇の子もいると思う。怜、この子たちをまとめてみない?〉

〈まとめる? 私が、なんでそんなことを……〉

〈ひとりでは立ち向かうのが大変でも、何人かが集まれば大きな力になる。好美を助けてあげれば、怜の問題も解決する。わたしを嵌めようとしてたくらいだもの。本当はまた好美と、仲よくやっていきたいんでしょ?〉

 わたしの提案に、怜は迷いを見せていた。でも、最終的にどういう選択をするかは、判っていた。怜と好美が図書室の隅で、真面目な顔をして話しているのを見たのは、今日のことだ。〈清田のことを好美の前でかっこいいって褒めたのが、あの子の怒りを買った原因だったみたい〉。怜が安心した様子で報告をしてくれた。

 そしてわたしは、日常に戻った。

 デジカメの写真を切り替えるごとに、調査の断片が次々と現れる。なんだか、夢を見ていたようだ。沸騰するようだった非現実は、あっという間にいつもの日常にみ込まれてしまった。

 モニターに、学校の前でフラッシュを焚かれ、驚いている怜の写真が映った。こんな人間の表情は、普通に生きているだけでは見ることができないだろう。

 ぞくぞくする。普段この世界から隠されている生の人間が、写真の中にいた。

「みどり。何を見てるんだ?」

 反対側のソファには、父がいた。ウィスキーのロックグラスを手にして、だらしなく寝そべっている。二十時過ぎ。父とこんな時間に家で会うのは珍しい。わたしはじっと、父の顔を見つめた。

「どうした、そんな目で見て。いい男だと気づいたか?」

 冗談を言いながらも、目の奥の奥がリラックスしていない。家にいて娘と話しているときも、髪の毛一本分の緊張感を保っている。

 探偵の目だ、とわたしは思った。

〈みどりは、偽物じゃないよね〉

 怜の声が浮かんだ。

 わたしも怜も、偽物だった。怜は本気で放火するつもりはなかったし、清田先生を脅すつもりもなかった。わたしも本心から、怜を助けたいわけではなかった。あれは偽物同士の、偽物の調査だった。

 でも。

 あの調査は、楽しかった。その気持ちだけは、本物だ。

「父さん」

 わたしにも見つけられるだろうか。わたしの、わたしだけの、熱中を。

「その……。何か、手伝えることは、ないかな?」





※『五つの季節に探偵は』で他の短編もお楽しみください。

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イミテーション・ガールズ 逸木裕/小説 野性時代 @yasei-jidai

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