8. 猛特訓と襲撃者
「アルス、背伸びたんじゃない?」
「もう十五歳だもん。成長期だしね。そういうエリシュナは——」
うん、何も変わらない。
出会った頃と変わらず美しい。
いや、十八歳という年齢からすれば童顔っぽいかな。
目に見えて変化があるとすれば、胸元に膨らみが少し。
「私がどうしたの?」
「いや、あ、や、何でもないよ」
さすがに面と向かって、おっぱいちょっと大きくなったね……とは言えない。
エリシュナのことは完全に一人の女性として意識してしまってるし、好きな人に向けて『おっぱい』なんて口に出すのは恥ずかしい。
「むー。私だって成長してるんだけどな。一応……」
少し寂しげに視線を下に移し、胸元を見つめる。
うん、気付いてるよ。
気付いてるんだけどぉぉぉぉぉぉぉ。
あれからエリシュナお手製の魔術書を読み漁り、今ではほとんどの術式の構造が頭の中に入っている。
ただ術式を覚えても、実際に改変するのは更に難しかった。
元の術式を壊すことなく、新たな効果を加えていく。
高度かつ繊細な魔術センスが問われ、慣れるまで何千、何万回と練習を繰り返し続けた。
改変中は常に魔力が消費され続けるため、膨大な魔力が必要となる。
これが【術式改変】のデメリットだ。
一度きちんとした効果の改変が出来れば、普通の魔術を使う感覚で使えるためあくまでも改変中のみだが。
「ねぇ、アルス。来週、魔術学院の入学式なんだよね?」
「そうだけど……」
マナシエル帝国における魔術師は、十五歳になると必ず魔術学院に通わなければならない。
でも僕は悩んでいる。
今更、魔術学院に通って学べることはないだろう。
周囲から突き刺さるような目線で見られることも容易に想像が付く。
何よりエリシュナと離れてしまうことになるのが、嫌だった。
「ダメだよ。学院にはちゃんと通った方がいいよ。友達が出来るかもしれないし、青春だよ?」
「うん……。エリシュナは?」
「私はまだ簡易的な魔術しか使えないし、元に戻るまではここにい続けよう……かな」
そう話しながら、なぜかチラチラと横目で見てくる。
そんな風に見られると引き止めたくなるじゃないか。
本音は行きたくない。
でも行かなければならない。
なので今日まで異常なペースで【術式改変】をし続けて、僕だけの魔術をいくつも創り上げた。
膨大すぎる魔力が空っぽに近い状態になるまで。
まぁ、一週間もあれば全回復する。
この時はそんな軽い気持ちでいた。
まさかこの後、あんなことが起こるとは夢にも思っていなかったから。
◇
『死霊の森』入り口付近。
ここに二つの影がチラつく。
「ほ、ほんとうに結界から出てるんですかい? ナイト様」
「あぁ、間違い無いだろう。明らかに『無の大賢者』の魔力を感じるぞ」
そう話すのは、魔族の下っ端ゲルマニードと十二将軍が一人『暗黒騎士ダースナイト』だ。
漆黒の甲冑に身を包んだ彼は、禍々しい闇を身体から放つ。
その威圧だけで、周囲の草木が萎縮してしまうほどだ。
「ん? どうやらもう一人いるようだな」
「『無の大賢者』に加えてもう一人となると、さすがに武が悪いんじゃないですかね?」
「いや、もう一人はほとんど魔力を感じんな。小者だろう」
ダースナイトは鼻で笑う。
『魔神王』様を封印した憎き存在、『無の大賢者』。
だが、彼にとってはそれだけではない。
元十二将軍であった父の仇。
新生・暗黒十二将軍となった今、直接対決できるこの日を心待ちにしていたのだ。
「ゲルマニードよ。まずはお前が様子見でいくか?」
「ま、まじですかい?」
「魔力の弱いゴミを瞬殺して、『無の大賢者』を牽制してくれればいい。出来るだろう?」
ダースナイトは鋭い視線でひと睨みする。
同じ魔族とはいえ、下っ端と将軍格では生物としての格がまるで違う。
ゲルマニードに実質拒否権など存在しない。
「分かりました、ダースナイト様。必ずや我らが主人『魔神王』様のご復活に良い報告が出来るよう、全力を尽くしましょう」
ゲルマニードは大きな翼を広げ、『死霊の森』の奥深くに向けて猛スピードで飛び去った。
「フフフ。待っていろ……『無の大賢者』よ。我らが魔族の力が五百年の時を経て更なる飛躍を遂げていることを見せてやる。フハハハハ」
ダースナイトの不気味な笑みは、しばらくの間その場で続いていた。
まるで勝利を確信しているかのように。
いずれ【魔術皇帝】へと至る少年は攻撃魔術が使えない!〜魔術の才能はありませんが、美少女な大賢者から禁忌の力【術式改変】を教わったので容赦なく無双します〜 月夜美かぐや @kaguya00tukuyomi
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