7. 結界魔術と身体強化

 それからの僕は、ひたすら努力の日々を送った。

 自分で自分を褒めていいのではないかというほどに。


《結界魔術》は複雑な術式で正直目眩がしていたが、エリシュナの教え方が上手なこともあり三週間で習得できた。

 初めて使えるようになった魔術。

 それはもう大はしゃぎして喜んだ。


《身体強化》に関しては、エリシュナは得意ではないようで術式の構造のみ叩き込まれる。

 本来は全身を強化して身体を軽くする効果しかない。


 魔術師の戦闘は、いわゆる魔術のぶつけ合い。

 故に物理戦闘という概念がないため、身体を軽くすることは無意味とも言える。

 そのため五百年前でさえ不遇魔術と呼ばれていたらしい。


「《結界魔術》と違って《身体強化》は無属性魔術の基礎中の基礎なの。だから【術式改変】も使えないのよね。正直こればかりは使い物にならない気が……」


 エリシュナですら匙を投げる難題だ。

 でも諦めない。

 そのままで基礎中の基礎なら【術式改変】が使えるレベルの、高度な強化の仕方を見つけ出せばいい。

 僕には二種類の魔術しかないのだから、要は極めるしかないのだ。


 エリシュナは次の特訓に向けた準備をすると言うので、一人で模索を続ける日が続く。

 そして気付けばあっという間に三ヶ月が経っていた。


 ……時間はかかったが、僕は一つの可能性に気が付いた。


《身体強化》はを強化する魔術……。

 いや、そもそもどうしてなんだろう。

 無意味に分散された魔力を一極集中すれば、より強い効果を引き出せるのではないか?

 あまりに単純すぎて、考えもしなかったが試してみる価値はある。


 まずはいつも通りの《身体強化》を発動。

 全身に魔力が纏われ、身体が軽くなる。

 そこから右手に魔力を集中させていき——


 ……熱い。力の脈動を感じる。


 そのまま武闘家のごとく、力一杯拳を振り抜く。


 ——ズドォォォォォォォォォォンン!!!!!



「な、なに!? 何の音なの!!」


 轟音に驚いたエリシュナは、さらに目の前に広がる光景に目を見開く。

 攻撃魔術が使えないはずの僕の目の前で、巨大な大木が倒れているのだ。


「もしかして、アルスがしたの?」

「えっと、あはは……。やっと答えを見つけたよ」


 魔術を介した物理攻撃。

 至近距離で使用する必要があるため、使い所は難しい。

 それでもただの《身体強化》とは、比べ物にならない効果を得ることができた。

 それこそ高度な魔術と呼べるほどに。


「やっぱりアルスはすごいよ! これで次の段階にいけるね」


 次の段階……つまりエリシュナ直伝【術式改変】の会得だ。

 新たな術式を付け加えて、オリジナルの魔術を創造する。

 これまで以上に難しそうだけど、同時に実験するみたいで楽しそうとも考えていた。


 ドサッ。

 目の前に置かれたのは大量の本。

 いや、魔術書か?

 五十冊はくだらない。


 まさか。

 いやいやそんなまさか……。

【術式改変】するんだから、全魔術の術式を覚えろなんて言わないよね?


「これ全部私の手書きなの。アルスのために三ヶ月間すーっごく頑張ったんだから。全部覚えてね!」


 ひぃぃ!!

 い、いくつあると思って——


 慌てて手を伸ばし、ページを開いていく。

 ……術式……術式……またまた術式。

 どこもかしこも術式まみれ。

 全属性魔術の術式と構築の仕組みが書き写されていた。


 ……Oh my god!



 ◇



 月日が経っても変わることなく、僕たちは一緒に寝るようにしていた。

 年頃の男女で気恥ずかしさはあるが、隣にいる方が心が安らぐ。


 ただ僕が【術式改変】の修行に入ってからは、少し変化が起きていた。


 夜中になるとエリシュナはこっそり起きて、隣の部屋へ移動するのだ。

 隠れて一人で何をしているのか。

 耳をすませば途切れ途切れに聞こえてくる喘ぎ声。

 僕は彼女が何をしているのか確信していた。

 エリシュナも『無の大賢者』とはいえ思春期の女の子だ。

 身体が疼くのも自然なことだ。


 けどね……うん。

 めちゃくちゃ気になる。

 気になってしまうよ!

 紳士であれば見て見ぬふりをすべきだと思う。

 だけど、積もり積もった興味心には勝てない。

 ましてやエリシュナほどの美少女となれば、我慢出来るはずがない。


 僕は……今夜、大人への階段を一つ登る!


 エリシュナがベッドから出て少ししてから、跡を付けるように移動する。

 音を立てないように、こっそりと。


 扉は少し開かれた状態になっており、隙間が出来ている。

 音? ……いや、声が聞こえる。


「——っん。あっ、はぁ……はぁ」


 こ、これは。

 やっぱり想像通りの展開なんじゃ?!


 一瞬ためらいつつも、覚悟を決め隙間から覗き込む。


 窓辺の月明かりに照らされるエリシュナの横顔。

 赤く染まる頬。

 汗ばむ額。

 あまい吐息が漏れ出ている。


 そして右手を前に伸ばしながら、少し苦しそうに……。


 んん?

 右手を前に伸ばして?

 

 その姿は僕が想像していたものとは違った。

 明らかに魔術を発動させようとしている。


「……はぁ、はぁ。やっぱりダメなんだ……魔術が使えないなんて」


 魔術が……使えない!?

 驚きすぎてつい後ろへよろけてしまう。


 ギシッ。

 床の軋む音が鳴り響く。

 慌てて息を止めて気配を消すも、さすがに音が大きすぎたらしい。


「アルス、そこにいるんだよね?」


 うっ。

 見つかってしまったか。


「ごめん、覗くつもりはなかったんだけど」


 色んな意味で期待して、覗く気満々でしたけどね。

 ここはあえて誤魔化しておく。


「聞こえちゃった、よね?」

「魔術が使えないって?」

「えへへ……バレちゃった」


 エリシュナは悔しそうな、悲しそうな、そんな表情をしながら力なく笑顔を見せる。


「簡単な魔術はなんとか使えるんだけど、出力はびっくりするくらい弱くなってて。高度な魔術はてんでだめなの」

「でも、エリシュナから魔力は感じるよ?」

「うん。多分『魔神王』のせいかな……。封印する時に呪いを受けちゃったから」


——『魔神王の呪い』。

 詳細は不明だが術式と魔力のリンクが上手くできず、魔術が発動しない状態になっているらしい。



「それって回復させる手立てはあるの?」

「うーん……一応ね。私が使えるもう一つの禁忌の力。【属性変換】を使って『聖』の属性に変換すれば、解呪は出来ると思う」


『聖属性』——それは今の時代では希少属性と呼ばれている。光属性より強力な治癒に解呪、そして状態異常回復の魔術に特化した属性だ。


 ……それよりも。

「自分の適性属性を変えれるの?! ……さすがエリシュナだね」


 でもそんな方法があるなら、僕の適性魔術が二種類しかないのも変換できるということになる。

 でも彼女は【属性変換】について話さなかった。

 それはつまり発動させるのに大きながあるということだろう。

 これは容易に想像がついた。


「アルスは頭いいから、分かっちゃうよね。【属性変換】には二つリスクがあるの。一つ目は発動させると魔力量が半分に減ってしまうこと。減った分はもう戻らないの」

「魔力を代償にってことか……」

「うん……それと二つ目。一度変換した属性は二度と元に戻せないの。【属性変換】は一度きりの力だから」


 それではエリシュナは、二度と無属性魔術が使えないことになる。

『無の大賢者』が無属性魔術を使えない。

 それは自身の呼び名を捨てることになる。

 彼女にとってもそれだけは譲れないのだろう。

 ……だからこっそり練習してたんだ。


「他に方法はないの?」

「今の段階ではないかな。どうしようもないし、諦めようかとも考えてたんだけどね。でもアルスが毎日頑張ってるの見てたら、私も負けないように頑張ろうって思えたの」


 そう話すエリシュナの瞳には闘志が宿っている。

 僕が努力を続けているのと同じで、彼女もまた諦めず地道に頑張ることを選んだのだ。


「これからは日が昇ってる時に一緒にしよう。やっぱ夜はさ……」

「ふふ。夜は一緒の方がいいもんね」

「わ、分かってるなら言わなくても——」

「照れてるアルスも可愛いなぁ。ふふっ」


 そうやってからかってくる、エリシュナの方が可愛いんですけど!


 きっと僕たちなら大丈夫だろう。

 どんな困難も二人でなら乗り越えられる。




——そして訓練の日々が続き月日は流れ、僕は十五歳。エリシュナは十八歳になった。




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