6. 魔術の適性と禁忌の力

 翌朝、約束通り魔術の特訓が始まった。

 まずエリシュナは僕の適性を確認する。


 向かい合うように座り、彼女はジッと僕を見つめる。

 どうやら現在進行形で、エリシュナの瞳には僕の適性が映っているらしい。

 僕はただただ、エリシュナを見つめているだけになってしまっている。


 それにしても、エリシュナは本当に可愛い。

 これだけ至近距離だと、長くカールしたまつ毛やぷるんと柔らかそうで艶のある唇に目が惹きつけられる。

 鼓動が速くなり、顔が火照るのを感じた。


「んっ、どうしたの?」

「はひゃ、なん、なんでもないよ」


 適性検査中だし、今はえっちな気分になっている場合じゃない。

 集中だ……うん、集中。


「……やっぱり! アルスには無属性の適性があるよ」


 おぉ!

 や、やったぞ。

 これで魔術師としての道が再び開けた!


 僕は内心で歓喜する。

 表情ではポーカーフェイスを装い——


「アルス、嬉しそうだね」


 装いきれてませんでした。

 だってすっごく嬉しいんだもん!

 そう言えば、無属性って雷属性よりも強いのかな?

 それとなく聞いてみる。


「んー、弱いかな。無属性魔術ってたくさん種類があって幅広いから利便性は高いんだけどね」


 あれ、思っていたほど強くないのか。

 いやでもそれだけ多様な魔術を扱えるなら、使い方次第で最強になれるに違いない。


「あれ、何これ。どういうこと?!」

「なになに……。怖いんだけど」


 エリシュナが顔をしかめ、驚嘆の声を上げる。

 そういう反応は心臓に悪いよ。


「魔術師ってね、適性属性の魔術は全て扱えるの」

「え? う、うん」


 突然何を言い出すんだ?

 そんなこと魔術師なら常識。

 既に知っていることだ。

 だから僕だって無属性魔術を制覇して——


「でもね、アルスは無属性魔術の中でも適性が二つしかないの」

「え? どゆこと?」

「……つまり、あなたは防御系魔術と身体強化系の魔術しか使えないってこと」


 はい?

 防御と身体強化……って二種類だけ?

 大規模な広範囲魔術で敵を圧倒したり、強力な大魔術を放って一撃で敵を仕留めたりは……?


「出来ないかな。攻撃魔術は一切使えないみたい」


 はぁぁぁぁぁぁ?!

 それ、もう完全に魔術師として終わってるんじゃ?

 防御だって出来ても、無効化出来るわけじゃないだろうし。

 身体強化も普段よりちょっと強化できたところで知れてる。

 それじゃあ、はっきり言ってまるで役に立たない。


 一筋の光が見えたと思ったら、また突き落とされる。

 人生って何て理不尽なんだろう。

 さすがに落ち込む。


「やっぱり、僕には才能がないのかな」

「それは違うよ! 二種類だけかもしれないけど、適性の数値は異常だもん。こんなの見た事ないよ」


 僕の弱気な発言にエリシュナは首を横に振る。


「あのね、魔術はまず極めること。そして極めてからが大切なの。それにね、アルスには特別に教えてあげる」

「うん?」

「高度な魔術は術式にオリジナルの効果を付与できるの。私の使ってた《結界魔術》みたいに」

「オリジナルってどういうこと?」


 エリシュナによれば、結界魔術は無属性防御系統の最上位魔術に該当するらしい。


 彼女が自身を守るために使った【完全防御結界】。

 そして魔神王を封印するために使った【封印結界】。


 これらは元となる結界魔術に、別の術式を組み込んで作ったエリシュナのオリジナル魔術らしい。

 既存魔術に新たな効果を生み出す術式付与を行い、魔術の効果そのものを上書きする高等技術。魔術師最大の禁忌の力——


「——それが【術式改変】。私の編み出した技術なの」


 ……すごい。

 すごすぎる!

 話に聞くだけならあまりに荒唐無稽な内容。

 でも僕は実際に【完全防御結界】を目の当たりにしている。


「もし僕が【術式改変】を身に付けれたら、世界で唯一無二の魔術だって自分で作れるってことだよね」

「そうだよ。アルスの場合、二種類とも適性値は異常だし魔力量だって私より遥かに多い。絶対にすごい魔術師になれるわ」


『無の大賢者』がここまでお墨付きをくれてるんだ。

 自分で自分を信じなくて、どうするんだ。


「エリシュナ、改めてお願いします。僕に《結界魔術》と《身体強化》……そして【術式改変】を教えてください」


 深々と頭を下げて、お願いする。

 親しき中にも礼儀あり。

 ここは筋を通しておくべきだ。


「ふふ。もう、真面目なんだから。私の指導は厳しいからね。頑張ってついて来なさいよ」


 普段そういう台詞は言わない彼女だが、僕に合わせてくれたようだ。


「ぷっ……はは」

「あははっ……もう」


 二人でたまらなくなり、笑みが溢れる。


 学ばなきゃいけないことはたくさんある。

 試さなきゃいけないことも。

 やってやろう。

 魔術師アルス、一世一代の奮闘記が始まるんだ。

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