Epilogue. 後日談、最後のページ

 

 亡銀歴353年、シルバー王国。

 今日も活気にあふれるある街の真ん中の噴水広場に、上級悪魔の魔物の語り部と人間の笛吹がいた。


 ふたりはこの国で最も人気のある吟遊詩人だった。


「さあ、おいで! 今日語るのは、今も昔も一番人気の、シルバー国再建伝説だ!」


 ふたりの声を聞いて、子供たちが彼らの前に集った。それ以外にも好奇心からやってくる者や、この伝説、あるいはふたりのファンである人々も集まってきて、街の噴水広場にはとんでもない人混みができていた。


「さ、今日語るのは皆さんご存知。かつては一度滅んでしまったこの国を、ある人物が蘇らせた話だ」


 群衆が歓喜の声でどよめくのをなだめるかのように、優しい笛の音色が広場に響いた。


 そうして笛の音色は場の空気をつくり、語り部は物語を語る。


 ある国で出会った3人の子供たちの成長の物語と、悲劇的な結末を。

 ある亡んだ国を訪れた少年と、亡んだ国にとどまり続けた勇者の物語を。


「……こうして、少年の手紙に心を動かされた勇者はこの国で待ち続け、およそ200年の時が経った時!

 ここを訪れた人間と魔物の絆を見て希望を持った再建の勇者・プロメテウスの手によってシルバー国の再建がなされた、というわけだ!」


 長い長い伝説を語り終えた語り部と、この伝説に相応しい音色を奏で切った笛吹に拍手と投げ銭が送られ始めた。


 その時だった。


「ねえ、悪魔のお兄さん。それで、フェルって少年の手紙ってどんなのだったのかわかってるんですか?」


 座って話を聞いていたある一人の長髪の青年が、語り部にそんなことを尋ねたのだ。

 語り部はきょとんとした表情を浮かべて尻尾をふっていたが、すぐに浮ついた表情を浮かべて口を開いた。


「ふーん。俺も大分長く生きているしこの話を何度も語っているが、そんな質問をされたのは初めてだ」

「で、お兄さんは知ってるんですか!?」


 悪魔のような表情を浮かべた、いや、悪魔らしい顔をした語り部は、ふッ、と鼻で笑った。


「そうだな、知らないわけじゃないが。まあ、また今度……」

「なあ、俺も聞いてみたい」


 語り部は話を切り上げようとしたが、どうやら、語り部の素性をすべては知らないらしい笛吹きも詰め寄った。


「フッ……仕方ねえなぁ、相棒に言われちゃ話すしかねえや。よーしみんな、今から俺が語るのは、シルバー国再建伝説の語られざる空白の物語。この国でまだだーれも知らねえ物語だぜッ!! さ、みんなよく聞きな!!」


 威勢のいい語り部の叫びに、人々はみな歓喜する。

 真面目な顔に戻った語り部が語るのに、笛吹が即興で演奏をするのに、広場にいた誰もが聞き入った。


 ○ ○ ○


 さて。


 勇者と別れた後に3年の間、少年は勇者と2人の親友、そして自分が瓦礫の国で過ごした時の物語を綴り、語り、広めた。


 悪魔と言われても、憎まれても、彼は歩んだ。その間に、彼に妻や子供ができたかは俺にもわからん。子孫がどこかにいるかもしれないしいないかもしれん。

 まあとにかく、そんな彼が余命いくばくもないことを悟った時、自分の研究をまとめた本と綴った物語をある人に託した。


 その人は全てを理解したうえで、二度と戻ってこないであろう友を見送った。

 その時泣き崩れた人の姿を描いた絵が残っていてな、それが現在この国の城に飾られている『別れの涙』さ。


 さて、調薬師の少年が勇者にあてて書いた手紙なんだが、俺は今勇者本人から実物を預かっていてな。

 いつか読みたくなったら読んでもいい、と言われていたので大きな声で読むことにさせていただこう。


 ……おや。ずいぶんきれいな文字だ。貴族サマもびっくりだなこりゃ。

 さて、肝心の内容なの、だ、が。


「こうして手紙を書くのが照れくさいので、敬語で文章を書こうと思います」


「この手紙を読んでいるのが貴方である、ということは僕はきっとまた眠っているのでしょう。

 眠り始めてどれだけ経ちましたか? 僕は冷たいですか? 硬いですか? 肌は青白いですか?」


「いいですか。冷静になって読み続けてください。"これ"を破らないでください。どうか、気づいてください。

 そこで寝ている僕は、もう二度と目を覚ますことはありません」


「貴方がこれを読んでいるということは僕は、……あの日に死んでいるんです。

 綺麗でしょう? いつか目を覚ましそうでしょう? でもね、違うんです。冷たいんです。硬いんです。

 肌は青白いんです。血は流れていない、息をしていない。もうわかっているでしょう?」


「僕、あの日に魔王に願ったんですよ。僕はいらないから、貴方に永遠を与えてくれ、って。

 奇跡なんてなくて、魔物由来の器官に対する拒絶が起きていたみたいなんです。

 だから、もしかしたら貴方とちゃんと話せぬまま死んだかもしれません」


「ごめんなさい。こんなお願いしたくなかったけど、僕のお墓は君と初めて出会った場所につくってほしい。

 最初で最後のお願いなんだ。ねえ、ヴォル」


「僕は、待っていて欲しい。ここを守ってほしい。

 君が大好きだったこの国が、美しい街が、蘇ったらきっと会いに行く。だから」


「どうかこれを頼りにしてでも、生きて、守って、待ってて」


 ……少年は、一体どんな気持ちでこんな文章を書いたんだろうな。

 勇者に対する厚い信頼が伝わってくるいい手紙だ。みんなもそう思うだろう?


 こらこら、泣くな。お話にはまだまだちゃーんと続きがある。


 さて、と。これは亡銀歴203年のことだ。


 そもそも亡銀歴ってのはシルバー国がかつて一度滅んだ年を最初の年として数える暦なのだが。

 この年、実は勇者と少年が出会った年、つまり亡銀歴3年からちょうど200年だったんだ。


 そんな年に、シルバー国に入ったお隣の国の調査隊は綺麗な花の飾られた、3つの墓を見つけた。墓といってもうち二つはそれぞれ杖と大剣の前に花が供えられている簡素なものだったし、唯一墓石が存在していた墓にもそこで眠る人の名前は彫られていなかったのだが――。


 ああ、調査隊が何者かっていったらな。

 お隣の国が瓦礫の国と化したシルバー国の魔物を討滅し再建するために一度瓦礫を全て撤去するためにその土地にあった全てを破壊しつくす計画があったんだよ。その時にこの国に踏み入って状況を調べてた人たちだ。


 んで、墓を見つけた調査隊の隊長が計画をとりやめることを、シルバー国の力づくな再建を計画した王に提言、受け入れた王によって"ある言い伝え"に倣ってある一人の少年と、とある魔物によって調査が行われることとなったんだ。


 それが、勇者の人間性を大きく変えた。


 で、実はこの魔物ってのが俺なんだ。んで、その少年ってのがこの笛吹いてる相棒のひい爺さんだ。

 俺を初めて見た勇者は鬼の形相で殺しにかかってきたが、あいつが事情を丁寧に説明したら話を聞いてくれた。


 俺たちのような自我をちゃんと持ってる魔物が現れたのは、俺がじいちゃんから伝え聞く限りでは今から240年ぐらい前らしいから、勇者が俺達の存在を知らないのも仕方のない話だ。


 そうしてまともな自我を持った魔物と、かつての友にそっくりな少年に絆されて、勇者は希望を持った。

 彼は「望みのない世界で償うために戦う」のではなくて「望みのある世界でこの場所を守る」ために待つことを選んだ。


 それがいつ訪れるかわからない、それまでに殺されるかもしれない、でも、それでも――と。


 そんなわけで、勇者はここの復興に手を貸すことを決めてくれた。

 彼は死すら生ぬるいと考える己の罪への贖罪や自罰のためではなく、いつか誰かを救うために生きることを選んだ。


 だから大切な親友たちの墓を守り、彼は生き続けた。

 だから100年前、俺とこいつのひい爺さんがこの国を訪れるまで、彼はずっと一人で生きていたんだ。


 他の誰でもない、彼にとって一番大切な友の帰りを待つために。

 死んでしまった親友を信じ、今も彼は待っているのさ。


 この国の発展を見守りながら。

 大切な親友であるダレンとメイ、そしてフェルの墓を守りながら。


 ○ ○ ○


 途中で驚きのあまりにピィと間抜けな音をたててしまったものの、笛吹はしっかりと即興で相棒の語りを盛り上げた。

 語り部は笑顔で相棒を見つめ、目を伏せると、次の瞬間には薄っぺらい笑顔で話しを締めた。


「……さ、これでもうおしまいだ! あいつは今も、あの小屋でフェルって子を待ってる。奇跡が起きるのかは知らんが、一応俺はあいつのことを応援しているんで、話を聞いた皆もぜひこの話を心にしまって応援してやってくれ!」


 物語を見事に語った二人に、聴衆は拍手の雨を浴びせた。


 話を広めないように、という文言を口にしつつ、まだねだっていないはずの投げ銭を大量にくらって嬉しい悲鳴をあげる語り部と笛吹。

 忙しそうにしている彼らの様子を気にも留めず、教会の屋根に座って一人の青年を見つめていた男がいた。


「あの青年、まさか」


 実のところ、彼は語り部に、「彼の名前を言わないように」と伝えていた。


 語り部は軽薄な男のようだが、約束だけは絶対に違えない。

 だからこそ、男は確信していた。



 あの容姿や服装まで似ている青年は――──。



 ああ、本来ならこの後日談に、真の意味では救いなどなかったのかもしれない。

 しかし語られた物語によって、聞き届けられた物語によって、その道の先は希望の光で照らされた。


 言葉によって有限なものを照らした先に、輝く何かが必ずある。

 特に、照らしたものが待ち時間であったなら。


 いつか必ずその終わりを告げに、輝かしい希望が、待ち人が、約束を守りにやってくる。



「……おかえり、フェル。待ってた」


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時繋グ言ノ葉~瓦礫の国で挨拶を~ ゆうみん @yuu_min_rakugaki

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