第2話 邂逅
魔女は森と村にいる、慣れると案外可愛らしい村人達を亡き者にした物体――スライムを全滅させ、魔女の家に侵入した一個体だけを残しました。
魔女はスライムについて一生懸命研究しました。休憩の時は何度もスライムを殴りました。
研究によってこのスライムは他の普通のスライムと違って、かなりの抵抗力――まるで粘土のような形状保持能力――があり、手がスライムに沈み込むことはありませんでした。魔女はスライムを殴りました。
それはスライム基準としては硬化と言えるものでした。魔女は何度も何度も叩きつける様に殴りました。
他のスライムと同じように物理耐性があり、魔法が弱点のようでした。魔女は少しでも時間があれば殴ることに徹しました。
魔女はスライムを研究するようになってから、一度も村へは行きませんでした。魔女はスライムを殴ることがとても楽しかったのです。
魔女は何ヵ月経とうと、スライム殴りに飽きることはありませんでした。むしろ、魔女にとってのスライム殴りとは、息をするように極自然なことでした。
朝起きた瞬間から殴り、食事を作る時も殴り、食べている時も殴り、研究しながら殴り、風呂に入りながら殴り、トイレでも殴り、寝る前に殴り、寝ている時にも時々殴っていました。
魔女がスライムを殴らない時は、殴っていない時だけでした。
次第に魔女はどうしてスライムを殴るのか考えるようになりました。最初の一撃は恐怖に駆られてでしたが、それ以降は興味本位でした。ストレス発散のためかとも考えましたが、どうやら違うようでした。
イタズラ相手の村人達がいなくなってしまった今、魔女にとっては例え得体のしれないモンスターであっても、構ってもらえる(と本人は思っている)事実が、何よりも魔女自身の精神的支えとなっていたのです。
魔女は一人ではありませんでした。
ある日のこと、魔女の住む森に、国の偉い騎士団がやってきました。村からの物流が途絶えたことをひどく心配した国王が、騎士団長に調査を依頼したのでした。
騎士団は最初に村を調べました。ついこの前まで暮らしていたはずの村人達の姿は何処にも見当たりませんでした。まるで、数分前までそこにいたかのような状態で村は残っていました。
そして不思議なことに、村のあちこちに燃えカスのような物体が散乱していました。
騎士団は次に森を調べました。森にも村人達の姿はありませんでした。
そしてここにも燃えカスのような物体がいっぱいありました。
騎士団は森の中で、小さな物置のような家を見つけました。それはとてもみすぼらしく、騎士団の誰もが人が住んでいるとは思えませんでした。物音一つしませんでした。
騎士団はもしかしたらいなくなった村人がいるかもしれないと思い、恐る恐る扉をノックしました。
ほんの少しの間のあと、音もなくゆっくりと扉が開きました。
そこには形容する言葉が見つからない程に綺麗な女性が立っていました。
黒いローブに高いとんがり帽子で、右手には箒を持ったその姿は間違いなく魔女の格好でした。騎士団長は一目見て魔女だと確信しました。
騎士団長は膝まずきながら魔女に挨拶しました。
「魔女様。突然の訪問失礼いたします。私は第一騎士団団長のホーテと申します。国王の命により、村の調査をしています。最近、ここの村人達は一斉に姿が消えてしまいました。魔女様にお力添えをして頂きたく伺った次第にございます」
魔女は左手を腰に当てながら偉そうに話し始めました。
「私は魔女。ただの魔女、エイリ。私が気づいた時には村人達はいなかった。この村を襲ったスライムは私が始末した。この家に研究用として一匹だけスライムを捕ってある。村人の捜索に力を貸してやろう。もっとも、手遅れだと思うけれど」
魔女は村を襲った特異なスライムについてわかっていることを騎士団に説明しました。
その時に魔女がスライムを殴ったことから、騎士団は魔女に対して、尊敬だけでなく畏怖の念を覚えました。
魔女は騎士団と共に村人達の捜索を手伝いました。スライムはまるで使い魔のように魔女の後ろを着いてきました。騎士団は数を生かして森の中を探し、魔女は箒に乗って空から探しました。
しかし、結果は変わりませんでした。
魔女は騎士団がいてもお構い無しに度々スライムを殴り付けました。それは騎士団から見て、スライムへの怒りではなく、単なる暴力に見えました。
やがて騎士団内では魔女のことを暴力を振るう魔女、暴力魔女だと密かに呼び始めました。
魔女の知らない所で暴力魔女という呼び名は騎士団内で広まっていきました。
村と森の調査は終わりました。結局村人達は見つかりませんでした。騎士団長は魔女に感謝を告げ、騎士団は帰っていきました。
魔女は一人と一匹で森に残りました。
暴力魔女と硬化スライム 山長油炭 @yusumi-yamanaga
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