2071年1月1日
翌日。ぼくは東京行きのリニアに乗っていた。
新宿駅から出ると、華やかな周囲からは浮いた、質素な服装の一団が目に飛び込んできた。「介護士の生きる権利を!」と書かれたプラカードを掲げていたが、デモと呼ぶには少なくて、100人もいなさそうだった。シュプレヒコールを叫んでいたけれど、ビルのヴィジョンから垂れ流される新型eスフィアの広告音にかき消されて、何と言っているのかわからなかった。
少し離れた場所から小さなデモを眺めていたぼくは、その中の一人を見て、思わず自分の目をこする。どこか見覚えがある気がしたからだ。しかも、それは若い女性だった。
ぼくが挙動不審に近づくと、その女性は眉間にしわを寄せた。ぼくは慌てて言った。
「あ、あの。どこかで……」
すると、女性は目を見開いた。深海のような青い目だった。
「も、もしかして、Alanさん?」
「え?誰ですか?」
ゲーム内で、女プレーヤーと話した記憶はなかった。
「……Borgです」
自分の耳を疑った。
「え?で、でも声が」
「ボイス・チェンジャーですよ」
思わず女性を凝視してしまう。白金色の髪は肩のとこできれいに切りそろえられ、飾り気のない白いワンピースを着ていて、清楚な印象を受けた。
「……びっくりしました。来てくれるとは思わなかったので」
「なんか、キャラ違いませんか?」
Borgと名乗った女性は目をそらした。その顔が、耳まで真っ赤に染まる。
「いいじゃないですか。ファンタジーの世界くらい、自由にしたって」
「こんな方だとは、夢にも思いませんでした」
正直、ぼくの二次嫁より、ずっとかわいい。
「変ですか?母がベラルーシからの移民なんです」
そのときになって気付いてしまった。なぜこの女性に既視感があったのか。AIチルドレンのノアの面影があるのだ。
気付いた瞬間、交差点を満たしていた広告音が消えた。慌てて周囲を見渡す。広告を流していたビルのヴィジョンが、ニュースに切り替わっていた。
「ただいま、緊急ニュースが入りました」
ニュースのキャスターが咳払いをした。
「優生思想に基づく大規模な秘密結社が、『次世代シミュレータ・シミュレータ』と呼称される人工知能を用いて、一部非合法な活動を行っていたことが明らかになりました。事件はAIチルドレンの高校生ジャーナリストが、当社を含む複数のメディアに行った『告発』によって明らかになったもので、」
映し出された3人の「高校生ジャーナリスト」の写真を見て、息が止まった。サングラスをつけていたけれど、間違いようがなかった。
真ん中にいるのは、ノア。両隣にいるのは、以前見たスキンヘッド男のアツシとチャラ男のライトだった。
「ぼくの……AIチルドレンだ」
「え?本当ですか?」
昨日のノアとの会話を思い出す。「コクる」というのは、「告白」のことじゃなかった。「告発」だったんだ。言葉のジェネレーションギャップって、しゃれにならない。
国内外の警察と検察を巻き込む空前の大事件になるらしかった。ノアの「父」として、そんな事件に巻き込まれることを思うと、くらくらした。
「……どうしよう」
横から小突かれた。思わずBorgの方を見ると、青い目がぼくをまっすぐ見つめ返してきた。その口元には、いたずらっぽい笑みがあった。
「一緒に作戦たてようぜ。いつもみたいに」
次世代シミュレータの未来 Firefight @firefight
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