第7話 アドとチャド


 お偉いさんが来ても大丈夫なように、マナー本。背表紙が豪華な薬草辞典と動物の解体教本とりあえずはこの三冊をキープしてマナー本以外は受付に預ける。

 こうすれば次回来た時に本棚から探さなくても済むし他の人が読んでて見れない事もない。今日は用意がなかったが、次は鉛筆で必要なページを書き写してまとめよう。


「ねぇ、いつまで付いてくるの?」

「 いいっしょや、ほっぺたツンツンやめただろぉ? 」

「じゃあ、せめて本運んでくれたってよかったんじゃないの。」

「 無理、貧弱なのが悪い。 」

「ちぇ、今にムキムキになるんだから!で、アドさんはお仕事してるのにチャドはいいの?」

「 お、おまムキムキは無理だろ……そんでついに俺を呼び捨てるようになったなコノヤロ。 」

「子ども相手に大人げない人は呼び捨てでいいよ。」


 装丁みためが豪華な分いい本は鈍器のような重みがある。主観的に見てもひょろひょろな身体にはかなりヘビーなのに、いい年した大人が隣をフラフラと歩いてくるだけならちょっとした尊敬の念すら消え失せるというものだ。

 出会ってそう経ってはいないが、チャドからはプーの気配がそこはかとなくしてくる。プーに払う敬意はない。ないったらない。


 *****


 マナー本はざっと読んだがちんぷんかんぷんだったので返却。貴族にはひざまずく、地面を見る、名前を聞かれたらそのまま答えて顔を上げろと言われたら返事をして顔を上げる。それだけ分かれば良いや。

 アドさんからそろそろだと言われたので椅子から降りて本を返す。チャドはいつの間にかどこかに行ってしまったけどお偉いさんと会うかもしれないなら、むしろ良かったのかも。


「そろそろ用意をしましょう。君と組合幹部、鑑定士と証明士で4名ですね。」

「もしかしたら依頼人が来るかも。」

「依頼人は遅れてくるか今日は無理でしょう。鑑定と証明が終わった後ですね。まぁ、予備の椅子はそこらじゅうにあるので。」


 そう言って資料室をぐるりと見回して肩をすくめたアドさんは、本を受け取ってカウンターへ持って行ってくれた。チャドとは違って。

 対照的な二人だ。


「…??どうかしましたか?」

「え?いやぁ何でもないよ。本、ありがとうございます。」

「いえいえ、これも仕事ですから。さ、依頼書を机へ。」

「アドさんも立ち会うの?」

「そうですよ、私は証明士の資格スキルも持っているので。」


 司書と証明士の二重資格ダブルスキルか、若いのに凄い!ぃよっ手に職!


「さて、出来ることは事前にやっておきましょうか。」

「依頼書の確認と、要望出しだね。」

「その通り、納品したのにケチをつけられては大変ですし今回の依頼内容には不確定な部分も多い。リスクを避けるのも1つのお仕事です。」

「僕が受けた依頼書はこれだよ。」

「おや、書き写し。偉いです。」

「ふふん、当然です!チビはナめられやすいからね。1度食いっぱぐれてから全部書き写したり依頼を受けた時と同じ人に完了報告をするようにしてるんだ。」

「……そこは大人の仕事なんですがね。まぁ、危機感を持って過ごすことは良い事でしょう。」


 依頼書の内容をざっくり言うと、こうだ。


 根から花まで新鮮な状態で全部必要な事。

 採ってから3日以内である事。

 鑑定は偉い人の鑑定でする事。


 鑑定結果で報酬は変わるけど、鑑定料はかからない事。

 依頼人だけに採取した時の情報を売るならプラスで報酬があるので秘密にしておく事。


 そして、これから依頼人へ出すこちらの要望はこうだ。


 他の冒険者に自分が採取した事を知られない事。

 依頼人へ情報を納品する際に一部を秘匿しても情報として買い取る事。

 報酬は1週間以内の納付とし、それを超えた場合には違約料を支払う事。

 これら3つを魔法契約に盛り込む事。


 後日支払うとあったけど、以前これで踏み倒されかけた事があるので重要だ。持ち逃げダメ、絶対!期限厳守!


「で、アドさんは証明士だからいいとして、他の人は誰か来るの?あまり多くの人に知られたくはないんだけど。」

「幹部は組合長と副組合長が出張中なので副所長のグレイソンさんが来るでしょう。今回の鑑定士はブリレさんですね。副所長は君の受付をした後、何食わぬ顔で仕事を鬼のように片付けて昼食を手配し、こちらに向かってますよ。」

「おぉ、流石のシルバーダンディ……」


 …ぐぅ〜きゅう

 対して、情けなくお腹が鳴る自分。ぬぅ…


「普段は飲食禁止ですが、本も片付けたことですし軽く食べておきましょう。」

「グレイソンさんの奢りで?」

「こっちは僕ですね。簡単なロッククッキーですが…さ、どうぞ。」


 クスクス笑いながらそう言ったアドさんの懐から出てきて渡されたのはアドさんの拳大程の丸いクッキーだった。


 当のアドさんは道具を取りに行くと言って恐らく証明士の道具を取りに行ってしまった。思わずこれ一人で食べるの…?と人生で1番大きいクッキーをじっと見る…えぇ〜。


 え、デカすぎない?これポッケに入れてたの?この人、なんで胸元盛り上がってなかったの??

 胸のところえぐれてないと入らないような……食べるけど、食べるけど!!


 空腹に抗えず大きく口を開けて…


 え?

 というか、齧り付けないんですけど!


「あが…こっちからじゃないな…うが…」


 間抜けな顔をしていると思う、大口を開けてなんとしてでもクッキーを齧り取ろうとするも、大きな球状がそれを阻む。

 齧りつけても物凄く硬い、ロックなだけあるけどこれは……


「さぁ、ハンマーを持ってきましたよ。あちらで食べましょう。」



 ………割るんかい!!

 思わず、ロッククッキーをアドに投げつけた。

 さんはいらない、愉快犯だこの人!!むぬぬ…ナイスキャッチ!

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薬草とりは欲張らない のんべん @nombem

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