自信が持てたら、この人を誘って海へ行こう

radon

第1話 天気が良い日に部屋にこもるとは何事か

 暖かい日差しが刺すような熱線に変化し始めた今日この頃。生物部の部室に行くでもなく、屋上へと続く階段を上ってゆく。


 時刻は16時過ぎ。窓が閉められた踊り場は何とも言えない蒸し暑さだった。踊り場は物置と化しており、はく製の動物たちも、窓を開けてくれと懇願しているようだった。


 「なんでこんな場所に荷物を放置するのかね。先輩に一応報告しとくか」


 スマホを取り出し、報告事項の一覧に踊り場の荷物を追記する。ここ数日は特に大きな報告事項もなく、こまごまとした事例がいくつか連なっていた。


 スマホをポケットにしまい、屋上へと通ずるドアを開けた。


 風が室内に流れ込み、重い空気が下の階へと流されていった。あたりを見回すが、探している人物はおろか、人っ子一人見当たらなかった。外に出ると、西に傾き始めた太陽が顔を照らす。夏になれば屋上は地獄と化すだろう。


 「あおいか、よくここがわかったな」


 ふいに上から声をかけられる。声の下方向を見上げると、給水タンクの上に生首を見つけた。


 「大和やまと!お前また授業さぼったろ!」


 給水塔に設置された梯子を上っていく。上まで登ると、探していた人物がうつぶせで寝転がっていた。


 「……何やってんだ?」


 「甲羅干しだよ。生物部ならわかるだろ?」


 「人間は甲羅干ししてもビタミンDは作られねえよ」


 「あきらめんなよ!」


 「開き直んなよ!」


 そんなのやってみなきゃわかんねえだろとぶつくさ言う大和の横に腰掛ける。そもそも甲羅持ってねえだろ。


 「んで?本当は何をしてたんだ?午後の授業から出てないよな?」


 「んん~?ああ、ほら、下にシャーレが並べてあるだろ?」


 大和の指す方を見ると、屋上の隅にいくつもの反射する光が見えた。どうやらシャーレを並べているらしい。


 「あれか。あれがどうかしたのか?」


 「実はあれ流星塵を集めてるんだよ。流星が大気圏で燃えた際の塵のことな。それが空気中に漂ってってさ、それが降ってくるのを待ってんの」


 なるほど。大和は地学部で、どうやらその活動の一環を屋上で行っていたらしい。


―――いや


 「シャーレ並べるだけなら一瞬で終わらないか?」


 「お前そういうところは勘が良いよな。まあこんな天気が良い日に部屋にこもるとは何事かと思ってな。ここでゴロゴロしてたわけよ」


 まあ大和は成績上位者だし、教師陣にサボっていることがバレなければ問題はないのかもしれないが。にしても自由人すぎやしないか。


 「まあ―――」


 あたりを見渡す。屋上からは鎌倉の町が一望できた。観光客の集う寺院や江ノ電。にぎやかな商店街に参道。西日に輝く由比ヶ浜の海。グラウンドでは部活動に励む生徒たちが声出しをしていた。


 向かいの校舎の窓を見る。あのあたりが先輩のいる生徒会室だろうか。意識すると、先輩も生徒会室からこちらを見ているような気がした。


 「この景色を見ればお前の気持ちも少しわかるよ」


 大和があおむけに体勢を変え、腕を組んで頷く。


 「だろ?ここで授業をさぼってする昼寝は最高だぜ―――とまあそんなことはおいておいて、今日はどうした?流星塵は明日観察する予定だぞ」


 大きく伸びをした大和が勢いをつけて起き上がった。


 「本題は流星塵じゃないけど気になるから明日見せてくれ」


 流星の燃えた塵は一体どんな見た目なんだろうか。塵というくらいだから顕微鏡で観察するような小ささなのだろうか。


 「流星塵じゃないなら恋バナか?それともGHOST《ゴースト》の方か?」


 「ば、バッカお前ちっげえよ‼」


 先輩との関係に関して一度でも相談した自分が愚かだった。相談して以来、大和は人に言いふらすなどはしないが直接いじり倒してくる。驚いて大声を出してしまったことに気づき、一つ咳払いして話を切り出す。


 「GHOSTの方だよ。まあ周りに人もいないだろうし話しても問題ないか」


 「地学部に入ってきたあいつの話か?今のところ目立った動きはないな。PCも見張ってはいるが特に触ろうとするそぶりは見えねえ。ただ……」


 「ただ?」


 少し怪訝そうな顔をして大和がつぶやく。


 「なんて言ったらいいかな。あいつ、地学に興味ある感じがしねえんだよな。うちは別に部活動強制ってわけじゃないんだし、好きでもねえのに地学部に来る理由なんてねえだろ?そう思うと未発表データや貯蔵資料を狙ってんのかなと考えちまうよな」


 大和は少し残念そうだった。大和の地学大好きっぷりは学校のみんなが知っているほどだ。仲間だと思った人物が実は盗み目的だったかもしれないとなると本当に残念だろう。まあまだ決まったわけではないが。


 「なるほどな。まあ大和も資料に目を通しただろうけどあの子の両親は組織も目を付けてる。一応もう少し注視しておいてくれ」


 立ち上がり、服についた汚れを落とす。グラウンドの砂が飛んできているのか、ズボンが白くなっていた。だからあいつはシートの上に寝転がっていたのか。


 してやったり。と大和が白い歯を見せた。



 ―――数時間後。


 日は山に沈み、あたりは暗くなり始めていた。自主練をしていたのか、まだいくらかの生徒が学校に残っているようだ。


 スマホを取り出し、大和に話を聞いた流星塵を検索する。どうやら目に見えないほど小さいらしく、顕微鏡で観察するらしい。光を当てると金属光沢が確認できるそうだ。


 「流星ってそんなにいっぱい降ってるんだ―――うああぁぁぁ‼」


 不意に首筋に何か冷たいものが当たり、飛びあがる。距離を取って後ろを振り返ると缶ジュースを持ち笑いをこらえているなぎさ先輩がいた。


 「びっくりしたじゃないですか!」 


 「ふふっ、いやすまない。私が話しかけているのに蒼君がスマホに熱中しているから嫉妬してしまってね」


 いつまでも笑っている先輩。やられた感はまだあるがこの笑顔を見ているとなんだかどうでもよくなってしまう。


 「生徒会の仕事はもういいんですか?今日はずいぶんと早かったようですけど」


 普段なら夜の19時近くまで作業をしているようだが、今日はまだ18時過ぎだ。


 「夕方屋上に蒼君の姿を見つけてね。会いたくなって仕事を早く片付けてきたんだ」


 キャーと周りのギャラリーから黄色い歓声が上がる。先輩は男子のみならず女子からもあこがれのまなざしを向けられているようだ。


 「そ、そうですか。なら早く帰りましょう。せっかくですしどこか寄っていきますか?」


 暗くなってきたとはいえ普段よりも1時間近く早い時間だ。どこかで道草を食ったってバチは当たらないだろう。


 「そうだな。最近駅の近くにできた甘味処があると聞いたんだが……。夕ご飯前には厳しいかな?」


 そういわれると断れないのを知っているのに、いじわるそうに聞いてくる。本当にずるい先輩だ。


 「いいですよ。お茶をいただいてお菓子は少しだけにすれば問題ないでしょう。ご両親に連絡だけ入れさせてください」


 「ふふっ。ありがとう。よろしく頼むよ」


 先輩が自転車かごにカバンを入れ、こちらへ持ってくる。歩けない距離ではないが、移動時間がもったいなくて自転車に乗っているらしい。それなら自分もと申し出ると、君と一緒に帰る時間は長くしたいから歩いて通学してくれと言われた。


 「では、行こうか」


 そういって先輩は自転車を押した。

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