蛇足

 目が覚めた。

 まだ覚める意識があったことに戸惑う。

 真っ白な情景。

 身体は……動かない。

 全身の感覚もない。

 少し、息苦しい。

 自分の維持が、結構ツラい。

 

 ピッピッピッ、と規則正しい電子音。

 息をするたび、こもった音が耳を障る。

 

 地球。

 恐らく、病院?

 近くに誰かがきた。

 ボクが目覚めたことで、大慌てになっているらしい。

 

 ボクは、死んではいなかった。

 恐らく、マンションで撃たれて、建物の下敷きになったあの時から、ずっと。

 

 “一菱いちりょう”での記憶が、ひどく色褪せている。

 あれだけ鮮明だった記憶はほとんどがボヤけている。

 知力:200になって脳に刻み込まれたはずの莫大な知識が、ウソのように消え去っていた。

 ……ボクの“第二の人生”は夢オチだったのか。

 

 そう言えば、聞いたことがある。

 ユング心理学において“アニマ”と言う言葉がある。

 男性がみんな持っている“女性的側面”とでも言うのかな。

 反対に女性が持つそれは“アニムス”と言うらしい。

 夢に出てきた異性がすごく気に入って、もうこの人以外は考えられない、と思った経験ってある?

 それがアニマorアニムスなんだ。

 “異性としての自分”を見ていたから、一番大好きなのも道理ではある。

 これまでの事が夢であったなら、あのエルシィとは、ボクのアニマだったのかもしれない。

 最初に出てきた“神”なんかも、そうだろう。

 そして。

 “人間”の存在しない異世界。

 そこに存在する五種族のステータス。

 その高低が100だったのはこれいかに? とも言えないだろうか。

 いかにも“現世の人間”が妄想しそうな設定ではあるだろう。

 

 何日経っただろう?

 寝てるしかできないボクには、時間の感覚も曖昧だった。

 とにかく、お巡りさんが取り調べにきた。

 被疑者がほぼ死に体で入院中で、こんな事していいんだっけ?

 まあ、何となくそれ以上の末法の世を知ってる気がするし、どうでもいいけど。

 とりあえず誤魔化す理由はないので、地球でした全ての殺しを自白した。

 そして。

「刑事さん。あのSATの彼は元気?

 ユウキ・セイギだか……マサヨシ君だっけ?」

 出し抜けに言ってやると、面白いほどに息を呑んだ。

結城ゆうき……! お前は、奴と何のーーいや、お前に話すことなど無い」

 わかりやすくて助かるよ。

 ボクがこれ以上知りたいことはないから、後は存分に黙秘してくれ。

 てか、SAT隊員って、所属してること自体、家族にも秘密じゃなかったっけ?

 今は違うんだっけ?

 でもまあ、色々と問題児だったようだし……警察沙汰になる何か出てきたのかもね。

 何年か前にSAT隊員の万引き事件が明るみになってたし。

 で、多分だけど。

 ユウキ君は、あそこで殉職したんだと思う。

 何も根拠は無いけどね。でもむしろ、あれに巻き込まれて生きてるほうがおかしいでしょ。

 で、そうだとしたら。

 仮にあの世界が本当にあったとして。

 ボクを召喚したのは、ユウキ君だったのかもしれないね。

 一緒に来いよ、みたいな感じで、死に際に。

 

 だとしたら。

 ユウキ君が最後に思い出したことって、何だったのだろうね?

 結局【知力】がカンストして、エリクサーだの賢者の石だのタイムリープだの世界のチートバグだの、ともすれば宇宙的知識にまで到達しても……別個体の男二人が全くの“同じ”になることは叶わなかった。

 そして。

 あのビームサーベル、どう考えても持ち手側から自分に向けて伸ばす必要、皆無だったよね?

 どこかの瞬間から、彼の目的がボクを“喰う”ことから、心中することに擦り変わっていた。

 ……。

 まあ、何となくボクの中でも答えは出てるんだけど。

 幸せな爆死。

 マンションでのあの時、ボクはそう思った、

 最初から、答えは得ていたのかもしれない。

 

 家族を含めて11人も殺し、建物一つ爆破したボクは、間違いなく死刑だろう。

 ただでさえ執行がチンタラしてるこの国だし、半死体も同然のボクを、いつ処理できるのかはわからないけど。

 それを差し引いてもまあ、ボクの命は長く無いだろう。

 何と言うか、自分の死期って意外とわかるもんなんだね。

 いや、ここまでズタボロだと無理もないのかもしれないけれど。

 それで。

 死んだらどうなるか、わかる人なんて一人もいないけれど。

 それは、みな等しく訪れるもの。

 あるいは、生まれる前に戻ることでも、あるのかもね。

 そのどちらも、みんな便宜上“無”と言う名前で呼んでいるんだけど。

 もしもその“無”と言うものが実在するのであれば……究極の“同じ”ってそれだよね。

 エルシィがボクのアニマだったのか、実在のエルフだったのか。

 どちらでも、いいかな。

 ただ。

 そこに至れば、ボクは彼女とまた会える気がする。

 また、彼女と“一緒”になれる。

 

 しかし、妙だね。

 あの“夢”において、エルシィとはほとんど、必要以上のスキンシップらしいスキンシップも無かったんだけど。

 何でボク、

 

 細っこい女と肩を寄せ合う感触を知ってるんだろう?

 

 蛇足もいいところだけど。

 残りの余生、静かに浪費して待ちますか。

 こうして、ずっと。

 

 

 ……はい。そうしましょう。

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邪聖剣チェーンソー ~シリアルキラーが異世界へ行ったら、他に人間族が居なかった話~ 聖竜の介 @7ryu7

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