3話目
翌朝、ハリムは旅立った。ツイッターには行ってきます!というメッセージと昨晩の写真を載せ更新が途絶えた。スマホは入隊後没収されるらしい。
俺のディスコードには、読めない字で何か大事なことが書いてあるだろう書類と一緒にリュックサックの写真が載せられていた。
ハリムはただ一言
「頑張ってきます」
とだけ書いていた。
数時間後、また1枚の写真が届いた。
軍服姿で、にこやかな顔で微笑むハリムの姿がそこにあった。
初めて見る彼のリアルの姿。彼は自分のリアルの姿が嫌いだと言っていたのに、俺のためにわざわざ写真を撮ってくれたのだ。
俺はそれでまた涙を流した。陳腐に思うかもしれないが。彼にただ「頑張って」としか言えず、そこで会話は途絶えた。
年が明け、みなは新年気分に浮かれていた。俺は新年会に出席する気になれず一人で年を越した。
在宅ワークとVRで日々を消費し、どこか心の底で感じる不安以外はいつもどおりであった。
「中国 広東省で24日、大きな火災があり...」
「フランスでパリを中心に全国的な労働者におけるデモが発生し..」
「President Bickers concerns massive hurricanes "Keen" has arrived at North Carolina...」
俺はなぜか毎日ニュースを聞きながら仕事をしていた。
ただ単に興味本位だったのかもしれない。それかハリムのことが心配でいつでもニュースが聴ける状態にしておきたかったのかもしれない。
ふと、ニュースを聴いてると速報が入った。
「さきほど日本時間午後2時45分、...国が生命を発表し... ...国と隣接する国境地域において爆撃があったと...」
生きた心地がしなかった。最悪な事が起きてしまった。俺は仕事を放り出しネットラジオに齧り付いた。
「シャリア大統領は明確な敵対行為とみなし、日本時間の午後3時13分、戒厳令を宣言、同時に...国に対して報復を行うと...」
ダメだ、やるな、よしてくれ。
俺はディスプレイを掴み懇願する。こんなことしたって止まるはずがない。わかっていたのにもかかわらずずっと画面の向こうの偉い人に向かって呼びかけた。
「これは聖戦である。」
ハリムの国の大統領はそう言った。なにが、聖戦だ。神でもないのに勝手に決めやがって。
俺はその夜眠れなかった。彼がどこの地域のどこの部隊に行ったかは知ることができなかった。
俺はただ布団の中で彼が無事であることを深く願った。
翌日、俺は体調不良とだけ言い仕事を休むと一日中家で彼の為に祈りを捧げた。
ハリムが前に教えてくれた、かの国の祈りの仕方を思い出し、見様見真似で定期的に行った。入信した訳でもなくただ自分の個人的なことのためにしていたので、ハリムに申し訳ないという気持ちでいた。
国境地域では爆撃の様子や人々が恐怖に慄く瞬間がツイッターに流れては消えていく。
人々はそれを拡散し、うわべだけのような懸念を投げる。
数人の友達がリツイートをしていたが、俺はそれをまた廻す気にはならなかった。
──────
しばらくの月日が過ぎると、情勢が落ち着いてきたように伺えた。
もう48時間以上爆撃は起きてない。よかった、一旦は収まったんだと胸を撫で下ろす。
安堵した後眠りにつき、朝になるとディスコードに一見の通知が来ていた。
[ Hari ]
こんにちは。親愛なる...
ハリムだ。
俺は飛び起きて携帯をしっかりと見るとそのままメッセージをクリックした。
どうして?いきなりなぜ?まだ、スマホは使えないはずなのに。様々な疑問が俺の脳裏を駆け巡る。ただ、今はそんな悩んでる時間はない。もしかしたら限られた時間だけ使えるのかも知れない。なら今すぐにでも確認しなければ。
俺は喜びのあまり笑顔でメッセージを開くと
それは俺の期待を大きく裏切った内容だった。
[ Hari ]
こんにちは。親愛なる日本の友達。私はハリム、ハリム・ハディドの母、サリーム・ハディドです。機械翻訳による失礼な表現をすみません。
私達の息子は25日に発生した敵国による大きな爆撃で死亡が確認されました。私達、そして彼の日本の偉大なる友達たちの大きな損失であり、悲劇です。しかし、神様は彼を導き彼は安寧に眠るでしょう。突然のメッセージで申し訳ございません。どうか我々の子供のために祈りをお願いします。どうかご健康を、神はあなたを支援するでしょう。
「うそ...だろ...」
俺は目の前が真っ暗になった。何が大丈夫だ。死んでしまったじゃないか。どうしてだよ、どうして....
涙が絶えることなく溢れ出て、床に大きく染みを作る。もう涙なんか出ないと思っていたのに。
俺の大の親友であり、俺の生きる希望でもあったハリーこと、
ハリム・ハディドは戦場にて命を奪われた。
そして、程なくして2国の盛大な喧嘩はあっけなく幕を閉じた。国連による制裁、防衛措置を行うと警告されたのだ。
国境での小競り合いで終わったものの、ハリムの国は128人、相手の国は24人もの死者を出した。突然の襲撃によって準備ができず死んでしまったものが多かったと言われている。
逆に、どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ、早ければハリムは死ぬことはなかったのに。と悔やんだ。きっとそれは、ハリムの家族も同じだと思う。
ハリムの家族には馴れないツールで俺のために日本語で伝えたことを深く感謝している。
後に先に攻撃してきた相手側の国は国際的な制裁により経済が低迷し、政権交代が起きたとされる。ハリムの国の大統領は「聖戦」発言が問題視されて辞任に追い込まれた。
だがそれでどうなる?人々は未だに事態の後遺症で苦しんでいる。その後彼の家族とは何回も連絡をとったが、遺体が見つからない、母が過労で倒れてしまったというメッセージを最後に連絡が途絶えた。
─────
それから、また半年が過ぎた。
人々はあの戦争のことを忘れてまた平和ボケしたまま暮らしていた。ハリムのことも次第に忘れていく人が増えた。薄情な奴らめ、彼らにとっては所詮「消費コンテンツ」だったのだろうか。つい悪態をついてしまった。
ただ、一部のフレンドは未だに覚えてくれていた。彼らは戦争があったことももちろん覚えていて、半年経ってもツイッターすら更新しないことに不安感を抱いていた。
だが、まだ自分の中で整理ができておらず、そしてフレンドがパニックになることを恐れてまだ言えずにいる。本当はすぐにでも伝えたい。
半年間の間、俺は変わらずに日々を過ごしていた。いや、あえて言うなら、彼を失った痛みを抑制して暮らしていたに近い。
ネットの友達を失うという経験は初めてだったにも関わらず俺はひどく衰弱した。一時期は仕事にも行けず、部屋で引きこもる日々であった。
やがて然るべき場所での支援を借り、仕事に復帰して今は調子を崩すことはない。
ただ、俺はこの出来事を一生忘れはしないし、するつもりはない。
俺は最近ワールドを作り始めた。個人的なハリムを忘れないためのいわば思い出のワールドだ。わかっている。これは自己満足だって。
だけど、俺は手を止めることはできなかった。俺の本能が止めてはならない、決して忘れてはいけない友達のためにこれは最後までやらなければならないと訴えてくる。
いつ完成するかはわからない。今は必死にUnityに関する資料を漁りながら試行錯誤している最中だ。公開するかすらも未定だ。
写真を見て、懐かしくなると同時にふと、あの時の別れを思い出す。
あの時、どうせ無理だとわかっていても「行くな」と言うべきだったのだろうか。俺は救えたはずの命を見殺しにしてしまったのではないか。そんな気持ちに苛まれる。
俺は今日も作業を続ける手を止めることはない。
-END-
いってしまったんだな。 モニタ_R @Monita_R
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます