2話目
秋。
外は緑から鮮やかな赤へと色を変え、人々はそれぞれの趣味へと走る。
俺は相変わらずVRへと時間を費やし季節すら忘れるかのような日々を過ごしている。
ハリムはあの一件があってからしばらくふさぎ込んでいたが、新しく友達を増やしたり家族と食事に行ってたりして自然に活力を取り戻していった。俺は色んな話を聞いた。
親しい日本人とボードゲームをしたこと、
家族とチキンを食べに行ったこと、
カラオケのワールドでハリムが好きなデジモンの歌を歌ったらしい。
見知らぬ親切な日本人に日本語を教えてもらったらしい。名前は奈美?とか言うらしいが俺は知らない人だった。
そういった日々の楽しい話を聞いて、俺も自然と顔が綻び楽しい気分になっていく。
そんな日々がずっと続くと思っていた。
「...国と...国の緊張状態はいまだかつて無いほど増加しており、日本政府は7日午後記者会見にて...」
嫌なニュースを聞いた。
彼らの国をここで言及するのは敢えて避けたい。おそらくみんなは既に知っているはずだと思うから。
数十年前からあったいざこざの規模は次第に増していき、それが段々と暴力へと繋がっていった。
インターネットでの攻撃、政治での言い争い。
一見俺には無関係の話で、対岸の火事とも言うべき出来事ではあった。だが、その火事は彼と出会ってから俺の心にも燃え移ってくる。
俺はなんと言うべきか見つからずにいた。本来彼とは政治の話は避けていた。彼も辛いだろうから。
ただ、俺は焦りからか、それとも心配からか少し彼に聞いてしまった。
すると彼はいつもの笑顔で
「大丈夫です!すぐに悪くなることはないと思います」
と返してくれた。
今となってはやせ我慢だと思う。彼も心を痛めて思う所はたくさんあったと思うが俺達に心配をかけたくないからか彼はそこでも笑った。
馬鹿だな。こんなのきっと嘘に決まってるのに少し安堵してしまった。
今となっては彼の心情をもっと理解してあげるべきであった。
秋もそろそろ終盤に差し掛かる頃、俺達はいつものようにワールド巡りをしていた。ハリムの周りにも人が増え、彼と話すためにJoinする人が出てきた。
良かった。彼をうまく導くことができた。
俺は少しホッとした。どうせ友達になったところで俺はどこかで、放置してしまうのではないかという考えに陥っていて、彼のことを無視できずにいた。
それはいずれ使命感にも変わり俺は彼のために一生懸命道を開いていった。
いつの日か、彼に言われた言葉を思い出す。
「カズマさん、いつも僕のために親しくしてくれてありがとうございます」
「僕はとても不安が多い日々を送っていました...カズマさんと出会うまでは、色々な場所に行っては行くのをやめるを繰り返していました」
「だけど、あの日にカズマさんと出会えて何か変われたような気がします。それは本当です。友だちが増えました。楽しいことたくさんできました」
「日本語も少しだけだけど、うまくなることできました」
「ありがとう、カズマさん」
その時彼は深くお辞儀をした。俺は涙が止まらなかった。
...自分の話になるが、俺はこれといって大した人生は送ってこなかった。至って普通の人生を送り無気力にすごしていただけで、何かを成し遂げようという気にはならなかった。
だが、この人生において、VR生活において初めて生きがいというものを見つけられたような気がした。ある意味、彼も俺を救ってくれたのだ。
「ありがとう」
俺はただ一言だけ言うと彼をハグした。何も感じないはずなのにじんわりと温かく感じられた。
「グスッ...すいません、いきなりこんな話で」
「いいよ、いいよ、それ以上言わなくてもいいさ」
お互いに泣いて、しばらく抱き合っているところにフレンドが来てあらぬ疑いをかけられたっけ。
そう感慨深く回想していると、ハリムから小さな声で話しかけられる。
「少し、お話良いですかカズマ」
急だった。俺は何かを察し二人で抜け出してプライベート空間に移った。
「どうしたんだよ、急に」
俺はjoinして開口一番にそう言うも彼は口を開こうとはしない。
「...何かあったのか?また、いじめられたのか?」
わからない。だけど嫌な予感がする。
胸を締め付けられる思いでいるとハリムが口を開いた。
「...ぼくは、軍隊に行かなければいけなくなりました。」
...その後のことは記憶が曖昧である。なぜ覚えていないのかはハッキリしてないが、心臓が一瞬冷たくなり、握りつぶされたような感覚だったのは覚えている。
覚えている箇所だけ言うと、
彼の国は国民皆徴兵制度があり、通常は21歳を過ぎてから2年間だけであった。
しかし、昨今の情勢を踏まえて年齢を引き下げ、なんと18から徴兵義務が生じたのだ。
しかも拒否した場合、刑事問題が生じる。
驚きの連続で、俺は部屋に立ち尽くした。彼は泣いていた。俺は何も言えずただ嗚咽を繰り返すばかりだったことをわずかに覚えている。
「本当は行きたくないです...みんなといたい」
彼のその言葉は俺の胸に深く突き刺さり、二度と抜かれることはないだろう。
それからの日々は大変だった。
みんなを驚かせたくはないと、あえて嘘を付き留学のためVRを休止するとツイッターで発言した。みんなは驚いたが、留学なら仕方ないとすぐに納得した様子だった。
彼は裏で、入隊の手続きや家族との時間に費やしていた。俺はそれを知っているが、みんなは知らない。このことをみんなにも伝えたいのに、言葉が喉元で止まりそれ以上出てくることはなかった。
そして冬。
クリスマスが近づき、人々は年末の準備へと勤しむ。ツイッターもVRの中でも毎日当たり前のように時間が過ぎ、問題が起きてはすぐに消えを繰り返していた。
12月の中頃に彼が行くのでそれをふまえパーティーを開くことにした。表向きは留学頑張ってと伝えるパーティーだ。正直、俺はもしかしたらなにかあるかもしれないのにこんなめでたく祝って良いはずはないだろうと内心不満であった。
だが、ハリムが別に良いと言ったので俺も渋々参加することにした。
当日、パーティーが始まると皆はハリムを囲んでそれぞれの言葉を綴った。
俺にとってはもう仮初の言葉にしか聞こえないがうまく聞き流すと、次第に酩酊から来る乱痴気騒ぎが始まり、しまいにはハリムを置いて人々で騒ぎ始めた。
俺はどこにもぶつけられないイライラを募らせていると、ハリムが近づいて言った。
「楽しくないですか?カズマ」
「...楽しいけど、なんだか気分が良くないな」
「悲しまないでください、カズマ 神は僕を守ってくれます」
「僕は大丈夫だから」
すると、後ろから誰かの声がした。
「おいおい!勉強しに行くだけなのにそんな心配するなよ」
「そーだよ、カズマはだいたいいつも考えすぎなんだよ」
微かなため息が漏れる。コントローラーを持つ手に自然と力が入る。ハリムはそれに気づいたのか俺の前に来て俺の手を掴んだ。
「大丈夫です」
そう言ってるように感じられた。
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