いってしまったんだな。

モニタ_R

1話目

「ちょっと、そこのお兄さん楽しいことでもしない?」

「あぁ?」


 見ると、ジャケット以外水着姿の名も知れぬ女が目の前に来て話しかけている。


「ペイパルに3000円くれたらエチしてあげるよ」

「なんで見ず知らずの奴にやらないといけねえんだよ!」

「ケチな日本人だな、普通ならこの姿見てすぐにインバイトに行くのにさ」

「それはそいつらがおかしいだけだ、あっちいきな」

「チエっ、シバルノマ」


 なんだかわけのわからない言語でぼやきながら初心者らしきVRユーザーに話しかけに行く外国人を傍目に俺は大きく伸びをする。


「う~ん、あぁ。この時間は変な人多いな」


 ため息をつき、HMDを外してふとWindowsキーを押してメールの通知を確認する。

 左下のメディア欄に彼との懐かしい写真が写った。


「お、あの時のパーティの写真だ。懐かしいなぁ...」


 ハリーは俺のフレンドだった外国人で、正しくはハリムという名前だったんだけど、みんなからはハリーと呼ばれ愛されていた存在だった。

 なぜ過去形かって?今から語る話を聞いてくれればわかると思う。


 ──────

 俺と彼が出会ったのはPublic空間でのことだった。


 俺はちょうどその時フレンドの人間関係に苛まれて鬱屈とした日々を送っていて、離席表記にしてはPublicを彷徨うということを繰り返していた。

 その時出会ったのがハリーだ。彼は鏡の前でじっと立ち尽くして何も考えていない俺に話しかけてきた唯一のユーザーであった。


「こんばんは!」

「あ、こんばんは」

「日本の人ですよね?わたし日本のフレンド探してます」

「あら...そうなの」

 来た。たまに問題視される日本語教師を探している外国人だ。

 俺は外国人とかで差別するつもりは甚だ無いが、事実対応が大変なのはある。

 よくあるのが、外国人となぁなぁでフレンドになったは良いもののしばらく会わないうちに存在を忘れてしまい久々に会ったものの忘れているなど

 完全に日本語を教えてもらう目的で近づかれ、毎日毎日どんな状況でも質問攻めにされるとかだ。

 そういった経験や話を聞いていたからか、Publicにいるこういった海外ユーザーには少し身構えてしまう。


「今日は調子はどうですか?」

「んいや、まあまあだよ」

「私の国は今日休日ですので、お休みです」

「俺は仕事だったよ、悲しいわ」

「それはとても残念ですね」


 中身があるようでない会話を繰り返していく。当初は軽く話してすぐにあしらおうとしたが、不思議と会話が続いていく。


「あの、」

「えぇ?」

「フレンド...してもいいですか」

「おう、いいよ、ありがとね」


 フレンドになってしまった...絶対よそうと思っていたのに。

 ここが俺の甘さなんだよなと後悔しながらも自分が決めたことなので、勝手にフレンドは切らないと誓う。


 ...数ヶ月過ぎた。相変わらず俺の周りはきな臭く、安息の地は無いのだということを知らされる。

「友梨奈があんたに謝りたいって」

「いい加減もう大人になったら?」

「ユリと付き合ったことはほんまに申し訳ないと思ってるが...でもさ、恋愛って言ったもん勝ちみたいな所あるだろ?...」


 もういい...疲れたわ...


「はぁぁ」

 俺がふとため息を漏らす。


「どうしたのですか?」

 ハリムがふと答える。ハリムとは彼の本名であり、同時にこのゲームにおいてのニックネームだ。彼の国はよくある名前らしく、彼は特にこの名前を好いてはなかった。


「いや、いろいろあるのさ 人には」

「そうなんですか」

「わたしでよければ助けしたいです」


 ハリムは純朴そうにそう答える。少々時期は過ぎたであろうアバターを使い不思議そうに首を傾げた。


「まぁ」

「話すと、長いんでね...」


 畳の上に胡座をかきながらそう答える俺。

 このワールドは最近登場した場所で、連日多くのユーザーが訪れている。水没した駄菓子屋のような家に、いくら行っても届くことのない大きな月と儚くも明滅する花火が特徴的だ。


「大丈夫、日本語はうまくできないですけど、頑張って聞きます」

 ニコニコとハリムが答える。

「えぇ、申し訳ないよそんなの」

「平気ですよ!日本語の勉強にもなります」

「そうか...まぁ簡単に言うとだな、俺のグループに女の子と友達の男の子が居てまぁ...その女の子を取り合いになっちゃったのね」

「大変そうですね...」

「で...まぁ結局相手の男の方に行っちゃって、俺は諦めたんだけど....距離ができちゃってね」

「今は会話ができない、全然w」

「ええ...なんか、悲しい感じですよ」


 笑顔で答えるも現実の俺は笑えていない。


「ハリムは彼女とかいるの?」

「いません!作れません!」

「わたしはモテナイオトコだからです!」

 自信有りげに答える。


「んだよ、自信満々に言うなよ」

「だって事実ですよ事実!」


 数ヶ月の間に彼はもう少し勉強をして喋れるようになってきた。俺が特に指導したわけでも無く、自ら覚えてきたことに驚いた。

 同時に、「大体の海外のユーザーは他人頼りだろう」という自分の固定観念を恥じた。


 夏。人々は水着を着て海に出かけるが、一部の人々は家に籠もりVRで水着を着て海へ行く。

 ハリムはますます日本語が上達し、友達も増えた。俺もすっかり前のフレンドたちとは疎遠になり、自然とオレンジから緑へとログイン状態を変えた。


「海!楽しいです」

 服を着たまま海に入るハリム。

「ハリー、服を着たまま入ってるじゃん」

「あ...水着入れてなかったです」

 友達にそう指摘されるとハリーは笑った。最近、ある友達から"ハリー"というあだ名を貰い好んで使っている。

「カズマ!」

「ん?どうした」

「カズマは海入らないのですか?」

「んあ、いいよ」


 ハリーに呼ばれて俺も海へ入る。何も感じないのに、なんだか涼しくなれた。

 友達と一緒に何枚か写真を撮ると、何もすることがなくなり砂浜に座り込む。

 ふと、横を見ると少し俯き心なしか悲しそうに見える彼が居た。


「どうしたんだよ」

「いいえ、大丈夫です!」

「大丈夫そうに見えないよ。何かあったの?」

「...」

「友達だろ。嫌ならいいんだが、もし大丈夫なら俺に話してほしい」

 俺は周りをみわたし、声が聞こえる距離に誰も居ないのを確認して彼に囁く。

 しばしの沈黙の後、ハリーがとうとう口を開いた。


「実は...僕がPublicを歩いていた時に、一人の人と出会ったんです。その人は日本語ができる隣の国の人でした。私は隣国なのを嬉しく感じて色々話したのですが、その人は最後まで私のことをバカにして"お前と一緒に国も地獄に落ちる"と叫んでブロックしたんです」

 ...俺はそれを聞いてすぐに口を開くことはできなかった。彼の国は日本から遠く離れたところにあり、上下左右に様々な国に囲まれて存在している。とくにその隣国とは関係が密接だが、お互いの信仰している宗教が微妙に差異があるため争いが絶えない。お互いに憎しみ合って暮らしているのだ。


「そう...だったのか、それは辛かったな」

 大したことも言えず悔しさばかりだ。俺は一言だけ言うとしばらく息を整えるのに集中した。


「ごめんなさい、こんな話で...本当に僕はあの国の人達と仲良くしたいです。僕と同じ国の人達は彼らを恨んでいます。だけど、恨むばかりでは話は進みません」

「同じ神様だけど考えは違います。でも僕はそれを理解したいです」


 ひたむきに、かつ淡々と日本語で自分の思いの丈をぶち撒けるハリー。

 俺はそれをただ聞いて頷くことしかできなかった。

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