最終話 そしてモテは次のフェーズへ!!!

「今日は……クラスメイトじゃなくて、帝国として挨拶に来たの」


 珍しく着飾ったアリシアに飲み込まれたイグニは少し戸惑ったもののすぐに笑顔を浮かべた。


「……似合ってるよ、そのドレス」

「そ、そうかしら? ちょっと派手かなって思ったんだけど……」

「アリーはもう少し自分の見せ方を知るべきだな。そのままでは男が寄り付かんぞ」

「良いのよ。イグニがいるんだから」


 アリシアはそういって少しだけふくれっ面をする。

 こんな場では珍しく自分の感情を表情に出す人間がいることにイグニは安心感と心地よさを覚えた。ちなみにローズは例外という括りに入っている。


「まずは帝国を代表して、新たな“極点”の誕生を祝わせてくれ。イグニ」

「ありがとうございます。セリアさん」


 イグニはセリアと固く手を組み交わす。


「それにしても、しばらく見ない間に良い男になったな」

「本当です?」

「ああ。男子三日会わざればと言うが……それにしても、だ。王国にいるのが勿体ないくらだ。どうだ? 帝国に来ないか? モテるぞ?」


 イグニの心が一瞬にして惹かれた瞬間、


「ちょっと姉さん、何言ってるのよ。イグニも、冗談だからあまり本気にしないでね」


 と、アリシアによって一蹴された。

 心の中で泣いた。


「いや、冗談ではないぞ。私かアリーの夫になれば良いのだ。そうすればイグニも晴れて帝国の民になる。安心しろ、イグニ。帝国の民は強い者が好きだからな。反対意見なんて出んだろうさ」

「なんでイグニが姉さんの旦那になるのよ。おかしいでしょ」

「おかしくはないさ。“極点”同士だ。逆に私に釣り合う男といえばイグニくらいなもので」

「駄目よ。姉さんはイグニより年上じゃない。イグニは同い年と恋愛するのが一番上手くいくのよ。ね、イグニ」


 ね、と同意を求められるようにアリシアから振られたが、イグニはこれが同意ではなく強制であることをよく知っているので、何も言わずに誤魔化した。それが最適解であった。


 何故ならその後も、多くの貴族が控えているからである。

 アリシアはまだ何かを言いたげだったが、彼女たちもまた後ろに控えていた貴族たちに後を譲るように入れ替わった。


 そしてまた、下らない貴族のやり取りに巻き込まれた。


 貴族の中でも娘を持つ者は熱心にそれを嫁に取るようにとイグニに押し込んでくるものだから、イグニは困った。それはモテではなく、ただイグニの名前を狙われているに過ぎないからだ。


 それに女の子の方も明らかに乗り気でないことが分かると、イグニも手放しで喜べるわけがない。


 そんな貴族たちのプライドを傷つけないように穏やかに断り続けていると、入れ替わるようにしてパイプを片手に一際大柄な男とその後ろにガチガチになった娘のコンビがやってきた。


 貴族の娘なのに、ここまで動きがぎこちないのも珍しい……と、思って顔を見るとエリーナだった。


「元気にしていたかい? イグニ君」

「お久しぶりです。セッタさん」

「前に君とあった時……優れた魔術師だと思っていたが、まさか“極点”にまで登りつめるとはね。アウロも今頃悔し涙を流しているだろうさ」

「……そうかも、知れないですね」


 多くの貴族が集まっている場ではあったが、ここにイグニの父の姿はない。そもそもイグニは彼がどこで何をしているのかを知らないので、来ようが来まいがどっちでも良い話なのだが。


「イグニ君。よければウチの不出来な娘と、これからも仲良くして欲しい」

「エリーナは不出来ではありませんよ?」

「ははっ。君ならそう言うと思ったよ」


 セッタがそういってちらりとエリーナを見ると彼女はガチガチに緊張した様子で、


「こ、こっ、これからもよろしくな! イグニ!」


 それだけ言って、また父親の影に隠れてしまった。

 学校での自信はどこに言ったんだとツッコみたかったが、そういえば彼女は負けた時は学校でもこんな感じだったな……と思うことでイグニは納得した。


 さて、そんなこともありながら入れ替わり立ち替わりで、イグニの対応が終わるのには数時間を要した。


「……疲れた」


 イグニはバルコニーに出て、大きく息を吐いた。空には大きな月が浮かんでいて、冷ややかな光がそっとイグニの吐き出した白い吐息を照らした。


「お疲れさま、イグニ」

「……アリシア」


 そんなイグニの真横に並ぶようにして、アリシアがやってきた。


「主役は大変ね、挨拶ばっかりで」

「“極点”はみんなこれをやってるのか?」

「姉さんの時は『無駄だから必要ない』って言って、やらなかったわよ」

「……俺もそうすればよかった」


 やらないのなら、やらないという選択肢があるのだと最初に教えて欲しかった。


「こんなところにいたんですね、イグニ」


 ようやく貴族から開放されたイグニの元に、リリィがやってくる。

 その時、雲に月が隠れてしまい……すっ、と影に隠れて彼女の表情が読めなくなった。


 エルフ特有の綺麗な顔が闇の中で妖しげに動く。


「そろそろ……返事を聞こうと、思っていました」

「返事……って」

「告白の、返事です」


 無論、イグニとしても忘れていない。

 かつて、数ヶ月前にリリィから好きだと言われ、エルフの国に来るようにとも誘われたやつのことだろう。


 だが問題はなぜこのタイミングで彼女が切り出したか、ということだ。


「……告白?」


 アリシアの顔がイグニに向く。 

 その時、雲が晴れて月明かりがリリィの横顔を照らした。


 その顔は、どこか勝ち誇ったような顔色で、


「イグニ。私、ずっと待ってたんですよ? イグニの返答を」

「……あ、ああ。そう、だな」


 イグニの背筋を冷や汗が伝った。

 アリシアは無表情になってイグニの横顔を見ている。


 どうすればこの場を上手く収められるだろうか。

 イグニが頭の中で必死に言葉を選んでいると、走ってやってきたローズがイグニに抱きついた。


「さっきの続きを話しましょう! イグニ!」

「さ、さっきって?」

「子供の話よ! 何人欲しい? 私は5人だわ!」

「ご……っ!?」

「一番上は女の子が良いわ! きっと、私に似てしっかり者の女の子に……」


 と、そこまで言った瞬間、ローズが風の魔術でイグニから剥がされた。剥がしたのはリリィである。風と言えばアリシアだが、彼女は何もしていない。黙ってことの成りゆきを見ているだけだ。それがなお恐ろしい。


「どいてください、ローズ。私はいま、イグニに告白の返事を聞いているのです」

「告白?」

「えぇ、私はイグニに好きといってその返事を貰ってないんです。だからその告白を待ってるんですけど」

「……何を言ってるの? イグニと私が結婚するのよ? どうしてそこにあなたが出てくるの?」


 や、やばい……修羅場だ……!

 これが本物ホンモノの修羅場だ……ッ!!


「だって、ローズは数年間も会ってないじゃないですか。私はその間にイグニと仲良くなってキスまでしたんですよ?」

「わ、私もしたもん!」


 それに反抗するようにローズが言うと、二人の間に火花が散る。

 だがここでようやくアリシアが口を開いた。


「……キス、ね」


 そして、いがみ合っている二人を横目にイグニを強引に引き寄せると、見せつけるようにキスをした。


 何が起きたのか分からずイグニの頭の中が真っ白になる。今まで考えていたこの場を収めるための言葉が全て飛んでしまって、何も考えられない。というか、何を言っても無駄な気がしてきた。


「こんなことで勝ち誇ってるの?」

「あ、アリシアっ! 何を!!」


 イグニは状況をどうにかするべくアリシアになぜを問うたが彼女はローズとリリィに勝ち誇ったような顔を浮かべると、


「私とイグニは心が通じ合ってるからパスを繋いでるんだけど?」


 その言葉に、ローズがキレた。


「う、嘘よ! だって私とイグニですら結ばれてないのに!!」

「そ、そうですよ! それにパスを繋ぐには心からの信頼と魔力の波長が合わないといけなくて」

「合ってるのよ。そうでしょ? イグニ」

「……はい」


 イグニはこくりと頷く。それしか出来ない。

 アリシアに無理やりイエスと言わされたイグニはルクスの言っていた修羅場の意味を真に理解した。


 確かにこれは……刺されるしか……ッ!!


『イグニよ』


 だが刹那、脳裏に響く声が聞こえて。


『こ、この声は……ッ!』


 イグニは魔力の導線をたどって直上を見上げた。

 そこには天高く輝く巨大な月がある。


『じいちゃんッ!』

『今は魔術を使って直接お前の脳内に語りかけておる』

『……ッ!!!』


 こんな魔術など聞いたことも無い。

 おそらくはルクスが作った最新魔術。


 流石は見た目が最長老な“極点”。

 魔術師としては未だに現役。新しい魔術を開発し続けていたのだ!


『よく聞け、イグニよ。ワシは魔王によって消されてからしばらくの間……何も無い真っ白な空間にいた』

『な、何の話!? 今それどころじゃないんだけどッ!』

『よく聞けと言っておるじゃろう。その真っ白な空間でしばらく漂っていたのもつかの間、ワシは……その空間でワシはまみえたのじゃ』

『な、何に!?』


 ルクスはそこで一呼吸置くと、


『真理じゃ』


 そう言い切った。


『…………真理……ッ!?』


 ルクスの口から出てきた単語にイグニは引っかかるが、それと同時に心が踊るのも分かった。


『ああ、真理じゃ。この真理があれば……お前のこの状況も、打破できる』

『えっ!? この状況でも!!?』


 ちなみにイグニの目の前では女の子たちが一触即発。

 導火線のついた爆弾のごとく、刻一刻と爆発までのカウントダウンを刻んでいる。


『ああ、そうじゃ。ワシはこの真理を体系化するために数ヶ月の時を要したが……いま、ここに真理は完成したッ!』

『だ、だからここ数ヶ月いなかったのか……ッ! で、その真理って!?』

『うむ……。聞いて驚くなよ……ッ! ワシが数十年かけて生み出したモテの極意と、モテの作法。それを軽々と超える真理こそ……ッ! 真・モテの極意ッ! そして、真・モテの作法ッ!!』

『し、真……ッ!?』

『今まで修羅場に対応できなかった不完全性が取っ払われたことで、多くの人数に対応できるようになった。言うなればこれは……いや、これこそがモテの極意ハーレムバージョンッ!!!』

『ハーレム……っ! バージョン……ッ!?』

『じゃがもう、時間がないッ! ワシが語ることを今から全て覚え、理解し、実践せよッ!!!』

『……ッ!』


 イグニは息を飲む。

 あまりの無謀具合に言葉が出てこなかった。


 イグニがルクスから教わったモテの極意と作法は2年かかってようやく彼の身体に刻み込まれたもの。しかし、そんなモテの作法や極意ですらも完全に実践できているとは言い難いのに……!


『……やれるか? イグニ』


 ルクスが短く尋ねる。

 故にイグニは気持ちを奮い立たせた。


『……じいちゃん。俺をなめてもらっちゃ困るぜ』


 イグニの口角が釣り上がる。


 やれるかなどと、そんな愚問があるものか。

 出来るかなどと、そんな下らない問いがあるものか。


『俺はッ! 極点の炎魔術師だぞッ!!』






 The End of Extreme Flame Wizard !!!

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極点の炎魔術師〜ファイヤボールしか使えないけど、モテたい一心で最強になりました〜 シクラメン @cyclamen048

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