第8-34話 それは貴族の戦い

 叙勲式が終わった後は夜会……つまりは貴族同士の交流会が待っていた。

 無論、主役はイグニ。“極点”となった彼に近づきたい貴族たちがこぞってやってくる。当然、娘を連れてだ。


「……緊張する」

「いっ、いっ、イグニでも緊張することがあるんだね……」


 イグニの真横ではガッチガチに緊張したユーリが、イグニと同じように夜会用の服に着替えて立っていた。立っていたのだが、その服がおかしい。


「……なんでユーリはドレスなんだ?」

「わ、わかんないよぉ! こんなところ初めてだからメイドさんに全部任せたら、これ着させられちゃって……」


 ユーリは半分涙目になりながら、そう言った。

 確かに傍から見れば完全に女の子なので、メイドもユーリを女の子だと勘違いしてその服を着せたのだろう。


「……似合ってるぞ、ユーリ」

「でもボク、男の子だよ!?」


 そうは見えないんだよなぁ……と、イグニは心の中で呟くと、気を取り直して城の大広間に向かった。イグニが広間の中に入ると、それまで談笑していた貴族たちが、一瞬言葉を失って部屋の中が静寂に包まれる。


 そして、一拍遅れて音が世界に戻ってきた。


「み、みんな見てる……」

「そりゃ見るだろうさ」


 イグニはそう言って肩をすくめると、これから待ち受けるであろう貴族世界のあれこれに思わずげんなりしてしまう。そして、なんとも言えない嫌な予感をビリビリと感じており、今すぐにでもこの場を後にしたかったが、そういうわけにも行かずに黙ってことに臨んだ。


「……ユーリはあっちで美味いもんでも食っててくれ」

「あれ? イグニはどうするの?」

「……いや、俺は良いよ」


 イグニがそういってユーリから離れた瞬間、ぶわっ! と、砂糖に群がるアリのように貴族たちがイグニによってきた。それもこれも、若い“極点”と少しでも多くの接点を作るためである。


 追い払いたいが、既にイグニは“極点”。

 こういうめんどくさいことを相手にするのも彼の仕事なのだ。


 何が楽しくておじさん連中の話を聞かないと行けないんだろう……と思いながらも、愛想笑いでイグニは対応。1人、1人とさばいていくと、久しぶりに見た顔がやってきた。


「やぁ、イグニ君。久しぶりだね」

「久し、ぶり……ですね、イグニ……」

「ルーラさんとクララ!?」


 酷く懐かしい顔ぶれに、イグニも思わず高ぶってしまう。


「お久しぶりです。元気にしてましたか!?」

「えぇ、それは……とても……」


 クララは相変わらず目を覆っている装束だったが、杖の一つも付かずにイグニの元にやってくるとそっと手を伸ばした。


「これから、は……“極点”、同士……仲良く、やって……行きましょう」

「こちらこそだ。よろしく頼むよ」


 イグニがその手を取ると、クララは満足そうに微笑んでから、


「では、ルーラ。本題を」

「ああ、そうだ。今日はイグニ君に頼みたいことがあってね」

「頼みたいことですか?」

「何を隠そう。エルフのことなんだ」

「……はい」


 状況が今いち掴めずにイグニが問い返すと、ルーラが続けた。


「ほら、前に言っていただろう? イグニ君にはぜひウチの国に来てエルフの少子化をどうにかして欲しいって」

「エルフ、は……繁殖能力が、とても……低い、のです。なので、男手が……欲しい。“極点”とも、なれば……願っても、ないことです」

「つまりね、こっちで女の子を用意するから……その子たちを落として欲しいんだよ。ほら、エルフって子供を作るのが面倒でね。生涯愛した1人の男からしか子供を作れないんだ。だから、そこら辺上手いこと頼むよ。リリィにはこっちから言っておくから」

「聞き分けが、悪いようであれば……分からせる、ので……安心して、下さい」


 クララとルーラはそう言って去っていった。

 

 ちなみにだがリリィもちゃんと招かれており、今は端っこの方でユーリやサラと一緒に食事を取っている。こちらに聞き耳を立てているようだったが、どこまで聞こえているのかはさっぱり分からなかった。


 そして、ルーラたちと入れ替わるようにしてローズとフローリアがやってきた。


「おめでとう! イグニ。これで正式に“極点”ね」

「ありがとう、ローズのおかげだよ」


 イグニがそういうと、ローズは嬉しそうに顔を明るくした。


「それにイグニのおかげで、私の人生は自由になったの。これもどれも、イグニのおかげなのよ。やっぱりイグニは私の王子様だったのね!」

「そんな大したもんじゃないけど……俺は、ローズが幸せになるんだったら何でもするさ」


 ローズの前でカッコつけるつもりでそう言うと、ローズは笑顔で言葉を紡いだ。


「本当!? じゃあ結婚しましょう!」

「……ん?」

「どうしたの? そんなに不思議そうな顔をして。だって私たち、婚約者でしょ?」

「いや、それは解消されて……」

「あんなの親が勝手に言ってるだけじゃない。イグニは気にすることないわ」

「…………」


 勝手に言ってるだけとは、と思ったが突っ込んでも無駄なのはよく分かっているのでイグニは無言。しかし、ここで黙り込んだのが悪かった。その隙をついてフローリアが口を開いたのだ。


「イグニ様。イグニ様はローズ様と複数回キスをされているようですので、もう子供が出来ている可能性があります。やはりここは、責任を取って結婚なさるのが良いかと」

「ねぇ、イグニ。私たちの子供ってどんな見た目になるのかしら? 髪の毛は赤? 青? それとも紫かしら」

「親の髪色が混ざって生まれることはないと思うぞ……?」

「名前は何にする? ローズとイグニから名前を持ってきましょう」

「駄目ですローズ様。そのやり方では、双子が生まれたら大変なことになりますから」

「冴えてるわね、フローリア。じゃあ他の名前を考えないと……」


 いつもは静止にまわるフローリアが止めないものだから、どんどん加熱していくローズ。しかしイグニはこれを止める術を知らない。知っていたら困ってない。


 だが、それを止めたのはイグニではなく、他の“極点”だった。


「妄想を騒ぐのは自由だが、他の所でやってくれないか? まだ私たちはイグニへの挨拶が終わっていないのだ」

「妄想ではなくて人生計画なのだけれど……。確かにここでは時間が足りないわね。今日の夜に部屋に行くわ、イグニ」


 え、まだ続くの?


 と、思ってしまったのは内緒である。

 

「随分と懐かしいな、イグニ。会うのは半年ぶりか」

「セリアさんに……」


 イグニは彼女の横に控える少女に目が吸い寄せられて、思わず無言になってしまった。


 月光の光を吸い込んだように青白いドレスに身を包み、しかしこういう場に慣れていないのかどこか初々しさを残したまま、


「……アリシア」


 帝国の第三皇女がそこにいた。

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