第8-33話 叙勲式

「随分と決まっているな、イグニ」

「おい、本当かよ」


 イグニは恐々としながらエドワードの軽口に答えた。

 この男をして震わせるのはただ1つ。これから、叙勲式が行われるのだ。


 しかもそれは王の前で行われるだけではない。

 王都の民の前で、そして世界に向けて行われる式でもある。


 つまり、ここでのイグニの姿がそのまま写真として多くのメディアに乗るのだ。ここはバチっと決めて、女の子たちに『次の“極点”イケメンじゃない?』と言われたい。そのために朝から気合を入れ続けていたのだが、


「馬子にもなんとやらだ。それにしても、イグニ……。お前、その髪型はどうしたんだ?」

「これか? 最近流行りだと聞いたんだけど……どうだ?」

「なんでそんなにふざけた髪型が流行りだと思ったんだ? 誰に聞いた?」

「……エレノア先生」


 エドワードは何かを続けようとしたが、100%失言になることに気がついたので黙りこむとメイドを呼んで、イグニの髪型を直すように指示。ちなみに、イグニたちがいるのは王城。アーロンの計らいで、準備室を数時間前に開いてくれたのだ。


「それにしても……お前が本当に“極点”になるとはな。昔、お前が言っていたのを聞いた時は、随分と子供だなぁと思ったものだが」

「……何の話だ?」


 イグニがそういうと、エドワードははっとしたような表情を浮かべると、そっぽを向いた。


「な、なんでもない」

「そこまで言ったなら続けろよ。気になるだろ」

「……お前がまだ、貴族だったときの話だよ」

「…………え?」


 そう言われるが、イグニにはさっぱり思い当たる節がない。

 しかし、エドワードの言っていることが嘘だとも思えないのだ。


 イグニの実家であるタルコイズ家はそれなりの名家。他の貴族との交流も盛んだった。ならば、幼い頃にエドワードと出会っていてもおかしくはないのだ。


(……いや、待てよ? アーロンの生誕祭という可能性もあるのか?)


 イグニはあの時、アーロンを男だと認識していたため記憶がほとんどないのだが、もしかしたらそこで出会っている可能性も捨てきれない。


「イグニ様。お時間です」


 しかし、その先のことを考える余地もなくイグニは外に連れ出されると周りを大勢の人間に囲まれて王の間へと連れ出された。だが、国王に謁見する前にアーロンが控えていて、


「すまない。少しの間、イグニと2人きりにさせてくれないか」


 そういってお付きの者を全員、追い払ってしまった。

 誰もいなくなるのを確認すると、アーロンは小さい声で「ありがとう」と言った。


「ありがとう、イグニ。私に、魔法を使わせないでくれて」

「……なぁ、アーロン」

「なんだ?」

「俺たちはずっと魔法にかかっているって本当なのか?」

「……本当だ」


 それはアーロンの独白と共に伝えられた世界の真実。

 イグニは最初、それを信じることは出来なかったが……けれど、これまでの出来事に思い当たる節がとても多く思わず真実でないのかと思ってしまったのだ。


 決め手はやはり、勇者のあの言葉だろう。


「……私の曾祖母であるルディエラ・ディアモンドは私の曽祖父である『勇者』が魔王を倒した後、人類に対して1つの『魔法』をかけたんだ。もし再び『魔王』が現れた時に、その『魔王』に立ち向かうように、と。その魔法は曾祖母が死んでも続いた。魔法を視認せずとも、魔法の被受者を見れば無限に媒介するその魔法によって全人類がこの魔法の支配化に入って……新しい『魔王』が現れたときの準備を始めたんだ」

「…………」

「より高みを、より強さを。強くなければ価値がないのだと言うように」


 今ならどうして、自分の父親があそこまで“極点”に執着していたのかが分かった。いや、父親だけじゃない。他にも多くの人間が強さを目指していた。世界全体としてそれが正しいように動いていた。


 それは、魔法によるものだったのだ。


「そして、私もまた……彼女と同じ奇跡を持って生まれてきた。だから、彼女が死ぬ間際までよく話を聞いていたのだ。そして、私だけにこの話をしてくれた。人を操る魔法の、忌まわしさと恐ろしさを」


 その時、イグニの頭に思わぬ仮説が思い浮かんだ。


 果たして、『魔王』を殺したのは……彼女の曾祖母だったのではないか、と。

 だが今となっては答え合わせなどできるはずがない。下らない話だな、とイグニは自分の中で一蹴すると、アーロンに尋ねた。


「……良かったのか? そんな大事な話を、俺にしても」


 その言葉にアーロンはふっと微笑むと、


「構わない。イグニは私の大切な友人なのだから。それに」

「……それに?」

「私の婿になるかも知れないしな」


 アーロンがそう言った瞬間に、扉が開かれて近衛騎士が入ってきた。


「イグニ様。こちらへ」


 イグニは思わずアーロンに問い返そうとしたのだが、アーロンは既に気恥ずかしさを顔に浮かべてイグニから遠く離れていた。その話を、聞き返されないようにと。


 そしてイグニはそのまま叙勲式に臨んだ。


「若き魔法使い、イグニよ」


 王の言葉が部屋に響く。


「そなたの活躍しかと耳にしておる。多くの“咎人”を確保し、『魔王』を討った。それだけでは留まらず、失った“極点”をも取り戻した」


 イグニの耳に王の言葉が入ってくるが、正直言って何を言っているのかさっぱり理解できない。アーロンの言葉が頭の中を何度もリフレインしているからだ。


「よってエルダン・ディアモンドの名において、“天炎”の2つ目の名と極点の称号を授ける」


 しかし、その言葉だけは深くイグニに届いた。


「謹んでお受けいたします」


 貴族時代に培った正式な場でのマナーを振り絞ってイグニは国王にそう返すと、王もまた満足そうに頷いた。


 今日、この日を持ってイグニは正式に“極点”へとなった。

 どんな敵も焼き払う“炎の極点”へとなったのだ。


 幼い頃、『ファイアボール』しか使えないことでどれだけ絶望しただろうか。どれだけ自分の無才を嘆いただろうか。だが、それでは終わらなかった。止まらなかったのだ。


「また『魔王』を討伐したことによる褒美だが……望むものがあれば、述べるが良い」


 王のその言葉に、イグニは予め用意していた言葉を述べた。


「それについては、辞退させていただきます」

「……ほう? 辞退とな?」

「はい。私は友人を、仲間を守るために『魔王』を倒しました。決して金銭や、褒美が目的だったわけではありません。そして『魔王』を倒すことで私の求めていたものは叶ったのです。ですから、何も要らないのです」


 イグニがそういうと、国王は大きく目を見開いて「なるほど」と頷いた。


「若いのに、よく出来ておる。素晴らしい少年だ」


 ちなみにだが、イグニの言葉による「何も要らない」というのは本当でそれ以外は嘘である。後にも先にもイグニが欲しいのは女の子からモテることであり、こんな場所で「俺モテたいです」と言っても「は?」と返されるのがオチだ。


 なので、精一杯かっこつけれる場所でかっこつけた。


 無論、それが嘘だとアリシアなら気がつけたのだろうが、あいにくと彼女はこの場におらずイグニの言葉はそのまま通ってしまい……世界がそれに湧くことになったのは、また別の話である。

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