第8-32話 来たるべき日常の中で

 人類と『魔王軍』との戦いはそれから1ヶ月も経たずに終わりを迎えることになった。“極点”たちの持つ最大火力で魔王軍は焼き払われ、消し炭も残らず吹き飛ばされた。


 そして2ヶ月経つ頃には、復興も始まり避難していた人たちもゆっくりと元の生活へと戻る目処がたち初めたのだった。


「なんかよぉ」

「はい」

「終わってみたら一瞬だったな」

「ですね。一時期はどうなることかと思いましたけど」


 生徒会の買い出しということで、ミコちゃん先輩と一緒に街に出ていたイグニは、前よりも活気の増したように思える市場を歩きながら相槌をうった。


 露店を出している商人たちが大声で客を引き、壊れた建物を直す音や馬車が道を抜けていく音などが入り混じり喧騒はとどまるところを知らない。


 だが、それこそが人口最大の街である王都なのだとも言えた。


「魔王を倒せず“極点”が消えて、色んな所から魔王軍が攻めて来て。本当に終わったと思ったもんなぁ」

「あの時の王都はヤバかったって聞きましたよ」

「やばいなんてもんじゃなかったぜ? あちこちで暴動というか、強盗が起きるし……治安は最悪だったぞ」

「ミコちゃん先輩が王都を守るために自警団のリーダーやってたって聞きましたよ」

「は!? おい、それ誰から聞いたんだよ!」

「ヴァリア先輩からです」

「あいつ……。誰にも言うなって言ったのに」


 顔を真赤にしてミコちゃん先輩が、小さく呟いた。可愛い。


「というか、そんなことはどーでも良いんだよ。お前だよお前」

「え、俺ですか?」

「『魔王』を倒した英雄サマだろ? 生徒会の買い出しなんてやってても良いのかよ」

「あんまり実感ないんですよね。俺が魔王を倒したっていう」

「そうなのか?」

「一応、叙勲式をやるらしいんですけどね。詳しい日程を知らなくて」

「叙勲式? 貴族にでもなるのか?」

「“極点“になります」

「へー」


 ミコちゃん先輩はそういうと、そのまま首をぐるんと動かしてイグニを見た。


「え? お前、“極点”になんの?」

「空席として“炎”の枠があるので、俺がそこに入る形になるそうです」

「うわ、まじかよ……。後輩が“極点”……」

「気にしないで下さい。俺もやりづらいですから」

「いや、そうは言うけどお前……“極点”だぞ? 気にしない方が無理だろ……」


 なんてやり取りをしながら街を歩きながら、必要なものを買っていく。


「それにしても……」

「ん?」

「入学式って2ヶ月後ですよね? 今から準備するものなんですか?」


 イグニたちが買い出しに来ているのは何を隠そうロルモッドの入学式に備えてのものなのだ。


 入学してから1年。長いようであっという間だったなぁ、とイグニが柄にもなく昔のことを思い出しながらそう言うと、


「ああ。去年もこの時期にやってたな。生徒会ってメンバーの呼びかけ方が他の部活動とか委員会と違って特殊なんだよ」

「特殊、ですか?」

「イグニも去年誘われたから分かると思うけど、生徒会って入学したときの成績優秀者に直接声かけるんだよ。だから、試験結果がわかったら誰を誘うかって会議をするわけ。だから他の部活動よりも早めに準備しておかねぇと行けねんだ」


 初めて知った生徒会のシステムにイグニは思わず感嘆。


「まぁ、でも今年は新入生から入れてくれって集まるかもな」

「なんでですか?」

「お前がいるからだよ」


 ミコちゃん先輩はそういうと、「あーあ」とため息を漏らした。


「今年で卒業かぁ……。早かったなぁ」

「そういえばミコちゃん先輩の進路って聞いてもいいですか?」

「オレか? オレはケーキ屋だ」

「け……え?」


 あれ? ミコちゃん先輩の進路って騎士団とかって言ってなかったっけ?


「実はな、今回の戦いで孤児院への助成金が結構出て……しばらくの間、経営が安定するんだって。それで、シスターだけじゃなくて弟や妹たちから、やりたいことやっていいよって後押しされてな」

「な、なるほど?」

「自警団やってた時にケーキ屋のお姉さんと仲良くなってよ。それで、昔そういうのが夢だったって言ったら、お菓子作りを教えてもらってな。それを家族に食べさせたら……『プロになれる』って言われてよ。それで、ちょっとそういうのも良いなって思ったんだ」

「そういうことだったんですね」


 ロルモッド魔術学校は、魔術師としてのエリートを排出する学校だ。けれど、その卒業生が全員、魔術師として戦いの世界に身を置くわけじゃない。地元に返ったり、学生時代から付き合っている恋人と結婚したり、ミコちゃん先輩のように全く違う職種につく学生もいる。


「どこにお店を出すんですか?」

「オレはまだ見習いだよ。イチからお菓子作りの勉強だ」


 ミコちゃん先輩はそういってくすぐったそうに微笑んだ。

 今まで自分が学んできたこととは全く違うことに挑戦する様を楽しんでいるようにも思える。


「お菓子作るのって結構体力使うから、向いてるって言われたんだぜ」


 さらにはそう言って自慢気に拳を見せて来るミコちゃん先輩。可愛い。



「俺、食べに行きますよ。ミコちゃん先輩のお菓子」

「おう! じゃあたくさん宣伝してくれ。オレも『“極点”が絶賛した』ってポップに描くからよ!」


 そんな話をしていると、曲がり角を曲がったタイミングでちょうどミル会長とヴァリア先輩がいた。


「あ、イグニくんとミコちゃんだ。買うもの買えた?」

「後はスクロールだけだな。その先の店が安いからそっちで買うつもりだ」

「予算に余りがあるから高い方で良いのに」

「そういう訳にも行かねえだろ」

「それだけなら一緒に買いに行こっか」


 ミルはそう言うと、みんなを先導するように歩き出す。

 その後ろをイグニは追いかけながら、ふと彼女にも聞いてみた。


「そういえば会長って、進路はどうするんですか?」

「私? 騎士団に入るよ」

「おめでとうございます」

「んー。でも数年で辞めるかな」

「え、辞めるんですか?」

「私ね、この間の戦いのときに色んな所に派遣されて……全然知らない世界がたくさんあることを知ったの。それで、もうちょっといろんな世界を見てみたいと思ったんだ」

「じゃあ冒険者に?」

「うーん。冒険者って男の人多そうだしなぁ……。旅人になるかも!」

「なるほど?」


 果たして旅人が職業なのかどうかは分からないが、イグニは不思議とこの人ならどこでまでもやっていけると思った。


「あぁ、ちょっと! ミコちゃん先輩! 何をなさるんですか!」

「あれだけ言うなって言っただろ!」

「良いではありませんか。弱い人たちの前に立って、暴動から守るミコちゃん先輩。とてもかっこよかったですわ! 尊敬の念がより一段と深まりましたの!」

「恥ずかしいんだよ!!」


 その後ろではヴァリア先輩がミコちゃん先輩に詰められていた。

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