第8-31話 魔法使い
魔術師は魔法使いには勝てない。
それが世界の真理である。
だが……それでも、魔術の極点に至らぬ者たちは思考する。どうすれば魔術を用いて、魔法使いを倒せるのかと。
無論、完全に攻略不可能だと思う魔法もある。
例えばセリアの使う“不死の奇跡”や、ルクスの使う“観測者の奇跡”などは、魔術師では到底敵いようがない。何故なら発動条件が容易かつ、準備に時間がかからないからだ。
だから、必ずと言っていいほど相手に上がるのはフローリアなどの発動に時間がかかる魔法。それなら、魔法を使わせる前に叩けば良い。そう考えて対魔法使い戦を考える者はいる。
だがそれは、あくまでも魔法を使われる前の話。
「見えるか、勇者」
全てが静寂に包まれた中、イグニの生み出した『ファイアボール』を捌き切って一息つこうとしたグローリアスに向かって、『
「これが魔法だ」
「……知ってるとも」
グローリアスは考え込むように剣を地面に置いた。
どうすればイグニの魔法を攻略できるかを判断するように。
彼は試しにと数発の魔術を放ったが、そのどれもが減速し空中で停止する。
「こんなことも出来るんだね」
「内部時間を0にした。これで魔術は俺には届かねぇ」
「凄いや。これは人にも出来るのかい?」
イグニは黙って首肯した。
そして、グローリアスはそれで諦めてくれると思った。彼は判断が異常に早い。絶対に勝てないと知りながら、それでもイグニに飛び込んでくるような男ではないと思った。しかし、イグニの予想を裏切るように彼は魔力を熾した。
「……何故」
イグニの足元を捉えんばかりに、地面が融解しイグニの身体が飲み込まれる。しかし、その停滞はイグニの身体がわずかに宙に浮くことで回避される。よく見れば、彼の周りを風が覆っていた。
「何故、戦うんだ」
「そこに理由があるからだよ」
「……魔法か」
「そうだ。僕は彼女を守らないと行けない」
グローリアスはそういうと、イグニを空に浮かせた魔女が叫んだ。
「魔法の匂いがする人間を殺すことが、どうして守ることに繋がるのよ!」
「それは君たちが知らなくても良いことだ」
「何も知らずに私たちに死ねと言うの?」
アリシアの言葉に、勇者の動きが少し停滞した。
「それに、アナタは勘違いしてるわ。この場の主導権を握っているのはアナタじゃない。イグニよ」
「……よく知っているよ」
「殺す、殺さないの判断も全てイグニが担ってるわ。アナタがどれだけ大きなことを言おうとも、この場では無意味なの」
「わかっているさ」
「私はアナタに言ってほしいなんて頼んでないわ。『言え』と言っているのよ」
アリシアがそう云うと、イグニは手元の『
「殺したいなら殺せば良い。僕はそれでも抗うよ」
グローリアスはそう云うと、地面を蹴った。
イグニとの距離はわずかに数十メートル。そんなもの、一瞬にして縮まるはずだったのに、グローリアスの体感速度が段々と加速していって、相対的に世界がスローに見え始めた。
「その強い意志があるから……アンタは勇者なんだろうな」
そして、全てが静止した。
完全に時間が止まってしまっていた。
それに気がついたグローリアスはイグニの頭を狙う体勢を崩すことが出来ずに、彼の前に連れ出された。
「僕がやったのはたった1つだけなんだ。それ以外は何もやってない」
「『魔王』を殺したことか?」
「…………」
沈黙。それは否定に他ならない。
「僕はね、たった1人の女の子を守りたかったんだよ。そのために、生きてきたんだ」
「…………」
「今もそれは変わってないよ。その子を守るために戦ってる。その子を守るためには、大勢を殺さないと行けない」
「……死んでも、か?」
「無論。それが僕の為したかった1つのことなんだから」
グローリアスの言葉にイグニは少し黙った。
だから、その沈黙の合間を埋めるように彼は言葉を紡いだ。
「英雄像なんて、その子を守るために被った下らない物だったんだ。勇者という大きな存在があれば守れるものがあったんだよ。だから僕は、勇者になったんだ」
「……そうかよ」
それは、ふとすればイグニと似たようなものだったのかも知れない。
イグニは一瞬そう思ったが、全く違うことに気がついて頭を振った。
そして、そう言えばカッコいいことに気がついて今度から女の子には勇者と同じことを言おうと決意した。
「僕は死ぬのかい?」
「ああ、殺す。アンタを元いた場所に返す」
「そっか」
勇者の言葉は覚悟に染まっているものだった。
いや、元々死んでいる存在だからこそ……生への執着が他の人間と比べて薄いのかも知れなかった。
「僕は魔法使いには勝てないままだったんだね」
その言葉はきっと勇者がイグニに投げた温情で、
「一つお願いがあるんだけど……良いかな」
「聞くだけ聞こう」
ここで死んでくれ、とか言い出したら流石に守れないからなと言ってイグニは笑うと勇者も笑った。
「僕のことを黙っていて欲しいんだ」
「……それだけか?」
「僕が言ったこと、僕と会ったこと、そして僕と戦ったこと。その全てを、ここにいる者たちだけの秘密にしてほしい」
「分かった。約束しよう」
イグニがそういうと、勇者は黙って目を瞑った。
それ以上、言葉は互いに必要なくグローリアスの身体を『小宇宙』が捉えて、消した。
イグニとアリシアの2人の時間が通常世界へと引き戻されると、2人は声もなく目を合わせて困ったような喜ぶような、そんななんとも言えない顔を浮かべた。
時間にすれば一瞬のことだった。
だから、もしかしたら夢なのではないかと思ってしまうほどにイグニと勇者の戦いは濃密でとても儚い出来事だった。
2人は瓦礫と化した公都の中心で、どちらがというまでもなく言葉を紡いだ。
「帰るか」
「そうね。みんなが待ってる」
アリシアが一足先に浮かび上がって、イグニがそれに続いた。
「足、大丈夫か?」
「ええ。まだ痛むけど平気よ。これくらいなら、エドワードに治してもらえばすぐね」
「急ぐか」
「そうね。みんなはイグニのことを心配しているでしょうし」
不思議と互いの会話に勇者が出てくることはなかった。きっとそれは、言ってはいけないことなのだと二人が理解していたからだろう。
勇者と魔女は空を駆けて……そして、やがて公都の空から消え果てた。
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