第8-30話 正義の果てに

「僕が『魔王』を殺してない?」

「ああ。これは勘だけどな」


 イグニがそういうと、勇者は困ったように笑って剣を収めた。


「どうして、そう思うんだい?」

「……勘だ。ただ、いくつか気になるとしたら」


 イグニは自らの足元に無数の『ファイアボール』を展開。


「あんた、『魔法使い』じゃないだろ」


 そして指向性を与えて爆発ッ!

 イグニの全身が一瞬にして後方へと吹き飛ばされると、凄まじい勢いで両者の距離が開く。


「変な話だね」


 遅れて勇者の身体が薄く淡い光に包まれると、剣をまっすぐイグニに向けて構えて……そして、射出。勇者の身体がイグニに向かって飛んでいく。


「僕は勇者だよ。魔王を殺した英雄だ」

「知ってる」

「そんな僕が魔王を殺してないなんて……変わったことを言うんだね」

「だから、勘なんだ。でも、そう思った理由もあるにはある」


 イグニは勇者の魔術を避けながら空中を3次元の機動で逃げ続ける。

 それに追随しながら勇者はイグニに向かって必殺の魔術を撃ち続ける。


「聞こうか。その理由を」

「単純だ。あんたは俺の魔法を見ていた」

「『魔王』を殺した黒い『ファイアボール』だろう?」

「なのにこうして、突っ込んできている」

「それがどんな理由になるって?」

「魔法使いを倒すには、魔法使いであることが前提だ。でも、お前は俺に向かって1つも魔法を使ってこない。それどころか、魔法を使おうとする形跡すらもない。これはどういうことだ? 決まってるだろ。魔法が使えないんだ」

「奥の手を隠してるだけじゃないのかな」

「その可能性も考えた。けどな」


 イグニの『ファイアボール』が勇者に向かって放たれるが、それが起爆するよりも先に勇者の身体が前に出る。


 緩急を付けた移動。

 イグニの目を簡単に騙すフェイント。


 ただの歩行を取ってもしても、勇者という人間が如何に埒外なのかがよく分かる。


「でも、それにしてはアンタは全力だった。魔術も、剣術も……そのどれもが一級品だ。そして、小細工を隠すような面倒なことはしていない。だからアンタが魔法を隠してるとは思わない」


 勇者はイグニに向かって2、3度剣を振るう。

 だがそのどれもを簡単に避けると、イグニは拳で剣を砕く。


 熾転イグナイトを使えば容易なことだ。

 しかし、破損した剣はすぐに修復されるとイグニの前に突きつけられる。


「だから、アンタは魔術師だ」

「うん。それで?」


 勇者は周りながらイグニの首を跳ね飛ばそうと、斜め下からの斬り上げ。

 それを髪の毛を数本斬られることで回避したイグニは、地面下からの蹴り上げで対抗。


 しかし、勇者は左腕を犠牲にして受け止めると、そのまま魔術を発動。イグニの中心線を吹き飛ばすような指向性を与えられた衝撃波が生み出されるが、イグニはそれを『迎撃ファイア』で防御。


 そして、その爆発に乗じて距離を取る。


「魔術師は魔法使いに勝てない。そして『魔王』は魔法使いだった」

「……うーん。それはおかしいよ」


 勇者がそういうと、イグニと勇者の間に開いていた距離……およそ、30mが一瞬にして


「僕は魔術師として魔王を倒したかも知れないじゃないか」


 そういうと、何が起きたのか理解していないイグニの胸を剣がかすめた。制服が断ち切られ皮膚の表層が裂ける。だが、ギリギリで後方に引いたイグニを捉えることはできなかった。


「咄嗟に引いたね。これじゃまだ浅い」

「……なんだ今の」

「魔術だよ。1を0にしているわけじゃない。でもほら、やり方次第では」


 剣が閃く。


「魔法に見えるだろ?」


 勇者がそういうと、イグニに向かって飛び込んだ。


「これで終わりだよ。新しい『勇者』。君は『魔王』と相打ちってことになるだろうね」


 しかし、それでは終わらない。


「いや、アンタは勘違いしてる」

 

 イグニは飛び込んでくる勇者に向かって微笑んだ。


「俺は1人じゃない」


 その言葉が紡がれると同時に、勇者の身体を強い上昇気流が捉えて空に押し上げる。


「みんな、上からの力は備えるのに」


 そこには魔女がいる。

 豊かな金の髪を輝かせ、蒼い瞳の魔女がいる。


「下から持ち上げられた時のことは誰も備えないのよね」


 風が勇者の身体を縛り上げた。


「君は……ケインの血縁だね? 目元の辺りがよく似ている」

「えぇ。確かに私のお祖父様は……“剣聖”よ」


 アリシアがそう言うと、勇者は笑った。


「ケインの家族を殺したくはないけれど、しょうがないことだよ」

「……ねぇ、アナタ。本当に勇者なの?」


 風の牢獄に捉えた勇者に向かってアリシアが尋ねる。

 あまりにも好戦的で、あまりにも殺意が高い。


 それは御伽噺で聞いている勇者の在り方と全く違うではないか。


「勇者だよ。少なくとも、僕はそう思っている」

「じゃあ、どうして……そんなにイグニを殺そうとするの」

「彼だけじゃない。君も殺さないと行けない」

「……どうして?」

「匂いがするからだ。甘い魔力の匂いが」

「……?」


 アリシアは首をかしげたが、イグニは彼が何を言いたいのかを理解した。

 それは魔力の熾りのことだろう。イグニは視界で知覚するが、彼はきっと嗅覚で知覚しているのだ。


「それはの魔力なんだ。彼女の魔法だ。それを知ってる者は、


 言葉を紡いだグローリアスに対して、アリシアは引いた。

 彼の瞳が、彼の言葉が本気なのだと告げていたからだ。


「彼女って誰?」

「……これ以上、言葉は必要ないだろう」


 そういうと、勇者は強引にアリシアの魔術を破壊。

 英雄マルコですら捉えた監獄をわずか数秒で脱出すると、飛翔。


 アリシアに向かって刃先を伸ばす。

 だが、そこにイグニの『ファイアボール』が真下から追撃。


 それをグローリアスはこともなげに払う。

 その間にアリシアはグローリアスと距離を取って魔術の構え。


 風を円錐状に削り出して肉体を穿つ魔術をグローリアスに頭に狙いを定めて射出した。しかし、グローリアスは半歩動いて回避すると全く同じ魔術をアリシアよりも高い精度で撃ち返す。


 音も速さも彼女より上。

 それにアリシアが気がついたのは、自分の足を大きく魔術が斬り裂いていった後だった。


「……ッ!」

「アリシアッ!」


 イグニは空から落ちるアリシアに手を伸ばす。


「だい、じょうぶよ……。これくらい……どうってことないわ」

「……けど」


 傷は大きく、深い。

 血が溢れて大地を汚していく。


「……アリシア。痛むだろうが、我慢してくれ」


 イグニは一刻も早く止血が必要と判断。

 手元に『ファイアボール』を生み出すと、アリシアの傷口を焼く。


「ッ!!」


 アリシアがそれに歯を食いしばって耐えている間、グローリアスはただ見下ろすだけだった。いや、見下ろしているのではない。


「『装焔イグニッション追尾弾ホーミング』」


 空を埋め尽くしていく『ファイアボール』を呆気に取られてみているだけだ。

 そこに展開されるのは131072発の『ファイアボール』。


 まるで空が燃え落ちたかのように見えるその光景こそ、“天炎”の名にふさわしい。


「『追えファイア』」


 その全てが勇者に向かって放たれると、イグニはどろりと生暖かい魔力を感じながら大きく息を吸い込んだ。


「もう終わらせよう、『勇者』。アンタのことはよく分かった」

「そうかい? 僕は君のことを全然分かってないけどね」

「いや、良いんだ。話が通じないと分かった時点で、この戦いは終わらせるべきだったんだ」


 そして、詠唱。


「『装焔イグニッション完全燃焼フルバースト』」


 イグニは自らの言葉を成すために、第一の魔法を発動した。

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