施術

増田朋美

施術

今日も寒い日だった。今日も、ハンドクリームが非常に売れる時期だなあと、思われるほどの寒さだった。それでは、あまり外へ出る人もいないかなあと思われるその時であった。

「あの、ここでは、どんな人でもやってくださるのでしょうか?」

と、いう声がして、岡美代子は、玄関先に出た。今日は誰か予約が入っていただろうか?誰も入っていないはずだ。

「一体やってくださるって、何をやってもらうつもりなんですか?」

美代子は、玄関先の女性に聞いた。女性は、ちょっと妖艶な雰囲気があって、なにか、変わったところがある女性のような気がした。彼女は、緑の色無地の着物を着て、灰色の帯を締めて、赤色の組紐の帯締めをつけていた。

「そんな格好で困りますね。それでは、ヒーリングも何もできないじゃないですか。」

と、美代子は、嫌そうに言った。

「私じゃありません。私の、友人にやってもらいたいんです。」

と、その女性は言うのだった。

「私、須藤有希と申します。私の、大事な人に、先生の施術を施していただきたくて。そういう、ヒーリングとか、そういうものは何もわかりませんが、先生なら、やっていただけるかなと思ったんです。私、心の元気で先生の記事が書かれていたの、見たことがあるんです。先生が、そうやって、病んでいる人たちを助けていらっしゃるのなら、私も、そうしてもらえるかなって、お願いに来ました。先生、私の、大事な友だちに、施術してもらう訳には行かないでしょうか。お願いします。」

須藤有希は、早口にそういう事を言った。

「そうですか。なにか、心が病んでいる人でもいるんですか?」

と、美代子は聞いた。

「はい。心が病んでいるというか、もう体がだめな人で、医学的になんとかなる状態ではありません。でも、心を癒やしてだげることだけはできますよね。それでお願いしたいんです。先生、お願いできませんか。」

有希は、急いで言った。

「そうねえ。それでは、契約金として、5万ほど払ってもらえるかしら?」

美代子がそう言うと、

「それは持ってはいませんが、必ずお支払いします。ですから、まずはじめに、私の友達を癒やしてやることを、お願いできませんか!」

有希はちょっと声高らかに言った。

「ごめんなさい、他のクライエントさんのことがあって、新しい方は、受け付けないことにしているんです。有希さん、残念ながら、私には施術できません。」

「これだけ頼んでもお願いできませんか。ほんのちょっとでいいんです。水穂さんをヒーリングで癒やしてあげてください。お願いします!」

有希は、もう一度頭を下げた。

「いえ、それは無理です。ただいま、多忙と言えるほど、スケジュールがいっぱい詰まっていて無理なの。悪いけど、他の人を紹介いたしましょうか?」

美代子は、有希に言った。ここで有希は諦めてくれるかと思った。

「そういうことなら、美代子先生に、責任を持って、紹介してもらえませんか。それなら、あたしは、その人に従うことにします。」

有希は、掴みかかるように言った。

「わかりましたよ。じゃあ、それでは、そちらに、ヒーラーを一人送ってよこします。名前と住所を仰ってください。」

「須藤有希です。住所は、富士市、、、。」

有希は、高らかに自分の住所を言った。

「わかりました。じゃあ、そちらに、優秀な、ヒーラーを送ってよこします。しばらくお待ち下さい。」

と、岡美代子は、そういう事を言ったのであるが、有希は、彼女に向かって、

「お願いします!なるべく早く送ってよこしてください。そうでないと、水穂さんが可哀想です。」

と、言ったので、美代子は何この人という感じで彼女を見たのだった。

「わかりました。」

それだけ言って、早く有希には帰ってもらいたかったが、

「お願いします!きっとですよ。必ずその人を、寄こしてくださいね!」

有希はまだそういうのだった。

「しつこいのは嫌いですよ。あたしは、そういう人は嫌いです!」

そういう岡美代子は、有希をなんとか追い出すことに成功した。翌日になって、岡美代子は、いつもどおり、ヒーリングオフィスに出勤したのであるが、またオフィスの電話がなった。

「あの、岡美代子先生ですね。先生がいらしてこなくても、別のものが来るから、安心しろと、水穂さんには伝えておきました。だから、必ず一人送って寄こしてください。ヒーリングしてもらわないと、水穂さんが可哀想です。よろしくおねがいします。」

と、また有希がでかい声で、そう言っているのが聞こえてきたのだった。

「ええ、送って寄こしますから、それでは、もうしつこく電話なんかかけないでもらいますか。」

と、美代子は、そう言って、電話を切った。また数分後に電話がなるので、もううるさくなった美代子は、電話線を抜いてしまった。美代子は、それでようやく落ち着いたのであるが、なんだか、須藤有希という人物が、ちょっとかわいそうだと思ったので、スマートフォンをとって、一人の女性に電話をかけた。そして、有希が言った住所に、行ってもらうように彼女に行った。彼女は、少しどんくさいところがあるのを、美代子は知っている。だから、そういう女性を、須藤有希のところに、行かせればいい。

一方その頃、製鉄所では。一人の女性が、軽自動車を走らせて、製鉄所の前にやってきた。

「おう、お前さん誰だい?」

玄関を掃いていた、杉ちゃんが、急いでそう言うと、

「あの、朝原と申します。朝原喜和子です。この度は、磯野水穂さんという方のヒーリングを施術に上がりました。」

と、喜和子さんは、答えた。

「はあ、こっちへ来てくれるひとは、岡美代子という方だと有希さんは、言ってました。」

と、杉ちゃんが言うと、

「ええ、それが、岡美代子先生は、多忙なので、私が代わりに伺ってもよろしいでしょうか。一応、私も、レイキヒーラーの資格は持っていますし。」

と、喜和子さんは言った。

「はあ、わかったよ。称号のことは気にしなくていいが、水穂さんのことを癒やして楽にしてやってくれるなら、しっかりやってくれや。」

と、杉ちゃんがそう言うと、

「わかりました。じゃあ、その水穂さんという方にあわせてください。」

と、彼女は言った。

「わかったよ。水穂さんはこっちです。」

杉ちゃんに言われて、喜和子さんは、お邪魔しますと言って、段差のない玄関から、急いで製鉄所の建物内に入った。

「こっちだ。」

と、杉ちゃんが言って、四畳半のふすまを開けた。中には水穂さんがいたが、その隣には、由紀子も一緒にいた。水穂さんはえらく咳き込んでいて、由紀子が、大丈夫、苦しいと言って、そっとそばに付いていた。

「わかりました。じゃあ、今から施術しますから、皆さん離れていただけますか?」

と、喜和子さんは、水穂さんのよこに座った。そして、自己紹介するまでもなく、水穂さんの背中をさすった。レイキヒーリングと言っても大したことをするわけでもない。ただ、背中を撫でたり叩いたりして、病人を楽にしてあげられる技術なのである。しばらく、水穂さんは咳き込んだままだったが、喜和子さんが、

「ほうら、楽になれる。」

と言ってくれたのと同時に、内容物を吐き出し、咳き込む音も小さくなった。喜和子さんは、大丈夫ですね、と言って、静かに、吐き出すのをやめてくれた。

「ほう、すごいなあ。薬無しで、楽にしてくれるんだから。ありがとうございます。ほんと、レイキというのも、バカにしては行けないねえ。」

と、杉ちゃんが、でかい声で言った。

「ええ、体を良くするために、臼井先生が、開発してくれたものです。古来からある日本の技術で、逆輸入のような感じで、日本に入って来たんですよ。」

と、喜和子さんはそういうのである。

「へえ、そういう技術はあるんだねえ。癒やしの技術っていいなあ。癒やしって、いいですね。そういう事を仕事にできるっていいね。」

杉ちゃんがそう言うと、由紀子は、水穂さんを布団に寝かせた。水穂さんは、

「ありがとうございました。」

と、だけ言った。

「あまり喋らないほうがいいですよ。安静にしてなきゃ。癒やしのしごとをしていると言っても、あたしはまだ始めたばかりですよ。こんなおばさんに、依頼をしてくる人もなかなかいないし。」

と、喜和子さんは言った。

「そうでしょうかね。中年おばさんのほうが、話しやすいよ。美人の若いヒーラーさんになにか言われるのを、いやだという人だっているじゃないか。もう少し、頑張ってよ。なんか、そういう事を、やってくれる人が、これからの世の中必要になると思うし。」

と、杉ちゃんがそう言うと、

「どうして、喜和子さんは、ヒーラーになろうと思ったんですか?」

由紀子は、続いて聞いた。

「まあ、人を癒せる仕事がしたいと思っただけなんですよ。始めは、軽い気持ちで始めただけなんですけど、ずっとやり続けているうちに、私は、ほんとにこの仕事をやっていきたいなと思っただけで。」

喜和子さんはそう答える。

「ありがとうございました。喜和子さんが、やってくれて嬉しかったです。水穂さんを、楽にしてくれて、ありがとうございました。で、施術料金なんですが。」

有希は、急いでそういうと、

「ああ、まだ駆け出しですから、5000円で結構です。」

と喜和子さんは言った。有希はホッとしたような顔をして、彼女に五千円を払った。

「ありがとうございます。また、定期的に来てほしかったら、私に電話を下さい。水穂さんには、こういう人がついていてあげたほうがいいのではないかと思いますので。」

「ありがとうございます。水穂さんを楽にしてくださって、ありがとうございました。」

と、杉ちゃんたちは、静かに頭を下げた。

「いいえ、私も、こんなきれいな人を、お相手できるなんて幸せです。」

喜和子さんはそういった。最後に女としての感想も忘れなかった。

「ありがとうございます。」

と、有希も、杉ちゃんも帰り支度をしている彼女を、にこやかに笑って、見送った。

そのまま、喜和子さんは、岡美代子の事務所に行った。一応、岡美代子が上司になるわけだから、今日の施術を報告しなければならない。

「行ってきました。」

喜和子さんは、美代子のいる事務所へ入ってきた。ちょうど、仕事をし終わった美代子も、事務所に戻ってきた。

「美代子先生、行ってきましたよ。あの水穂さんという方はすごくきれいですね。びっくりするほどきれいな方でした。あたしに、そんな仕事を与えてくださって、ありがとうございます。」

と、喜和子さんは、美代子に報告した。

「そんなにきれいな方でしたか?」

美代子は、喜和子さんに聞く。

「ええ、すごいきれいでした。なんでも外国の俳優さんみたいでした。ほんと、あの人はきれいな方です。そんな方の担当にしてくださって、ありがとうございます。」

喜和子さんは、そう答えるのであるが、彼女はなんだか、嫌そうな顔でもなく、このチャンスを、掴んでしまったという嬉しそうな顔でそう言うので、美代子はちょっと、嫌そうな顔をしている。

「なんですか。美代子先生が私に、いけって行ったんじゃありませんか。あの人は、とても、素晴らしくきれいな人でしたよ。私は、そのとおりにしただけです。先生がそういったのを答えただけです。今更、水穂さんという人を自分のものにしたいなんていいませんよね?」

喜和子さんは、中年らしく、きっぱりと言った。

「美代子先生は、非常に、慕っている人が多いことで知られているじゃないですか。美代子先生は、いろんな人を抱えているでしょ。それでは、とても水穂さんの世話なんてできないのではありませんか。それで私に、水穂さんのところに行ってくれと言った。それで、結果はどうであれ、私の役目を取るなんて、虫が良すぎますよ。」

喜和子さんは、一つため息を付いた。美代子は自分が執刀していれば助かるのかもしれないと思っていた医者と同じような気持ちになった。

「それで、水穂さんという人と、契約はとれたの?契約金はもらってきたの?」

美代子が聞くと、

「先生、そんな事どうでもいいって言ったのは先生でしょ。だから私の取り分である、五千円しかもらってきませんでしたよ。」

と、喜和子さんは答える。美代子は、なんで私が、やれなかったのかなと思ったが、喜和子さんは、そういうことには関心はなさそうだった。

「では、その、水穂さんという人が、また悪くなったら、私に言うのよ。私ではないと、できないことだってあるでしょう。だから、必ず私に言うようにして。」

とりあえず、喜和子さんにそう言うが、

「ええ、とりあえず、水穂さんは、肺が悪いようで、レイキで咳き込むのを癒やしはしました。それしか私達にはできないほど重度なんじゃないでしょうか。もちろん医療でなんとかしなければならないことも確かですし。」

と、喜和子さんはすぐに答えるのだった。美代子は、もし私がやっていれば、水穂産をもう少し楽にできるのではないかと思った。そうなると、余計に、嫌な気持ちがする。喜和子さんに、そういう事を全部取られてしまうのではないかと、不安な気持ちにもなる。でも、もう喜和子さんに取られてしまったので、それを、取ってしまうのは、なんだかいけないことのような気がする。

「それでは、先生。私行ってきます。これから、別の人のヒーリングがありますので。」

喜和子さんは、また出る支度を始めてしまった。美代子は、どうして自分がそういう事をできなかったのか、なんでこんな事をしたんだろうととても後悔した。

それから、数日後。

「こんにちは、朝原喜和子です。施術に参りました。水穂さんはいらっしゃいますでしょうか?」

と、喜和子さんがまた製鉄所にやってきた。水穂さんは、有希と一緒に、四畳半にいた。喜和子さんはそれを見て、こんにちはと言いながら、水穂さんの隣に座って、また背中を擦って、彼を癒やしてくれた。

「レイキというのは、医学的に立証されているもんなんですか?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「いいえ、そういうわけではないですが、癒やしの手法として行っているんです。あたしたちは、症状を楽にさせてあげるのが役目。症状を消すとか、そういう事はできないけど、人に撫でてもらって、気持ちが楽になれば、それでいいと思っているんです。」

と、喜和子さんは答えた。

「そうなんですか。まあ、そういうことじゃなくても、癒やすということは、必要なんだろうな。」

杉ちゃんは腕組みをした。

「ええ、だから、水穂さんのような方は、私みたいな存在を頼ってくれていいんですよ。私達は、そのためにいるんだから。」

「ありがとうございます。喜和子さんは、立派な、ヒーラーですね。」

と、有希がにこやかに笑って言った。

「私、岡美代子先生にしなくてよかった。美代子先生は、偉い人だから、きっと水穂さんのような、そういう人を相手にはしてくれませんでした。それでは可哀想だといくら言っても聞いてくださらなかった。」

「まあ確かに、あの先生は、ちょっと高慢なところがありますから。」

と、喜和子さんは言った。

「確かに、そうなってしまうのは、仕方ないことだね。どうしても、人間、先生先生と呼ばれちゃうと、奢っちゃうっていうか、自分が偉いと思いこんじまうんだな。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「その組織に所属していなければならないのは、仕方ないことでもあるんですけど、私は、岡美代子のようなやり方はしたくありません。私は、苦しんでいる人を、癒やしてあげられる人間で居たいんです。それをいつまでも忘れないでいたい。私、そう思ってます。」

喜和子さんは、にこやかに言った。

「そうですか。その気持さえあれば、きっとヒーラーとして、頑張れると思いますよ。」

と、杉ちゃんに言われて、喜和子さんは、

「はい。これからも、水穂さんの事を、ずっと見ていきます。」

と、また笑った。

その日、また報告のため、喜和子さんは、美代子の事務所にやってきた。美代子は、喜和子さんが、少しづつ態度が大きくなっているのではないかと不安になってしまっていた。

「今日もまたあの人の施術に行ってきたの?」

と美代子は喜和子さんに言った。

「はい。行ってきました。水穂さんは、少し体調が良いようで今日は、施術のあと、布団に座っていらっしゃいました。」

と、喜和子さんは言っている。

「そうなの。それくらいしかできなかったの。」

喜和子さんに美代子は言った。

「あなたも、もしもっと力があれば、彼を立って歩かせることだって、できるんじゃないの?」

「そうですね。それならぜひ、教えてもらいたいものです。私は、先生のアチューンメントを、レベル三まで受けましたが、それ以上はやってないので。それを、治療としてやるには、まだはじめて過ぎますよ。先生、いい機会ですから、教えていただけませんか。」

喜和子さんは、そういう事を言った。それではまるで、立場が逆転してしまったような、そんな気がした。

「喜和子さんどうしてそんな事。ヒーリングは、商売とはちがいます。それよりも、人を癒やしてやることではないの?」

美代子が急いでそう言うと、

「だからですよ。あたしは、あの水穂さんという人に、一生懸命施術してあげたいから、そういう事を思うんです。それではいけませんか。それよりもっと高尚な理由があるんだったら、それを教えていただけないでしょうか?」

と喜和子さんはそういうのだった。

「そんな事、教師に言う言葉かしら。」

と、美代子がそう言うと、

「ええ。そういう事は、関係ないって言ったのも、先生ですよ。」

喜和子さんはすぐに答える。

「あたしはただ、水穂さんの事を癒やしてあげたいから、それだけなんですよ。」

そういう喜和子さんを、美代子は何も言うことができず、

「はい、わかりました。」

としか言うことができなかった。美代子は、もう喜和子さんの存在が怖くなってしまった。


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施術 増田朋美 @masubuchi4996

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