第7話

「私に死ねって言ってることじゃないですか!?」

「そうじゃない。俺が守る」

「守るったって…村長さんの言ってたこと本当なら…」

「お前に渡すものがある」


そう言ってアタルさんは懐に忍ばせておいたコンバットナイフを渡してきた。

こ、これでどうしろと!?


「恐らく邪気があるのは水神の中だ。そこでお前に邪気を祓ってほしい」

「それはアタルさんの仕事では?」

「俺は暴れまわる水神を相手にしなきゃならん。それと…」


まだあるのか、という思いでアタルさんを見上げると、ぽんと頭を軽く叩かれた。


「邪気は色んな手を使って惑わしてくる。気をしっかり持てよ」

「サポートの範囲が広がってる気がする…!」


小雨から段々雨が強くなってきた。

アタルさんは銃を取り出し、銃口をちゃぷんと水面に浸ける。

そしてトリガーを引くと、ドバアッと水面から竜が出てきた。

大きな鳴き声で耳が壊れそうだ。私は耳を抑えるが、けたたましい鳴き声が収まらない。


”また来たか、小僧。今度は死にたいようだな…!”

「死ぬ気はない。魔王の加護で狂ったお前の暴走を止める」

”暴走だと? 我が主君を愚弄するか!”

「事実だ」


アタルさんが水神様と話をしてると、水神様は私の方を見た。


”ほう、おなごか。お前はこやつを贄として鎮める気になったのかと思うたのに残念だ”

「そいつはお前にトドメをさす唯一の女だ。御託はもういい。続きをするぞ」


そう言うとアタルさんはライフルを持って発砲する。

弾丸は水神にアタル前に水のヴェールで止められる。

水神様は尻尾を振り上げ、地面にたたきつける。


「わっ」


私は後ろに飛びのいて、尻もちをついてしまう。

すると前に立つアタルさん。アタルさんは銃を構えて水神を見る。


”どうだ、勇者よ…そのおなごを置いていけば此度の無礼、許してやらんでもないぞ”

「許すも何も、俺はお前を倒す」

”ならば強引にいくまでよ!”


水神は池の水から弾丸のような水の塊を数個生み出す。そしてそれを放ってきた。

ドン、ドンと避けて木に当たれば木は倒れていく。

その隙に水神の尾が私の体に巻き付いた。


「えっ!? やっ!」

「中で暴れろ。頼むぞ!」


頼むって言われても。

水神の顔が近づいて生きて大きな口をばくりと開けて私は食べられた。

中は真っ暗。ごくんと呑み込まれた感覚があった。


「おねえさん大丈夫?」


その声に目をゆっくり開けると同時に、そこはまるでホームパーティーをしているかのような飾り付け。

大きな楕円型のテーブルにはケーキがあって、後ろには皮張りの黒いソファ。

ソファに座っているのはこの場に似つかわしくない華奢な少年がいた。

周りにはセクシーな雰囲気を出してる五人のお姉さん。まるでキャバクラだ。


「やあ、はじめまして。僕は…ううん、名前なんてどうでもいいか。だって君も今日から僕らの仲間なんだから」

「そうよう、名前なんてどうでもいいのよう。さ、貴方もこのケーキを食べて仲間になりましょう」


ドンとテーブルの真ん中に置かれたショートケーキは美味しそうだ。

甘そうなクリームたっぷりに甘そうなイチゴが乗っている。


「えっと…私、水神様に呑み込まれて…て、はっ!? アタルさんは!?」

「アタル? 勇者のこと?」

「わ、わたし、アタルさんに頼まれてお腹の中で暴れて来いって…」

「そんなことしなくて大丈夫だよ。だってお姉さん、ずっと寂しかったんでしょ?」

「え…?」


にっこりと微笑む少年は言葉を続ける。


「勇者って人に真っ当な対応されてなかったんじゃない? 僕にはわかるよ、君の気持ちが」

「あなた…まさか…水神様?」

「ふふ、人はそう言う。けれど、魔王様は絶対だ。僕は変わる気なんてないよ。さあ、パーティーの続きをしよう!」


そう言うとセクシーなお姉さんたちは踊りだし、水神様は美味しそうなケーキを食べさせてもらってる。


「ほら、見てないで! 君も僕の中で楽しんで!」


これが、こんなのが事実なら。

私が一ヶ月やってきたことをこの子が否定するなんて。

脳裏にアタルさんがよぎる。今まで頑張ってきたけど、確かに不愛想で憎たらしくて我儘で…。

だけど…だけど。


「もう、じゃあ僕から食べさせてあげるよ」


そう言って水神様は立ち上がり、ケーキの欠片を持って私のところへやってくる。

それをフォークに突きさし、私の口元へと向けた。


「はい、あーん」


その時、気づいてしまった。

その子が、水神様が泣いていることに。

ああ、そうだ。当初の目的を忘れるところだった。

私はここで暴れるんだ。


暴れるんだ!


私は突きつけられたフォークを振り払い、コンバットナイフを握って水神様のお腹に突き刺した。

すぐに引き抜き、水神様が倒れる瞬間にはパーティー会場の壁をぶすりと何度もナイフを突き刺していた。

肉に突き通す感覚は気持ち悪かった。

血が私の顔を汚した。


それでもそれでも私は他の場所を走ってはナイフを突き刺し、走ってはナイフを突き刺した。

同時に、濁流が流れてきて、私はそれに流されるように上へ上へと上っていった。


ビチャッとした音とともに気づくと、アタルさんが水神様と戦っていた。

アタルさんは水神様の尾から上り、駆け上がって銃口を頭に向かって撃った。

すると大きな声をあげて水神様は池の中に倒れていった。


あまりの壮絶な声に、村人たちがやってくる。

私以外にも、五人女性が吐きだされていた。


「生贄にされた子たちが戻ってるわ!」

「まだ生きてる! 急いで村へ…!」


次々と村人が女性たちを吐きだされる中、一人の少年がそこに倒れていた。

水神様…!

村人たちが近づくと同時に、どす黒いオーラが水神様を覆った。


「おのれ…おのれおのれ人間ごときが…!」


その言葉に村長が反応する。


「……水神様?」

「許さん、許さんぞ…我が主君を愚弄するあまりか、コケにしおって…!」

「水神様! 我々は決してそのような…」


必死に訴える村長にアタルさんが前に立つ。


「もうあいつはマトモな水神じゃない」

「ま、まさか…やめてくれ! 唯一の我々の神を…」

「また人間の生贄を捧げるのか? 水神が人間の死を望むのか?」

「そ、それは…」


アタルさんは容赦なく水神様の前へ歩いていき、ゴリ、と銃口を当てる。


「お前は汚染されすぎた。だから殺す」

「我が死しても、第二、第三の神が…」

「そんなの知っている。俺も同じだからな」

「…我を、少しでも助けようとしたことは感謝しよう。しかし、その甘さがお前自身に死を招くことを肝に銘じておけ」

「……」


パン、という軽い銃声が聞こえた。

しばらくすると、大きな巨体の水神様は消え、少年の水神様も消えていった。

雨はすでに止み、天気は晴天になっていた。

アタルさんはくるりと振り返り、村長に言う。


「祠を作って丁重に祀ってやれ。人間の血なんかじゃなく、豊作のものを備えて…」

「この、神殺しめ!」


村長のその言葉にアタルさんは村長さんの胸ぐらを掴んだ。


「まだわかんねえのかジジイ! いいか、ここの村娘たちを助けたのは俺が連れてきた女であって、すでに魔王に汚染され、洗脳されてどうしようもねえ神を俺は鎮めたんだ」

「水神様は我らの願いをもう聞き入れてもらえん!」

「だから言ってるだろうが! 祠を立てて、祀れば水神は見えなくてもそこに宿る! また冒涜的な事をしようとするなよ…次はどうなっても知らねえからな」


そう吐き捨てると、アタルさんは私の腕を引っ張って歩いていく。

村へと戻ると、ヒソヒソと私たちを見る視線や声。

居心地が悪い。この村にとっては唯一の神様だけど、もう…。

そんな時だった、家から村娘の一人が出てきて此方へ向かってきた。


「あ、あのっ…」


ぜえはあと息を切らして走って来たのか、呼吸を整えている。


「勇者様、それに貴女も…助けていただきありがとうございました!」


ぺこりとお辞儀をする女性に、私は首を横に振る。


「私は何も…」

「いえ、貴女が水神様の言葉に惑わされずに戦ってくれたから…それに勇者様もずっと私たちを助けるために尽力してくれていたんでしょう? 感謝でしかないわ」

「…そう、ですか」

「村の人たちは生贄にされた私たちが説得します」


その言葉に黙っていたアタルさんが口を開いた。


「…そうだな、そうしてくれると助かる。あの頑固ジジイの頭でもぶん殴ってやれ」


そう言うアタルさんに、ふふっと私は笑ってしまった。

アタルさんの後を追い、森の中に入る。するとそこには来た時と同じ印が結ばれていた。

その中にアタルさんは入っていき、続いて私も入る。そしてたどり着いたのはアタルさんの部屋だった。


出迎えは磯牧さんで、クラッカーを持っていた。


「おかえりアタル! まほらちゃーん!」


パンッとクラッカーを鳴らす磯牧さんはどこか嬉しそうで。

私はその場にへたり込んだ。


「しんどい…こんなしんどいことをアタルさんがやってたなんて…」

「まあ、最初はこんなもんこんなもん。まほらちゃんが食べられちゃったときは祈ったけどねー」

「あ…そういえば磯牧さんはオペレーターなんでしたっけ」

「指示するだけだよ、僕は。じゃ、帰ってきてそうそう申し訳ないんだけど…ご飯の支度お願いしまーす!」


休む暇も与えない職場。鬼か?

アタルさんはというと、銃の手入れを始めている。

はいはいわかりましたよ! ご飯作りますよ! 仕事なんでね!


冷蔵庫をあけて中身を確認。

米炊きの支度をして、カレーにしたろ。

カレーや鍋は主婦の味方やで。主婦じゃない家政婦!

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住み込み勇者 おしらす @seraumi

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