第6話

それから暫くはアタルさんの介護みたいなことをする毎日になっていた。

ご飯を作って、体を拭いて、足を洗って…傷口を抜糸したのをいい事に、時々筋トレするアタルさんを全力で止めたり。

そんなこんなでお夕飯を食べてもらってる間に、台所の片付けをしてると、磯牧さんが入ってきた。


「やあ、まほらちゃん! おめでとう!」

「磯牧さん…? なにが、おめでとうなんです?」

「お仕事開始してから一ヶ月が経ちましたー! これは快挙だよ! 喜んで!」


アタルさんの介護を始めていたら、一ヶ月なんてあっという間に終わっていたのか。

そんなことより片付けを続けようとすると、まるで構ってといわんばかりに近づいてくる磯牧さん。


「えー、ノリ悪いなあ。喜ぶとこだよ? これ」

「私は仕事をしてるだけですから」

「だからあ、今までは一週間とか三週間経たずで辞めてった人がいる中で、君は一ヶ月耐えきったんだよ。頑張った証拠だよ?」


”自分を褒めていけー!”と言葉を続けながら、磯牧さんはアタルさんの部屋に入っていく。

…正直あんな壁から出てくるような信じられないモノ見せられたり、大怪我して血みどろの姿を見たら放っておけるわけがない。

病院に行くことを提案しても、頑なに拒否るし。

私からすれば、大きな子供を相手してる気分なんだ。でも一ヶ月経ったってことは…待望のお給料が!


そう思ったら嬉しくなっていた。20万円手に入る!やったー!

そうと決まれば早速お金の話を…と、アタルさんの部屋をノックして入る。

アタルさんは食事を終えていて、銃の手入れをしていた。

私が入ってきたことに、床に座っていた磯牧さんは此方を見上げる。


「あ、まほらちゃん。どうしたの?」

「…一ヶ月経ったんですよね? 私」

「うん。おめでたいことにね!」

「お給料はいつ振り込まれますか?」


そう言うと磯牧さんは、首を傾げる。


「急ぎ?」

「出来れば早めに」

「じゃあ、明日渡すね! あと、アタルも明日から復帰だから」


アタルさんは無言で銃の手入れを続けている。

看病から解放されれば、もうなんてこともない。いつも通りに家事してればいいんだもん。

私は一応アタルさんに声をかけた。


「アタルさん、頑張ってくださいね」

「……」


はい、いつものパターン入りましたー。無視です。

でももう慣れっこです、だって一ヶ月ほぼこんな感じだったからね。

好きにさせてもらってます。

すると磯牧さんが間に入ってきた。


「ごめんね、アタルってばシャイだから」

「え、そうなんです?」

「そうそう、一応これでも大分心許してる方だからねー。部屋に入れるんだから」

「おいレノ」

「はいはーい、黙りまーす」


両手を上げて降参のポーズをすると、”二人で話したいから”と言われて私は部屋から出された。

一体なんなんだ…? と、思いながらも出ていく際に持たされた夕飯のお盆を持って台所へ向かう。

カチャカチャとお皿を洗っていると、部屋から磯牧さんとアタルさんが出てきた。

アタルさんはそのまま脱衣所へと向かう。

磯牧さんはそれを見て、椅子に座った。


「本当、まほらちゃんには感謝しかないよ。あのアタルを看病してくれたからね」

「いえ、仕事ですから」

「ドライだねー。情が移ったりしないの?」

「…」


磯牧さんに言われて、私は最後の皿を食器乾燥機に乗せた。

情? 情が移るのか? あれで?

一人で自問自答してる間にも、アタルさんはお風呂に入っている。

あのクソデカイ子供に情が移るのか!?


「…磯牧さんは、アタルさんに情が移ってるんですか?」


すると、私の質問にきょとんとした磯牧さんは、すぐに笑顔で話し出す。


「情というよりは、友達だからね。あいつはどう思ってるか知らないけど」

「…ともだち」

「そう、あいつと出会った頃の話なんてつまんないからしないけど、僕は友達だと思ってるよ。まほらちゃんは?」

「大きい子供」


即答で答えると、あっはっはと磯牧さんが笑った。


「まあ、確かにあいつ口下手だし不器用だし、なにより抱え込むタイプだからねー。正直この一ヶ月、大変だったと思うよ、ホント」

「…多分、大怪我してこなかったら、私も辞めてたかもしれないです」

「それはちょっと言えてるかもね。会話のない生活なんてただの拷問だから」

「磯牧さんもワケありなんですね」


なんとなくその言葉を発した後に、私はハッと口を押さえる。

いや別に詮索とかしようとか思ったわけではなく、ただなんとなく出てきた言葉で…。


「ご、ごめんなさい、嫌な思いさせてしまってたら…」

「んーん、平気。僕は一応平凡な人生送ってるからね」

「アタルさんは…?」

「本人に聞いてみたら?」

「そんな、聞けません! 絶対話してくれなさそうだし…」


そんなこんなでアタルさんがお風呂から出てきて、磯牧さんとの会話はそこで終了した。

アタルさんの過去とか詮索してどうすんだ。私は家政婦だぞ。

うーん、アタルさんの事は気になるけど、それはあくまで興味本位なだけで。

アタルさんは冷蔵庫から牛乳を取り出し、そのままコップに入れずに直接飲みやがった。


「ちょ、ちょっと!? アタルさん! ペットボトル以外の飲み物飲むときはコップに入れてって言ったじゃないですか!」

「…全部飲むからいい」

「そう言う問題じゃ…! あーもう!」


項垂れる私を横目にアタルさんは自室へと入っていく。

その一連を見ていた磯牧さんはククッと喉を鳴らして笑う。


「家政婦ってより、お母さんだね」

「誰があんなデカい子供! それに私独身ですし!」

「え?! そうなの?! じゃあ彼氏もいない?」

「グッ、き、傷をえぐること言わないでください…!」

「あは、ごめんごめん。冗談だって」


磯牧さんにからかわれるのは正直心臓に悪い。

グサグサ刺し殺してくるからだ。言葉の刃ってやつかな。


「じゃあ、僕はそろそろ部屋に戻るかなー。おやすみ、まほらちゃん」

「は、はい。おやすみなさい…」


部屋を出ていく磯牧さんを見送り、私もお風呂の支度をする。

アタルさんには薬湯に入ってもらうよう、傷が治るまで浴槽にお湯をためて入ってもらう生活をしていた。

お風呂の戸を開けると、問題なく入ってくれたようだ。


この一ヶ月で、アタルさんの変化にも気づいた。

置かれた場所に物を置く、洗濯ものはちゃんと分ける、そんなことだけれど、私にとっては大助かりだ。

シャワーを浴び、髪や体を洗ってお風呂掃除をついでにする。

そしてお風呂から出て、早速眠る支度を…というところで、台所でアタルさんち鉢合った。

アタルさんは私を待っていたらしくて、私を見るや否や声をかけてくる。


「…明日」

「明日?」


その次の言葉がいかにも嫌そうな、苦虫を嚙み潰したような表情になる。

な、なんだ。なんなんだ?

わけもわからず首を傾げていると、言いたくなさげに言葉を発した。


「…お前もつれていく」

「はあ…どこへですか?」

「異世界だ」

「は!? な、なんで!?」

「レノの指示だ。俺一人で十分だが、もしもの時のためだとか…」

「もしもって?」

「…話し合いの仲介になってもらうことだ」


仲介ってなんだ。

首を傾げる一方の私に、アタルさんは席を立つ。


「伝えたからな」

「つ、伝えるもなにも、具体的なことは…!?」

「行けばわかる」


そう言い残してアタルさんは自室に戻ってしまった。

行けばわかる? 話の仲介? もう私の頭は大混乱だ。

もうなにがなんだかわからない。そんな事を思う中、私は就寝に勤しんだ。


翌日。

私はいつものように朝ごはんを作り、アタルさんを呼ぶ。

アタルさんは寝間着の姿で部屋から出てきて、食事を受け取り部屋へと戻る。

ここで食べればいいのに、と毎回思うのだが。これ以上口うるさくしても私自身が嫌だ。


朝ご飯を食べ終えると同時に、磯牧さんが部屋に入ってきた。


「おはよーまほらちゃん! アタルから今日の事は聞いてるよね?」

「は、はあ…仲介、するんですよね?」

「そうそう。ちょーっと話がややこしくなってるからね、間を取り持ってほしいんだ」

「ちなみにどんな話ですか?」

「行けばわかるよ」


またそれか。

私は小さくため息をつき、席を立つ。

台所で洗い物を始めようとした時に、アタルさんが部屋から出た。

その姿は黒で身を包み、ライフルに刀、銃にサイドパックをつけていて、さながら戦場にでも行く姿にも見えた。


「おい。行くぞ」

「え、ええ!? こっちはまだ後片付けが…」

「そんなものどうでもいい。来い」

「そんな急がなくても…とりあえず洗い物だけ待ってあげれば?」


磯牧さんの言葉に、そうだそうだと心の中で思う。


「…俺が怪我してからどれだけ経った」

「約一ヶ月だねえ」

「村人はどうなってると思う」

「まあ、元に戻ってるかもねえ」

「…なにをそんな呑気な事を言ってられるんだ」

「わっ」


アタルさんが私の腕を引っ張る。そして部屋の中へと入ることに。

それを見た磯牧さんは”ヒュウ~”と口笛を鳴らす。


「俄然やる気になってんじゃん。やっぱまほらちゃんいると刺激になる?」

「いいから封鎖を解け」

「はいはい」


いや、あの、二人で話を進めるのは構わないのですが…。

私、エプロンなんですけど。

そんな私をよそに、磯牧さんはぶつぶつと何か呪文のようなものを言って封鎖の印を解いていく。

壁に封鎖と書かれた文字が消えた途端、青白い円を描いた魔法陣のようなものが浮き上がる。

磯牧さんはは私を見てにっこり微笑んだ。


「んじゃ、頑張ってねー」

「え!? え!?」

「給料割り増ししとくから」

「が、がんばります?」

「金で釣られるな。行くぞ」


アタルさんの腕に引っ張られて、私は壁に触れた。

そこにはズル…と手が壁の中へ入り、顔が入ってしまうと、視界は森の中だった。

そのままどすん! と地べたに落ち、顔面をさする。

するとアタルさんはずんずんと歩いていくではないか。おい、置いてくな。


「ちょ、ちょっと待ってください! アタルさん!」


歩いていく背中に声をかけると、肩越しにアタルさんは振り向いた


「…なんだ」

「ここ、どこですか?」

「異世界だ」

「そりゃわかりますけど…え、ええ!?」

「混乱してる暇があったらついてこい」


言われなくてもわかってるよ!

ぺたぺたと靴下の状態で歩いていく森は、小雨が降っていた。

暫く歩くと、建物が見えてきて、それが村だとわかった。

こんなRPGに出てきそうな村、初めて見た…と観光気分で見ていると、アタルさんは村の中に入っていく。

すると村にいた人たちは、アタルさんを疫病神のような酷い目で見る。

な、なにがどうなってんだ?


「また性懲りもなく現れたか!」

「勇者と名乗っておいて尻尾を巻いて逃げ出したのを忘れたのか! この恥晒しめ!」


そう言われるアタルさんを私は何も言えず見上げるだけだった。

すると近くにいたおばさんが私に声をかける。


「あんたもどうせこいつの仲間なんだろ! さっさと出ていきな!」

「え、あの、ちょっと…状況が読めないんですが?」


私の言葉に対して火をつけたのか、おばさんが一気にたたみかけるように話し出す。


「何も知らない!? そんな嘘には騙されないよ! この勇者とかいう男はね、アタシ達の村を水神さまから護るどころか尻尾を巻いて逃げちまったんだからね!」

「水神さま…?」

「はあ? アンタ、そんなことも知らないのかい! とんだ箱入り娘だね!」


いきなり異世界に来たと思ったらいわれのない罵倒を浴びせられ、更には箱入り娘とか言われてもうわけがわからない。

言い返そうとしたら、アタルさんに肩を掴まれた。


「…やめておけ」

「でも! わけわかんないです!」


そんな問答を繰り返していると、村人の一人が叫ぶ。


「村長! こいつまた性懲りもなく!」


村長と呼ばれた老人の人は、アタルさんを見るなり、小さくため息をつく。


「お主が水神様を倒せなかったおかげで、村はこのとおり」

「…あれは戦略的撤退だ」

「ほう? すぐに戻ると言ってかれこれ一年は経っておるが?」

「不意をつかれた。次は仕留める」

「ワシらの望みは水神様を殺すことではない。鎮める事じゃ。水神様は我らを何千年も護ってくださった神様じゃ」


すると村長さんは私を見て、足元を見る。


「このようなおなごを連れて…何ができるというのじゃ」

「こいつを囮にして、水神に纏った邪気を祓う」


え、そんなのきいてない。


「この村にはもう若い女はいないだろう。だから此方が用意した」

「どうせこのおなごも同じ目にあう。もう若い娘達は水神様の贄となった。それで水神様が大人しくなるのなら、好きにせい」


そう言うと村長さんは道を開けた。

アタルさんはスタスタと歩いていく。私もそれに続いて歩いていった。

村の奥までたどり着くと、大きな池が森に囲まれてる状態であった。

池からは水があふれ出ており、軽く氾濫してるように見える。


「ちょっとアタルさん! 贄って、イケニエってこと!?」

「そうだ」

「そうだって…私に生贄になれってこと!?」

「そうだ」


もうだめだ、私死ぬしかない。

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