第5話

「あの…普通のご飯は食べれますか?」

「…」

「お風呂は入れますか?」

「…」

「返事してください…」


まるで拗ねた子供だ。

あの後、すぐに磯牧さんが”やることがある”と言って部屋から出て行き、残されてしまったのだ。

私の言葉を無視して立ち上がろうとするアタルさんは、痛そうに顔を歪める。


「あんまり動いちゃ…それにちゃんと手当てしないと…」

「うるさい」

「うるさいって…痛そうにしてるし…」


そう言うと、ギロリとこちらを見るアタルさん。

アタルさんは痛みに耐えながらも、机の上に置いてある救急箱に手を伸ばす。

代わりにそれを私が取ると、ものっそ睨まれた。


「…余計な事はするな」

「余計じゃないです」


奪うように救急箱を取り、中からソーイングセットが出てきた。

え? まさか…と思ったらそのまさかだった。

アタルさんはタオルを咥え、針に糸を通して近場にあったライターに火をつける。

そして針を熱し、凝固剤で固めた血の上からぶすりと傷口を縫い始めた。

見てるだけで痛そうな光景に、私はどうすることもできなかった。


「フーッ、フーッ!」


息を荒くして糸を通していき。強引に傷口をふさいでハサミで糸を切る。

そしてガーゼを持って傷口にあてがうが、テープで固定しようとするとずれてしまう。


「手伝いますよ」

「…」


私の言葉をことごとく無視していくアタルさんに段々腹立ってきた。

するとアタルさんはふう、と一息ついてガーゼをテープで貼り付けながら口を開いた。


「こんな出血見たことない奴に何ができる」

「…」


今度は私が黙ってしまった。

確かにその通りだ。でも…何かしてあげたい。私ができる事…できる事は…。


「じゃあ手当てはできますね。ご飯作ってきます」

「…ドアは閉めていけ」


言われるまま、私はドアを閉めて台所へ向かう。

米はもう炊けてる。問題はおかずだが…体力をつけてもらいたい。


「カツ丼にするか」


確か冷凍の豚カツを勝った気がする。

キャベツも取り出し、豚カツを油で上げる最中にどんぶりに米をよそい、千切りキャベツを乗せる。

ごはんはいつもより多めにした。

カラッと揚がった豚カツをざくざくと切り、キャベツの上に乗せて豚カツソースをかけて出来上がり。

残り物の味噌汁も追加して、あとは…漬物でもあればよかったけど、そんなもの買ってある筈もなく。

料理をお盆に乗せ、アタルさんの部屋をノックをした。


「アタルさん、入ります」

「…」


もう無視されても知るもんか! このわからずや!

ガチャリとドアを開けると、ベッドで横になっているアタルさんがいた。

お腹には包帯を巻いて、治療をし終えて横になっている様子だった。

アタルさんは私を見るや否や、憎まれ口をたたく。


「…誰が入っていいって言った」

「ご飯、食べれますよね? はい、ご飯です!」


ベッドのわきに置いてあるサイドテーブルに食事を置く。

アタルさんは動く気配が無い。


「動くの辛いですか? 食べさせてあげましょうか?」

「…」

「いい加減、無視するのやめてもらえませんか?」

「…不満なら辞めるんだな」


その言葉に更にカッチーンときた。

上等じゃんか。誰が辞めてやるもんか。


「不満はありますけど辞めません。三十分後にお湯持ってくるんで」

「調子に乗るな! …つうッ!」

「乗るしかないじゃないですか。このビッグウェーブに!」


ズビシ! とアタルさんに向かって指をさすと、訝し気な顔をされた。

むしろ、何言ってんだこいつみたいな眼差しを受けている。


「…何の話をしている」

「アタルさんが今、看病が必要なら看病をするだけです。ご飯食べたら体拭きますからね!」

「おい! 勝手に話を…!」

「まずは飯食え!」


私は散らばった血まみれのタオルを拾い歩いてバタン! と、勢いよくドアを閉めた。

血の洗い方なんて知るか! もうヤケクソだ! ポイポイ洗濯機に入れていく。


三十分もあれば飯なんて食えるだろ。そう思いながらキッチンの洗い物に手をつける。

明日の朝ごはんは申し訳ないけどトーストにしよう。と思いながら食パンを食べる私。

私自身より、アタルさんを優先するんだ。でも、私もしっかりご飯食べないとなーと思う。


そして三十分後、私は洗面器にお湯を入れ、タオルを持ってアタルさんの部屋に入る。

不機嫌そうな顔。めちゃくちゃ睨まれてるけど、今はこの猫みたいな警戒心を解くことより、世話の方が先だ。

サイドテーブルに置かれた空の食器を見て、少しだけホッとする。


「ご飯、食べたんですね」

「…体を拭くことぐらいできる。それを置いたら出ていけ」

「そうはいけません。背中ぐらいはちゃんと拭かないと気がすみません」


すると、嫌味ったらしく深いため息をつかれた。


「…勝手にしろ」


OKのサインも貰えたし、私は堂々とお湯にタオルを濡らして絞る。

そしてアタルさんの後ろへ回り、べたっと絞ったタオルを当てた。

瞬間、びくりと肩を揺らしたアタルさんだが、すぐに戻って静止状態になった。

拭いていくとわかる…アタルさんの体の所々にキズがある事に。

ああ、この人は私の知らないところで知らない何かと戦ってるんだな、と自覚の要因になってくる。

ささっと拭いたところで一度タオルを再び濡らして絞ると、声をかけられた。


「…もういいだろ」

「いいえ、まだです。足を拭きます」

「そんなもの、必要ない」

「何言ってんですか! 足には垢がいっぱいついてんですよ! ほら、こっち向いて!」


そう言うと、また嫌味ったらしいため息をされ、大人しくゆっくりと此方へ体を向けた。

そういえば靴は…と思って見回すと、ベッドわきに黒いブーツがあった。

私はアタルさんのズボンをふくらはぎまで上げ、まず左足首から下を拭いていく。

すると上からアタルさんに声をかけられる。


「…お前、誰にでもやってんのか?」

「まさか! こんなの初めてですよ!」

「お前の行動心理が全くわからん」

「私も貴方の頑固さが全くわかりません! はい次、右足出して!」


言われるまま、アタルさんは右足を差し出す。

私は丁寧に足を拭き、ふくらはぎまで拭いたところで上げたズボンをさげる。

再度タオルをお湯に浸して絞り、アタルさんに渡す。


「他の場所は一人でできますよね? はい、どうぞ」

「……」


アタルさんが私を見上げる。


「どうしたんです?」

「いや…」


アタルさんはタオルを受け取ると、首や肩、両腕に胸を拭き始めた。

それを黙って見ている私に対して一言。


「いつまでいるんだ」

「拭き終わるまでいます」

「チッ…」

「舌打ちされてもいますから。あ、脇腹もしっかり拭いてくださいね!」


鬱陶しそうな顔を出し、体を拭いていくアタルさん。

ひとしきり拭き終わったところで、タオルを差し出してきた。


「終わったぞ」

「傷が治るまでこれやりますからね?」

「冗談だろ…!?」


マジで勘弁してくれと言わんばかりに私を見るアタルさん。

私はふんぞり返りながら答える。


「冗談で言う仕事がありますか。私は家政婦です。給料分はきっちり働きますよ!」

「…俺を介護することが仕事なのか?」

「介護じゃないです。看病です。アタルさんはタダでさえ動くことに支障を持つ怪我をしてるんですから」

「信じてないくせによく言う…」


はあー? 何を言っとるんじゃこいつは。

眉間に皺を寄せている私を見て、ハッと呆れ交じりに鼻で笑うアタルさん。


「俺が勇者に見えるか? どうせ戯言だと思ってるんだろ?」

「最初はただのサバゲー野郎かと思いました」

「サバゲー…?」

「サバゲー知らないんです? アレです、偽物の銃で遊ぶやつ。私も詳しく知らないけど」


この人、異世界とかに行ってる割には、この世界のことわかってないんじゃないか?


「アタルさんはこの世界の人ですか?」

「そんなことを聞いてどうする」

「教養がなってないから聞いてるだけです」

「……悪かったな。だったらさっさと辞めればいいだろうが」

「辞めませ~ん」


煽るように言うと、アタルさんがギロリと睨みつける。

怖かねーやい、怪我人の睨みなんざ。私は呆れ交じりにも話を続ける。


「…あのね、私の仕事はアタルさんの家政婦。そのアタルさんが怪我したら看病するのが普通でしょ」

「……そんな奴…」


そこでアタルさんが言い淀む。

私は首を傾げて、私以外にも看病した人がいたことを察した。


「磯牧さんですか? 私以外に看病したの」

「レノは関係ない」

「じゃあ、サツキさんですか?」

「お前には関係ない」


は、話にならねえー!

でも、まあ言いたくない過去を掘り起こすのも申し訳ないか。


「言いたくないんなら別にいいです。そのサツキって人と私は違いますから」

「…サツキは」

「?」

「サツキはもっと…いや、なんでもない」

「そこまで言って黙るんですか。まあ、別にいいですけど」


そう言いながら私は洗面器の中にタオルを入れて部屋を出る。

一度キッチンがあるテーブルに置き、続いて食器を片付けようとアタルさんの部屋の中に入る。

アタルさんは思い悩んでる様子に見えたけど、無理に話を聞く必要もないと思い、食器の乗ったお盆を持つ。


「それじゃ、ゆっくり休んでください」

「…サツキはもっと優しかった」

「……はあ!?」

「お前は優しくない」


子供かよこいつ!

そんなこと言われて黙ってられるか!


「私、これでもじゅ~~ぶん、腫れ物に触れる感じに接してるんですけど!?」

「これのどこが腫れ物だ」

「それは、アタルさんがわからず屋なだけなんじゃないですか!?」

「俺に問題があるっていうのか」


ムスッと拗ねる目がもう完全に子供だ。

私はこんな頑固で子供な人に見た目でビビッてたってことかよ。

まあ、第一印象は大事っていうけどさあ!


「大アリです。でも、普通の生活が送れてた人ではないことがよくわかりました」

「……」

「徐々に私が直していきます。傷が治るまでには。なるべく早く」


黙りこけるアタルさんに、私は言葉を続ける。


「今は傷を治すことだけ考えてください。それじゃ、おやすみなさい」


そう言って私はドアを閉めた。

食器を水に浸けて、タオルは絞って洗濯機にシュート。

洗面器のお湯を流して脱衣所から出る。


…なんか今日はすごい日だったなあ。

はあーっとため息が出る。こんな時は湯舟にじっくり浸かりたい。

でも今日はもう疲れちゃったや。


私はエプロンを外し、自室に入って即行横になる。

アタルさんのことは全部わかろうとは思わない。

ただ、面倒…ううん、どうにかしてあげなきゃという正義感が私の心の中に溢れている。


スマホをいじりながら、アラームをセットして私は早めに眠ることにした。

アタルさんの怪我が早く治りますように、と願いを込めて。

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