第4話

脱衣所の掃除として、私は洗濯カゴが3つある事に気づいた。

あと私の部屋に段ボール箱もある。

仕分け用のカゴを作りたいのだ。どれが洗濯するので、選択したやつなのかをアタルさんにわかりやすくするために。

殺されかけたが、まあ話はまとまった筈なので…私も受け入れられるか不安だが。


脱衣所の向こうでアタルさんと磯牧さんが喋ってるのが聞こえる。

基本的にはアタルさんの大きい声のが聞こえてるんだけど。


私は掃除機をかけたいのもあって、一度脱衣所を出ると、磯牧さんが”サツキ”という言葉を発していた。

同時に私が出てきたことで、アタルさんは苦虫を嚙み潰したような表情になる。

あれ、私…出るタイミング悪かった? でもサツキって…誰なんだろ。


「ごめんなさい、少し話聞こえちゃいましたけど、お気になさらず」


そう言う私に対し、磯牧さんがアタルさんに声をかける。


「サツキのことも話す?」

「お前いい加減にしろよ…」

「まあ、いずれ話すことになるけど」

「…今は話さなくていいだろ」


なんだなんだ、二人で内緒話か? まあ、私に全部話されても混乱するだけなんだけどね。


「掃除機かけるんで気にしないでくださーい」


ガチャガチャと掃除用具入れから掃除機を取り出す。

そして私は再び脱衣所に入った。

埃という埃を吸い取り、ある程度綺麗になったところで掃除機の電源をオフにする。

アタルさんお風呂入るかもしんないし、急いでやらないと!

するとガチャリと脱衣所のドアを開けられた。振り向くとアタルさんだった。


ア、アタルさんが、私がいる前で脱衣所に!?

散々、といっても二日目だけど、私を避けていたアタルさんが目の前に!?

驚いていると、アタルさんはさも当然のようにずかずかと入って来る。

え、ちょ、掃除ひと段落したとこだったんだけど、困る。


「邪魔だ。風呂に入る」

「え、あっ…はい!」


私が答えると、洗濯機の前で服を脱ぎ始める。

黒のタートルネックセーターを脱ぎ、バサン!と洗濯機の中に入れた。

あああっ、せっかく片付けたのにまた元に戻る!


「あ、あの!」


私が思い切って言うと、ゆっくりと振り返るアタルさん。

その時、私はまじまじとアタルさんの顔を見る事になる。

目鼻立ちが綺麗で、俗にいうイケメンというやつだ。前髪が若干伸びきってて邪魔そうだが。


「…なんだ」


その言葉にハッと我に返り、私は慌てて言葉を続けた。


「あの、服はこっちのカゴに…下着やタオルはこっちのカゴに入れてもらえませんか?」

「……」


無視かよ。と思っていると、洗濯機から投げ入れたセーターを言われた通りのカゴに入れるアタルさん。

話は通じるんだ、と思いながらも、更に慌てる私。だって気にせず服を脱ぎ始めるんだもん、この人。

カチャカチャとベルトを外し、黒のズボンをさげる瞬間に、私は部屋を出た。


「タオルすぐに持ってきますね!」


ドアに向かってそう言うが、返事はない。

ガラッとお風呂の引き戸を開ける音だけ聞こえた。


その音を聞いて私は慌てて洗濯物を取り込む。

今日のお天気は晴れ。十分に乾いていた。

バサバサッと洗濯物を自室に置いて、タオルと下着だけをとりあえずたたんでいく。

忙しい。忙しいぞ、コレ。アタルさんに振り回されてる感が否めない。


三枚ほどタオルをたたみ、下着も数枚たたんで脱衣所へ向かう。

ガチャリとドアを開けると、まだアタルさんはシャワーを浴びている様子だった。

私は声をかけるのが少しだけ躊躇したので、そのままそっとタオルと下着を置いていく。

そして静かにドアを閉めた。


ふう、と小さく息を吐いたところでアタルさんの部屋の前に置かれている筈の焼きそばが乗ったお盆がない。

ふとテーブルに目をやると、そこあった。

皿の上の焼きそばはない。完全に食べてある。

それだけで嬉しい。私はそれだけで十分だと思うようになっていた。

まるで犬だ。大型犬だ。尻尾を振る動作が自然となってる気がする。


かくいう磯牧さんはいない。多分自室に戻ったのだろう。

私はお盆を持ってシンクに皿と箸を置く。

今日のお夕飯は何にしよう、生姜焼き定食かな、と思いながら残りの洗濯物をたたみに自室へ向かう。

山のような乾いた洗濯物をたたんでいき、アタルさんの服であろうものと下着を部屋の前へ置くために自室を出ると、丁度お風呂上がりのアタルさんと出くわした。


「あ、アタルさん」

「…」

「洗濯ものです。アタルさんの服と下着、です」


ずいっとアタルさんに差し出すと、ものっそ嫌そうな顔された。


「…お前、男物の下着たたんだのか?」

「? はい」

「嫌じゃないのか?」

「仕事ですから」

「…次からはたたまなくていい」

「えっ、あ」


私の言葉を無視して、奪うように洗濯ものを取っていったアタルさん。

…私、ことごとくあの人の地雷踏んでるのかな? と心配になる。

ともあれ、ご飯は食べてくれるようになったし、私も早いけどお風呂に入らせてもらおう。


キャリーバッグから下着とタオルを持って脱衣所へ向かう。

服を脱ぎ、カラリとお風呂の引き戸を開けて閉める。

アタルさんって、どういうお風呂の使い方してるんだろう。

整理整頓したシャンプーやボディーソープボトルはぐちゃぐちゃ。

子供か、と思う程の汚しっぷりにびっくりした。


もう一度引き戸を開けて、中へ入り閉める。

お風呂掃除しながらお風呂入ろうと決めたのだった。


シャワーを浴びながら、ふと疑問に思ったのだが。

アタルさんは湯舟に浸かることはしてるのだろうか?

本人に聞くより、用意したほうがはやいと思って次からは湯舟も沸かそうと決めた。

シャンプーやボディーソープで髪や体を洗い、リンスをしてる間にお風呂掃除をする。

リンスを流してお風呂場の中を整理整頓をして、カラリと引き戸を開ける。


ふう、いいシャワーだった。なんだかんだで、昨日入るの忘れてたからな。

髪や体を拭きながら服を着て、自室へと戻る。化粧水と乳液つけなきゃ。

自室の片付けは少しずつしてるのだが、埃まみれのドライヤーを発見したので、丁寧に掃除したものがある。

顔のケアをし終えたところで、ゴオー…という音を鳴らしながら髪を粗方乾かし、夕飯の支度だ。


今日は生姜焼きにするって決めてたんだっけ。

生姜焼きのレシピ、と…とスマートフォンをいじりながら、クッキングレシピサイトを見る。

正直、このレシピサイトがなかったら、私はこの仕事を辞めてたかもしれない。

日々の献立を考えるのって大変なんだなあと、世の主婦層に感謝を伝えたい。


「なんだ、焼肉のタレ使えばすぐ作れるんじゃん」


独り言をつぶやいて、私は立ち上がる。

ご飯を炊く用意をして時計を見る。十七時過ぎていた。

こりゃまずい、と炊飯のボタンを押して、冷蔵庫を開ける。

豚バラとキャベツ、その他野菜や豆腐を取り出し、私は料理を始めた。


野菜を一口サイズに切っていき、豆腐、油揚げをも切る。

そして片手鍋に水を入れて湯を沸かし、切った野菜を入れていく。

ある程度火が通ったら、味噌の出番。

適量をすくい、溶かしながら味噌を入れていく。

最後に豆腐と油揚げを入れて弱火で煮込む。味噌汁の完成だ。


そういえばカレー残ってたな…私はカレーライスにするか、と自分の献立も決めて、生姜焼きを作り始める。

ジュウウーッ!といい音と匂いを出しながら生姜焼きは完成した。

その間にお米も炊けて、万々歳。夕飯の完成だ。


キャベツを千切りにして皿の上に乗せ、更に生姜焼きを乗せていく。

ご飯をよそい、味噌汁もよそって…出来上がり!


「よし、できた! 我ながら上手くいったんじゃないのかな?」


料理をお盆に乗せて、アタルさんの部屋をノックする。


「アタルさーん、ご飯できましたよー!」


返事がない。

またか…と思っていると、ガチャリとドアが少しだけ開かれた。


「…そこに置いてくれ」

「え? 床、ですか?」

「そうだ」


せ、せっかくつくった料理を床に置け!?

いや、手渡しでいいじゃないと思ったが、ここは言う事を聞くべきか…?

否! もっとコミュニケーションを取らないといけない!


「嫌です。受け取ってください」

「…そこに置けと言っている」

「嫌です」

「……」


流れる沈黙。

すると、はあーっとクソデカため息をつきながら、アタルさんはドアを開けた。

アタルさんの部屋がちょっとだけ見えるが、あまり見ないようにしよう。

だってライフル銃が見えたから。


お盆を手に取り、アタルさんは足でバタン!と閉めた。

あまりの扱いに茫然とする。

うーん、ちょっと強引すぎちゃったかな。

でもまあ、そうでもしないとアタルさんとまともな生活ができない気がする。


…まともな生活って、なんだ?


確かにアタルさんは色黒白髪イケメンだが、仕事なんだ。別にアタルさんがのびのびと生活できるようにすればいいだけじゃない。

何勝手にほだされてんだ、というか、思い込んでるんだ、私。


「…はあーあ」


今度はこっちがクソデカため息をついちゃうよ。

結局は仕事で、アタルさんとは仕事のパートナーであって、というかアタルさんの介護をしろってことだもんな。

それにサツキ? さんのことも気になる。でも聞いちゃいけないニオイがぷんぷんするんだ。


…それから一週間経ったが、経過は変わらず。

ただ、唯一の変化が、アタルさんがご飯を渡すときに無言で手を差し出してくることだ。

それだけでも前進したと思わないか!?

根気強くやってけば、きっとわかってくれるんじゃないかな! そう思ってた。


ある日、私がいつも通りに炊飯器のスイッチをオンにしたときだった。

ドサッとアタルさんの部屋から何かが倒れる音がした。

振り向いて、どうしたんだろう…と思ってると、カン、カン、カンと急いで階段を上る音。

磯牧さんかな、と思っていると、勢いよく玄関のドアが開かれた。


「アタル!」


磯牧さんは私に目もくれずに足早にアタルさんの部屋のドアを開けて中へと入っていく。

ドアが開けっぱなしで見えた光景は、血を流して倒れるアタルさん。

私は慌ててアタルさんの部屋に行こうとした時だった。


「ハトバさん、タオル持ってきて!」

「は、はい!」


私は言われるままに脱衣所からタオルを数枚持ってくる。

それを磯牧さんに渡すと、傷口にタオルを押し付ける。

私があわあわ様子見してると、磯牧さんは振り向いて口を開く。


「びっくりさせちゃったよね、ゴメン。そこの机に茶色の小瓶があるから、取ってきてくれる?」


顎をつかってアタルさんの部屋の机を示す磯牧さん。

私はここで初めてアタルさんの部屋に入ることになる。


「し、つれい、します」


とててっと足早に机の上にある傷薬であろう茶色の小瓶を持って、磯牧さんに渡す。


「ありがと。アタル、沁みるよ」

「…うっ!」


磯牧さんはその小瓶の蓋を開けると、バシャッとアタルさんのキズにかける。

はあはあと息を切らすアタルさんに、傷口はしゅわしゅわと音を立てて消毒…しているのかな、なにか塩酸のような液体なのかな、よくわからない。

すると磯牧さんが状況を説明してくれた。


「アタル、攻撃を欲張って敵の毒矢を受けて脇腹を切られたんだ。すぐに解毒剤は飲んだけど、思いのほか脇腹の傷が深かったみたいでね…」

「…わた、し…に、できることは…?」

「今はないよ。傷口の消毒がてら凝固剤の入ってる薬をぶっかけたし。血が止まったら洗濯してもらうくらい、かな?」


その言葉に、私はあくまで家政婦なのを思い出す。

何もできないことに、きゅっと拳を握ると、ふふっと磯牧さんが笑った。


「君がいてよかった。君がいなかったら雑菌だらけのタオルで止血しなきゃならなかったからね。ありがとう、ハトバ…ううん、まほらちゃん」


初めて名前で呼ばれたことに目を見開いていると、それまで虚空を苦しそうに見ていたアタルさんが声を発した。


「…固まった。大丈夫だ、レノ」

「そう、じゃあ、あとはできる?」

「ああ」

「キズがふさがるまで、暫く休んでね…と」


そう言うと磯牧さんが左側の壁に向かって、何か唱え始めた。

なんて言ってるかわかんないけど、唱え終えた後、そこには”封鎖”と書かれた文字が浮き上がった。

それを見たアタルさんは抗議をしようと体を動かしたが、痛みで唸る。


「僕の言う事を聞かないからこうなるんだよ。いいね? キズが塞がるまでまほらちゃんに看病してもらって」

「え!?」


まさかの展開に私の頭が付いてこなかった。

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