第3話

朝はいつも通りにやってくる。

バイトを始めての、初めての朝。


昨晩は散々だった。

自室の片付けを少ししていたら、腰が痛くなってしまった。正直動きたくない。

それでも私はアタルさんの朝食を作らなきゃならない。

私はベッドから降り、着替えてちょっと大きいエプロンをした。

エプロンはこの部屋にあったもので、まあ、自由に使っていいものらしいし、使っちゃお! という軽いノリだ。

アタルさんには申し訳ないが、カレーうどんで朝をしのいでもらおう。


手早くカレーを暖めながら、冷凍うどんを電子レンジで解凍していく。

そしてほかほかのうどんをカレーに絡めて出来上がり。簡単。

食べるかどうかわからないから、一応ラップをして…と。

私はまたアタルさんのドアの前に立ち、コンコンとノックをする。


「アタルさーん、ご飯ですよー」


返事はない。時刻は7時過ぎている。起きている…と思いたい。


「アタルさーん、ドアの前に置いときますねー」


私はそう言って、どんぶりを床に置き、その上に箸を置いた。

さーて、今日は大洗濯をする日なんだよ私にとって!

脱衣所に向かい、洗濯機の操作をして洗剤を入れて…。

大洗濯の始まりだ!


といっても干す場所は!?

ハッと我に返った瞬間、急いで自分の部屋に入る。

そこにはベランダがちゃんとあるし、ベランダ用のサンダルもあるのだが…。

隣のアタルさんの部屋と繋がってる?!


私はそろりとサンダルを履いて、ベランダへと上る。

ベランダからは眩しい太陽の光が直に来ていて、物干し竿が二本あった。

それを見てガッツポーズ。部屋干ししなくて済む!

急いで雑巾になりそうなタオルを持ち、物干し竿を拭いていく。

その時、アタルさんの部屋の窓の前…に立ったのだが、カーテンがされていて日の光が浴びてない状態だった。

どこまで引きこもりなんだ…と思いながらも、大洗濯は止まらない。


洗濯完了で干されるのを今かと待ちわびてる洗濯物をカゴに入れ、再びベランダへと上る。

バスタオルやら普通のタオルやら下着やらを干していき、そのまま大洗濯は終わりを告げた。


「ふーっ…これで一安心、かな」


バタバタと朝から騒がしくしてたせいもあり、申し訳無さが少々あるが…。

私はキッチンへと向かってお昼ご飯の支度をしようとアタルさんの部屋の前を見る。

そこには手をつけられてないカレーうどん。

ちょっとしょんぼりしたが、それは私の昼ご飯にしようと決めた。


お昼ご飯は何にしようかな、と思いながら冷蔵庫を見る。

そうだ、焼きそばにしよう! これなら食べれるかな?

キャベツや人参、玉ねぎなどを切り、パパッと焼きそばを作る。

その間にカレーうどんはレンチンして…。


「アタルさーん、お昼できましたよ!」


ノックをしたが、返事がない。

うーん、簡単に心開くような人じゃないとは聞いてたけど、せめて会話させてくれよ。

中に入りたいが、勝手に入ったら怒るだろうし。


「ドアの前に置いておきますねー」


そう言ってまたドアの前にラップをかけた焼きそばを置く。

今度はお盆にのせて。

定食屋のランチみたいかな、とか思いながらも、伸びきったうどんを食べる。

午後は買い物行ってお米買って…脱衣所を掃除して…洗濯もの取り込んで…やることが多いな。

とりあえずうどんを食べ終えて、昨日の食器含めて皿洗いを始める。


皿洗いを終えた私は、いそいそと出かける支度をする。

一声かけておいたほうがいいかな? と思って、アタルさんの部屋の前に立つ。


「アタルさん、買い物いってきますね」


返事はない。当然か。

私は小さくため息を吐き、財布の入ってる鞄を持って部屋を後にした。


正直この生活、楽か苦かと言われれば苦かもしれない。

働いてるという自覚はあるのだが、いかんせん引きこもりと同居という形だからだ。

引きこもりの相手なんてしたことないから、気持ちがデリケートなくらいしか知らない。


お米や洗剤を買っていたら、ずしりと重い事に気づいた。

でも幸い、このスーパーからボロアパートまで歩いて十五分くらいだ。

なんとかなる…いや、ならねえ!


「…はあ、はあ、はあ」


一応お米五キロと洗濯用洗剤やお風呂掃除の詰め替え用を買ったのだが、お徳用サイズを買ってしまったのでめちゃくそ重い。

いい運動だなあ、オイ。と、思いながらボロアパートへ到着。荷物を置きたいのだが、ここからが更に地獄。

階段を上るという地獄だ。


カン、カン、と鉄製の階段を上り、もうほぼ上がりきってない足を引きずって部屋に入る。

ドサッと米を下ろし、続いて洗剤を下ろす。そして私はその場にへたり込んだ。


「っはあー、あ!」


疲れたー!と思いながらアタルさんの部屋の前を見る。

焼きそばは食べられた形跡がない。…ダメかあ。

と、思うと同時に、アタルさんのドアが少し開いていた。

そこで私の心臓はドクン、と大きな鼓動を始める。


そこから。

そこからアタルさんの部屋を見れる…?


私はゆっくりと立ち上がり、そろりと近づいてドアノブに手をかけた瞬間だった。

ガチャリと後ろから音がして、そのまま私は前へ倒れ込んでしまう。


ガチャン!と焼きそばが乗った皿が音を立てる。

同時に、私は見てしまった。

左の壁からアタルさんが出てくる姿を。そして驚いた顔でこちらを見ていることを。


「あ、あのっ」


壁にはなにか陣のような紋様が描かれており、その壁の隣には何もない。外だ。

アタルさんの恰好は黒服で固められていて、銃やライフルを持っている。

な、なんだ?! どういうこと!?


「…お前どうして中に入ってきた、どうして中に入ってきた!」


壁から出終わった瞬間、アタルさんはずかずかと私の前へとやってきてまくし立てる。


「ご、ごめんなさい! ドアが開いてたから、閉めようと…」

「そんなわけないだろ、お前、自分が何やったかわかってんのか!?」

「あーあー、バレちゃったね。アタル」


その言葉に振り向くと、苦笑交じりに部屋に上がり込む磯牧さん。

磯牧さんを見るや否や、アタルさんは私を指さして大きい声を出す。


「レノ、こいつの記憶を抹消しろ。すぐにだ!」

「いやー、でもなあ…一応最後の希望だし?」

「最後の希望? 何を訳の分からないことを言ってる? お前、俺の部屋に入るなって言いつけしてたんじゃないのか!?」

「あ、忘れてた!」


二人の会話についていけない。私は混乱するいっぽうだ。

するとアタルさんはホルスターから銃を取り出す。


「お前がこの女の記憶を抹消しないのなら、始末するだけだ」

「それは僕が困るなあ。彼女の家族になんて言えばいいのさ?」

「不慮の事故でいいだろ!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 何の話をしてるんですか!? 私、死ぬんですか!?」


何もわからない私が言えた精一杯の言葉。

それが私自身の生か死か、だ。

すると磯牧さんはにこにことした表情のまま、話始める。


「僕はもう面接やらないよ。こんなんじゃカネの無駄だもん」

「…まさか、お前!」

「ははっ、そのまさかだよ。アタルが行ってる間に、ちょっとだけドア開けといた。ハトバさんも買い物行ってたしね」


するとわなわなと震えながら怒りをあらわにするアタルさん。


「お前、自分が何やったのかわかってるのか!?」

「だーかーら、わかってやったって言ってるじゃん。ハトバさんも困ってるし、ちゃんと説明しよう?」


わ、私はこの二人に挟まれた状態でどうしろと。

とりあえず、正座した。


「まずは今現状の事に謝罪を。ごめんねハトバさん、アタル」


丁寧な西洋風のお辞儀をする磯牧さんは、私とアタルさんを見た。


「まずはアタル。これはね、いい機会だと思ったんだ。彼女で最後にしたいと思ってね」

「…本気で言ってるのか?!」

「本気だよ。これ以上、アタル一人の手におえる程、生半可な状況じゃないでしょ」


磯牧さんがそう言うと、アタルさんは黙ってしまった。

そして次に、と言いながら私を見る磯牧さん。


「ハトバさん、ごめんね。君にはこの現状を知ってほしかったんだ」

「この現状って…さっきの、壁から出てくるやつ、ですか?」

「そう。結論から言うと、アタルは勇者なんだよ」


何を言ってるんだこの人は。

するとふふっと磯牧さんは小さく笑った。


「その反応。そうだよねえ、何言ってるかわかんないよねえ? でも、本当なんだ」

「それ…と、私が…どう、関係するん、です?」

「アタルは異世界でこの世界を守ってるんだ。たった一人で、ね。昔アタルを支えてた人もいたけど…」

「レノ!」


話の途中で大声を出すアタルさん。

それに対して苦笑する磯牧さん。


「ごめんね、話がそれちゃった。で、まあ、簡潔に言うと、君にはアタルのサポートをしてもらいたいんだ」

「サポート?」

「そう。あらゆる面に関してだけど。ちなみに僕は、オペレーターという形でアタルをサポートしてる」

「あ、あの、勇者って…普通、剣とか持つんじゃないんですか?」

「アタルにとっての剣は、銃なんだよ」


何を言ってるかさっぱりわからん。

すると、アタルさんは大きなため息をついて話に入る。


「…俺は異世界へ飛んで、その世界での悪を倒す。そうしないとこの世界にまで被害が及ぶ」

「倒すって…」

「殺すんだよ、この銃で」


そう言って銃をホルスターに戻すアタルさん。

それに対して磯牧さんが口を開く。


「勇者だってちゃんとした食事をとらないと、生活をしないと弱っていくんだよ。僕達よりきっつい事してるんだからさ。そこで、家政婦バイトを雇うことにしたんだけど…」

「辞める人が多いんですか」

「そういうこと。早い話が、アタルの部屋に無断に入った人だったり、クレカを悪用したり、アタルに根負けしたり、ね。そういう事が起きる度に、僕がある方法で記憶を抹消させてたんだよ」

「ある方法…」

「聞きたい?」

「いいえ」


余計なことは聞かないようにしようと、本能が言ってる。

で、だ。


「私は何をすれば…?」

「いつも通りでいいよ。ただ、アタルへの食事と風呂、睡眠を重視して生活させてくれればいい」

「作ってもご飯食べないのに!?」

「そこはアタルが心開くしかないよねえ?」


私がアタルさんの方を向くと、そっぽを向かれた。

そりゃそうだ。まだここへきて二日目の人間だぞ。そうそう心を開くわけがない。

すると嫌そうな顔で目線を私に向けた。


「…善処はする」

「言ったね? ちゃんと食べるんだよ? 簡易食品のゼリーだけしか食べないんだから」

「それは磯牧さんにも言える事なのでは…?」

「僕は頭が資本だから。アタルは体が資本だから、ね? ああ、あと…」


困り気な表情になる磯牧さんに、私は首を傾げる。


「もしかしたら、ハトバさんも異世界行ってもらうかもしんない」

「は!?」

「おい、レノ! ふざけるなよ!」

「アタル次第だからねー。ほんじゃ、ま、そこにある昼食食べて休みなよ」

「あ…」


私の横に置いてある焼きそば。

私はそのお盆を持ってアタルさんに差し出した。

するとアタルさんは舌打ちをしながらも、受け取ってくれた。

手渡しで、受け取ってくれた!


「アタルさん…!」

「なんだ」

「私、頑張りますね!」

「おい、変な勘違い起こしてないだろうな!?」

「起こしてません!」


私が作ったご飯を受け取ってくれたことに感謝しつつ、脱衣所の掃除に向かう。

さっきまで疲れてたのがふっとんじゃった。それだけ嬉しい!

それを見た磯牧さんが一言。


「アタルもハトバさんも、三人仲良く世界を守っていこう!」

「私は家政婦でいきたいので…」

「給料割り増しでどう?」

「うっ…」

「おい、カネで釣られるんじゃない!」


ぎゃいぎゃい騒ぐ三人。

アタルさんが勇者ってことにはイマイチ受け入れられないけど、受け入れるしかない。

それよりも、脱衣所の掃除が今日中に終わりますように。

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