第2話

「ふー、こんなもんかな」


買い出しに行って帰って一時間。エコバッグを持っててよかった。

3袋あるうちの2袋にパンパンに詰め込んだ野菜や肉、魚。

家政婦バイトなんてやったことない…というか、家事全般ほぼかじった程度しかやったことがない私がどこまで行けるのか試したいのもあった。

冷蔵庫に食料を補充して…と。よし、あとはお風呂掃除しよう。


数時間前までアタルさんが入っていたお風呂。

さてさて、どんな惨状なのかなと思いながらガチャリと脱衣場のドアを開けた。

そこには洗濯済みなのかわからないごちゃごちゃしたタオル、溢れかえる洗濯機の中のタオルや服。

私は数秒唖然とし、その場から崩れ落ちた。


人間の生活をくれ。私は人間だ。


とりあえず私はそこを素通りして、浴槽のあるお風呂場へと足を進める。

ガラッと引き戸を開けると、そこもすごい惨状で。

唯一まともなのはシャンプー、ボディーソープの詰め替え用があるだけ。

…いや、まともなのか?

というか、ボトルに入れずに直接詰め替え用から出してるのがどう見てもわかる。

ズボラの鬼だな!?


私はお風呂用洗剤を見つけて、ひとまず洗剤を浴槽にかける。

そしてその辺にあった、多分掃除用のスポンジを持ってごしごし洗い始めた。

水垢がものすごい付着してる。これそぎ落とすのに時間かかりそう。お湯だお湯!


そして約一時間後…お風呂掃除は終わり、詰め替え用のシャンプー達もボトルに入れ終えた。

すっきり爽快! あとはもう少し床とか壁も磨きたいところだが、時間が時間。夕飯作らなきゃ。

脱衣所を通り、洗濯は明日と決めた。


このズボラメンズ達をどうにかしないとマズイ。

そこまで面倒見る必要が私にあるかはわからないけど、妙な使命感があった。


今日は磯牧さんが言ってたけど、ポークカレーを作ってみようと思う。

冷蔵庫から材料を取り出し、ざくざくと野菜を切り、豚バラ肉を炒めてグツグツと煮込む。

その間にお米といで…と。と、米櫃を開けたら1合あるかないかの量で…。

米櫃見てから買い出し行けばよかった…! と後悔していると、ガチャリと玄関のドアが開いた。


このボロアパート、入ってすぐ左手側にキッチンがあって、冷蔵庫があって…冷蔵庫の上には電子レンジ。

玄関の右手側はお風呂とトイレ、そして正面には二つに分かれた部屋。

そのうちの左手側のほうにアタルさんが入っていったので、恐らく彼の部屋なんだろうと推測する。


「うーん、いいにおい! 今日はカレーかな?」

「あ、磯牧さん…。はい、そうです」

「…お米あった?」

「ギリギリ二人分は」

「あーよかった! じゃあ、君とアタルの分だけだし、明日お米買わないとね」

「…磯牧さんは食べないんですか?」

「僕は高カロリー食品食べてるから平気!」


どこが平気なんだ。

私はお米を洗う手を止めて、磯牧さんをじっと見た。


「磯牧さんも食べてってください。そんな食生活じゃあ倒れちゃいますよ」

「えー? 僕はこれがデフォだからなあ」

「冷凍うどん買って来てますんで、私はそれを食べます。なので、磯牧さんも食べてください」

「…僕、甘口派なんだけど」

「大丈夫です、私もです」


すると、まるで花が咲いたような笑みを見せる磯牧さん。


「いやー悪いね! じゃあ、お言葉に甘えて…。できたら呼んでね!」

「はい」

「それと、君の部屋は右側の部屋! 前の人達の残り物があるかもしんないけど、勝手に処分でもなんでもしちゃっていいから」

「はい」

「うん、それじゃーねー!」


バタン、と扉を閉める磯牧さんをよそに、私はお米を洗うのを再開する。

どこの米を使ってるかわかんないけど、なんとなくだけど、私米を炊いたこと、家庭科の授業以来だわ。

ちょっと嫌な予感がしたが、なんとか炊飯器に水を入れて炊飯ボタンを押す。

そして再び私はカレーの具材が入った鍋を見る。

うん、いい感じに火が通ってる。あとはカレールゥを入れるだけ。

ぽちゃぽちゃとカレールゥを入れて溶けるのを待つこと数分。おいしそうなカレーが出来上がった。


「よし! あとご飯は…うん、もうすぐ止まるね」


私はカレーの入った鍋に蓋をして、脱衣所へと向かう。

明日は洗濯をするんだ。

タオルとか服とか、色々仕分けしないと。

洗濯機からひょっこり覗き込むと、独特な臭いに鼻をつまんだ。

…相当放置されてんな、コレ。


とりあえず服とタオルは分けた。あと触りたくないけど、下着も。

タオルと下着を洗濯機にぶちこんで、蓋をした。

臭いがキツすぎる。汗臭いのと、放置してた臭いでヤバイ。

洗剤の場所も把握したし、あとは自分の部屋である場所へ荷物を置くことだけかな。


私はパンパンと手を叩いて、思いっきりドアを開ける。

するとそこには女物の服や男物のジャージ、とにかく倉庫というか倉庫のような…かろうじて寝れるスペースのベッドがあるのだが…。

とにかく足の踏み場がない!


呆れかえったところでピー!と炊飯器が音を鳴らす。

キャリーバッグをそこに置いて、私はひとまず夕飯の支度を再開した。

二人分のご飯をお皿によそい、カレーをかけてテーブルに置く。

スプーンを置いて、さあ出来た。

私はアタルさんに食事ができたことを伝えなければならない。

ドキドキするけど、やるしかないんだ。恐る恐るドアをノックした。


「アタル、さん。ご飯が出来ました」


返事が返ってこない。


「アタルさん、ご飯です」


返事がない。というか、完全に無視されてるようにとれた。

そうか無視か。なら、こっちも返事するまで続けるぞオラァ。


「アタルさーん! ご飯ですよー!」


するとガチャリ、とドアが静かに開いた。

そこには機嫌悪そうな顔で私を睨みつけるアタルさん。

服は着ていたが、タンクトップだった。


「…五月蠅い」

「ご飯です!」

「知ってる」

「なら、ごは…」


バタン。

ドアが閉められた。どういうこっちゃねん。

私は”五月蠅い”と言われたことがショックで傷ついた。

だって家政婦の仕事なんでしょ? って、まてよ?

磯牧さん…確か、”めげないこと”がアドバイスとか言ってなかったっけ。そうかそうか。

ならもう、鋼の精神でいくしかない!

その前に、磯牧さんにもご飯が出来たことを教えなきゃ。


私はそのまま部屋を出て、階段を降り、大家のインターホンを鳴らす。

すると磯牧さんが出てきた。


「ご飯できたんだね?」

「はい」

「ふふ、ありがとー!」


そう言うと磯牧さんが外に出て、二階へと上がっていく。

そして奥の部屋を開けて中へと入っていく。

続いて私も入ると、二皿あったカレーのうち、一皿無くなっている。

それに気づいた磯牧さんが私を見て、にっこり笑った。


「まあ、第一関門は突破したのかな?」

「え?」

「あいつ、人が作ったものなんてそうそう食べないから。多分昼間の事、気にしてるんじゃないのかな」

「昼間って…あの、全裸ですか」

「そう、全裸」


そこまで言って私はハッとまずいことを口にした気持ちになった。

ていうか、人が作ったものなんてそうそう食べないなんて、とんでもない情報後出しで来たな!?

そんな磯牧さんは意気揚々と椅子に座り、カレーを食べようとする。


「磯牧さん…」

「うん?」

「アタルさんは、普段からああなんですか?」

「うん、そだよ。まあ、今回はハプニングあったから申し訳無さで食べてるんじゃない?」

「直接ご飯を受け取る事は…」

「しないよ。基本的にはね」

「じゃあ、私はご飯作る必要はないのでは?」


もっともな疑問なので、言ってしまった。

すると磯牧さんは待ったをかけるように左手を前に突き出す。


「その話、ご飯のあとでいいかな? カレー美味しいし」

「えっ、あ…す、すみません…」


私も席について、カレーうどんを食べる。

うん、我ながら美味しい。自画自賛してしまう。

”美味しい”と言いながら食べる磯牧さんに対しては、ちょっと嬉しかった。

そして食事は終わり、磯牧さんの分の食器をシンクに置いたところで話しかけられた。


「さて、ご飯作る必要はない、って質問の答えだけど…まあ、座って」


私は振り向いて椅子に座る。

すると磯牧さんは指を組んで話し始めた。


「ハトバさんの言う事はもっともだ。そりゃあ、食べない食事を作り続ける意味なんてあるのか? って思っちゃうよね。でも、作るのが仕事だ」

「仕事…」

「そう。今まで辞めていった人たちは、納得いかずにその場限りで出ていった人もいるし、ひたすら作り続けた人もいたよ」


磯牧さんの視線が下へと向く。


「でもみんな辞めていった。どうしてかわかるかい?」

「わからないです」

「あいつが心を開かないからだよ」


あいつって、アタルさんのこと? と考えてると、フフッと小さく笑われた。


「だけど、今回はハプニングもあってか、あいつがようやく食べてくれた。それには感謝してるよ」

「…うるさいって、怒られましたけどね」

「まあ、でも問題は明日からだ。明日、あいつが食べなくなったらまた一からやり直しだ。この意味、わかるかい?」

「え…?」


私が首を傾げると、磯牧さんの目がキリッと真剣な眼差しになる。

それに私はドクンと胸が鳴り、背筋を伸ばす。


「君はずっとご飯を食べてくれない人のために作り続けるんだ。いわばやり甲斐のない奴隷だよ」

「…どうしてそれを今言うんですか?」

「君が作った料理を食べたという事はすごいことだ。でも、それに浮かれられては困るからだよ」


同時に、アタルさんの部屋のドアが開き、食べ終えたであろう皿とスプーンが出された。

そして閉まるドア。その一連を二人で見て、磯牧さんが困ったような笑みを浮かべる。


「ね? 君と直接コミュニケーション取ろうとしないでしょ? あれ、一応警戒してるんだよ」

「警戒?」

「”どうせすぐいなくなる人間に情なんていらない、そう思ってる”って言ってたかな。前にだけど」

「…酷くないですか、それ」

「でしょ? どう? それでもやる?」


こてん、と首を傾げながら言う磯牧さん。

正直言うと、私が意地を張る理由なんてない。

だけど、そう言われたら燃えるじゃん。心開かせてやろうじゃん。

負けず嫌いの血が騒いできた。今まで職を転々とした私にとっては、もう後がないんだ。


「やります。絶対に負けません」

「勝つ負けるの話じゃないんだけどなあー。まあ、いっか! ハトバさんがやるってんなら僕は止めないよ。何日持つか、見届けさせてもらうね」

「ちなみに最長何日ですか?」

「うーん、三週間弱じゃないかなあ」


その言葉を聞いて、とりあえず一ヶ月は頑張ろう、と心に誓った。

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