住み込み勇者

おしらす

第1話

バイトの面接に落ちた。

私は今三十路で貯金もナシ、職もナシ、のニート状態だ。

母親と二人暮らしで父親は早いうちに亡くなった。

今までニート生活で母親を苦しめていた私が、重すぎる腰を上げてようやくバイトから始めようとしたのに。

まあ、何もかもうまくいくわけないよねと思いながら生きているのだが。


今日。

唯一の最後の希望である家政婦バイトというものの面接に行く…というか、向かっている。

仕事内容は主に家事全般で、住み込みで働くというもの。

流石に親の年金生活でお世話になるわけもなく、私はキャリーバッグを引きずっている。

面接内容はよくわからないけど、即採用早い者勝ちで月20万円はすごい魅力的で。

これだったら親の仕送りもしてあげれるかもしれない。お世話になったのもあるし。


そうこうして一人で歩いてどれくらい経ったろう。

本当は車で行きたかったけど、母親が使ってたから歩いてきた。

三十路なんだし、働き口ぐらい自分の責任で決めなきゃと思っていたからだ。


面接場所はオンボロと言っては失礼だなと言いたいくらいボロアパートだった。

でもお風呂トイレ付きって書いてあったから、まあ大丈夫かな。と思った。

共同じゃないだけマシだ。


ただ、おかしなとこは、ドアが三つしか無い事。

ははーん、住み込みってお隣さんになってやるってことかな?

そう思いながら”大家”と書かれたドアプレートを発見。

私はそこのドアについてる呼び鈴を鳴らした。


「はーい」


返事をしたのは男性の声だった。

う、男性か。異性なのにはちょっと緊張してしまうが。

そう思っているとドアは開いて、そこには私と同年代のような…少し年上のような、いや、若い?もうわかんないや。

茶髪で眼鏡をかけた青年がいた。

私はぺこりとお辞儀をして、用件を話す。


「あの、10時からの面接で来た、鳩場です」

「ああ、ハトバさんね。僕はここの大家をやってます、磯牧です。どうぞ中へ」

「ありがとうございます、失礼します」


お辞儀をして中へ入る。

中は殺風景といったほうがいいのだろうか、ほぼ何もない。

机と椅子、それからパソコン。本棚。雑貨という雑貨がない。

少しだけ違和感を感じたが、もう後戻りはできない。

私は磯牧さんの言われた場所、椅子に腰かけた。


すると磯牧さんは椅子の背もたれを前にして、フランクに座る。

そして私に声をかけた。


「じゃ、履歴書お願いします」

「は、はい」


私はごそごそとカバンの中に入れていた履歴書を出した。

何度も書き直しした完璧に書けた履歴書だ。

それをふむふむと眺める磯牧さんはふっと小さく笑う。


「ハトバさんって、生真面目でしょ?」

「え?」

「何度も書き直して完璧なものを出しましたって感じが出てる」


そりゃあ面接に受かりたいんだもん。

真面目に書いたよ。

すると磯牧さんはニコッと笑顔を向けて、その履歴書を真っ二つにビリッと破った。


「!?」


その行動に目を見開いた私は、”なんだこの人は!?”と思うと同時に、”なんて非常識な人なんだ”と思った。

そんな私の気持ちをわかっていたのか、磯牧さんはにこにこと笑顔を絶やさないまま話を続ける。


「あのねえ、別に履歴書で判別しようとは思ってないんだ。実際に見て、会って、どうするか決めてほしいんだよね」

「は、はあ…」

「荷物も持ってきてるだろうし、とりあえず一晩泊まってみて、それから決めてほしいんだ」

「あ、あの…決めるのは磯牧さんではなく…?」

「うん、君だよ」


磯牧さんはニコッと微笑み、私を見据える。


「まあ、あいつも中々心を開いてくれないからなんともいえないけどさ」

「あいつ…?」

「うん? 同居する人だよ?」


ど、同居!?

そんなの聞いてない!

で、でも…月収20万は魅力的だし、一晩考えろと言われたし…うーむ。


「大抵ここで辞めるっていう人が大多数なんだけど、ハトバさんはどうかな? やる?」


その言葉に私はしばし考える。

…やるしかないじゃない。もう荷物も持ってきてるし、確かに同居なら会ってみないとわからない。


「…やります」

「おお、やる気だね。じゃあ、頑張って?」


こてん、と首を傾げながら話す磯牧さんはあざといなと思った。

と、なるとだ。もう一つの部屋って…?


「あ、あの…磯牧さん」

「うん?」

「このアパートにはこの部屋含めて3つ部屋がありましたけど、どういう部屋なんですか?」

「ああ、えっとねー…二階の奥が同居部屋で、手前が倉庫かな。倉庫には僕とあいつ以外、つまり君だけ立ち入り禁止かな」

「は、はあ…」


するとフフッと磯牧さんが笑った。


「じゃあ、紹介するから二階行こっか」

「はっ、はい!」


立ち上がる磯牧さんにならい、私も立ち上がる。

ガチャリと大家の部屋を出て、二階へと上がり…奥の部屋へと向かう。

磯牧さんはノックもせずにドアの鍵を開けて中に入る。

…磯牧さん、それってプライベートもクソもないのでは。

磯牧さんはにこっと笑って私を見る。


「さあ、どうぞ?」

「お、おじゃまします…」


言われるまま、中に入るとシャワーの音が聞こえた。

お風呂に入ってるのかな、と思いながら荷物を置く。

すると磯牧さんは平然とお風呂場へと向かい、ドアを開けていた。


「アタルー、新しいコ来たよー」

「おい! 風呂入ってるときに入ってくんなって言ってんだろ!」

「だって早く会わせてあげたいからさー、急いで出てくれるかい?」

「チッ…」


だ、だ、男性!?

あまりの衝撃に頭がくらくらした。てっきり女性だと思ってたんだもん。

ああ、でも男性の方がラクかもしれない。サッパリ気質の人が多いからね。

女性はネチネチ言いそうな感じする…という人生経験の偏見があるけど。

お風呂場から出てきた磯牧さんは軽くシャワーのお湯をかぶったのか、濡れていた。


「あはは、水かけられちゃった。もう少しで出るみたいだからちょっと待ってね」

「は、はい…」

「あれ? その様子じゃあリタイアって感じかな?」


その言葉にギクリとするが、私は首を横に振った。


「だ、だいじょうぶです!」

「そう、ならよかった! まあまあ、そこに座って」


そう言って磯牧さんはダイニングテーブルの椅子に座るよう促す。

私は大人しく言われるままに座り、背筋を伸ばした。

それを見て磯牧さんが一言。


「随分緊張してるみたいだけど、怖い?」

「いや、あの…男性だから少しホッとしたというか…」

「安心したの? どうして?」

「男性のほうがサッパリ気質じゃないですか」

「ああー…そっち、そっちね?」


そんな会話をしてると、ガチャリと風呂場への扉が開いた。

そこには股間をバスタオルで巻いて隠し、髪をわしゃわしゃと拭く白髪で色黒の男性がいた。

筋肉がバチバチについてるが、細身の男性。あまりの絵面に私はすぐに視線を外す。


「ちょっとアタルー、今回は女性なんだからもうすこし気を使ってよ」

「気を使う必要があるか。どうせすぐ逃げだす」

「もー…」


磯牧さんとアタルと呼ばれた色黒の男性はやいのやいの言ってるが…。

私はその会話を黙って聞くことになる。というか、間に入れない。

すると会話がひと段落したところで、磯牧さんが私を紹介する。


「新しい家政婦のハトバちゃんだよ。仲良くして?」

「…フン。どうせ逃げだすって言っただろ」

「わかんないよー? 今回はイケるかもしんないじゃん?」


磯牧さんの言葉に、私はぺこりとお辞儀をする。


「は、鳩羽まほらと言います。よろしくお願いします!」

「……」


黙って私を見てるであろうアタルさんは、何もしゃべらない。

無視か。無視かよ。と思いながらちら、と顔を上げた瞬間、アタルさんの腰に巻いてたバスタオルが落ちた。


「!!」


否が応でも見てしまった男性の股間。

それを見た私はすぐに頭を上げずに床を見ていた。


「あはははは! アタルってば、バチが当たったんだよ! そんな態度だから!」

「うるさい」


アタルさんはバスタオルを手にし、ずかずかとそのまま隣の部屋に行ってしまった。

一連の流れが終わったところで、磯牧さんが声をかける。


「どう? いけそう?」

「え…え?」

「あいつと、今後やっていけそう?」

「え、ええと…正直、よくわかりません」

「ふふっ、だよねえ」


磯牧さんが笑っている。

笑えるのは彼だけだと思うが。


「とりあえず一晩泊まってみて、考えてもいいから。そうだなあ、早速お仕事なんだけど、昼飯はいいから夕飯の買い出し行ってくれる? あとお風呂掃除」


冷蔵庫を開けてみて、肩越しに言う磯牧さん。

私は荷物をそのままにして冷蔵庫を覗く。

中身は飲むゼリー状の簡易食品しか入ってない。


「ここんとこ全然ダメだったからさ、ちゃんとしたもの食べさせてあげたいんだよね」

「い、磯牧さんが作ってたんじゃないんですか? それかアタルさんが自炊とか…」

「あっはっは! 面白いこというねー。僕は壊滅的に料理へたくそなんだよ。この前なんかね、カレー作ってたら黒い塊が出来ちゃってさあ!」

「え…?」

「ちなみにアタルはそれでも食べたけど、腹壊してたなー。アタルも料理てんでダメだからね」


私は時計を探す。そして見る。

時刻はお昼を指す前だ。これはヤバい。

私は事前確認をする。


「私はここでアタルさんの家政婦をするってことですか?」

「そう」

「…わかりました。やってみます」

「あれ、意外にもやる気だね? てっきりダメかと思ったんだけど」


この二人をこのままにしておくわけにはいかない。

正直、この壊滅的に料理ができない二人を放っておけないのが一番なのだが。


「とりあえず、夕飯の買い出しに行ってきます」

「うんうん、じゃあ食費光熱費は全部こっちが負担するから、存分に食材買ってきて。はいコレ」

「え?」

「クレジットカードだよ。大丈夫。食費以外にも洗剤とか買っていいから」


どこまでガバガバなんだこの人。っていうかこの仕事。


「そ、そんなことしたら不正利用されちゃいますよ!?」

「うん。そういう人もいたけど、明細こっちに来るし、度が酷かったらクビにしてるから」

「そういう問題なんですか!?」


一体どれぐらいのカネを持ってんだこの人たち。


「まあ、そうだなー…一週間がんばってみよっか。それと、どんなに冷たくされてもめげないのがアドバイスかな」

「え、ええ!?」


すでにめげそうなんだが。

とりあえず、買い物に行こう。

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