第16話 スーパー来訪編←new! 2023.9.22
右手に特売のチラシ。
左手にはエコ
そして正面にはスーパーの入口。
というわけで、本日の
結構唐突にポスティングされるスーパーの特売のチラシであるが、今回は春子宅の折り畳み式小会議室(5次元空間における歪曲に準拠、1~102平方メートル可変 ※免責事項※
このスーパーの特売は、十二時辰354.36707日閉店セールをしている市役所の最上階兼宇宙エレベーター搭乗口(45階)とはわけが違う。
敢えてスタンドアロン起動させた家庭用汎用型強化装甲(ベーシックプラン月額385円※価格改定)アタッチメントのintegrated Nonpareil Unit、略称
さらにその横に、少々間合いを開けて、尻尾というか鞭毛というか触角というか、とにかく体から突き出ている長細いナニカを3本ともブンブンと振っている、生き物らしき物体もある。
首と思しきあたりに輪を回してあり、そこからリードがスーパー入口横の駐輪場の柵に結わえられているところから察するに、客のペットではなかろうか。
まあ見た感じはオオサンショウウオと言えなくもない。
ブンブン振られている3本の他に、手足が3本で眼も3セットと3揃えな点を除けば。
近似種の
INUと同サイズ感という小型生物ではあるが、れっきとした特定外来種だ。
いつぞやのダイオウイカモドキ(一般名称クラーケン)のように巨大かつ好戦的ではなく――というか真逆のミニミニサイズでやたら人懐っこい、結構人気のある生命体である。
体液が溶解液でさえなければ、特定外来種から外されるのだろうけれど。
いや、せめて溶解液が科学的には解明できない成分でさえなければワンチャンあったんじゃなかろうか。
ちなみに、薄っぺらいガラス質の皮膚でほぼほぼ液体の身体を包み込んでいて、体重に占める体液比は約90%とナメクジ並。
ぷるんぷるんの身体は可愛らしいと言えなくもないが、傷の一つでも入れば宇宙船内の通路床をも貫通する体液が、それはもう惜しげもなく振りまかれることになる。
なお、ガラス質の皮膚は、顕微鏡を使うときに登場するカバーガラスに匹敵するほどの繊細さを誇り、シャリシャリ感を醸し出す独特の手触りで一部マニアに好評を博している一方、コケるどころかコスるだけで破れかねない脆さで知られている。
そんな
3セットの目に春子とINUを映しながら。
駐輪場の柵に結ばれた元を確認。
巻取り式。
標準的な、20kmぐらい伸びるやつ。
「モードセレクト、『回避一択』」
INUのダウンロードコンテンツの一つを春子が指定、INUの目が緑色に輝いた。
メーカーの創業日記念で期間限定で無料配布されたお遊びコンテンツで、他の全ステータスを大幅に下げる代わりに、
このご時世のどこで使い道があるのかと言われ、リリースする側もシャレで作ったものだが、予想外に使えると評判のパッチファイルである。
ぐるりと首を回すINU。
ゆすり始めていた体を止める
2体の目が合う。
気が合ったらしい。
キラッキラに輝いた。
「じゃあよろしく」
春子の一言に、2体が一斉に動く。
3本足を残像で9本に見える勢いで廻し、キラッキラに輝く笑顔で抱きつこうと飛びかかってくる
アスファルトに落ちたその飛沫は、瞬間艶やかな紫色へと変色し、接触面を食い荒らすように
それら全てを華麗なステップワークで
見た感じは、太陽光の下で水遊びをする子どもたちのようなものだ。
早速足元がグズグズに溶け始めてしまったが、まあ、雨天なんかは降る雨に情緒はあれども地面はドロドロになるものだ。そう違ったものでもない。
微笑ましい様子(※地面は除外)に満足げにうなずきつつも、春子はスマホのアプリ『
それはそれとして、マナーは忘れてはならないから。うん。
これで後は当地の警察本部警備部警備一一九局環境再生廃棄物規制課八九係環境事犯対策室作業班、通称『
で、改めて、店内へと足を踏み入れる春子。
転がってくる
追いすがってくる燃えた樽に距離を詰められないようにテンポよく昇り続け、ゴリラの横にあるハンマーをゲットして更に上へ。
そこから先はアザラシと鳥をぶん殴りつつ、
途中にボーナスステージを挟みつつ上へ上へと邁進し、ジェットブーツでペースアップし、時々
入り口をくぐると、中はそこそこの盛況を博していた。
滑り台にシーソー、ジャングルジムといった鉄板遊具はもちろん使用中。意外だが電動ゴーカートよりも昔ながらの足漕ぎペダルカーの方が人気らしい。一方で、お昼寝エリアではガラガラであやされつつ眠る姿がちらほらあった。
大型の複合施設なんかだと珍しくもないが、スーパーにこれだけの設備がそろっているのは立派なものだ。
吊り下げ看板には「ぷれいるーむ」と、
その存在理由から当然にして、非常にほっこりとした空間だ。
この部屋であやされているのが大人であることに目を瞑るのであれば。
あちらで滑り台につっかえているのも、こちらでガラガラであやされながら親指をしゃぶっているのも、その他諸々全て大の大人。何なら、屈強と言ってよさそうな立派な体躯の男性の比率が高いぐらいである。
例えば、お昼寝中らしい中年男性は隻眼で、頬から首筋にかけて長い傷跡とあちこちの入れ墨が印象的な、まあ見るからにやんちゃなお方だ。親指を口に、とても幸せそうなお顔で眠られている。
彼の人生でようやく心から安心できる場所にたどり着いたのだろうと思うと、春子の目頭も少し熱く――
――あ、交番の指名手配のポスターにあった顔だ。
感慨深くなりかけた先で気付いて、春子ははたと手を打った。
いかんいかん、そうだった。ここはそういう場所だった。
気を引き締めなければ、と思い直した端から、その男性をガラガラであやしている影と目が合ってしまった。“影”というのは比喩でもなんでもなく、濃いグレー一色だけの人影が実体として存在している。グレー以外の箇所はただ一つ、一つ目だけ。
その目がぐるぐると渦を巻く。
春子の目もぐるぐると渦を巻く。
何かが溶けていくような気分になる。
脳内に夫の姿が浮かんだ。
やや困ったような、下がり眉で春子を見ている。
胸元のネームプレートには「退行耐性(強)」とある。
その姿が破裂した。
水風船が割れて飛び散るように。
赤い――
我に返る春子。片手を目に軽く被せて、大きく息を吐く。
とにかく、目を合わせてはいけない。
目を瞑って、兄から
目標は正面やや右寄り、直線距離にして20歩の位置。
そのまま足を進める。電動ゴーカートと足踏みペダルカーで無邪気に競争しているインテリ眼鏡と軍服姿の巨漢を避け、積み木を片付ける人影から距離を取り、するりするりと間を抜けていく。人影は
そのまま無事到着。目を開けると、何故か縦に突き刺さっている土管数本とウォータースライダーとの間の壁に、小さな穴が空いていた。見た目は、まんまパチンコ店裏手の景品交換窓口である。
ただし、横に小さな黒板が吊り下げられていて、春子のクリアスコアが書かれていた。
その窓口で、装備していたエクスカリバーや黄金の鎧などなどを、向きを変えたりバラしたりしつつ押し込んでスコアに交換する春子。最終的には倍近い数値になった。
この数値はそのまま店のポイントとして物品の購入に充てることが出来る――というかこの店はポイントしか使えない――が、そもそも交換したアイテム類は店外で売却すると奈良の大仏が購入できるぐらいの金額にはなる、と聞いたことがある。
しかし、良心に従って、春子はスーパーの『
うん、良心に従って。だって黒板の下に貼り紙があるもの。とてもとても丁寧に、腰低く、あくまでお願いですからって、本当に困ってますって書いてあるもの。
決して、アイテムを隠し持ってこの部屋を出ようとしたら、その瞬間に耐性どころか無効すら貫通する凶悪な幼児退行が問答無用で放たれるからではないし。
ちらりと目を走らせる。
周囲の
おそらくは、いや、ほぼ間違いなく、アイテムを持ち出そうと企んだその末路。
ただただ
……幸せならいいの、かも?
ふと頭の中を横切った一言。
何かこう、意識の奥底にあるような気がしないでもない印象もなくはない扉が、ちょびっとすき間が空いたような。
向こう側から、縦にした2トントラックが
見られている。
こっちを。
じっと。
いや見えんけど。
見えんけどもおっ!
春子は『見えん』を殊更強調する。
何故なら、見えないものは存在しないのだから。それが現実だろうが幻想だろうが幻覚だろうが
意識の下層を丸ごとダンボールに詰めてそれを丸ごとスーツケースに押し込みさらにそれを宝箱(大)に叩き込んで封印してさらにさらにそれを倉庫の中へとブン投げて扉を締め鍵をかけてシャッターを降ろして隔壁を閉じて空間をパージして幕を下ろして(※ここまで一息かつ全て心象風景)一息つく春子。
うん、まだオギャりたくはないかな。
流れる(冷)汗の中で爽やかな笑顔を輝かせてから、エコバッカンを横に広げて、商品を選んで交換ボタンをポチっとな。
何もない空中からポポポポンと続けざまに緑のた◯きが誕生して、そのままエコバッカンへと積み上がっていく。
ほぼ同時に店内音楽が切り替わる。曲調は平安時代版Rock ’n’ Roll。
琵琶と琴がハイテンションでかき鳴らされ、
が、
蛍の光である。
午後2時45分、閉店には早い部類ではあろうが、このスーパーではこれが標準なのだ。毎度のことながら、
合せて店内各所の回転灯が一斉に作動、蛍の光に押し負けて分かりづらいが、モートロック語のアナウンスと
縦に突き刺さっている土管に目を走らせる。3本それぞれに右から「1」「√7」「999+」と印字されている中から右端を選択、土管の上端へバッカンをブン投げて乗せ、更に自身もその上に乗り、しゃがみ込む春子。
バッカンごと潜り込んでワープした先は1階。即座に踵を返す。
店外でスッキリとした笑顔のINUと合流、
「Ten, Nine, ignition sequence start, Six, Five, Four, Three, Two, One, all engine running, Lift off, we have a lift off」
アナウンスの締めくくりに応じて地響きが加わり、轟音と共にスーパーが浮かび上がる。なお、エンジン全開と言っているが、実際には地上500mまでは重力反転航法で進むので周辺に被害は及ばない。派手に噴出されている炎はそれっぽい
昨今の環境保全運動に合わせて、スーパー側も配慮しているのだ。
周囲に一切の影響を及ぼさずに、ど派手にスーパーが離陸していく。
それに向かっていく、人影。
ふふふふふふふふふふわぁおっ。
古式ゆかしい「寒夜に霜の降る如く」の“天人舞踏”、その無重力と見紛うステップを用いてそのまま宙を駆けていく、郵便局の配達員の姿。素晴らしいキレと流れるような美しさで、ふわりふわりと、離陸していくスーパーへと追いついていく。
スーパーへ集荷へ向かうところなのだろう。同様にもう一人、別の方向から駆けてくる影もある。
さらに別の方向からも、今度は競泳水着姿の誰かが泳いで近づいている。
両足にスキューバーダイビングで使うのよりも一回り大きい
あの体育会系直球の集荷スタイルは、アカベコヤマトの宅急便の配達員だ。郵便局のように芸術点も追求したスタイルではないが、その分パワーならどこにも引けは取らない。既に集荷したらしい別の水着姿がスーパーから離陸し、交差するようにすれ違って彼方へと泳ぎ去っていった。
環境保護空域から離脱し、演出ではないガチのロケットエンジン噴射で加速するスーパー。
階段を駆け上がるように宙を駆け、スーパーに出入りする郵便局配達員。
アレコレが目まぐるしく飛び交う上空に舞い散る紙吹雪。
その紙吹雪が一枚、落ちてきて春子の顔に張り付いた。
ペリッとはがして紙面に目を通す春子。
スーパーの広告チラシだった。
『次回の特別地球訪問販売は今週土曜日!』
うなずく春子。
よし、明日はバッカン2つで来よう。
春子の日々 橘 永佳 @yohjp88
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