QⅠ:人は何故、喪失感を覚えるのでしょうか Q.Ⅱ
Q.Ⅱ:問題
『ぴるぽぴるぽ……えぇー、まもなく【
妙に古臭いメロディと共に、車内にそのような案内放送が流れる。
音割れの所為で聞き取りづらいが、どうやらもうすぐ目的地【鹿谷郷】のようだ。
なんとなく窓の外を見渡してみるが、何処も彼処も木、木、木、木……。
人工物なんて影も形もありゃしねぇ。
本当に此処に【
そんな疑問を抱きつつもオレは押しボタンを押す。
『ぴるぽぴるぽぴー……えぇー、【
今度はそんな放送が流れる。
つっても今、立ってるヤツは誰一人いねぇがな。
現在、このオンボロバスの車内にはオレを含めて四人の乗客が乗っている。
それも全員年寄り連中だ。
まぁしかし、さすが田舎と言ったところか。
誰もボタンを押す素振りも見せやしねぇ。
【鹿谷郷】で降りるのはオレだけみてぇだな。
はっ、ようやく娑婆か。
四時間も代わり映えの無いバス旅をした甲斐はあったってもんだ。
開放されると思うと実に快方な気分だぜ。
……カイホウ、だけになっ。
「……うぉっとっ!!マジで急だな、おい」
そんなくだらねぇ洒落を考えていると、いよいよバス停が近づいてきたようで、事前の宣言通り急ブレーキがかかる。
キ、キー……。
オンボロバス全体にその甲高い音が響き渡るのと同時に、オレの身体は思わぬ方向に引っ張られ、座席から転げ落ちそうになる。
アブねぇ、アブねぇ……体感鍛えて無かったら年寄り連中に無様な様を見せるとこだったぜ。
今でさえ不審な目を浴びてるってのに、オマケに哀れみなんて抱かれたら最悪も極まるってもんだ。
やがて完全にバスは停止する。
プップーと軽快な音と共に錆びついた鉄製のドアがぎこちなく開く。
オレはガキみてぇに思いっきりオンボロから飛び出す。
そしてスタッ、と華麗に着地。
この鮮やかな着地術にはブラ○ドーさんもさぞ驚くだろうなぁ。
するとあっという間に背後で扉が閉じる音が聞こえ、そのままオンボロバスは次の停車地点へと向かって発進していった。
……そのうち壊れるんじゃねぇか、あれ。
そう思う程、バスの後ろ姿はみっともないものだった。
はぁー、此処が【
なかなかに苦労はしたが、やっと報われそうだな。
オレーー
……此処ドコだ?
バス停の場所は森の中の申し訳程度に舗装された道路。
当然オレが地図なんか持ち歩くわけが無い。
あぁ、クソッタレ。
だから田舎は嫌いなんだよ。
そんな文句を言いながら、独り、オレは道沿いに歩き始めた。
「ふぅん、案外施設揃ってんじゃねぇか、この田舎。ま、辺境の地なんてそうそうありゃしねぇよな、今時よ。コンビニあるなら上等上等。むふー、やっぱいつ何時でも『カリカリ君』に限るわぁ」
オレはそう言ってガリッと爽快な音を立てながらアイスを貪り食いつつ、砂利道を歩き続ける。
はー、やっぱアイスに限るわ。
このキィーンッと頭に響く冷たさが嫌な事ーーオンボロバスへの乗車と降車後にわざわざ歩かされたあの時間への苛立ちやその他色々のエクセトラを忘れさせてくれる。
その涼しさと対象的な道端の木々から漏れる木漏れ日の暖かさもまた、中々に気持ちが良いな。
【
とはいってもそれなりの発達はしてるもんで、ある程度の生活必需的施設は整っていて、住人もそれなりに居るみてぇだ。
……交通は不便で仕方ねぇけども。
良くも悪くも近代的な、中途半場な片田舎。
暇な事にゃ変わりねぇが、大自然にほっぽり出されるよりはまだ全然マシだな。
オレが此処にわざわざ訪れたのに特段理由があるわけじゃねぇ。
強いて言うなら興味深かったから、まぁその程度だな。
自分探しの修行旅……という名の気晴らし旅行を楽しんでいたオレは、その途中で会った昔馴染みの【霊能者】からこの町の話を耳にしたんだ。
『あの一件の調査隊、解散しちまったらしーぜ。お前さ、今暇だろ?折角だしさ、見に行ってみたらどうだ?』
およそ一年前、この町で凄惨な事件が起こった。
町外れの廃館【谷奥の
四名の死者を出したその大惨事は、当然表向きには不審者による犯行であると誤魔化された上で捜査が進んだ。
『黒い影みたいな化け物』
『人の手のひらぐらいまで伸びた爪』
『裂けた口からだらりと垂れる舌』……等。
生き残りから【怪異】に繋がるような多くの手掛かりが得られたものの、それぞれの意見が食い違っており、確定的な証拠にはならず。
結局今の今まで犯人と思しき【怪異】の発見には至っていない。
当然この時代で珍しい未解決事案認定である事もオレの興味をそそった訳だが、それよりもオレが気になっているのは精神病のガキについてだ。
無惨な死体群と共に居たという少女。
そいつは発見時に意識があり、尚且後から死亡の確認された子供の隣で泣いていたという。
つまりはだ、そいつは確実に間近で犯人を見ていたはずなのだ。
だからこそなのか、そいつは事件後、精神的に不安定になったらしい。
結論から言うと、オレはそいつが怪しいと睨んでいる。
可能性としては【憑依】、【洗脳】、【多重人格】……。
もしくはストレス性の急性的で無意識的な【霊能】の発現かもな。
とにかく、そいつが一枚噛んでいる、オレは当時からそう考えていた。
だがまぁ残念ながら、あの戦いで忙しかった事もあって此処に来れなかったんだよな。
もしオレが居たらさっさと解決してやれたのに、何度悔やんだ事か。
貴重な稼ぎ時だったのによ、残念無念また来年の再来年。
しかし、こうして訪れる機会が廻ってきた訳だ。
金は得られねぇが面白そうな事はオレ、大好きだかんな。
まずは現場調査か、当事者との対面か……と言いたいとこなのだが。
「オレ、まじで何もねぇな。どうしたもんか」
そう、オレは今、何も持っていない。
ポケットに入っている小銭と小物以外、何もかもが無い。
だが少し前には確かに最低限の荷物は持っていたはずなのだ。
手提の鞄に入れていたはずのそれら、全てをあのオンボロバスに忘れたんだよ、畜生が。
あんな息苦しいとこ、当たり前に飛び出しちまうだろうがよ。
すぐ発車しないで確認してけよ。
その上オレにはほとんど例の事案の情報が無い。
まぁ【
当事者も現場もわかんねぇけど、ま、最悪誰かに聞けばどうにかなんだろ。
そうして、一文無し……正確には2195円持ちのオレは道無き道を歩いている。
まずは調査がどうのこうのよりも生活基盤を整えなければ……って。
「おいおい、嘘だろ。少し歩いただけだぜ。此処、ドコだってばよ」
これまでの振り返りで集中が削げたせいだろうか、オレはいつの間にか見知らぬ森の中に居た。
さっきまで歩いていた砂利道も無い、開拓のかの字もねぇ奥の奥。
昼間なのに真っ暗ってどういう事だよ、ほんと。
ちょっと前の言葉を訂正、田舎にマシなんてねぇわ。
何度迷えばいいんだよ、クソッ!
「だから自然が豊かってのは嫌いなんだよっ!!」
怒り任せに咥えていたアイスを齧り切り、木の棒を勢いに任せて粉砕。
……。
オレは無言で木片を拾い集める。
今日ってマジついてねぇわ。
金不足だってのに、なんで貴重な食料を得れる可能性を文字通りへし折ってしまうのだか。
これって集めたら、字がまだ見えるんならギリで許されたりしねぇかな?
てか許してくれ、頼む。
オレに生きる源を分けてくれ。
最後の破片を集めたオレはホッとする。
とりま文字は読めそうだ。
起きてしまった事はどうにもならねぇから、今後に期待するか。
さて、ささっと帰り道を探してっと……。
その時、オレは目の前に見えたそれの存在に思わず硬直する。
それは廃墟、だった。
蔦が生え、一部は崩壊したその巨大な建造物が、少し先でオレを出迎えていた。
おやおやおやおや……案外運、いいかもな。
オレは錆びついた門のような何かに飛び乗って、高い位置から再確認する。
森の中の開けた空間に佇む異様な姿。
両脇には山がある事から、この森は恐らく谷間にあるのだろう。
そしてどことなく漂う【霊力】の残り香。
間違いない。
「【谷奥の
思いがけずオレは核心に迫っていたみてぇだな。
悪くねぇじゃんか、田舎。
オレは思わず口元に笑みを浮かべた。
平成26年4月25日、【永冠霊能者】
綾辻めだかの廻答例 影城 みゆき @mikeneko-ymsrkok
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