QⅠ:人は何故、喪失感を覚えるのでしょうか Q.Ⅰ
Q.Ⅰ:前提条件
「……そういえばさぁ、お宅の子、引き篭もってるらしいじゃないの。今年で小4だっていうのに困ったものねぇ」
「いえ、私達家族として、あの子を受け入れる事しか……。いずれかはあの子の精神状態も良くなって学校に通える日が来る……そう信じてるんですけど……」
「あぁ、そうだったわね。お宅の子、あの事件に巻き込まれたんだったわね。確か……子供が四人亡くなったんだったわね。それも他殺だっていうじゃない。一年も前とはいえ物騒なもんよねぇ。つまりはそれで心を?」
「まぁ、大体そんなところです。ただ……一番の原因は守れなかった事じゃないかと」
「守れなかった?誰を?」
「あの子にとって一番の親友もあの事件に巻き込まれたのですが、その子も……。それでどうやら自分のせいだ……っていう脅迫的な責任感を背負っているみたいだ、とお医者様は……」
「なるほどねぇ。その子も訳アリなのねぇ。早く良くなるといいわね」
「……そう、ですね」
「じゃあ、私は先に失礼するわね。はい、これが頼まれてた参考資料よ。
「はい、
トン……トン……トン……。
松の原木を丸ごと使って作られた大きな扉を三回叩く。
……返事は無い。
いつもの事だ。
集中している時、あの人ーー
声を掛けられようが、視界内で手を振られようが、一切気が付かないのである。
「……島田さんから資料を受け取りました。此処に置いておきますね」
どうせ反応は無いだろうが、一様声だけ掛けていく。
中に入ると邪魔だと言って怒り狂うのは目に見えているので、蚊帳色にくすんだ床の上に資料を置いておく。
無駄に広い廊下を歩きながら、
先程はまるで私達家族全体であの子を支えているみたいに吐かしたが、実際そんな事はない。
いや、少なからず私は支えている……と思っている。
問題は
あの人はどうもあの子の事を毛嫌いしている節がある。
恐らくはあの子が産まれた事で以前より連載速度が下がってしまった事が原因だと思われる。
神経質の夫には子供という存在が鬱陶しくて仕方がなかったのだろう。
あの子が不登校になってからも、夫は何もしなかった。
心配するわけでも無く、叱りつけるわけでも無く。
まるで最初からあの子がいないもののように……。
自分が必要とされてない、きっとその事実は頭の良いあの子には分かっていたのだろう。
だからこそ、余計に心を壊してしまったのだ。
きっと、そういう事なのだ。
ふと、違和感を覚える。
長い廊下の突き当り、居間の扉が開いている。
はて、私はあの扉を開けていただろうか。
私が言うのもなんだが、それなりに私は几帳面であると思っている。
基本開けた扉は締めているはずだが……。
はっと私は一つの可能性に思い至る。
急いで玄関に向かい、その確認に向かう。
ステンドグラスからの色とりどりの光が差し込む玄関、私は沢山並ぶうちの一つの靴箱の戸を開けて、中を覗き込む。
開けた瞬間、古臭い木の香りと共に埃が舞い上がる。
……からっぽだ。
本来ならあるはずのモノーー一年以上使われていなかったはずのアレがなくなっている。
まさか、そんな……。
もうほとんど確実であるはずの事実を私は受け入れられず、駆け足で居間方向に少し進んだ所にある階段を登る。
そして階段の直ぐ側にある扉の前に立った。
ドアノブを掴もうとする手は小刻みに震えている。
……私は何を考えているんだ。
もし本当にそうだとして、私の考える最悪のシナリオであるとは言い切れないはずだ。
私は意を決してノブを廻す。
ガチャッ……重苦しい音を立て、中の様子が顕になった。
館の雰囲気に沿わず、全体的に明るめな空間。
あちこちにぬいぐるみが置かれ、どれも長らく洗われていなかったのか、薄汚れてしまっている。
僅かに空いたカーテンから差し込む光は、薄暗い部屋の空中に数本の線を描いている。
直前まで誰かが居たはずの室内……しかしそこには誰の姿も見えなかった。
……やはり私の考えは正しかったのだ。
平成26年4月25日、私の娘ーー
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