第6話 作戦終了! 「ようこそ、カンディア第三衛星イラクリオンへ!」
「総督閣下、まずはご無事な帰還をお喜び申し上げます。ですが、どうかこの状況を私たちにも解り易く説明してはいただけないでしょうか」
数十分後。
駆逐艦デスピナの戦闘指揮所に戻って来たレンカは困惑し切った表情のオルセオロ艦長に出迎えられていた。
艦長の困惑は当然であろう。何しろ、新任の総督が我が身も顧みずカンディアの低軌道に飛び出していったと思ったら、生物など存在する筈のないカンディアの大気の中から正体不明の知的生命体と、その母艦と思しき異形の宇宙船が相次いで現れ、しかもそれがカンディアに落下しつつあった海賊船を救助したのだ。
そして現在、その巨大な宇宙船はオルセオロとレンカの乗るデスピナと、コルベット艦サオの直下二〇〇キロほどの位置で、未だにその巨大な背中に大破した海賊船を乗せたまま静止していた。
「不謹慎ですが私は子供の頃に見たSF映画だか漫画だかを思い出しております……いっそ、その映画のように、下にいるあの艦……トロギロスでしたか? あれと砲雷撃戦でも繰り広げていたなら、まだ納得も行くのですがね」
現実はというと、レガトゥスの誘導に従って恐る恐るトロギロスに降下したサオが、TD部隊を降下させて、残る三名の海賊の救出作業を行っている様子が、戦闘指揮所のメインモニターにでかでかと映し出されている有様である。
「彼らが私たちに協力してくれたのは事実です。現時点でそのような敵対的な発言は慎むべきではないでしょうか」
レンカは口を尖らせてオルセオロを睨みつける。しかし、今度は艦長も引き下がらなかった。
「そもそも、何故彼らは我々の標準語を話せるのか? ……侵略とは、何もいきなり目標に対して先制攻撃を仕掛けるだけが正しい始め方ではないのです。彼らの意図に対して無警戒な態度を取ることは、潜在的なリスクを無視することになりかねないと小官は愚考します」
【余計ナ誤解を・避けルためニ・説明してオく】
音声と共に、突然レガトゥスの頭部がメインモニターにアップで映し出され、戦闘指揮所にいたレンカ以外のクルーはオルセオロを含めて一様に動揺を見せた。
【我々ノ・目的は航海に必要ナ物資ヲ・こノ巨大氷惑星から採取スるこトで・可能な限リ原住生物と接触は避けタかった・そノためニは、お前達ノ動向を把握すル必要がアった。こノ惑星に潜行してイル間、こノ惑星系内デ・飛び交う電波ヲ受信してソの内容ヲ・翻訳シて――お前たちの使用している言語を解読してイタ】
レンカは、さり気無くレガトゥスの標準語の発音とイントネーションが、出会った当初よりかなり正確になっていることに気付いた。
レンカと会話することで自然と矯正されたのだとしたら、恐るべき知能と適応力である。
一方、レガトゥスの姿を見た衝撃から立ち直ったオルセオロは説明を聞くと、より猜疑心が強まった様子で、レガトゥスが割り込んで来た通信機に語り掛ける。
「成程。筋が通っているように聞こえるが、それでは総督と海賊をわざわざリスクを冒して救助したことの理由としては納得できない。接触を可能な限り避けると言いながら、姿を現した矛盾をどう説明していただけるのか?」
レガトゥスは、オルセオロのこの指摘にも全く同様した様子を見せず、冷静な口調(傍で聞いているレンカはそう感じた)で回答した。
【もし・あのまま犯罪者の船と・お前たちの総督が惑星に落下したとしても・お前達はそれで事態は収束したと判断するノカ?】
「む……」
レガトゥスの質問の意味が解ったのか、オルセオロが難しい顔で黙り込んだ。確かにその場合はカンディアの駐留軍は総力を挙げて現場検証を行うだろう。
その場合、駐留している艦が総動員され、カンディア周辺は大騒ぎになる。
勿論、カンディアの大気のかなり下層まで降下できる無人観測機も大量に導入され、可能な範囲での情報収集が行われるのはほぼ間違いがない。
その過程で、トロギロスが偶然発見されてしまうような事態になることも十分に考えられるということだ。
【あの敵前逃亡兵の・工作で船が沈み始めた時点で・俺の部隊とお前たちの文明が好ましくない接触に・至ることは不可避だったと判断した。それなば可能な限り・軋轢の少ない接触である方が望まシイ】
「なるほど、つまり自首した方が罪は軽く済むとでも……?」
不敵とも、不遜ともいえる口調でオルセオロが問う。
ただ、レンカはオルセオロの握り締めた拳が僅かに震え、制服の襟元に汗が浮かんでいるのを見逃さなかった。
【そう・だな。何なら勝負は尋常である方が禍根を残さないと言ってもいいだロウ】
レガトゥスの口から、「勝負」という武力の行使を匂わせる単語が飛び出たことで、デスピナの戦闘指揮所は騒然となり、スタッフの中にはあからさまな非難を込めた視線で挑発的とも取れる発言をしたオルセオロを睨む者もあった。
実際の所、この時点ではこの生命体たちは何らかの攻撃能力があることを人類側に示している訳ではない。
しかし、イラクリオン艦隊の眼下に停泊しているトロギロスの巨体なら、すこし加速して体当りするだけで、簡単にこちらの駆逐艦やコルベット艦を破壊できることは疑いが無い。
更に言えば、今現在スクリーン越しに此方と接触しているレガトゥスの方も、ここまで明らかになった情報だけで、カンディアの大気圏内の高速飛行という、およそ人類側のスラスト・ドレスには不可能な芸当をやってのけているのだ。
仮に彼が今すぐデスピナに殺意に満ちた突撃を仕掛けてきたら、果たして直掩のスラスト・ドレスや艦載兵器で対応出来るかどうか。
「でも、軍団長はそんなことはしない……そうだよね」
レンカは騒然となった戦闘指揮所のスタッフたちを片手で制し、スクリーンに映るレガトゥスを真っ直ぐ見つめながら、毅然と言い放った。
上半身を前に乗り出し、両方の拳を体の前でぐっ、と握って入るがその全身は震えてはいない。目つきは真剣そのものではあるが、口元は微かに笑みを浮かべている。
沈黙するレガトゥスの映像を見ながら、レンカはふと、相手にも此方の艦橋の映像は届いているのだろうかと、思った。
普通に考えれば、向こうはデスピナのカメラに姿が入るように調整して、オープン回線で通信しているだけの筈だ。
しかし、デスピナが発信している電波には普通は味方の艦と通信する場合を想定してブリッジにリアルタイムの映像も乗せられている。
ここまでにあの宇宙生物が見せた行動からすると、映像毎トロギロスが受信してレガトゥスと共有していても不思議ではない。
【これも・最初に明言しておくべきだったか。お前たちが俺たちに攻撃を仕掛けない限り、此方もそちらに・戦闘を仕掛ける意思はナイ】
レガトゥスが一度嘴の先を小さく開いてから、改めて嘴を開いてこう宣言した仕種を見てレンカはそれを溜息のように感じた。
【そもそも・艦長が抱いている懸念は無意味だ。俺たちは・事故船の拘引準備が完了し次第、この星系を離脱する。それで・お互いにとって状況・終了だ】
海賊船をイラクリオン艦隊に引き渡したら、即座に立ち去るというレガトゥスの宣言で、デスピナの戦闘指揮所に安堵の声が広がる。オルセオロもこれを聞いてようやく緊張を解いたように見えた。
【此方から・言うべきことは以上だ。質問はないだろウナ?】
レガトゥスは否定疑問文で問いかけた割には、律儀に人類側の質問を待つようにデスピナのブリッジを見回すような仕草をして見せた。
【では・通信を終わらせてもラウ】
デスピナのカメラから離れるつもりなのか、レガトゥスが巨大な翼を動かす。
その時、レンカが突然叫んだ。
「そうだ、軍団長さん、怪我は大丈夫なのっ? 私を助けるために、カンディアの大気を突っ切ってきたから翼を負傷したって、さっき艦長が言っていたよ!」
だが、レガトゥスはレンカの心配そうな視線に、煩わしそうに被膜を振ってみせる。
【損傷は軽微だ。そうでなかったとしても・お前には関係・ナイ】
【ああ、おいたわしや戦隊指揮官殿、大切な被膜にこれほどのダメージを受けながら総督閣下を思いやるそのお心遣いに私は心打たれております!】
トロギロスの声が通信に割って入ったことで、一度は落ち着きかけていたデスピナの戦闘指揮所が再度、不安なざわめきに満ち始めた。
その声自体は、落ち着いた穏やかなものだったが、それを発しているのが、デスピナの真下にいる巨大な宇宙生物そのもだという事実は多くの人間には抑えがたい恐怖を感じさせるのだろう。
【しかし、戦隊指揮官殿。最早虚勢を張ってみても無意味ではないでしょうか。その無残な布切れのようになった被膜では戦闘機動も叶いますまい……本艦も先程の緊急自切で第三艦橋に受けた損傷が大き過ぎます。このままでは航行もままなりません】
レンカを含めたデスピナのスタッフは、メインモニターに映るレガトゥスの被膜の縁が爛れ、あちこちに体液がにじみ出ているのに気づく。
「ひ、ひどい……」
レンカの表情が曇る。そして、そんな彼女に同意するようにデスピナの戦闘指揮所のスタッフたちの騒めきにも、「痛そう」とか、「総督を助けようとしてあんな怪我を……」などいった同情的な呟きが混じり始めていた。
だが、同情を向けられたレガトゥスはと言うと、困惑した様子で、トロギロスに向かって声を荒げた。
【……何を・を言っている? この程度の損傷で戦闘機動に支障が出るナドと本気で言っているのか? それに、第三艦橋とはお前のどの臓器だ? そもそもあの程度の自切デ――】
「もういいの! 黙って!」
レンカがレガトゥス以上の大声を上げたため、レガトゥスも思わずといった様子で言葉を飲み込む。
「私たちの基地なら最新の医療設備がありますっ! そこまで戻れば軍団長さんと艦長さんの修理……治療が出来るからっ! 異論は認めません!」
レンカは腕組みをしてレガトゥスを睨みつけながら、怒った顔できっぱりと言い放った。
【成・程。確かに俺たちとお前たちは同じ炭素系生物ではある。互換性のある治療設備もあるだろう】
溜め息のような仕草とともにレガトゥスがそう言ったことで、レンカは笑顔になりうんうんっ、と頷いて見せる。
【だが・トロギロスはどうする? この艦体が収まるようなドッグがお前たちの居留地に存在するノカ?】
もっともらしいレガトゥスの反駁。しかし、それにレンカが答える前に、トロギロスが口を挿む。
【別に、きちんとした船渠や港に停泊させてもらう必要はないのです。私は生物ですから、水と体組織の再生に必要な有機物とその他の元素が豊富にある場所なら、中断した補給も再開できますし、傷もすぐに癒えるでしょう】
ここでトロギロスはわざとらしく言葉を切ると、明らかに不自然な、人間の咳払いを真似たような音を出してから説目を続けた。
【例えば……恒星から少し遠くても、惑星表面全体を覆う二〇キロメートル以上の分厚い氷の下に地殻の活動で熱水噴出孔があって最低限の水温が維持されて、原始的な生命が存在するおかげで有機物も適度に含まれている深さ数一〇キロメートルほどの液体の『海』が、惑星全体を覆っているような天体で一休みさせていただければ、大変助かるのですが……】
「待て! それは……!」
トロギロスの発言の意図を理解したオルセオロ艦長が慌ててそれを拒否しようとするが、レンカがそれをさせなかった。
「ようこそ、クレタ連邦領アバノ・シヴリト星系第八惑星カンディア第三衛星イラクリオン基地へ! 私はカンディア総督として、貴方たちを歓迎します!」
満面の笑顔でレンカは宣言した。
カンディア総督であるレンカは駐留軍の司令官であるオルセオロ艦長の上司であり、説得も無駄な雰囲気である以上オルセオロには頭を抱えて沈黙するしか選択肢はなかった。
カンディアの風に吹かれて いぬのべろにか @160012znovy-r
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