13-3 辿り着いたブレイズ

「やあ、モーブ」


 馬車を降りた俺達に、ブレイズは手を上げてみせた。


「ランも元気そうだね。……マルグレーテも。それに……そこにいるのは、まさかのリーナ先生……。卒業以来、ご無沙汰しております」

「ブレイズ……」


 笑いかけたランも、戸惑ったような声。困惑するのもよくわかる。というのも、ブレイズの雰囲気が少しおかしかったからだ。


 マルグレーテは、黙ったまま眉を寄せている。


「ブレイズ、お前もな」


 一応はそう言ってやったが、やはりどこか変だった。


 どこで入手したのか立派な鎧を装備して、整った顔には、微かな刀傷が走っている。まさに勇者の出で立ちだが、目がなんだかイッている。黒目が大きく、虹彩が締まらず瞳が大きい。だから、なにを考えているのかわからない感じだ。笑みを浮かべてはいるが、唇の片方が上がって張り付いたような、不自然な笑い方。全体になんとなく狂気を感じる。


「モーブ、仲間が増えたんだね。それも……かわいい女の子ばかり」


 俺とランに並び立つ嫁達を、ぼんやり見ている。


「ああ……そこにいるエルフは一時いっとき、僕のパーティーにいた娘じゃないか。よくあんなわがままなカスを手なづけたね。凄いや。さすがはモーブだ」


 けけけけっと、引き攣ったように笑い出す。こんな笑い方、昔のブレイズは絶対しなかった。


「でも僕にもね、仲間がいるよ。頼りになる連中だ」


 ちらと、馬車を振り返る。


「ブレイズ、よくここまで辿り着けたな」


 正直、舌を巻いたよ。だってここは魔族の土地も最奥部、魔王城至近だ。そう簡単に踏み込める場所じゃない。


 ここに立っているってことは、ブレイズも自分が勇者の血筋と知り、大海を横断してこの大陸に渡ってきたってことだ。おまけに広い大陸でストーリークエストを全部こなし、とうとうエンディング間近までゲームを進めたという……。さすが本来の主人公だけある。


「魔族の戦闘馬車を奪い、偽装してここまで突っ走ったってことか」

「ねえモーブ、そこにいるのは魔族だよね」


 ヴェーヌスを見つめてきた。


「魔族は僕達の村を滅ぼした敵……。一緒に倒してくれるよね、モーブ。そうして共に魔王討伐しよう」

「いや、こいつは俺の仲間だ。敵じゃない。それに魔王だって、俺やブレイズの真のターゲットではない。本当の悪党は、アドミニストレータという野郎だ」

「アド……なんだって」

「アドミニストレータ。お前も旅の途中でなにか聞いたことがあるんじゃないか」


 なにしろ主人公だしな。重要イベントをこなす間に、情報が出ていても不思議じゃない。


「なに言ってるんだよモーブ……。まさか……モーブも魔王に洗脳されたのかな」

「本当だよ、ブレイズ。目を覚まして。モーブに協力してよ」

「ああ……ランまで魔王の手に落ちたのか……」


 必死に説得するランの姿を見て、悲しげに首を傾げてみせた。奇妙な笑みを張り付かせたまま。


「なら、戦わないとならないか……」


 馬車を振り返る。


「みんな出てきて。雑魚戦か中ボス戦かわからないけれど……まあ、どっちでも同じさ」


 ブレイズの呼びかけに応じたのか、馬車のうろこが開く。ぎくしゃくと、ぎこちない足取りで数人降りてきた。人間が。……というか元は人間だったであろう存在が。


「僕はね、不思議だったんだ」


 ええへへえっと笑うと、ブレイズが続けた。


「僕はヘクトール史上最高成績で入学し、卒業試験でも最難関ダンジョンを最終日にクリアする奇跡を起こした。国王にだって直接、顕彰されたよ。その後だって厳しいクエストを全部撃破してきた」


 過去の栄光を思い出したのか、うっとりした表情だ。


「なのに、なぜか友達も仲間もひとりもできない。もちろん恋人も。みんな逃げていくし、国王に下げ渡された資金で傭兵を雇っても、みんな僕に悪態をついて居なくなるんだ。……だから思ったよ。強い仲間をお金で集めて毒を盛り、いいなりになる存在に変えればいいんだって……」

「モーブ……」


 マルグレーテが、俺の袖を引いた。


「あれ、アンデッドよ」

「ああ」


 ブレイズの後ろに進んできたのは、戦士ふたり、魔道士三人、アーチャーふたり。それに……ニンジャかスカウトと思われる短剣遣い。ニンジャだとしたらあの短剣は、おそらく即死スキル持ちだろう……。


 男も女もいるが、いずれも肌は青黒く変色して皺だらけ。眼窩は窪んで、腐った眼球が奥で萎縮している。アーティファクトと思われるヤバそうな武器防具を全員、てんこ盛りに装備している。


「アンデッドだなんて、人聞きが悪いなあ、マルグレーテ」


 けけけけっと、ブレイズが天を仰ぐ。


「仲間はね、僕の命令が絶対。僕に悪態をついて逃げるなんてないし、死を恐れないよ。だってもう死んでるからね。……それに死を超越した存在だというのに、普通のアンデッドと違って、回復魔法でダメージを食らうこともない。究極の仲間だよ」


 ブレイズは長剣を抜いた。ドライアイスのように、刀身から漆黒の煙がもやもやと噴き出している。もちろん、こんな不気味な装備など知らない。原作未見の長剣だ。恐ろしげなオーラが、剣から立ち上っている。


「その剣は……」

「ああ、親切な人がくれたんだ。魔王討伐を邪魔する奴を、これで倒せって……。たしか……アドミ……なんだっけな」


 ブレイズは頭を振った。


「思い出せない。もう何か月も、頭がぼうっとしててね。脳がもやで覆われてるように……。ごめんね、モーブ」

「その人だよ、ブレイズ」


 ランが叫んだ。


「アドミニストレータが、全部悪いんだよ」

「悪いのは魔王、そしてそれに踊らされるモーブだろ。……もう僕は、ランのことは諦めたよ。モーブと一緒に地獄に落ちるがいいよ。ひゃははははっ」

「よせ、ブレイズ」

「ここに来て命乞いかい、モーブ……」


 唇の端から、よだれが筋を曳いて垂れた。


「ブレイズ、目を覚まして」

「ラン、諦めろ。こいつはもうブレイズじゃない」

「じゃあなんなの、モーブ」

「こいつは……裏ボスだ」


 原作ゲームの裏ボスは、ネクロマンサー。引き連れるアンデッドは、回復魔法でダメージを与えることができない。つまり今のブレイズと全く同じ。


 ――アドミニストレータの野郎、素体四体を俺に抹消された苦し紛れに、ゲームの主人公を裏ボスに魔設定しやがったのか……。


 腹の底から、怒りがこみ上げた。自分が管理するゲームをめちゃくちゃにしてまで、俺を潰そうってのか。




――ぼっ――




 いつもの着火音と共に、俺達を取り囲む炎が地上に噴き出した。虹色の炎――。間違いない、これは裏ボス戦演出だ。


「全員戦闘開始っ!」


 俺は叫んだ。


「幼なじみだろうと遠慮するな。一瞬でもためらえば、俺達が死ぬ。総力戦だっ!」

「うおーっ!」


 煙を噴き出す剣を振りかざし、ブレイズが突進してきた。一直線に。俺に向かって。




●ブレイズ……気の毒に……。

裏ボスがネクロマンサーであることについては、第一部の卒業ダンジョンクリア直後に話題に上がっています。↓ここで

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739/episodes/16817139554768218775

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