13-2 魔族馬車の男

「だいぶ近づいてきたよねー、モーブ」


 馬車の御者席で、ランが先を指差した。例の真っ赤なマーカーライトが、かなり大きく見えている。魔王城を後にして一週間、あと数日程度でマーカーの真下に辿り着けると思われた。


「馬車で飛ばしたからのう……」


 手綱を握っているのはヴェーヌスだ。魔王との会見以来、俺達を見ても魔族は敵意を向けては来なくなっていた。普通にヴェーヌスに頭を下げるのは当然としても、俺や仲間が縛られもせず馬車の周囲で飯の準備などしていても、まるでそこに居ないかのように無視している。


 だから誰が手綱を握っていても問題はないのだが、万一を考え、魔王の娘たるヴェーヌスを、外から丸見えの御者席に置いているわけさ。


「アドミニストレータが隠れておる次元の狭間とは、世界のあちこちが繋がっているというのが、父上の話だった」

「そのために必要なのは、七つの特殊なアーティファクト」

「みんなには言っていなかったけどさ、あれはどれも、原作ゲームに出てくる『裏ボス』っていう特別な敵が落とすレアドロップ品なんだ。魔王にもらった『死中活の指輪』が、最後のひとつ」

「それが揃ったってことだね。……それで魔王城を出ると、あの光が見えた」

「つまりあの光は、アドミニストレータと接触するためのしるしで間違いはない」

「城を出ればすぐ場所がわかると、父上も言っておったしのう……」

「問題は、マーカー下がどうなってるかだよな」


 俺は荷室を振り返った。


 荷室の壁に並んで寄りかかり、マルグレーテは、アヴァロンやリーナ先生となにか話しているところだった。あーちなみにレミリアは俺のブランケットに潜り込み、例によってなにか食っている。


 寝具を三組に増やした最初の晩は結局、ランとリーナ先生を俺のブランケットに招いた。なんか癒やされたい気分だったし。ふたりの胸にたっぷり溺れて、天国だった。


 翌日は、ヴェーヌスとマルグレーテ。ふたりとも俺の体にキスするの大好きだから、相性がいいかなと思った。これは面白かったよ。俺の乳首を吸って脇に唇を這わせるマルグレーテを見てヴェーヌス、不器用ながらせっせと真似してたからな。高い戦闘力を誇る魔王の娘とはいえ、寝台ではなにも知らない子供も同然。俺との夜に慣れているマルグレーテは、いい教師だわ。しまいにはふたり、ブランケットの奥に体を潜らせ、もぞもぞ動いていたし。見よう見まねで頭を動かしていたヴェーヌスが、「んっ!?」と驚きの声を上げたりしてな。


 三日目に寝るときは、アヴァロンと……試しにレミリアを呼んでみた。「はあ、冗談でしょ」とか、鼻であしらわれたけど。「まだそこまであたしの気分、高まってないもん」とのことだ。さすがエルフ。恋愛フラグ硬いわ。あっさり断られたので、アヴァロンとリーナ先生。アヴァロンの感じるところ、だいぶわかってきたから楽しかった。人間の耳とか、尻尾の付け根とか。きゅっと握ると、おしとやかなアヴァロンでも、こらえきれず乱れるからな。


 今晩は誰と寝ようかな……。仲良くはしゃぐ嫁達を見ながら考えた。……がまあ、今はいいか。それより話さないとならないことがあるし。


「なあマルグレーテ、あのマーカー、どうなってると思う」

「そうねえ……」

「きっとあれ、中が螺旋階段みたくなってるんだよ」


 口をもぐもぐさせながら、レミリアが割り込んできた。


「それをずーっと上っていくと、天に着くんだよ」

「それじゃ行き先は天国でしょ」


 冷静な、マルグレーテのツッコミ。


「でもアドミニストレータって、世界を管理してるんでしょ。神様みたいなもんじゃん」


 レミリアがぷくーっと頬を膨らませる。


「普通に考えると、あそこがワープポイントになっているか、地下への階段じゃないかしら」


 リーナ先生が首を傾げる。


「アルネ・サクヌッセンムも次元の狭間に隠れ住んでいた。そのワープポイントは、『不死の山』の火口にあったでしょ」

「その意味ではたしかに、天上よりは地下に関係が強そうだわね」


 マルグレーテも頷いている。


「アヴァロンはどう思う」

「はい、モーブ様」


 瞳を閉じると天を仰ぐように顔を上げ、しばらく精神を集中するような仕草をする。目を開けた。


「私もリーナさんに賛成します。あそこはパワーポイントになっています。おそらく……地下に下りるというより、どこかに転送されるのではないかと」

「なんだかわくわくするねー、モーブ」


 俺の背中にのしかかり、ランが手を回してきた。


「大冒険って感じがして」


 後ろから俺の耳にキスしてくる。


「いや、冒険というよりラスボス戦なんだが……」

「へえー、それも楽しみ」


 ランはいいなあ、前向きで。


「おい、モーブ」


 ヴェーヌスの声と共に、馬車は速度を緩めた。


「なんだよ」

「馬車だ。……進路を塞いでいる」

「どれ……」


 御者席に戻ると、道の先に、たしかに一台停まっている。


「なんだろ……」


 離れた馬車を見ようと、ランが瞳を細めた。


「魔族の商人かな」

「いや、あれは魔族の戦闘馬車だ。それが証拠に、曳いておるのは馬ではなく、大蜥蜴おおとかげだしのう」

「たしかに」


 馬車自体、普通のものとはかなり違っていた。四角いというより、松ぼっくりといった形状。真っ黒なうろこ状のなにかに覆われていて、窓はない。繋がれているのもたしかに、大きなトカゲ三匹だった。ヴェーヌスの話では這うように進むらしいのだが、馬よりむしろ速いらしい。


「なんだ。故障かな」

「いや……。あたしらの馬車を見て、進路を変えた」


 ヴェーヌスは首を振った。


「そしてまっすぐこちらに向かってきて、あそこに横向きに停めおった。左右に森が密接し、擦れ違うことのできない場所を選んで……。どうにも、行く手を塞いだとしか思えんわい」


 ヴェーヌスは馬車の速度をさらに緩めた。もはや歩いたほうが速いくらいだ。


「モーブ、どうやら厄介事だ」

「しかし、魔王とは話を着けた。今さら魔族が俺達を襲うとは思えない」

「だから厄介事だと言っておるのだ」


 ヴェーヌスは、俺の目をじっと見つめた。


「……なるほど」

「見てモーブ」


 ランが俺の袖を引いた。緊張した声で。


「あれ見て」


 馬車のうろこが一枚めくれると、男がひとり降りてきた。無表情で、近づく馬車をじっと見つめている。魔族ではない。人間。若い男。見覚えのある、知っている男だ。あれは――。


「ブレイズ……」


 ランが呟いた。


 そう。立っていたのは、俺とランの幼なじみ。「はじまりの村」で共に育ち、王立冒険者学園ヘクトールに同期入学した男。原作ゲームでの本来の主人公、ブレイズだった……。

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