13-4 対「裏ボス」戦

「マルグレーテ、まずニンジャを潰せ。攻め込まれたら即死続出だ」

「わかった」

「ヴェーヌス、お前は敵陣に斬り込み、魔道士を叩け。即死は無理でもダメージを与え続け、詠唱を邪魔しろ」

「婿殿っ」

「ラン、敵アンデッドには回復魔法を使うな。ダメージどころか、普通に回復させちまう」

「補助魔法からにする」

「リーナ先生、例の技は封印です」

「言うとおりにするわ」


 矢継ぎ早に命令した。


「レミリア、お前の弓矢の特殊スキル『アンデッド即死効果』も、こいつらには通じない。普通の攻撃のつもりでやれ。まずは――」

「もう始めてる」


 俺の言葉を遮って、レミリアの矢が音を立てて敵アーチャーに飛び、アヴァロンの聖属性地形付与が炸裂した。もう全員、役割はわかっている。さすがは俺のチームだ。


「モーブ、ここが終点だよっ!」


 斬り込んできたブレイズの剣を、「業物わざものの剣」で受ける。――と、俺のクラスB装備にはバターのように敵剣が通り、まっぷたつに刃が切断された。


「くそっ!」


 業物の剣の握りをブレイズにぶん投げ牽制すると、咄嗟に飛び退く。なんだかわからんが、ヤバいスキルが付与されてるわ、あの剣。「冥王の剣」を抜いた。冥王の剣は裏ボスレアドロップのアーティファクトだ。まさか敵剣で斬り裂かれることもあるまい。


 ……ただ、こちらは短剣、ブレイズは長剣だ。間合いは不利。あの剣でかすり傷でも与えられたら、どんな効果が襲ってくるか、わかったもんじゃない。一度も攻撃を受けず、対処しないとならない。


「モーブ様、私が……」


 走り込んだアヴァロンが匕首あいくちをきらめかせ、背後からブレイズの腎臓を突いた。深追いせず、すぐに跳んで逃げる。アジリティーの高さを生かした、アヴァロンならではの攻撃手法だ。


「……」


 敵魔道士から回復魔法が飛び、ブレイズを包んだ。与ダメで一瞬生まれた隙に、またアヴァロンが攻め込む。


「おっと、お前の敵は俺だぜ、ブレイズ」


 アヴァロンに振り下ろされた剣を、俺が受けた。キン――と、金属音がして、剣から火花が飛ぶ。予想通り、冥王の剣はブレイズの剣を受けきった。


「やるねえモーブ」


 ブレイズが笑った。


「さすが、ここまで戦ってきた雑魚なんかとは違う。……楽しいよ、僕」

「……」


 無言のままものすごい速度で走り込んできた敵ニンジャが、アヴァロンの背後に突っ込んできた。


鎌鼬かまいたちレベル十」

「鎌鼬レベル十」


 マルグレーテの輻輳魔法が切り刻む。体をばらばらにされたニンジャは地面に崩れたが、敵魔道士の修復を受けて立ち上がった。


「それでいいぞ、マルグレーテ。相手はなにがあっても死なん。どいつもこいつも、ばらばらにして無力化しろ。最終的にネクロマンサー――ブレイズさえ倒せば消える」

「了解っ!」


 ――にしてもくそっ、敵の詠唱が速いな。


 魔道士三枚が壁だ。ヴェーヌスが次々キックを見舞い邪魔しているが、なにしろ詠唱が速いから、一体相手にしている間に、他が宣言してくる。三体とも、攻撃魔法と回復魔法、どちらも使えるのが厄介だ。


 おまけに守備的戦士が魔道士を守り、ヴェーヌスに左右から斬りかかってくる。どうやら敵陣に斬り込むのは、ヤバい剣装備のブレイズと即死スキル持ちニンジャの役目らしい。どちらもかすり傷だけで致命ダメージを食らいそうだ。


 残りの戦士二枚は、魔道士とアーチャーを守護するフォーメーションなのだろう。なんせゲームの主人公だからな、ブレイズ。攻撃的前衛は、あいつとニンジャで充分って判断か。


「癒やしの大海っ」


 独り敵陣に斬り込んでいるヴェーヌスを、ランが保護する。


「詠唱速度向上」

「魔法威力増大」

「戦闘中HP二十パーセント増加」

「敵魔法効果半減」

「HP定期回復っ!」

「敵行動速度十パーセントダウン」

「行動速度二十パーセントアップ」


 リーナ先生とランの補助魔法が、こちらに有利な変数を戦況に加えてゆく。


「敵魔道士最優先だ」


 敵フォーメーションの意図が見えてきた。ブレイズの注意を惹きつけながら、俺は叫ぶ。


「アーチャーの傷とか、急所さえ避ければ死なない。傷も毒も、後で治せばいい。頼むぞっ」

「はーいっ」

「わかった」

「うん」

「婿殿」


 口々に返事があり、魔道士に攻撃が集中し始めた。前線で大暴れするブレイズは、俺とアヴァロンが牽制して時間を稼ぐ。マルグレーテはまずニンジャを切り刻んで敵攻撃の芽を摘み、敵修復の隙に、魔道士に攻撃を集中する。ヴェーヌスも魔道士ターゲットで、時折、戦士の相手をしている。背にはすでに数本矢が刺さっているが、ヴェーヌスの攻撃速度は全く落ちていなかった。


「……強い」


 次第に失われていく援護攻撃。孤立気味になりつつあるブレイズが、思わずといった様子で呟いた。


「かかってこいや! ブレイズ」


 敵攻撃の波が一時的に収まった瞬間、俺は叫んだ。今しかない。


「俺とお前、ふたりで決着つけようじゃないか」

「望むところだよ、モーブ」


 闇を噴く剣を構え直すと、ブレイズが突っ込んでくる。俺には戦略があった。あの剣をひとかすりたりとも受けることはできない。だからまずは剣をなんとかしないと。そのためには、ブレイズをとことん近くまで寄らさないとならない。短剣たる「冥王の剣」の間合いにまで。


「ほら、俺はここだぞ」


 あえて剣を下ろし、ブレイズの動線に仁王立ちになった。上段に構えたブレイズが、まなじりを吊り上げて駆け込んでくる。


 一瞬、ヘクトール入学試験でのブレイズの姿が重なった。「イフリートの剣」を上段に構え、必勝を確信して俺に突っ込んできた、あの瞬間を。まだ俺達が幼なじみであった、あの時を。


「モーブ死ねえーっ!」

「――くっ」


 ぎりぎりまで引き付け、もう本当に紙一枚だけの空間で見切ってわずかに体を捻る。振り下ろされた剣の風切り音が聞こえ、空気が揺れた。闇の煙のいがらっぽさが鼻をくすぐる。


 ――今だっ!


 下から上に、冥王の剣を振り抜く。振り下ろされたブレイズの腕の勢いが、剣の必中スキルと相乗する。闇の剣を握ったままのブレイズの腕を、俺は斬り飛ばした。


「ぐはあーっ!」


 手首を失った両前腕から血が噴き出すと、ブレイズの顔が苦痛に歪んだ。


「モーブ様っ」


 背後から、アヴァロンが腎臓を突く。同時に、俺もブレイズを袈裟斬りにした。立派な鎧だったが、必中スキルの前には裸も同然。奴の胸から、血が噴出した。敵魔道士から、回復魔法は飛んでこない。一瞬だけ視線を飛ばすと、敵は全員寸断されていた。地面に落ちた断片がぴくぴく動くのが、視野の片隅に映った。

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