13-5 弔い

「モー……ブ」


 倒れ伏したブレイズは、なんとか目を開けた。唇の端から血が垂れているから、肺まで刃が通ったのだろう。


「ブレイズ……」


 俺は地面に膝を着いた。


「き……聞こえてる、モーブ? もう声が……あんまり……出なくて」

「大丈夫だ」

「私も……」


 しゃがみ込んだランの瞳からは、涙がこぼれている。


「私も聞いてるよ、ブレイズ」

「強いよモーブ……かっこ……いい」


 先程までの狂気の表情は、すっかり抜けている。転送後初めて会ったときを思い起こさせる、主人公らしく素直でまっすぐな瞳だ。


「僕よりずっと……強いんだね、モーブ」

「お前だって強いさ。魔王城寸前まで、なんの援軍も無しで攻め込んだんだからな」

「ブレイズ、しっかり」


 ランが頬を撫でた。


「私もモーブもついてるよ」

「……どうしてこうなったんだろう」


 ふっと、さみしげに笑う。また口から血が垂れた。


「どこで……間違ったんだろう」

「あなたが悪いんじゃない」


 手首を失った両前腕をきつく縛り、マルグレーテは止血しようとしている。ランが回復魔法を施し、リーナ先生は鎮痛の補助魔法を唱えている。だがもう、どんな回復魔法でも助けられないほど深手なのは自明だった。


「あなたは……どこかで切り替えポイントを見失ったのよ。アドミニストレータの敷いた初期の運命線路から、魂を切り替え損なったの……」

「モーブ、ラン、マルグレーテ……。僕……長い……長い悪夢を見ていたような気がするよ」


 ブレイズの瞳から、涙がひと筋流れた。


「ああ……すごく今、頭がはっきりしてる。何か月ぶりかで……」


 致命傷を負っているというのに、嬉しそうな声だ。


「自分が自分でなくなったの、いつからだろう……」


 力なく、頭を振っている。


「いつの間に……僕……こんなお……かしな……男……に」


 すっと、頭が垂れた。


「しっかりっ」


 ランが揺すると、なんとか瞳が開いた。


「あの……村で……ランやモーブと三人……楽……しく……」


 それきり、ブレイズの言葉は切れた。口の端から血が溢れる。頬の涙を上書きするかのように。


「ブレイズ……」


 落ちる涙を、ランは拭いもしなかった。


「やだ……」


 マルグレーテが口に手を当てる。ブレイズの体から、虹色の煙が漂い始めたからだ。


「これなに。ブレイズって、人間じゃない。なのに……こんな……モンスター扱いなんて」


 ランに撫でられた頬も、すっと消えた。この世を惜しむように虹の煙はしばらく漂っていたが、やがてどこかに消え去った。魂を連れ去るために。


「アドミニストレータの野郎……」


 魂の底から、怒りがこみ上げた。


 曲がりなりにも、本来の主人公だぞ。なのにモンスター枠に収めるなんて……。どんな酷い改変を、ブレイズの身に施したんだ……。これじゃあ墓を造り死をいたむことすら、できないじゃないか。しかも……裏ボスなんかにしやがって。


「野郎……ぶち殺す」


 俺が立ち上がると、ランとマルグレーテが抱き着いてきた。


「うんモーブ。一緒にやろう」

「こんな非情なことするの、ゲーム運営でもなんでもない。ただの悪魔よ」

「モーブ様、悲劇の魂は、私が弔いましょう……」


 天を仰ぎ、アヴァロンは歌い始めた。全ての魂の救済を神に祈る鎮魂歌を。細く通る声が、風に乗り、高い空へと消えてゆく。


「ブレイズくん……」


 リーナ先生も泣いている。色々あったにせよ、学園の教え子だ。死んで悲しくないはずはない。


「あたし、アドミニストレータを許せない」


 レミリアが言い切った。


「エルフはね、たとえ敵対している部族だって、戦士の魂には尊敬の念を持ってる。死後はヴァルハラに行くんだからね。遺体だって、尊厳を持って丁寧に扱うよ。なのになに、自分が管理するキャラクター、こんなに無惨に使い捨てるなんて……」

「自らの心の檻から、この男は抜け出せなかったのだな」


 ヴェーヌスは悲しげな声だ。


「まるであたしのようだ。モーブを思う本心を隠し殺し合いへと突き進んだ、あの頃の弱いあたしと」


 ほっと息を吐いた。


「婿殿、この男の形見があるぞ」


 ブレイズの剣を俺に指し示した。


「あの男は最後の最後に、アドミニストレータの呪縛から解き放たれた。死へと向かう道すがら、モーブに願いを託したのだ。この剣の形を取って。弱った心に付け込まれた自分の無念を、晴らしてほしいと」


 ブレイズの剣――。あらゆる装備で、これだけは消えなかった。つまりこれはモンスタードロップ。「狂飆きょうひょうエンリルの護り」効果で、俺が手にするのは全てレアドロップ品。


 ということはこれはつまり、裏ボスレアドロップということだ。知られている七種のレアドロップのどれでもない。誰も知らない八つめのレアドロップ品。それが今、俺の手の中にある――。


「よし行こう」


 俺は立ち上がった。


「ここからは、ブレイズの弔い戦だ。アドミニストレータの野郎を、地獄に叩き落としてやろうじゃないか」


 形見の剣を掲げる俺に応えて皆、力強く頷いた。




●次話から新章「14 アドミニストレータ」に入ります。

マーカーライトを辿り、ついにアドミニストレータ本体と対峙したモーブ一行。世界管理統制業務室でモーブを待っていたのは、異形の存在だった……。

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